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パトカーがサイレンを鳴らしながら走っていく。この街ではいつもどこかで事件が起きている。少年はそれをやり過ごし、売れ残ったケーキを何とかしようと『クリスマスケーキ残ってます』と大きな字で書いてドアの前に張り紙をした店の、向かい側の薄暗いレコード店の前に腰を下ろし、次の標的を伺う。
すると一分もしないうちに、ちょうどお誂え向きの制服姿の女性が通りかかった。やや明るい髪色で、二つに括っている。スカートの丈が短めで警戒心も薄い。その彼女の前で、少年はうなだれた様子を作り、ぼそりと「死にたいな」と呟く。
人が「死にたい」と口にした時の反応を、少年は小さい頃からよく観察していた。多くは無視し、通り過ぎていく。何故なら関わり合いになりたくないからだ。面倒な他人に対して何かしよう、してあげようというのは、自分をどこか特別だと思っている人間で、自覚的かどうかは別として、他人に対しての何かしらの心の優位性を持っている。特に、女性には多い。そういう女が、少年は好物だった。
「ねえ」
ほら、かかった。そう感じて、鬱蒼とした前髪越しにその女性を見上げる。彼女は目の前に座り込み、少し首を傾げると、こう言った。
「わたしのこと、覚えてる?」
「以前にどこかで会ったかな?」
女性は微笑するだけで、何も言わずに立ち上がると、くるりとその場で一回転する。制服はあっという間に黒衣に変わり、その右手には大きな鎌が持たれていた。
「わたしはキリエ。死神よ。汚れた人間の魂を刈り取るのがお仕事なの」
少年は理解したのか、それとも戸惑っているのか。慌てた様子で立ち上がり、その場から逃げ出した。
キリエはゆっくりとその後を追いかけ始める。
荒い息をしながら少年は走る。けれど、すぐ目の前に鎌を持った少女が現れる。どこに向かおうと先回りされている。
本当に死神なのか。
そんなものの存在を認めたくなかったが、少年は気づけば袋小路の路地奥に追い込まれていた。
そこには黒髪の長い女性が立っていて「どうかされましたか?」と尋ねてくる。
「助けてください」
少年は訴えた。いつもの少し潤んだ、女の庇護欲に訴えかける瞳を彼女に投げかける。
「何かお困りなのですね」
彼女が両腕を広げたので、そこに飛び込むようにしながら「よく分からない人たちに追われているんです」と今にも泣きそうな声を漏らした。
「あらあら。何かいけないことでもなさったんですか。それはちゃんと裁かれないといけませんねえ」
そう言うと女性は優しく微笑み、少年の心臓に自分の腕を突き刺した。人間の腕がそんなところに入る訳がない。
それはキリエの姉、イザベラだった。
黒衣の姿となった彼女は両目を大きく開き、何かを訴えようとした少年の口を空いていた左手で塞ぎ、心臓に突っ込んだ方を捻る。そのままぐいっと引き寄せると、少年の胸元からは真っ黒に燃える魂が姿を現した。それは手づかみをした魚類のように尻尾のような部分を左右に激しく振り、彼女の手から逃げようとする。
そこにキリエが現れた。彼女は上段に鎌を構え、
――さよなら。
そう祈って、鎌を振り下ろした。