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6.懐かしい人たちとの再会

ご覧いただきありがとうございます。


「また、神は続けてこう仰せになりました。神が直接地上に降りて魔王を討つことはない。今回に関しては一定の援護や情報の提供はするが、現状への対処と魔王の討伐、真の薔薇乙女の救出などはあくまで人間主体で行うように。人間の世界で起きた問題は人間が解決せよ、と」


 ただし、ルディック殿下方には時折現世の様子を見せてやるとも言ったのだという。殿下の方から見るだけの一方通行なものであるが、部分的にではあれど国や貴族の状況は把握できるだろうと。

 なお、神がルディック殿下方と現世の貴族たちの間に立って、互いの言伝を伝えるなどはしてくれなかったそうだ。その後の神託も、神の一存で時々降りてくるのみで、人間からの呼びかけに必ず応じていたわけではないらしい。多少の援護はするとはいえ、そこまで親切に面倒を見てはくれないということだ。神にも決まりや約定があり、地上に干渉できる範囲と程度には制限があるというから。


 一度息を吸い込んだ伯爵が続ける。


「私どもは神がお示しになられた可能性に賭け、来たる決起の時に備えて水面下で協力しながら準備を始めました」


 領民を鼓舞し、地方の荒廃をできる限り遅延・軽減させ、少しずつ兵を強化し、自身の修練を積み、理由を付けて外国へ行き魔王の資料を集めたそうだ。魔王にも個体差があるものの、どうやら満月の夜は若干ながら力が弱まるらしいと分かると、その時を狙って浄化の力を使い、魔力の侵食が国全体に行き渡らないよう尽力した。余り露骨にすると魔王に感づかれるため、持ち回りでさりげなく、徐々に徐々に。


 低く伏せた虎が、最適な時点を見計らって一気に飛び上がり敵の喉笛を噛み切るように、その時を待ち続けたという。


「ミレイユお嬢様が非人道な扱いを受けていると小耳に挟んだ際は、どうにか打開できないかと策を練ったのですが……神のお言葉通り、お嬢様は魔王の側に抱え込まれていたために手が出せず、遺憾ながら見ていることしかできませんでした。大変申し訳ございませんでした」


 苦しげに面差しを歪めた伯爵は、私に向かって深く礼をした。


「神託に関してもでございます。神託が降りた際、何とかしてお嬢様にそれをお伝えできないかと考えました。天恵が種のまま止まっておられ、さらに魔王の魔力に囲われているお嬢様には、神のお告げが届いていない可能性もありましたので」

「はい。記憶にある限り、私に神託は届いていませんでした」

「やはりそうでございましたか。ルディック殿下方が生きていらっしゃること、神は私どもを見捨ててはいらっしゃらぬこと、お嬢様は芽無しなどではないこと、希望は潰えていないことなど、遠回しに一言だけでも良いのでご報告したかったのですが……」


 伯爵の眉間にぐっと皺がよる。不甲斐なさを悔いているような表情だ。他の地方貴族たちも同じような顔をしている。


「先ほどからの繰り返しになりますが、お嬢様は魔王により囲い込まれており、様々なリスクを考慮するとどうしても接触ができませんでした。神が教えて下さったところによると、侯爵はお嬢様を絶対に逃さぬよう魔王に頼み込んでいたそうです」


 侯爵邸にいるいないに関わらず、私とその周辺は魔王の厳重な管理下にあったのだそうだ。神が直々に注意を促すほどに。だから伯爵たちは、直接間接を問わず、私に近付いたり情報を伝えることができなかったという。かなりの確立で魔王に筒抜けになる恐れがあるからだ。

 実際、私は叔父の側にいない時もあの怖気をうっすらと感じていた。私の周囲には常に魔王の力があったのか、あるいは都中に魔力が充満していたせいなのかは分からないけれど……どちらにしても懐に取り込まれていたのだろう。


「こうすればいいだろうという憶測で動き、それが魔王の前では通用せずに私どもの動向が露見すれば万事休す。罪なき民衆が見せしめに惨殺される可能性もございました。……しかし、それは私どもの事情に過ぎません。一人必死に耐えておられたお嬢様に対し何の援助もできず、真の薔薇姫の救出という重要事項を幾年も果たせず、手をこまねいているだけとなってしまい誠に申し訳ございませんでした」


 再度深々と礼をした伯爵に続き、他の貴族や神官たちも忸怩たる思いをにじませてそれに倣った。


 正直に言えば、散々辛い思いをしてきた私は、ただ「いいのよ」と笑ってそれを許せるほど寛容ではない。伯爵たちのことを慕い信じてはいるけれど、全く恨みがわかないわけではなかった。


 ……とはいえ、彼らの事情や気持ちは十二分に理解できる。神にも迫る力を持つと言われる魔王が動いていた以上、失敗すれば国中に血の雨が降り注ぐのだ。仮に私の救助が重要で優先度の高いことだったとしても、他の民を軽んじていいわけではない。


 だから、伯爵たちの葛藤はよく分かる。数瞬だけ迷った結果、私は小さく笑顔を浮かべて黙って頷くにとどめた。今はまだ、気持ちの整理が付けられない。

 伯爵もそれを承知しているのか、軽く目礼を返して説明を再開した。


「話が逸れてしまいましたな。――神のお言葉を聞いて以降、私どもは水面下で動いておりました。ひやりとすることも多々ございましたが、どうにか動向を隠し通すことができました。地方は都に比べれば魔王の力の影響が薄かったこともあるでしょう」


 そして今より10日ほど前、都から急使が届いた。

 かねてより予告していた聖典の儀の前に、私とアルバート様の冥婚を取り行うというその内容に、伯爵たちは仰天したという。居ても立っても居られず、幾人かが都に走ったものの、王が聞き入れるはずもなく鞭打ちに処された。もはや絶望的かと思われた時――ついに道を繋げたルディック殿下方が戻ったそうだ。それが5日前だという。


「お嬢様が冥婚をさせられると聞いた時は目の前が真っ暗になりましたが、殿下方が間に合って下さったのです」


 ザークラン伯爵の視線を受けたアルバート様が軽く首を縦に振り、私を見て唇を開いた。


「僕たちは神の力により、君の様子を断片的に見ていた。やつれ衰えていく君を見るたび、血涙を流す思いだったよ。現世に戻った時はすぐさま駆け付けようとしたのだけれど、幽世と現世では気の濃度が異なるから……僕も両親も体が上手く動かなくなってしまったんだ」


 単なる幸運か、あるいは神が少しだけお膳立てしてくれたのか、味方の地方貴族の邸に道を繋ぐことができたらしい。そこで匿われながら現世に体を慣らし、私の救出と王位交代、当代王と腐敗した貴族の処分、国の再建などの大枠を超速で打ち合わせたのだという。そしてどうにか体が順応すると早馬で王城に乗り込んだそうだ。


 再びザークラン伯爵が言葉を繋ぐ。


「私どもは都の側にある森に武装した部隊を潜ませ、合図があればすぐに門番を蹴散らして突入できるようにしておりました。兵の気配が魔王に悟られぬよう、ルディック殿下が神から賜った宝器で目くらましをかけて下さったのです」


 ルディック殿下が手に持つ剣を掲げた。柄の部分に薔薇の形をした青い宝玉がはめ込まれているそれは、白銀に輝く刃を煌めかせていた。


「これは幽世から現世に戻る際、援護の一部として神から賜った宝器。魔王の目をくらませ、その魔力の大半を封じ、王の首を斬り落とした際の神罰を肩代わりしてくれるそうだ。私たちの帰還を魔王に察知されなかったのも、この宝器のおかげだな。これがあれば堂々と王の首が取れる」


 王を手にかける、あるいは脅迫などで強引に玉座を退かせた場合、当人の宝石は砕け花は枯れ、神の楽園(エリュシオン)へ行くことは叶わなくなる。また、次代の王には苦難が降りかかるとされる。しかし今回に関しては、神は王を(しい)することを容認したのだ。


「……ということだ。長くなってしまってすまないな。もっと聞きたいことや疑問もあるだろうが、大体の事情は分かったかな?」


 ルディック殿下が私に向かって、柔らかく問うて来た。


「はい」


 私が頷くと、別人のように冷たい眼差しになって王に視線を移す。


「あなたも、そこで聞いていましたね。王城に突入すると同時に、魔王の力は宝器で封じました。本当はもっと早く封じたかったのですが、魔王の近くで発動させなければ封印効果が弱まるようなので。それから……あなたも侯爵も、それにおもねる貴族たちも、まとめて神に見限られました。神に捨てられたのです。この意味が分かりますね」


 王が目を見開き、必死で首を横に振った。周囲に侍っていた貴族たちもだ。天恵は死して魂となっても持ち続けるもので、神の楽園(エリュシオン)に入る際の通行証にもなる。罪を犯した者の場合、宝石は砕け花は枯れるため、天国へは行けない――悪人や奸物が行く魂の修行場(アスポデロス)に落とされる。


 私の立場からすれば、青ざめている王たちを見ても同情など湧かなかった。こんな奴らに、お父様とお母様がいるだろう神の楽園(エリュシオン)に来て欲しくはない。そう思った時、軽やかな足音が響き、懐かしい姿が庭に駆け込んで来た。数名の兵士に守られたセイラ妃殿下だ。ルディック殿下の前で一礼すると、素早く報告を述べる。


「城内と都の王兵はほぼ制圧いたしました。民に大きな混乱や負傷者が出ないよう、現在対処を継続中です」

「そうか、ありがとうセイラ。こちらもミレイユにあらかた説明し終わったところだ」


 ルディック殿下が瞳を和ませて応じる。動きやすい服装にヒールの低いブーツを履いたセイラ妃は、それでもなお、王家の妃に相応しい気品を放っている。アルバート様がそっと教えてくれた。


「母上には後方支援部隊の取りまとめをお願いしていたんだ。結界や治癒がお得意だから」


 セイラ妃がさっと祭祀場を見渡し、私の姿を認めると見る間に目を潤ませた。


「ああ、ミレイユ……今までたくさん辛い思いをしたわね。もっと早く来られなくて本当にごめんなさい」

「セイラ妃殿下……」


 アルバート様と同じ色の瞳には、かつてのままの温もりが宿っていた。楽しく過ごしていた思い出が蘇り、目頭が熱くなる。


 だが、本当に驚くのはここからだった。


「お嬢様!」


 セイラ妃に従う形で顔を覗かせた数名の女性。全て見知った顔だった。私は呆然と呟く。


「マリア……? それにローラ、リズも……どうしてここに?」


 彼女たちは、お父様とお母様が生きている頃、侯爵邸に使えてくれていた者たちだ。マリアがくしゃりと顔を歪めて頭を下げる。


「お許し下さいお嬢様! 私は侯爵邸を出された後、陛下への直訴を側近の方に願い出たのですが、お嬢様の待遇への陳情だと言うと取り次いでいただけず……皆で都を追われてしまったのです」


 別の手段で訴えようとしていた他の使用人たちもまとめて追い出され、行くあてもなく地方をさ迷って魔物に襲われかかったところを、その地に流された地方貴族に救われ、匿われていたのだという。


「邸は侯爵様の目が厳しく、一報を入れることすら叶わず申し訳ございませんでした。ですが、いつか必ず都に戻り、お嬢様をお助けするという一心で耐えて参りました。ジャックにマーカス、エドガーとクレイン様も外にて援護を行なっております。もちろん全員無事でございます」


 次々に馴染みのある名前が呼ばれる。かつて侯爵家の使用人だった者たちだ。最後に様付けで呼ばれたクレインは前家令で、非常に優秀な人物だった。


「そう、だったの……」


 皆、私を助けようと尽力してくれていたのだ。私を想ってくれている人は、まだこんなにいる。


「ありがとう、マリア……ありがとう、皆」


ありがとうございました。

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