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5.裏で動いていたコト

ご覧いただきありがとうございます。


 きっぱりと告げられた宣言が、にわかには信じられない。散々、死に種、芽無しと言われ続けて来た私が、薔薇持ち?


「そんな馬鹿な……」

「う、うそよ! 私が本物の薔薇の乙女よ!」


 カザール殿下が呆然と呟き、隣に転がされているラライヤが甲高い声で叫ぶ。だが、ルディック殿下とアルバート様はそれを華麗に黙殺した。


「話の邪魔をするな。黙らせておけ」


 殿下の簡潔な命令に、兵士たちが刃を突き付けて叔父一家の口を封じた。アルバート様が言葉を重ねる。


「魔王の力は、魔法陣と髪を介して遠隔で発動するものだったから、神官たちがいくら君を調べても原因は分からない。侯爵たちは、君の種が芽吹かないと知って嘆くお父君を遠くから見て溜飲を下げていたんだ。あわよくばこのまま家庭不和でも起こして離散してしまえとね。……でも、君のご両親は強かった。君への愛を揺らがせることはなく、今まで通りに慈しみ続けた。君たちの家族は壊れず、笑顔も失われなかった」


 それはきっと、叔父にとって期待外れの結果だっただろう。私たちは不幸になり、笑顔は消え、家族の絆は消滅するはずだったのに、一つも思い通りにならなかったのだから。


「それで逆上した侯爵は魔王に依頼し、地方に赴いていた君のご両親を魔物に襲わせた。王の息がかかった使者が、下級の雑魚だったと偽証をしたみたいだけど、本当は魔王の力で強化された特別な魔物だったんだよ。その上、近くには街があった。被害が街に行かないよう立ち回りながらの戦闘で、全力が出せなかったんだ。もしも何も気にせず戦っていれば、序列三位のルビーと百合を持っていたご両親なら、勝てる可能性はあった」


 口惜しそうに告げるアルバート様の金色の瞳がきゅっと細くなる。


 お父様、お母様……。


 目の奥から熱いものが込み上げそうになり、ぎゅっと拳を握って堪えた。割れた爪があかぎれだらけの皮膚に食い込みそうになる。それを見て眉を下げたアルバート様が、そっと手を開かせてくれる。きっと聖玉の力だろう、私の爪と皮膚を治癒しながら優しく言った。


「駄目だよ、肌を傷付ける。どうしてもというなら、僕の手を握って」


 そう言って、私の手のひらを自身の手に添えてくれた。……でも、王子殿下の御手を力一杯締め付けられるはずがない。仕方なく、そっと包み込むように握ると、アルバート様は一度瞬きして困ったように笑った。

 斬り付けるような鋭さを崩さないルディック殿下が、私たちの様子を見てほんの少しだけ眼差しを和らげたけれど、すぐに引き締め直して話の先を引き取った。


「ミレイユの父にして我が盟友ルイセス・ブレイトス。その生涯の妻、ミランダ夫人。二人が逝去したという報せを受け取った時、私は妻子と共に遠方の公務に行っていた。急報を受けた際は、すぐに王都に戻ろうとしたよ。最初は早馬を使おうとしたが、私の体調を考慮した従者に止められたため、頑強な馬が引く特別な早馬車に乗って帰った。だが、その道中で魔王が陣を張っていた」


 魔王としても、圧倒的な正の心と澄んだ魂を持つルディック殿下は目の上の(こぶ)だったのだという。気合を入れて力を練り上げ、己の魔力を侵食させた王と叔父の聖玉の力までも利用し、序列二位のサファイアと牡丹を持つルディック殿下とセイラ妃をも圧倒できる魔法陣を準備していたそうだ。

 そしてルディック殿下方は、その罠にまんまと捕らえられてしまったらしい。


「突如として大地に魔法陣が出現し、私たちはその中に引きずり込まれた。永遠の奈落に続く一本道に落とされたのだ。……けれど、私も妻も天恵を駆使して全力で抵抗し、地上に這い上がろうとした。私たちだけならば力及ばず果てていただろうが、同乗していたアルバートが加勢したことで流れが変わった」


 当時のアルバート様は11歳。聖玉はまだ研磨が始まったばかりであったものの、それでも出し得る限りの力を駆使して両親を援護したのだという。


「結果、私たちは道から弾き出されて別の空間に飛ばされた。奈落へは落ちずに済んだものの現世に戻ることも叶わず、幽世(かくりよ)の世界に閉じ込められることになってしまったのだ」


 ルディック殿下方が魔法陣に引き込まれた様子は、目撃者という役割で待機していた王の配下に確認されていた。早馬車を操っていた御者と同乗していた従者は、魔法陣の捕獲対象ではなかったために難を逃れたものの、配下により秘密裏に始末されてしまったそうだ。表向きの発表では、彼らも殿下方と共に崖から落ちたことになっている。

 首尾よくいったことを報告された魔王と王は、これで邪魔者を消し去ったと安心したのだという。まさか、ルディック殿下方が死に物狂いで抵抗して奈落への道から脱出していたとは思わなかっただろう。


「幽世から再び現世に道を繋ぐためには、最高難度以上に高度かつ綿密な術を練らなければならない。加えて、全霊で抵抗を続けた私たちは極度に消耗していた。それらを踏まえると、戻るには相当な年月がかかることが予想された。だが、力の回復に専念するうち、あることに気付いた。幽世は現世よりも神界に近い領域だったのだ。回復が予想以上に早く、神の気配が強いことから推測できた。そこで私は、聖玉を介して神への語りかけを行なった」


 この世界を守る夫婦神は、気が向いた時や必要な時は、力ある神官や王族の声に応えてくれることがある。けれど、いつでも必ず応じてくれるわけではない。その必要がない場合や乗り気ではない時には返事はなく、1年の間に数回お声が聞こえたこともあれば、20年以上もの間何も聞こえなかったこともある。


「私は神に祈った。ここから出た暁には、兄たる現王を誅することを許して欲しいと。私たちを引き込んだ魔法陣からは、微かだが陛下の力を感じた。その時点では、まさか魔王と組んでいるとまでは思っていなかったが……何らかの形で関与しているのだとは推測できた」


 そのような恐ろしい術を平然と使う者に、玉座を任せていてはならないと悟ったのだそうだ。


「玉座を血で染めることは禁忌ということは承知している。どうか咎を犯した罰は私一人だけに与えていただきたい。兄の後は私が暫定的に王位につき、天罰を一身に受けながら、国を最低限立て直す。発作を起こそうが吐血しようが、体はどうにか持たせてみせる。後はアルバートに位を引き継ぐ。私はそのまま地底の奈落(タルタロス)に落ちて構わないから、アルバートの代にまで神罰を引き継がないで欲しい。そう頼み込んだ」


 私は息を呑んだ。ルディック殿下の、王族として父としての覚悟を垣間見た気がした。


「結果、神はこのような応えを返して下さった」


 ――汝、深き仁心を持つ者よ。守るべき者、愛する者のために迷わずその身を懸ける心意気は美しい。こなたが王位についた後も生涯その心を持ち続けることを条件として、こたびのみ禁忌を犯すことを許そう。最後までその矜持高き魂を抱き続け、生を終えた暁には我が神の楽園(エリュシオン)へ昇るが良い。


 ああ、と、胸中に安堵が満ちる。ルディック殿下の精神を、神が認めて下さったのだ。


「また、神は私たちに、これまで起こった真実を見せて下さった。魔王のこと、取り憑かれた侯爵のこと、王が起こしたこと、全てを」


 苦渋を孕んで告げられたルディック殿下の説明で、私は得心がいった。だから殿下方は、過去に何がどういう時系列で起きていたのか、これほど詳しく把握しているのだ。


「清らかな心を捨て、魔に魂を売り渡した者たちのことを、神は良く思っておられなかった。人界のことゆえ干渉は控えて来たが、度重なる愚行をご覧になり、一手を投じるべきか迷われていたそうだ。それもあり、こたびに関しては多少ながら支援すると仰せ下さった」


 殿下がそこまで言った時、背筋を伸ばして進み出て来たのはザークラン伯爵だった。すっかり髪が白くなった、ルディック殿下とお父様が慕う尊師。家格が上だからと、私に対してもとても丁寧な物腰で接してくれた。


「恐れながらルディック殿下、私の方からもご説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ、頼む」


 許しが出た伯爵は殿下に一礼し、私の方に向き直った。


「ミレイユお嬢様。先王陛下と王弟殿下方が立て続けに亡くなられ、同時期に国王陛下のお振る舞いが悪化したことで、私は一連の死の裏には国王陛下の関与があるのではないかと考えました」


 口には出さなくても、そう思っていた者は多いだろう。でも、証拠がなかった。


「しかしそうであるならば、どのような形であれ親兄弟たちを死に導いた陛下には天罰が下っているはずなのです。ですが、何の罰も受けた様子がなかった。であれば陛下は潔白なのかもしれぬと思い、疑い切れませんでした。その時点では、まさか魔王の加護により天罰から逃れていたとは予想できませんでしたから……」


 強引に疑いをかけ、もしもそれが言いがかりであった場合、天罰が降り注ぐのは伯爵の側だ。自分自身だけで済むのであればまだいいが、最悪、罪のない領民も巻き込まれる可能性がある。疑わしいというだけでは動けなかっただろう。


「同じ頃、一部の貴族と神官が、陛下の周囲や王城全体に何か気持ちの悪い違和感を感じるようになったと気にしておりました。かくいう私もその一人でした。おそらく、心が濁っておらぬ者は、聖なる力に擬態させた魔力を感知していたのでしょう」


 違和感……もしかして、私がずっと感じていた悪寒や気持ちの悪さもそれだった? そういえば、叔父の側にいる時に一番強く感じていた。叔父が魔王の宿主だったから?


「異変を感じた神官たちは本神殿にて神への呼びかけを行ってみましたが応えがなく、当惑しているうちに適当な理由を付けて地方の小神殿に飛ばされてしまいました。私、いえ、私どもも同じでございます」


 その点に関して、王の行動は早かった。先王陛下とルディック殿下方の死から間もないうちに、真っ当な臣下たちはことごとく都から追い出されてしまったのだ。……多分魔王の協力もあったのだと思うけれど、やればできるのだからその力を正しく使っていれば、と思ってしまう。


「しかしこの国を見守る神は、僻地に飛ばされた私どもに神託を降ろして下さったのです」


 神官からの声は届いていたが、王城にある本神殿は魔王の力が深く浸透しており、神の返答が弾かれてしまったこと。

 ルディック殿下方が生きていること。悪しき力が発端となり異空間に飛ばされたため、戻るにはおそらく5年を超える歳月を要するであろうこと。

 王の背後には魔王という存在がいること。魔王は人に太刀打ちできる存在ではなく、神の援護を受けた序列一位と二位の天恵を持つ者が複数人で力を合わせてようやく相手取れる化け物であること。

 そのため、正義感のままに無謀な戦いを挑んではならぬということ。返り討ちに遭いさらなる血が流れれば、逆に魔王の力を強めてしまうこと。

 私の聖花はラライヤに奪われていること。私は侯爵の希望により魔王の厳重な監視下にあるため、助け出したい気持ちがあれど迂闊な接触は控えよということ。

 サファイアを持ち、かつ現世に戻ろうと苦心しているルディック殿下に、神の力の一部を貸し与え魔王に抗する手段を授けるため、殿下が戻るまでは己の矜持を胸に耐えよということ。

 叔父と王、その周囲の者たちの天恵の力を停止しようとしたが、彼らの宝石と花は既に魔王の掌中に取り込まれているため、神であろうとも地上に直接降臨でもしない限りは天恵を止めることができなくなっていること。


 他にも各種の情報を含め、諸々の事項を伝えてくれたのだという。魔王が暗躍しているという絶望的な状況が明らかになる中、ルディック殿下が生きているという内容に、伯爵たちは一縷の望みを抱いたそうだ。

ありがとうございました。

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