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4.叔父に憑いていたモノ

ご覧いただきありがとうございます。

6話までは説明や水面下での動きが中心なので、短時間で投稿します。

 

 混乱の中で怒鳴り立てた王に応えたのは、新たな声だった。静かで重みがあって、でも奥にある穏和さが隠し切れていない、優しい声。

 この声を知っている。第二のお父様のように慕っていたから。


「ひぃ!?」


 王が両肩を跳ね上げる。余りに異常な驚き方だ。地にへたり込んだ姿勢のまま飛び上がったようにすら見えた。

 彼が恐る恐る太い首を巡らせるよりもずっと早く、私は声の主に目を向けた。


 抜き身の剣を携え、堂々たる足取りで中庭に現れた長身の男性。燃えるような赤髪、海底を覗き込んだかのような紺色の眼。背後には武装した兵を従えている。


「ルディック殿下……」


 私の呟きはとても小さくて、この場の誰にも届かずに溶け消えてしまった。でも、私の言葉がなくとも皆が分かっている。彼の正体を。


「ああああぁぁぁあ!? な、何故だ、何故お前がここに!? どうして生きている……お前も息子も、確かにあの時に……」


 こちらに背を向けていた焔色の髪の青年が、王から注意を逸らさぬまま少しだけ私の方を振り返った。髪は父親と同じだけれど、瞳の色は母親譲り。金色の双眸がかつてのままの色を湛えて私を見る。


「遅くなって本当にすまない。ようやく君を助けに来ることができた――もう大丈夫だよ、ミレイユ」

「……アルバート、様……?」


 おずおずと舌に乗せたその名は、辛苦に満ちた7年の中で何よりも私の支柱となっていた方の名だ。

 幼い頃から、他愛ない話をしながら一緒に笑い合った人。親の目を盗み、二人でこっそりと悪戯をしては一緒に怒られていた人。芽無しと分かった私を丸ごと受け入れてくれた人。

 ――私の初恋の人。


「うん、僕だよ」


 果たして青年は頷いた。私が憶えている通りの温かな眼差しで。


「う、うそだうそだうそだぁぁ! お前は死んだはずだ! ルディックもお前も、ここにいるはずがない!」


 みっともなく尻餅をついたまま後ずさる王。きらきらしいマントが土で汚れ、豪華な剣がゴトリと重い音を立てる。アルバート様がその剣の柄を蹴り飛ばすと、あっさりと王の手から弾き飛ばされて地面を転がっていった。


「捕らえろ」


 短く告げたルディック殿下の命に従い、背後に従っていた兵が素早く王に駆け寄り、縄をかけた。抵抗も忘れたらしい王は、顔面蒼白で自身の弟を見ている。


「ミレイユ」


 王が無力化されたことを見届けてから、アルバート様が体ごと私に向き直った。代わりのように、ルディック殿下がしっかりと王を睨みつけて目を光らせている。


「アルバート様、これは一体……あなたとルディック様、それにセイラ妃は、その……お亡くなりになられたと聞いていました」


 訳が分からないと訴えると、アルバート様はうんと頷いた。


「僕たちは馬車が崖から転落して死亡したことになっているんだよね。でも、あの事故は王によって仕組まれたものだった。……王が父上を疎んじていたことは知っている? 君主としての役目をろくに果たさない王を退位させ、父上に王になってもらいたいという声が上がっていたことも」

「はい……」


 当代王の有する宝石は、序列五位のアレキサンドライト。低くともエメラルドまでの聖玉を有することが大半である王族の基準では、かなり下の位置にいた。


 序列二位のサファイアを持つルディック殿下を王に推す声も多かったものの、ルディック殿下は心臓に持病がありたびたび発作を起こしていたため、王の重責には耐えられないと判断された。また、王家の血を引く公爵家はいくつかあるが、どれも数代以上前の王の血統であり、フレイル国の継承規定に当てはめると親等の制限で引っかかると思われた。その他にも様々な要因が絡み合い、結局は兄が玉座を継いだ。


 ルディック殿下に野心や欲はなく、兄を献身的に補佐していきたいという志を持っていた。しかし、幼い頃から優秀な弟への妬みと劣情を育んでいた王は弟を拒絶し、政務を放り出して享楽に耽るようになった。先王陛下が存命である頃はまだ良かったのだけれど、亡くなられた途端にひどくなった。


 そこで、やはりルディック殿下に玉座を交代できないかという案が再燃し始めていた。実質的には病弱なルディック殿下は中継ぎのような形であり、その息子であるアルバート様の即位が真の狙いとなる。なお、カザール殿下はその時点で12歳。未成年であるため、彼が王位につけば実父である当代王が変わらず力を持ち続けることになるので敬遠された。


「地位を追われることを恐れた王は、君の叔父……現侯爵と共謀して父上を殺そうと企んだ。母上と僕もまとめて全員ね」

「だ、黙れ……ひっ!」


 口を挟みかけた王だが、兵士が喉元に剣を突き付けたので言葉を飲み込んだ。


「叔父と、ですか?」


 思いもよらない言葉に、私は目を見張った。確かに、優秀な兄弟に対して劣等感を抱く者同士、王と叔父は馬が合っていた。二人の交流は叔父が侯爵家から絶縁されて以降も続いており、現在、王の腰巾着の筆頭は他ならぬ叔父だ。


「そうだよ。君にはちゃんと説明が要るよね。ええと、ちょっと時系列がごちゃごちゃしているから……順を追って話そう。まず、侯爵。彼は先々代侯爵から勘当された後、実家から持ち出した宝飾品などを売った金で一時外国を放浪していたんだ。そこで厄介なモノに取り憑かれた。そいつの力を借りて先王を殺め、ミレイユの両親に魔物をけしかけ、僕たちを封じ込めた」

「……え……?」


 お父様とお母様に……ま、魔物を!? では、あの襲撃は意図されたものだった?


「し、失敬なことを言うな! 厄介なモノとは何たる言い草だ。私に力をお貸し下さったのは、異国におわす尊い神! 郷里で不当な扱いを受ける私を憐れみ、加護を与えると言って下さった! 私を軽んじる者どもを排除するための力も貸して下さると! 神が私のことをお認め下さったのだ!」

「痴れ者が」


 業物のような切れ味を秘めた口調で、ルディック殿下が叔父の叫声を両断した。


「お前を見初めたのは、我が国で魔王と呼ばれている存在だ。知っているだろう、外つ国には、神の加護があるこの国よりも遥かに強大な魔物が潜んでいる」


 民が天恵を有して生まれるこの国では、魔物は早期に退治されてしまう。しかし、外国では違う。討伐の手から逃れて何百年、何千年と力を蓄え、ついには神に近いまでの魔力を手に入れた個体も存在するそうだ。このフレイル国ではお目にかかることのないその存在は、魔王と呼ばれている。


「魔王は神に逆らい天に唾吐く存在。お前の醜悪な心を気に入った魔王は、お前を利用して神に守られたこの国を侵食し、汚してやろうと目論んでいたのだ。上手く言いくるめられて騙されたのだよ、お前は」


 魔力であっても、結界など一部の聖術と類似した奇跡は起こすことができる。周囲の生命力を吸い取れば治癒もできる。それを見せられて神だと信じたのだろうと言われ、叔父は言葉に詰まった。図星だったようだ。


「そ、そんなはずは……」


 信じたくないとでも言うように首を振る叔父に、ルディック殿下は続けた。


「神の加護が強いこの国の空気は、魔王には猛毒同然。だからこそ奴は、お前の身の奥深くに隠れて忍び込むことにした」


 フレイル国であっても、汚れが発生することや邪な心を持つ者が生まれることは普通にある。澱んだものの中に身を隠せば、魔王でも耐えられるのだという。


「それが17年前の出来事だったか。魔王を宿したお前は帰国し、そこの女と婚姻して娘を授かった」


 場末の酒場で盛り上がった末、叔母が妊娠したためになし崩しで夫婦となったそうだ。十月十日後に、娘……ラライヤが生まれた時点で、現在より約16年前。ちなみに、叔母の実家である子爵家は、国内外を問わない交易事業を主としていたものの、それが破綻して没落してしまったのでやけ酒を飲んでいた……らしいけれど、私は詳しいことは知らない。


「帰国後、お前はすぐには行動を起こさなかった。魔王が我が国の清浄な空気の中で力を振るうことができるようになるには、かなりの時が必要だったために。外つ国の神の力を使うにはこの国に気を馴染ませる必要があり、どうしても一定の時間がかかる……と言われていたのだろう」


 叔父が唇を震わせて黙り込む。ルディック殿下は何故こんなに詳しく知っているのだろうと思うも、私はひとまず黙って話を聞くことにした。


「さらに言えば、いくら聖術に似た現象を起こせようと魔力は魔力。神の聖なる力とは性質が正反対だ。真っ当な心を持つ者が見れば、神の力ではないと見破られるだろう。そうならぬよう、己の力を精密に聖なる力に擬態させるための時間も必要だった」


 魔の力を聖の力に擬態……真逆の力なのに、そんなことが可能なのだろうか。

 瞬きした私の戸惑いを感じたか、ルディック殿下は補足してくれた。


「魔王の魔力だけならば難しいだろうが、奴は異国の地で侯爵に取り憑いた時点で、その聖玉の力を囲い込み掌中に置いていた。天恵は神の力の一端だ。加えて、魔王は数千年もの時をかけて凄まじい力と膨大な知恵を付けた存在でもある。それらを駆使すれば、相当な精度で偽装できるそうだ」


 そうなのか……ん? ルディック殿下も伝聞形? 

 今話していることは、誰かから聞いた話なのだろうか。


「少しずつ身を慣らした魔王が動けるようになったのは7年前。お前はプライベートで交流を保っていた兄上――当代王に連絡を取り、神のふりをした魔王を披露した。そして、いつまでも口うるさい邪魔者を始末しようと持ちかけ、魔力で生み出された特殊な毒薬を渡した。証拠が残らず自然死したように見せられるものだ。王はちょうど病で伏せっていた先王を見舞い、隙を見て水差しに毒を混ぜ、殺害した」


 広間の空気が凍り付いた。美しいものを好む神が守護するこの国で、簒奪(さんだつ)や謀殺など血なまぐさい手段を用いて玉座を得ることは禁忌とされている。それを行った場合、神の怒りが次の王に降り注ぐと言われていた。

 だからこそ、王の暴走が酷くなった頃、強引に幽閉するか不慮の事故に遭わせてしまおうと考えた強硬派は、それを実行に移せなかった。どうにか穏当な譲位をもってルディック殿下に玉座を継承させようと苦心していたのだ。


 王に強力な魔物への対処を依頼し、『民を守るために魔物と戦い、名誉ある戦死』をしていただけば禁忌には触れないと考えた者もいた。しかし王が出ると、魔物は恐れ戦いて縮み上がり、一目散に逃げ出してしまう。それにより、むしろ王の威光を高めてしまう結果になったという。叔父を介して王の背後に魔王がいたというならば、それも当然だ。


「この国の神が怒ろうとも私が王を認め、加護を授ける。ゆえに天罰は及ばない。魔王はそう囁き、実際にその力で王を護った。次いで魔王は、憎き兄に復讐してやれと侯爵をそそのかした」


 侯爵家を追われたお前が苦労している間、当主を継いで何不自由なく暮らし、家族と幸せな家庭を築いていた兄を絶望に落とし込んでしまえ。兄の幸福も得ているものも、全て奪ってしまえ。そう吹き込まれた叔父は些かも迷わず頷いたのだと、ルディック殿下は話してくれた。

 そもそも、17年前に取り憑かれて以来、実に10年間もしぶとく『異国の神』の時が満ちるのを待ち続けた叔父だ。若い頃からずっと心に抱いていた確執と鬱屈は、それほどに大きかったのだと思う。叔父には叔父の事情があったのかもしれないが、それが何なのかを私が知る術はない。


「魔王は、その力でブレイトス侯爵家の使用人を操った。侯爵と夫人が出払っている時を見計らい、痕跡を残さぬようごく短時間だけな。そして、ミレイユの部屋にあるブラシから髪の毛を盗み取った」

「か、髪の毛ですか?」


 私は思わず口を挟んでしまった。すぐにしまったと目をさ迷わせたが、ルディック殿下は優しい表情で私を見て頷いた。そのために一度言葉を切った殿下に変わって説明してくれたのは、アルバート様だ。


「そうだよ。魔王の力で、芽吹く寸前だった君の聖花を奪うために。そのためには触媒となるものが必要なんだ。力を奪う相手の一部……髪とか爪とかね」

「私の聖花を奪う?」


 私の種は芽を出さない死に種ではなかったの?


「兄のものは自分のもの。兄の妻のものは自分の妻のもの。そして、兄の娘のものは自分の娘のもの。そう考えたのだろう」


 再びルディック殿下が言った。叔父を見ると、必死で言い訳を考えているのか、ひっきりなしに目が泳いでいる。アルバート様が補足した。


「君の叔父が肌身離さず身に付けていたロケットペンダントがあるだろう。あの中に、魔王が刻んだ魔法陣と、君とラライヤの髪が入っているんだ。それで、君の聖花の力は丸ごとラライヤに流れ込む。芽が出ないのは当然だよ。君の花はラライヤの胸で咲いているんだから」

「私の花が、ラライヤの……」


 アルバート様の言葉を、私はゆっくりと咀嚼した。待って、それって、つまり……。


「ミレイユ。君こそが三百年ぶりの薔薇乙女なんだ」

ありがとうございました。

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