11.私は幸せ満開のようです
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「やぁ、ミレイユ」
「調子はどう?」
アルバート様と私の部屋に入って来たルディック陛下とセイラ妃が優しく微笑む。ものすごく忙しい二人だけれど、私とは定期的に面会してくれるし、可能な限り家族団らんの時間を取ってくれている。予定が空けられそうな時は事前に通達が来るので、私の方が赴くこともあれば陛下方が来て下さることもある。
今日は時間が取れそうだと連絡が来たので、私はこれを好機と思っていた。アルバート様はご両親を慕い、敬っている。陛下方から注意してもらえばいいのだ。
でも、まずは無難な話題から。
「おかげさまで良くなっているようです。お医者様もめざましい回復だと驚いていました」
これだけ溺愛されれば回復もしますよ、とは言えなかったけれど。
それに、形式として質問しているけれど、きっと陛下方にも治療状況の報告はいっているはずだ。
「それは良かったこと」
「だが、くれぐれも無理をしてはいけないよ。今は休養に専念して、務めは無理のない範囲でできることから少しずつこなしていけばいい」
温かな言葉をかけてくれるルディック陛下とセイラ王妃は、私が最初にアルバート様に求婚された時、その様子をじっと注視していた。私が少しでも困ったり嫌がったり、無理をしているようであれば、すぐに割って入るつもりだったらしい。
私がアルバート様のことをどう思っているかは分からないし、カザール殿下と先王から手酷い扱いを受けてきたために王家自体に忌避感を持っている可能性もあるから。
それでも、いきなりの申し入れであること、相手が王子であること、王家はブレイトス侯爵家の命運を握っていること、などで咄嗟に断れず、本意ではないままに求婚を受けるかもしれない……と思ったという。
だけど私の様子を見ていて、その心配は無いと判断したそうだ。何故なら、アルバート様に求婚された私がとても幸せそうな顔になっていったから。
「お気遣いありがとうございます。少しでも早くお務めができるよう努力いたします」
会釈しながら、義両親となった陛下方を改めて見つめると、にこにこと柔らかな眼差しが返ってきた。
今はまだ治療を始めて三か月だから、陛下方は決して私に無理をさせないし、優しい顔しか見せない。でも、決して無責任な方々ではないから、私の見えないところでは色々な対策を打っていると思う。
私の回復や勉学の進み具合がよろしくなく、王太子妃――ひいては未来の王妃の務めをこなすことが難しい場合はどうするかなども、多分検討している。
過去には、事故による大怪我で体が思うように動かなくなってしまった王妃が、自身の女官を名代に立てて務めを代行してもらった前例などもあるので、探せば方法はあるだろう。もしかしたら、マリアが女官を志望しているのはそういったことも関係しているのかもしれない。
それに……私に子ができなかった場合のこともきちんと考えているはずだ。王族の血を引く公爵家は親等が離れてしまっているけれど、他に後継となる子が一人もいない場合には特例の規定があるし、王家の養子にもらうこともできる。ブレイトス侯爵家に関しても同様だ。さらに下世話な話をすれば、セイラ王妃の年齢ならば今からでも第二子を生めないこともない。
ただ、当たり前だけれど今の私の前でそんなことをぺらぺら話すはずがないので、知らされていないだけだと思う。
もちろん、私も不安定な状態のままでいるつもりはない。心と体に刻まれた傷は生涯消えることはないだろう。でも、一歩ずつでも調子を整えて、きちんと勉強して、王太子妃としての役割を果たせるようになるつもりだ。薔薇を持つ者として、浄化や治癒などの務めもこなせるようになりたい。
「これまでの事情を説明する段階で、君が叔父たちから受けていた仕打ちが公になった。民は君が療養して英気を養うことは当然と考えているし、悪評は立っていないから大丈夫だ。即位式と宣言式の時、頑張って私たちと共に皆の前に立ってくれただろう。あれで本当に薔薇の聖花があることが確認できて、安心したというのもあるだろう。神も祝福してくれたのだし」
ルディック陛下が安心させるように言った。
今までの扱いが扱いだった私は、17歳とは思えないほど痩せていて発育も悪かったから、民は随分と驚いたそうだ。気遣いや励ましの手紙、花などが王城に届いており、それを眺めていると温かい涙が浮かんでくる。
「ええ、今は焦っては駄目よ。――そうだわ、アルはあなたに無理をさせていないわね? 時間を見つけてはあなたの所に行っているようだけれど」
私がじんとしていた時、セイラ王妃が尋ねてきた――あっ、これはチャンスだ!
キラリと目を光らせ、私は口を開いた。
「その件ですが、国王陛下、王妃殿下……いえ、お義父様、お義母様。お二人に相談があるのです」
「おや、何だい?」
「どうしたの?」
さっそく二人が聞く姿勢を取ってくれたので、私は拳を握って言い放つ。
「アルバート様が私を甘やかしすぎるので困っているのです!」
きょとりと目を瞬かせた陛下方に、アルバート様がいかに私に対して甘々であるか、いかに溺愛状態であるか、それにより私がどれだけ困っているかをここぞとばかりに訴えた。
「…………それで、アルバート様は3枚もクッキーを食べさせてくれたんです! 私はまだ1枚しか食べさせてあげていないのに! 私だってアルバート様にたくさんあーんしてあげたいのに、いつもアルバート様の方が多いから困っています! 不本意です、これではいけないと思うのです!」
私は今、アルバート様との日常を、板に水を流すように次々と力説している。陛下方はお代わりの飲み物を傾けながらにこにこ聞いてくれている。
あら? でもよく見ると……ルディック陛下が無糖のコーヒーを飲んでいる。珍しい。陛下は必ずミルクを入れていたのに。
ん ? 砂糖入りの甘い紅茶が好きだったはずのセイラ王妃まで、無糖のコーヒーだ。
二人ともブラックだなんて珍しい。幽世にいる間に嗜好が変わったのだろうか?
と思いつつ、勢いが止まらないのでこのまま話を続ける。
「ベッドの毛布だって、私の好きな赤色にして下さるんです。私が赤を好きなのはアルバート様の髪の色だからなので、すぐ近くにアルバート様がいて下さるのなら毛布は赤でなくてもいいんです。大好きなのはアルバート様であって毛布じゃないんです。むしろアルバート様のお好きな深緑色にしたいのですが、そうお伝えしても赤のままなんです。だからとっても困ってるんです! やっぱりこのままだと良くないです!」
他にも、毎日おはようのキスからお休みのキスまでことあるごとに口づけを落とされるとか、起きたらじーっと寝顔を見られていて驚いたので、今ではどちらが早く起きて相手の寝顔をどれだけ長く見つめられるかの競争になっているとか、相手の良いところや好きなところをいくつ書き出せるか張り合っていたら、私もアルバート様もノート1冊をあっという間に真っ黒にしてしまったとか、心ゆくまで語り続けていると、陛下の側近から声がかかった。
残念、もう団らんの時間は終わりのようだ。
「まあ、残念だけれど次の予定が。……助かったわ」
「じゃあ行こうか。ここは暑くて少しのぼせてしまった」
うん? 助かった? この部屋、暑いだろうか?
私が首を捻っている間に、ルディック陛下とセイラ王妃はそそくさと部屋を出ていった。
でも、これだけしっかりと困っていることを訴えたのだから、アルバート様に注意してくれるはず。溺愛も明日からはマシになるはずだ。
任務完了。私は満足げに頷いた。
その夜、公務を終えたアルバート様がとっても嬉しそうな顔で戻ってきて、「父上と母上から聞いたよ。僕との生活を君がとても嬉しそうに話してくれたって。喜んでくれているみたいで良かった。その調子だって褒められたよ。ありがとうミレイユ! 今夜からはもっともっともっっと甘やかすよ!」と言われた。
あ、あれ……何故?
私はきちんと伝えたはずだ。え? そうだよね?
助けを求め、部屋に控えていたマリアを見る。
「マ、マリア……私、困っているわよね?」
と、忠実な侍女はにこりと微笑んでこう言った。
「王太子妃殿下はこの上なく幸せ満開なお顔をされていますよ」
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――王太子妃懐妊の祝砲が上がったのは、それから三年後のことだった。
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後にフレイル国王となる王太子アルバートの生涯唯一の妃、ミレイユ。
三百年ぶりの薔薇の乙女であり、幼少から若年の間は魔に呑まれた身内の手により不遇な時を過ごす。
しかしその心は屈することなく、清らかな心を持つ者たちと共に魔王を討ち、劣悪な環境から脱してアルバートに嫁いだ。
以降はじっくりと心身の傷を癒し、数年後には王太子妃として本格的な公務を開始できるまでに回復した。また、自身の状態が整った後は、王家が預かっているブレイトス侯爵家の管理も担当した。
ミレイユは、王太子妃――後には王妃――の公的な慈善活動の一環として、身寄りのない子どもを主な対象としていた孤児院の機能を大幅に拡充させた。親や親戚から虐待を受けている子、家に居場所がなく不当な扱いを受けている子も駆け込める避難施設という側面を付与し、王太子妃として当てられた予算や生家の資産から寄付を行い、若年者の権利と尊厳の保護に努めた。
それに並行し、当時の国王ルディックとアルバートは民衆の教育の義務化を進め、平民の子であっても全員が所定機関にて学びを受けられる制度を整えた。ミレイユは彼らおよびセイラ王妃と協力しながら、女性の社会進出を推進し、女性と子どもの地位向上と立場の安定に寄与する一翼となった。
また、ミレイユはその絶大な天恵をもって魔物の侵攻を幾度も早期に食い止めた。脅威に晒されている場所があれば、アルバートと共に国の果てであっても駆けつけ、善良な民を守り続け、護国の聖妃と称された。
そして、ミレイユは三男一女を授かる。長男はアルバートの後を継いで仁心あふれる賢王となり、堅実な政策をもって国を大きく発展させた。次男は王弟として王家に残り、兄を精力的に支えて非常に多くの臣民から慕われた。三男はミレイユからブレイトス侯爵家の管理を受け継ぎ、後に臣籍に降る際はその爵位と家督を継承し、周囲と協力しながら母親の生家を再興させた。王子が継承したことにより、ブレイトス侯爵家は公爵に陞爵し、その後長きに渡り王家と共に在り続け、国で随一の名家となった。末子である王女は医療や福祉分野への支援に注力し、それまでは男性医師の補佐的な立場であった女性医師の地位を確固たるものにし、医療界の革命者として後代にまで広く名を知られることになる。
彼ら兄妹の仲はとても良好で、それぞれが良き縁に恵まれることになる。理想の夫婦像を聞かれれば、全員が自身の両親を挙げた。彼らの父アルバートと母ミレイユは、本気の言い争いもいつしか痴話喧嘩になるほどの仲睦まじい夫婦であり、アルバートが王城の庭一角に見事な薔薇園を造ったことは有名である。三男がブレイトス家に降る際には、両親と兄妹がその薔薇の一部を移植できる形で贈ったという。
王城とブレイトス公爵家の庭には、真紅の薔薇が今でも華麗に咲き誇っている。
本話で完結です。
ここまでお付き合い下さり、本当にありがとうございました。




