第96話 隠れ聖女と夢魔教師〜その2
「生徒だからと手加減する気だったが....ライラ、お前は俺の逆鱗に触れた」
明確な殺意が私を襲う。ギャレンはおそらく本気だ。私がギャレンの計画の要であるイアン殿下を救出し、あまつさえ魔道人形を盾にして破壊してしまった事でギャレンの計画が完全に潰えたから。
(でも、壊したのはあくまでギャレン先生じゃ....)
と喉元まで出かかったが、流石にこれ言ってしまえば火に油を注ぐ事になってしまう。そう言いたい気持ちを堪えて剣を構えた。
ゆらりと動いたギャレン。ふらぁっと体が傾いたと思った瞬間、風のように一瞬で視界から消えたギャレン。その光景に私は警戒を強める。
(どこに行ったの....!?)
そう思った瞬間、私の腹に勢いよく拳がめり込んだ。先ほどと同じように息が一瞬できなくなる。目で追えないほどの速度で消えたギャレンが、一瞬の後に私の目の前まで移動し攻撃を仕掛けてきたのだ。
その速度と重さがのしかかった拳の一撃は重く、私は出入り口の扉ごと壊して階段に激突した。
「がふっ.....!」
強烈な一撃で視界が揺らぐ。口から吐血し、息が細く微かに漏れる空気だけとなった。
(何がっ....!?いや、動け....止まるな....動け!!)
自分の魔力を全身にかけ巡らせるように意識を集中する。段々と傷の痛みを耐えられるように練られた魔力で簡易治療を施した。剣を杖代わりにしてゆっくりと立ち上がる。既にギャレンは完全に私を殺そうとこちらを見ながらゆっくりと歩いてくる。
その時、私の元まで飛んできたリムが私の服を引っ張った。
「ライラ立って!このまま戦ってもライラが辛いだけよ!一旦体勢を立て直さないと!」
リムの訴えにこくんと頷き、私はお腹を抑えながら階段の方へ向かおうと足を向けた。
「逃がすか」
ギャレンの低い声が聞こえるが、私は咄嗟に魔法で刀身が消えた剣を足元に振った。土煙を発生させ、その内にリムに引っ張ってもらいながら階段を昇る。幸い部屋を出るまで追いかけてくることはなかったが、それでも怪我をしている私にとってこの状況はかなり不利だ。
資料室から飛び出し、息を切らしながらも必死に走る。途中何度も倒れている生徒に躓きそうになりながらも、私は魔法棟を出て教室の中に隠れた。
「はぁ....はぁ....追ってきては....ない?」
「うん、大丈夫そう。今のうちに治療して」
「ちょっと....待ってて....」
先ほどの簡易治療は緊急で行った物なので完全に傷が塞がっているわけではない。回復魔法は本人の回復力を強化して回復を早めるだけの魔法だが、私の様に人体の構造にある程度知識があれば傷を塞ぐことも不可能ではない。ただ、人体の構造を理解したうえで聖女レベルの光もしくは聖属性魔法適正が必要だが。
(....こんな時だから思うけど聖女で良かった....)
聖女紋は聖属性魔法に大幅な補正をかけてくれる。特に聖女紋の画数が多ければ多いほどその補正は強くなり、七画は歴史上私と”竜の巫女”しか存在しない。どのレベルの補正が入っているかは正直私にも分からないのだ。
パァ....と淡く光る光でお腹の傷を癒していく。魔力の流れで何となく怪我している位置は分かるが、完全に治すには私の力では不可能だ。一時的に動ける程度に傷を癒す。
(聖女であることを呪ったはずなのに....最近になって聖女であることに助けられる機会が増えたな....)
たまに考えてしまう。『もしも私が、聖女ではなかったら?』と。そうすればあんな悲劇は起こらなかったし、私はきっと普通の村娘として生活していたことだろう。
でも、もしもそうなっていれば竜爵令嬢の”ライラ・ティルナノーグ”は存在しなかった。この学園に通うことも、セレナ様やマナ様に出会うことも、そして殿下に出会うことも無かったことになる。
正直、どちらの方がよかったのかと考えるのは難しい。私にとっては”今”も幸せな時間で、かけがえのないものだから。
「こんなこと考えるなんて....弱気になってるのかな、私」
「うん?何か言った?」
思ってただけのつもりが、気づかないうちに声に出てしまっていたらしい。私の声に気づいたリムが不思議そうな顔をして眺めてくる。
「ううん、何でもない。それより、ギャレン先生からムーバを取り戻す策を考えないと....」
「うん。多分だけど、アタシ達の位置もバレてると思うわ。今この学園夢郷はムーバじゃなくてあの魔族の管轄になってる。さらに言えば、あの魔族と契約しているあの男もその力を使えるってわけ。夢郷内の魔力は感知できるから、きっとアタシ達を追ってここに来てるはずよ」
「ギャレン先生との対決は避けられないから、相まみえる前にムーバを取り戻す算段を付けないといけない。リム、何か策はある?」
そう問いかけてみるが、リムは「う~ん....」と悩みつつも口を開かない。しばらく考えてから話し始めたが、案の定期待していた解答とは違った。
「ごめん....さすがにこの状況はアタシも初めてだから分からないわ....」
「だよねぇ....唯一ムーバに近づく手段としてはこの指輪くらいしか情報が無いんだけど」
そう言って左手に嵌めてある赤い宝石の付いた指輪を見た。ムーバから渡されたこの指輪は、魔力を流すことでムーバを取り込んだ魔族の位置がわかる。だがそれ以上でも以下でもない。ムーバを取り戻すきっかけにはならないはずだ。
「なるほどね。少なくとも、ムーバはあの魔族の中に....って、え?アタシ、今なんて言った?」
「え?『ムーバは魔族の中にいる』って言ったよね?」
「そうよね!アタシそう言ったのよね!?」
「え、うん。そう言ったはず」
何に気が付いたのかは分からないが、リムの瞳が輝いた。そして再び指輪に触れてリムが魔力江尾流してみる。すると、指輪から出た光の粒子が道となってギャレンたちのいる方向へと流れていった。
指輪をはめている私には当然見えるのだが、今回は魔力を流したリムにも見えたらしい。
「普通、存在ごと取り込まれたら魔力なんて残っていないはずよ。でも、この指輪から流れる光は確実にムーバの下へと続いてる。ってことは....?」
「もしかして、ムーバはまだ完全に取り込まれてはいない....?」
「そういうこと!それに、アタシ達にはムーバの”記憶”がある!幸いここは夢郷だし、アタシがライラとアタシの中にある”ムーバの記憶”を取り出して、それを粒子の源である魔族に当てることが出来れば....!」
「つまり、この指輪を媒体にギャレン先生達と同じことをしようというわけね」
ギャレンの計画はカレンの記憶を元に記憶体を生成し、そしてそれを魔道人形を依り代にして復活させる計画だった。
そしてリムが言っているのは、私とリムお腹にあるムーバの記憶を指輪という依り代に移し、そしてそれを元々ムーバだった粒子が吸収された魔族に当てることで記憶と肉体を同時蘇生し復活させようということらしい。
ギャレン達の計画で一番ネックだったのは”記憶体の生成”と”記憶の取り出し”の2点だったが、今私たちにはリムがいる。リムは”夢の妖精”だが同時に”記憶の精霊”でもある。夢郷の中で数ある夢に干渉し、また記憶の泡を読み取れたのも彼女の能力あっての芸当だろう。
「ライラ、この計画....どうかな?」
「うん、やってみよう。どちらにしても、ギャレン先生を止める為には夢郷能力をギャレン先生から奪わないと行けないし」
「分かった。急ぎ目にやるね」
そう言ってリムは私の額に自分の額を当てる。彼女が精霊魔法を使った瞬間部屋の一角が白く光りだした。そして数秒の発光の後、私の目の前には記憶の泡がぷかぷかと浮かんでいる。
リムに招かれるままに指輪を記憶泡に触れさせると、その記憶の泡が指輪の中に吸い込まれて消えていった。
「これでいいの?」
「うん、後は....」
そう言いかけた時、廊下からカツン....と音が響いた。既にすぐそこまでギャレンは迫ってきているらしい。私は少し壁から離れ、剣を手に臨戦態勢を取った。
***
《ギャレン視点》
時は遡り数分前。部屋に舞った土煙を払い、ライラに逃げられたことを理解する。
先ほどの攻撃でライラは今手負いだ。あの程度の時間の治療で戦闘が出来るレベルまで回復する事は難しいだろう。
だが、どうにも急いで追いかける気になれない。頭の中にいるもやもやした感情が、俺の足を止めていた。
「どうした?追いかけないのか?」
にやにやした笑いを張り付けたガミジンが言う。確かに、俺は今あの少女を追いかけなければならない。彼女は俺の計画を完全に潰した。せっかくここまでの状況を揃えたというのに、あの少女のせいで台無しだ。また次男策を考えなくてはならない。
「いや、追いかける」
「何か悩んでるらしいな?戦闘の最中に考え事は良くないぜ?」
「分かってる。行くぞ」
「へいへーい」
ガミジンを連れてゆっくりとじぇやを出た。階段を昇り、資料室を出たタイミングで夢郷の中にある魔力反応を確認する。今あの2人は本棟にある教室の一つにいるらしい。そこまで行けば再び戦闘が始まるだろう。
「俺の夢を潰したお前は....許さん」
そう小さく呟いて魔法棟から本棟に向けて歩き出した。
いくつか頭の中に残る疑問。その中でもやはり一番気になるのは彼女はどこで娘のことを知ったのだろうか?少なくとも、あの部屋の中に俺が犯人だと決め手になるような証拠は残していなかったはずだ。
なぜ彼女は俺が夢郷を狙う犯人だと分かったのか?そしてカレンのことをどこで知ったのか?追いかける足が上手いこと動かない理由はそのモヤモヤがあるからだろう。
(まぁいい。どうせなら殺す前に聞いておけばいいだけの話だ)
そう思いつつ段々と反応のあった教室に近づいていく。そしてガミジンと共に教室の扉の前に立った。恐らく中にいる2人も俺達が来たことに気づいているはず。回復の時間を与えてしまったのは失敗だが、学生の使える回復魔法などたかが知れている。
そう言えば彼女は魔法が使えることも隠していた。どの程度使えるかは分からないが、脅威に感じるほどではないだろう。
そう思いつつ、扉を勢いよくけ破って中に入る。既に中には剣を構えたライラと傍らに浮かぶリムの姿があった。
「作戦会議は終わったか?」
「はい。ギャレン先生....あなたを倒させてもらいます」
「それは無理な相談だ。お前は今日ここで俺に殺される。悔やむなら俺の邪魔をした自分を恨むがいい」
そう言って俺は両手に嵌めたガントレットをガチン!と鳴らす。
お互いの視線が交差し、俺の瞳とライラの瞳がお互いを映した。静まり返った教室の中、ただ月明かりだけが2人のことを照らしたのだった。
当作品が面白い!気に入った!という方は評価やいいね、感想などお待ちしております。
次回更新日は12月16日AM 7:00の予定です。




