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第92話 隠れ聖女と夢に落ちる

 窓から射す光が私を照らす。もう夏の終わり、秋の待っ只中であるこの季節だが日射しが当たると暑いし眩しい。お昼の鐘が鳴る頃に私が目を覚ました。


(....今何時です....?)


 寝ぼけた状態で体を起こし、壁にかけてある時計を見る。先ほどなっていた鐘の音を聞くにお昼だろうと思っていたが、やはりお昼を過ぎた頃だった。

 そろそろ起きないと....と思いつつも寝起きなので睡魔が取れない。そのまま枕に再び顔をうずめる。


「....ねむぃ....」


 今日は先日の幽霊調査の一件で授業が免除されているため、再び心地いい夢の世界へと意識が落ちていく....と思った時、耳元でぼそりと誰かの声がした。


「おーいライラー。起きなさーい」

「うひゃあ!!」


 唐突な囁き声に耳どころか全身をぞわりとした這うような感覚が襲う。驚きの余り飛び起きて声の主を見ると、そこには頬を膨らませたリムが不機嫌そうな顔をして座っていた。

 この妖精め....!と思ったが、妖精とは元来悪戯好きである。間違ってはいないのか?

 そうは思うもやはり耳がぞわぞわした。心臓に悪いからやめてほしい。


「リム!びっくりするからやめてよ....」

「そんなことよりライラ、今日は学校に行くの?お昼まで幸せそうに寝てて恥ずかしくないの?」


 人を引きこもりみたいに言うな!今日はお休みだから問題ないの!


「深夜に動いたんだから寝かせてよ」

「で、たっぷり寝かせてあげたんだから調査報告を寄越しなさい。ほら、早く!教えて!」


 リムが興奮気味にそう言うので昨日の夜にあったことを話した。少女霊と出会ったこと、幽霊鎧との戦闘、貴族に憧れた少女のシンデレラティータイムの話、そして最後に見つけた謎の部屋。恐らく既に殿下が学園長先生に話してくれているはずだが、改めてこうして言葉にしてみると凄く濃い夜を過ごした気がする。


 そして何より、リムに一番伝えなければいけないことは....


「私達が行った場所、そのどれもが夢郷だったの」

「なるほどね....」


 幽霊調査中、どこの部屋でも夢郷にのみ存在する記憶の泡が浮かんでいた。それはつまり、あのカレンという少女霊が連れて行った場所すべてが夢郷となっていたことを意味する。

 本来、この学園において夢郷を自由に操作できるのはムーバの特権のはずだ。でもあの少女霊が案内した場所は全て夢郷になっていた。


「少なくともムーバの仕業ではないよ」

「だよね....」

「ねぇライラ、今日はどうするつもりなの?」


 心配そうな目でこちらを見るリム。瞳の奥が揺らいでいるのが見えて、何かに怯えているような表情をしていた。


「今日はお休みだから、街の方の図書館に行ってみようと思ってる。調べないといけないことがあって」

「ねぇライラ、今日はなんだか嫌な予感がするの。あくまでも勘なんだけど....アタシも付いて行っていい?」


 リムが不安そうな顔でそんなことを言う。“嫌な予感”と言われても....

 そうは思うが相手は精霊。精霊の勘や予感は当たることがほとんどだ。稀にふざけて予言するいたずら好きな精霊もいるが、目の前の不安そうな顔をしたリムを見て流石にイタズラだとは思えない。


「分かった。でも、人前では気をつけてね」

「大丈夫よ、ライラのポケットの中にいるから。それとライラ、アタシと契約しない?精霊と契約すれば精霊魔法が使えるようになるわ。それに....アタシの感じた嫌な予感に対する保険ってことで」

「私でいいの?」

「むしろライラ以外に誰がいるのさ。この学園でアタシの事を知ってるのはライラ含めて3人だけなのよ?」


 その3人は私とセレナ様と学園長先生のことだろう。確かに精霊の勘は当たりやすいし、リムからそう願い出てくれるのなら私が断る理由はなかった。


「分かった。契約してくれる?」

「うん。じゃあライラ、少し失礼して....」


 そう言ってふよふよと浮かんできたリムが私の額にキスをする。その瞬間、いつもとは違う魔力が体を駆け巡るように流れてきた。契約が完了したからなのか、今まで知らなかった謎の魔法式がいくつも頭の中に流れ込んできた。


「精霊魔法よ。でも、効果は説明するより体感したほうが早いかも...?」

「どうやるの?!是非教えて!」


 精霊魔法!普通では習得することが出来ない精霊と契約した者だけの特権!そんなの魔法を扱う人にとってはどんな宝物よりも価値があるものだ。目をキラキラさせてしまうのも仕方がない。うん、仕方がないんだ!


「ちょっと....そんなに興奮してるライラ初めて見たんだけど。というか、今日は調べ物に行くんでしょ!もうお昼を回ったから準備したほうがいいじゃない?」

「え~....でも精霊魔法が....」

「いいから準備しなさい!さっき隣の部屋で心配そうにメイドがうろうろしてたわよ」


 そう言われてしまっては仕方がない。私は起き上がり、既にベッドの脇に準備されていた制服に着替える。授業が無いとはいえ、一度学園には顔を出すつもりだ。殿下と学園長先生の話も気になるし....

 私は起きたことを隣の部屋にいたセナリーに声をかけ、一向に起きないから心配したと言われた。そのまま昼食を用意してもらい、身支度を整えてから寮を出る。向かう先は学園外にある街の方の図書館だ。


 しばらく歩いて見えてきた王都の図書館。学園と同じほどの規模があるが、これは王都巡回用の騎士庁舎が併設されているからであり、またこの図書館には事件記録や故人の記録なども保管されている。今日はその故人の記録を調べる資料室に用があるのだ。

 一般人には入れないエリアにあるが、私には秘密兵器がある。


 図書館に入館し、そのままの足で階段を昇る。3階まで辿り着き、さらに奥へと廊下を進んで行くと目的地が見えた。資料館は厳重に警備されており、入るためにはチェックを受けなければならない。私は出入り口にある小窓の前まで進んだ。


「こんにちは。資料館に入りたいのですけど」

「はいはいっと。あれ?ライラ様じゃないですか!今日も騎士団長様のお手伝いですかい?」

「はい。とある事件のことで必要な情報をメモして来て欲しいと頼まれまして」

「大変ですね~。一応身分が分かってるとはいえ形式上確認はしなきゃなので、身分証と通過検査を受けてください」

「はい。身分は学生証でいいですよね」


 そう言って学生証を手渡す。学生証に流れている私の魔力と実際の魔力を比較して本人であることを証明し、次に行った通過検査では全身を魔力波でスキャンして危険物の持ち込みがないかを確認する。

 どちらも問題なく通過し、私はそのまま資料室の中に入った。


 しばらく資料室を歩いて、人がいなくなった場所でリムがポケットから顔を出す。


「ぷはっ。凄いわねライラ。あんな簡単に突破しちゃうなんて」

「実際騎士団のお手伝いをたまにしてるのは事実ですからね。まぁ、こんな感じで私情に使わせてもらうこともありますが、お父様は了承済みなので大丈夫!」


 そのままの足で故人の記録が保管されている棚まで移動する。故人の記録は年代順に並んでおりまたその中から名前順に並んでいるので非常に探しにくい。ある程度調べたい故人の情報がある状態でなければ見つけることすら難しいのだ。

 今回調べたい名前はカレン・アルドノトス。だが亡くなった時期に関してはまったくもって分からない。ちまちま調べるしかないのだ。


「げんなりするわね....」

「根気よく探すしかないよ」


 そのまま直近の棚から1つ1つの情報を確認していった。

 気づけば2時間以上経っており、そろそろ日が暮れて来そうな時間帯。その時、私の目に求めていた名前が入って来る。


「あった!」


 名前はカレン・アルドノトス。シャングリラ領内にあるレサル村という村の生まれらしい。亡くなった時期は今から10年前。当時10歳だったという情報はベアから聞いたものと一致する。


(亡くなった原因は賊による殺害....当時レサル村を襲った山賊の襲撃いによって、病床故に伏せていた母親と共に逃げ遅れて殺害される。結果近くを巡回していた騎士によって山賊は捕らえられたが、村は全体の2割の被害を被った....死者数12人、重・軽傷者は計88人....惨い事件です)


 山賊による襲撃など予測できるはずがない。更に当時10歳の少女が母親を置いて逃げる選択肢を取れるだろうか?そう考えると涙が自然と私の頬を流れた。

 そしてここからが重要な場面。必要な情報はカレンという少女霊の情報、それと彼女の言っていた”父親”の名前。


「血縁関係は....っ!?」


 血縁関係の欄を見て固まった。何故気づかなかったのか?私はこの名前を何度も聞いているじゃないか。他人の家名をそこまで覚えていなかったことが仇となった。まさか”彼”が....


「リム、学園に戻ろう」

「え?もう終わったの?」

「今は一刻も早く、この人物を捕まえないと」


 立ち上がった私は死霊を元の位置に戻し、急いで資料館を出る。図書館を出てから真っすぐに学園へと向かって走った。風域を使って屋根の上を跳んでいく方法も考えたが、今の私はアリアではない。ライラである以上は走って戻るしかなかった。既に日は傾いており、学園もそろそろ授業が終わる頃合いだろう。

 しばらく走って見えてきた学園。だが、何やら学園の中が騒がしい。妙に人が多い上に、何やら全員がドタバタと走っていた。


「何かあったの....?」


 学園の敷地内に入り、走り回っている生徒たちの様子を観察する。すると、まるで全員が何かを探す様にきょろきょろと周囲を見回していることに気づいた。その時、私も奥の方にいた殿下の姿を見つける。


「殿下」

「!ライラか!」

「どうしたんですかこの騒ぎ....それに、学園長先生との話し合いは済んだんですか?」

「ああ、そっちは問題ない。今はそんなことよりライラ!イアンを見なかったか?」

「イアン殿下?見てないですけど....私は今この学園に来たばかりですし」


 イアン殿下に何かあったのだろうか?


「何かあったんですか?」

「イアンが行方不明なんだ。数時間前に図書館で寝ている所を数人が目撃してるが、それ以降の足取りがつかめない。お付きの護衛も目を離していたらしく、今どこにいるのかが分からないんだ」


 イアン殿下が行方不明?!一応イアン殿下は留学生だが、他国の王族だ。賓客という扱いで国に対応されている以上、行方不明となっては私達の国が責任を問われることになる。


「すぐに探さないと....」


 そう言った瞬間だった。



 ゴォォォーン....ゴォォォーン....



 突如鐘の音が学園内に響き渡る。その音は全員に聞こえたらしく、全ての人間がピタリと止まって鐘の音を聞いている。その時、学園を包み込むように謎の波動が学園の結界の中を奔った。そしてふわりと浮き上がる()()()()()()()


「鐘の音....?今は鳴る時間じゃないはずなのに....」

「何が起こっ....て....?」


 殿下が言いかけた瞬間、その体がぐらりと傾いて倒れ込む。私は慌てて殿下の体を支える。

 が、私もそのタイミングで強力な睡魔が襲い掛かって来た。


「大丈夫ですか?!殿....か....」


 瞼が重い。意識を保てなくなるほどの強烈な睡魔が私の意識を遠のかせていく。周囲を見ると他の生徒や教師も同じように倒れていき、中には既に眠りの世界へと落ちている人さえいる。

 先に私の腕の中にいた殿下が眠り、その体が地面に倒れる。

 私は何とかギリギリ意識を保っていたが、流石に限界が来てその瞼が完全に閉じ切った。


 意識が無くなる直前、私は必死に何かを訴えかけるリムの声を聴いた。


当作品が面白い!気に入った!という方は評価やいいね、感想などお待ちしております。


次回更新日は12月7日AM 7:00の予定です。


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