第90話 隠れ聖女と少女霊の願い
「....ということがありまして」
お茶会のことを語り終える。その話を黙って聞いていた殿下はゆっくりと立ち上がりセレナ様の頭を撫でた。
「辛かったな、セレナ」
「ぐすっ....お兄様ぁ....」
「友人との別れが辛いのは分かる。だが約束したんだろう?なら大丈夫だ。いずれきっとまた会える」
セレナ様に優しく語り掛けた殿下。頭を撫でられて段々と気持ちが落ち着いて行ったのか、セレナ様の震えも収まっていく。次に顔を上げたセレナ様には泣き跡が残っていたが、その瞳に溜まっていた涙は無くなっていた。
「もう、大丈夫....です」
「ああ。約束したなら大丈夫だ。心配することはない」
セレナ様と共に立ち上がった殿下こちらに寄って来る。殿下はなぜか息を切らしており、ついでに言ってしまえば汗も凄い。先ほどまで戦闘でもしていたのだろうか?上着も脱いでいるため凄まじい筋肉美が丸見えである。
「さて、次はなんだ?」
「あの殿下....次はいいんですが先に服着ませんか?」
「汗で気持ち悪いんだがな....確かにライラの前でいつまでも肌を出しっぱなしなのも申し訳ないな」
そう言って落ちていた上着を羽織り、剣をしまって再び合流する。少女霊の方を見ると、特に表情を変化させることなく言った。
「次が最後よ。付いてきて」
そう言って扇動するように少女は補佐棟の道場から出ていく。私達は再び彼女の後を追って補佐棟を出ていく。向かった先はの隣にある棟。そこは私がつい先日も訪れた場所だった。
「魔法棟....」
「ここには何があるんだ....?」
魔法棟に入ると少女は奥へ奥へと進んで行く。イアン殿下を案内した魔法科の教室を通り過ぎ、フィール先生の手伝いをしている魔法薬学室も通り過ぎてさらに奥に行く。そして最終的に辿り着いたのは一番奥にある部屋だった。
私はフィール先生の手伝いで何回か足を運んだことはあるが、この場所は特別な場所ではなかったはずだ。だが殿下とセレナ様は初めてきた場所のようでその部屋に困惑している。
「魔法資料室?」
「はい。ここは今までの先輩方や先達の方々がまとめた研究データや、魔法に関する知識をまとめた書物などが保管されている場所です。特に特別な場所ではなかったはずですが....」
「でも、あの少女霊がこの中に入ったということはきっと何かがあるということですよね」
「そうなりますね....とりあえず入ってみましょうか」
扉を開けて中に入る。月明かりである程度明るくなった部屋は今まで私が入ったことのある光景と変わらず、いつもの資料室が広がっていた。だが、唯一違う点があるとすれば....
(記憶の泡....ここも夢郷になっているの?)
資料室の床からも案の定泡がぷかぷかと生まれては浮かんでいた。
そして少女霊が逃げ場のない部屋の一番奥へと進む。そして窓の前で振り返ってこちらを見た。私達もそれを見てある程度の距離を開けて止まり、少女霊のアクションを待つ。
「さて、ここが最後だよ。彼らの魂を解放してくれてありがとう」
少女霊の意外な言葉に驚く。でも、まだ浄化しなければいけない魂は残っている。目の前の少女霊だ。彼女を浄化して、初めてこの案件は解決となる。
「最後はあなたです。あなたの正体、そして彼女達の魂を集めた理由を聞かせてください」
「うん?私はそれに答える気はないよ?あなたた達がしなきゃいけないのは私を解放すること....でも、普通の浄化で私は成仏しない」
「それは....あなたが死霊ではないからですか」
「へぇ....そこまで知ってるんだ。多分ベアトリーチェ様が話したのかな?」
ベアの話を信じれば彼女は死霊ではない。魔法生物のような”何かで出来た生物”。それがこの少女霊の正体というわけだ。そして、その”何か”が分からない。
「私を解放する条件は簡単だよ。浄化魔法なんて必要ない」
「それは一体どんな方法なんだ?」
「そこのお嬢さんは聞いてるんでしょう?『私の願いを叶えてあげてくれ』って」
ベアのことだろう。この話を知らない殿下は疑問を浮かべているが、私には伝わっている。少女霊の言い方から察するに、彼女の願いを叶えてあげることが出来れば彼女は消えるということだろうか?
「はい。だから私はあなたの願いを叶えるために来ました」
「うん。それを聞いたのが貴女で良かった。貴方じゃないとダメだった」
「どういうことですか?」
「その意味は自分で考えて。さて....それじゃ私の願いを言うね」
少女がそう言った瞬間、窓が開いていたのかビュオっと窓から風が舞い込んだ。カーテンが靡き、月明かりが部屋の中を照らす。少女は笑ってこちらに語り掛けた。
「貴女に彼を....”お父さん”を助けて欲しい。それと私の名前はカレン・アルドノトス。あなたなら私の正体にも辿り着けるはずよ」
「風がっ....!」
「お願いね。ヒントはあげるわ」
風に吹かれて一瞬目を瞑ってしまう。次に目を開けた時には既に風は収まっており、そして少女霊の姿はそこにはなかった。
「何だったんだ....?」
「分かりません。でも....”お父さん”を助けて?それに彼女の名前....」
アルドノトスという姓、どこかで聞いたことがある気がする。しかもかなり身近な人間だったような....
彼女は誰かの娘ということか?それに彼女の父親の正体は一体....
「風で髪が乱れました....あっ、ライラ様!あれ見てください!」
セレナ様が指を差した先は部屋の一番奥にある本棚。そこがゆっくりと開き、その奥にさらなる空間があるのを見つけた。風が流れている当たりかなり奥まで広がっているように思える。
それはつまり隠し扉。私も知らない部屋がそこにはあった。
「隠し扉か?」
「みたいですね。もしかして、あの場所に彼女の正体を知る手掛かりがあるとか?」
少女霊は『自分の正体を知るヒントはあげる』と言ってくれたし、そこでこの場所に連れてきたということは恐らくあの場所がそのヒントということだろう。
「行ってみましょう」
「ああ。行こう」
「行きましょう」
3人で目の前の部屋の中へ進むことを決め、本棚の扉を開けて中へと入っていく。中は下へと続く階段となっていて、魔道具の灯りが薄っすらと灯っている光景だった。ゆっくりと殿下を先頭に警戒しながら進んで行く。そして階段の下に辿り着いて扉を開いた時、目の前の部屋の景色が目に入って来た。
そこは研究室のような場所。中央に置かれたベッドや本や資料の散らばった机。そしていくつも存在するフラスコなど分かりやすく研究室であった。
「ここは....学園の見取り図にも載っていない部屋だな。まだ埃が残っている場所があるが....少なくともつい最近誰かが使っていた形跡がある」
「この研究資料、記憶の情報が書いてある....?」
となると、ムーバの言っていた”夢郷に侵入しようとしてきた奴”とこの部屋を使っていた人物は同一人物ということになる。それに、その人物が少女霊の父親ということになるのか....?
(そうなると余計に思い出せない。アルドノトス....誰だ?)
私がその人物を思い出すことが出来ればすぐにでも詰めることが出来る。だが、やはり思い出せない。自分の周りにも子供がいそうな大人は何人もいるが、イザヤの人や冒険者として絡んだ人など思い出せる人物の中に全く心当たりがない。
「ライラ様、何でしょうかこれ?」
セレナ様に裾を引かれ、部屋の一番隅を見るとそこには子供サイズの魔道人形が培養液のようなものに浸かって寝ていた。あの技術は最先端の物だろう。この国の技術ではない。
「この魔道人形は技術大国ヴィルヴィの物だな。正直見ても仕組みは微塵も理解できないが」
「私もです。でも、この魔道人形だけこれほど厳重に保管されているのは何故でしょう?」
「もう少し調べたいところだが、今日はここまでだな」
殿下が言う。なぜだ?日が昇るまでまだ少し時間があるはずだ。調べる時間はあるはず....
「なぜですか?」
「この部屋をざっと見て見て分かったが、犯人の手がかりになりそうな証拠はどこにもなかった。これ以上調べても情報はないだろう。一旦持ち帰って、学園長に話した方がいいと思う」
「それは確かに....私達だけでは分からない情報でも、もしかしたら学園長先生であれば分かるかも」
「この辺りに散らばっている資料も学術会で発表されている過去の論文ばかりだ。俺も見たことがある物がいくつかある。少なくとも犯人の私物では無さそうだ」
「そうなると今この部屋にある物から人物像を浮かび上がらせるのは困難ですね....」
「ああ。だから今日はここで引き上げて、学園長にこの部屋の存在を聞いてみることにしよう。俺が時間を取って伝えに行く」
殿下の考えに賛同し、セレナ様に同じことを伝える。セレナ様も流石に疲れたのか「ふわぁ....」と可愛らしく欠伸をしており、一旦今日は引き上げる方向で決定した。
一応誰かが侵入した形跡を残さないように本棚の扉を閉じ、私達は資料室を後にする。
セレナ様を無事に寮まで送り届け、私も自分の部屋へと戻った。学園長の計らいで今日は1日授業が免除されている。今日は起きたら調べ物に集中できそうだ。
(カレン・アルドノトス....彼女の名前を調べればきっと、父親の正体も分かるはず....)
そう考えているとうとうとと瞼が重くなってくる。そのまま私は寝ているリムの隣で眠りの世界に落ちていった。
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次回更新日は11月28日AM 7:00の予定です。




