第89話 隠れ聖女とシンデレラティータイム
ベア達からあの少女霊の話を聞いた後、彼女の存在についてもう少し聞いてみた。だがやはり彼女達も詳しくは知らないらしく、はっきりとした正体に繋がる情報は分からなかった。
「ごめんなさいね。私達もあまり詳しくは知らないのよ。今は同じ死霊だけど、元は全く関係ないから」
「いえ、大丈夫です。少なくとも、普通の死霊とは違うという情報だけでもかなり助かります」
イザヤでも戦った魔法生物。その形態は体が魔法で構成されている生物のことであり、本体とは別の体に変身することが出来る。そして、彼女達が言うにはあの少女霊もそれと似たようなものらしい。外見上は死霊だが、その本質が違う....
(でも、そんな生物聞いたこともない....魔法生物以外にもいるの....?)
「ま、そんな心配しなくてもそのうち分かるわよ。私、勘はいいから」
「勘、ですか」
「勘よ」
自信満々に言い放つベア。彼女ほど自信満々にその勘を語るん人もそういないだろう。だからこそ、このたった2時間のお茶会の中で知ったベアトリーチェという人物の勘は信じてみてもいいのかもしれない。
それに、今は何かを暴こうにも情報が無いのだ。分からない未来のことなど考えても仕方がない。
そんなことを思っていると、何やら横の方が騒がしくなった。
「ちょっとファナ!そのマカロンは私の物よ!」
「セレナちゃんがいつまでも残しておくのが悪いんだよ~!」
「後で食べようと思ってたの....!なら、ファナのクッキー貰うからね!」
「あー!私のクッキー!」
お互いの前に置かれていたお菓子の取り合いをしているらしい。凄く子供っぽい争いだが、実際に子供なのだ。だが、そんな喧嘩のような空気感の中でも2人はどこか楽しそうにしている。
セレナ様にとって、こうして本音で語り合える友人は初めてなのだろう。私がセレナ様の教育係になった時、レオンハルト殿下から事情は聞かされていたからこそわかる。このお茶会は、セレナ様にとっても特別な意味があるのだと。
「そういえばクッキーとかマカロンで思い出したんですけど、食べたものや飲んだ物はどこに行ってるんです?」
「それはですね、今このマネキンは私達が憑りついたことで普通の人の体と何ら変わらないように変化してるんです。分かりやすく言うと....マネキンが人体で言う骨の部分、そこに魂が入り込むことで肉と皮を魂のエネルギーで疑似的に再現してるといった所でしょうか?」
「つまり、食べたものや飲んだ物は魂のエネルギーに変換されていると?」
「そうですね。その解釈で間違いないです。私達が憑依しているこのマネキンは魔道人形ですから。きっとドレスに防御の魔法など組み込む際に魔力回路のあるマネキンが必要だったのでしょうね」
なるほど。ただのマネキンではなく魔道人形だったのか。完全に理解はできないが、飲食物が魂のエネルギーに変換されているとは驚いた。まだまだ解明されていないことってあるものですね。
「はいはい、ファナもセレナも喧嘩しないの!2人とも淑女でしょう?」
ベアの一言で「「うっ....」」と2人とも静かになった。スッとお互い席に戻り、先ほどとは違ってセレナ様はクッキーを、ファナはマカロンを頬張っていた。喧嘩両成敗ですね。
「お茶おかわりいりますか?」
メイルゥがお茶を注いでくれようとした時、部屋の時計が鳴る。アンティーク調の古時計は、1時間ごとに時刻を知らせるように音が鳴る。そして、既に時刻は午前3時を迎えていた。
その時計を見て、「そろそろね....」とベアがぼそりと呟く。
「メイルゥ」
「はい。分かってます」
「何がですか?」
アイコンタクトで通じ合っているベアとメイルゥに対し、何もわかっていない私は質問してみる。すると、ベアがメイルゥにティーポッドを置く様に促してメイルゥが席に着いた。その瞬間、覚悟を決めたような雰囲気に変わったベア達を見て空気が変わる。
「ライラ、私からお願い事をしてもいいかしら?」
「....?はい、大丈夫です」
「あなた達をここに連れてきた少女霊、彼女の願いを叶えて上げて頂戴」
「あの少女霊の願いを....?」
「そうよ。私達の願いは叶えてもらったわ。だから今度は....あの子の願いを叶えてあげて」
ベアの瞳は真剣だ。決して冗談で言っているわけでも、私達が幽霊調査をしているからでもない。ただ1人の人間として、彼女の願いを叶えてあげてくれと切実に語っているのが伝わる。
その真剣な眼差しを受け、私の中で次のやることが決まった。
「分かりました。ライラ・ティルナノーグの名において、彼女の願いを叶えて見みせます」
そう言うと、ベアは真剣な雰囲気から柔らかく微笑んだ。正直少女霊の願いやその叶え方は分からない。でも、きっとベアは私を信用してくれたのだ。彼女になら任せてもいいと思ってくれたのだ。そんなベアの心を裏切るわけにはいかない。
「ええ、任せたわ。ライラならきっとやり遂げてくれる。大丈夫。私、勘はいいから」
そう言ってニコリと笑った。その様子にメイルゥも横でホッと息を吐いて微笑んだ。
ベアが突然立ち上がり、パンパンと手を叩く。その音に反応してセレナ様をファナもベアの方を向いた。
「さて....ファナ、満足できた?」
ベアがそう言った瞬間、私はその言葉の意味を理解した。このお茶会はファナが『貴族様のようなお茶会をしてみたい』という願いの下セッティングされたもの。そして、その質問の本当の意味は....
「うん!満足した!」
「ならよかったわ。それじゃあ....そろそろお開きの時間ね」
はっきりとベアが口にした瞬間、セレナ様も理解したようだ。その言葉が飲み込めず、目を見開いて固まっている。
「おひ....らき....?」
セレナ様はショックのあまり言葉を紡ぐのすら難しくなっているようだ。少しずつ俯く様に顔が下に向いていく。
「そうよ。元々私達には時間が無かった。ファナの願いが叶えられた今、このお茶会はその意味を終えたわ」
「アタシ、正直今までで一番楽しかった!お菓子も美味しかったし、可愛いドレスも着れたし、それに....セレナっていう友達もできたから!」
「ファナが満足したならそれでいいわ。私達も、消える前にこうして有意義な時間を過ごせて楽しかったわ」
「ちょ、ちょっと待ってください!消えるって....?」
「私達はね、実はもうこの世界にいられる時間は長くなかったの。っていうのも、あの少女霊と違って私達は本来現れるべきでない存在。この世界にいられる時間は初めから決まっていたの」
ベアは優しく語る。そして、メイルゥとファナが立ち上がってベアの下へと集まった。
「仮にあなたた達が現れなかったとしても、明日の夜明けには消えていたはずよ。それにそうなっていたら最悪!突然こんな場所に魂だけで放り出されて、時間切れになると存在そのものが消滅するのよ?生まれ変わることも出来ないなんて最悪だわ」
「ですから、聖女であるあなた方が来て下さった時、私達は歓喜でしたのよ?」
ベアの言葉に続いてメイルゥがその言葉を肯定する。つまり彼女達に残された時間が少なかった時、たまたま私達が現れたということか....
「夜が明けてしまうと死霊としての能力がことごとく無効になってしまうの。だから....日が昇る前に、私達を浄化して頂戴」
「いや....です....」
そんな時、ずっと俯いていたセレナ様が小さく肩を震わせながら断った。
「そんなの....嫌です....!折角できた友達なのに....折角であえた人たちなのに....!こんな、こんな短時間でお別れなんて絶対嫌ですっ!!」
上げた顔は涙でぐしょぐしょになっている。その視線の先には、ベアのドレスの裾を掴んでいるファナに向けられた。この2人は年齢こそ違えど、先ほど見ていたように親友の様に接していた。たった2時間だったが、この2人にははっきりと分かる”友情”が芽生えていたのだ。
涙を流しながら浄化を断るセレナ様。そしてそれを見たファナがベアから離れてセレナの元まで寄っていく。そして、小さく肩を震わせるセレナ様をそっと抱きしめた。
「大丈夫だよセレナちゃん。アタシは消えちゃうけど、アタシの存在はセレナちゃんの中で生き続ける。お茶会の間の短い時間でも、セレナちゃんが覚えていてくれる限りアタシはセレナちゃんと一緒だよ」
「うっ....ひっく....ファナぁ....」
「それに泣かないで!もしもアタシが生まれ変わることが出来たら、必ずセレナちゃんに会いに行くから!」
向日葵のような笑顔でファナは笑った。その笑顔を見て、セレナ様も溢れそうになる涙をぐっと堪えて笑顔を見せた。
「約束....だよ....?」
「うん!アタシとセレナちゃんの約束!」
小指と小指を結び、セレナ様とファナが約束をする。そして再びファナはベアの下へと戻っていった。
「ライラ様」
「はい」
「彼女達の浄化....私にやらせてください」
「....はい、任せました」
セレナ様が立ちあがり、そしてベア達の前まで進んだ。
そして祈る様に両手を繋ぎ、ゆっくりと涙を含んだ声で詠唱を始める。セレナ様の詠唱が始まった瞬間、ベア達の足元に光り輝く魔方陣が展開した。それを見てファナが「わぁ....!」と嬉しそうに目を輝かせる。
その時、ベアが私の方を向いて言った。
「それじゃあライラ。彼女の件、頼んだわよ」
「はい、任されました」
「それと、ちゃんと結婚して幸せになるのよ!私達の分まで、ね?」
その言葉に対する反応に困ってしまうが、ベアのウィンクにやられて思わず微笑んでしまった。
「『....私の祈りを聞き届け給え。世界の光、安らぎの力を持ってその魂を導かん。魂達よ、主の下へと還りなさい』....”浄化”っ!」
魔方陣と詠唱を経由した強力な浄化の魔法が発動し、ベア達が光に包まれていく。そして消えていくファナに向かって、セレナ様が無理やり笑顔を作って言った。
「バイバイ、ファナ」
「うん。バイバイ、セレナちゃん」
ベアとメイルゥは私の方を見て微笑んだ。
「ライラ」
「ライラ様」
「「ごきげんよう」」
私もそれに応えるように綺麗なカーテシーを見せ、微笑みながら言った。
「ごきげんよう、2人とも」
そして部屋を光が包んでいく。その光が晴れ、魔方陣が消えたその場にはドレスを着たマネキンが3つ、重なる様に倒れていただけだった。
横からすすり泣くような声が聞こえる。私はセレナ様の方を見ず、マネキン達を見て再び心の中でお別れを告げた。
(おやすみなさい。ベアトリーチェ様、メイルゥ様)
このお茶会で出会った2人の淑女たちに向かって別れの言葉を贈る。そしてゆっくりとセレナ様の方を抱いた。
ファナの願いを叶えることから始まったたった2時間のお茶会。彼女にとってのシンデレラティータイムは、ファナの心を満たしてくれたようだ。
「彼女達、逝ったのね」
突如声をかけられて驚く。だが彼女達が消えたのに来ないわけがないと思っていた。振り向くと出入り口の扉の前に例の少女霊が立っている。
「満足、出来たのかな?」
「はい。彼女達は満足して消えましたよ」
「そう、それならよかった。じゃあ....そろそろ次に行きましょう」
「待ってください。次って....後どれだけいるんですか?」
シンプルな質問だ。どこかに連れて行かれた殿下も含め、後どれだけいるのかわからなければ幽霊調査は進まない。だがその質問には意外な答えが返ってくる。
「この学園にいる残った死者は私だけ。そして....次で最後よ」
つまり、次はこの少女を助ける番というわけだ。ベアとの約束、この少女霊の願いを叶えてあげなければいけない。信じてくれたベアを裏切るわけにはいかない。
(ベア....必ず私が、あなたの最後のお願いを叶えます)
涙の止まらないセレナ様を落ち着かせるように寄り添いながら、次なる場所へと進んで行く少女霊に付いてお茶会部屋を後にした。
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次回更新日は11月26日AM 7:00の予定です。




