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第8話 隠れ聖女と二人きり

 学園の中、静かな室内。

 春特有の温かさを部屋全体で共有しつつ、ソファに座る2人の人物。


 学生服に身を包んだ2人は同じソファに座りつつも、両サイドの隅に離れていた。そこに会話の一つもない。

 ズズ....と紅茶をすする黒髪のイケメンと、パリッ....とクッキーを噛む金髪の少女。

 無言と静寂に包まれた室内で、私は人知れず嘆いた。


 今、この部屋にはレオンハルト殿下と私の2人だけしかいない。それも、第1王子の執務室で。

 どうしてこんなことに....と思うも、なってしまった状況は仕方がない。

 顔に出さないように気を付けつつ、先ほどあったことを振り返る。



***



「なっ....お前は....!」

「あっ....殿下....」


 開け放たれた扉を挟み、見つめ合うレオンハルト殿下と私。どうしていいかわからず、2人して硬直してしまった。

 だが、目と目が合ったから恋に落ちた....などとそんな恋愛小説のような展開になるはずもなく、私は扉の前にいる殿下が退いてくれないと部屋に入れないのだ。


 聖結晶は、王族だからだれでも持てるというわけでもない。

 現に、この国で聖結晶を持ってる王族はレオンハルト殿下を含めたった4人しかいないからだ。国王陛下も、第1王子ですら持っていない。


 だが、逆に言えばこの聖結晶は初代聖女こと“竜の巫女”に認められた証でもある。巫女に認められるということは、即ち『竜の祝福を受ける』ということ。

 祝福を受けた人物は竜種によって才能が飛躍的に開花し、また()()()()()()()という役目を担う。

 その真意は、かつて創世期にもあった創世竜の寵愛を受けた“竜の巫女”を見つけることであり、それが残された四大守護竜たちの悲願でもあるからだ。


(聖女紋がバレるなんてもってのほか....!だからこそセルカ兄さまのご友人である第1王子殿下の執務には協力しましたけど、そこにレオンハルト殿下がいるなんて聞いてない....!)


 よくよく考えれば、第2王子なのだから呼ばれることもあるだろう。だが、なぜよりによって今なのだ。神様を....いえ、竜神様を呪ってやります!!


「ん?入ってこないのかい?」


 不思議そうに尋ねるラインハルト。そこで何かに気づいたのか、レオンハルトに向かって言った。


「レオ、そこで突っ立ってたら彼女が入れないだろう?」

「あ、あぁ....すまない」

「いえ....では改めて、失礼します」


 中に入り、いつものソファに座る。

 ....?なんかレオンハルト殿下の視線を感じるような....?

 というか、めちゃくちゃ見られてる!なんですか?ここは私のような令嬢が入る場所ではないと?助けてあげたんですよこっちは?!


 とは言えない。冒険者アリアの正体が自分であることは家族以外知らないからだ。

 ただでさえこの前の一件で陛下...というか王族に目をつけられているというのに、貴族令嬢であることがバレたら縁談やら婚約やらを使って外堀を埋められかねない。


(まぁ....最悪知らぬ存ぜぬを通しますし、顔を見られたわけではないから大丈夫なはず....)


「さてライラ嬢、今日はこの資料を頼みたい」

「はい。....これまた量が多いですね」

「ごめんねライラちゃん。ラインハルトにはもう少し仕事するように言っておくから....」

「はっはっは!耳が痛いなー!どちらにせよ、これは学園を預かる王族としての責務だからね。適度な仕事と適度な休憩は必須なんだよ?」

「それはいいけど、ラインハルトは気が付くとすーぐいなくなるから。将来はメルルの尻にしかれそうだな」

「セルカ兄さま....その考えに非常に同意しますが、次期国王にいう言葉ではないと思います」

「ん~?ライラ嬢?それ君も同意してるよね?」


 そんな話をしながら、執務を進めてく。もう少しで終わりそうというタイミングで、ラインハルトがお手洗いに行った時の事だった。


「あーーーーー!!!!!」


 突如聞こえた叫びとともに、廊下からドタバタと戻ってくるセルカ。扉を開け、中を確認してため息をついた。


「どうしたの?セルカ」

「メルル....殿下が消えた」

「え?」

「お手洗いに行くとか言って、そのまま小窓から逃げやがった!!しかもご丁寧にこんな書置きを残して!」


 そこに書いてあった内容は至極単純。

『じゃ、あとはよろしく~』

 ただ一言だった。


「セルカ」

「ん?」

「あの阿呆をとっ捕まえにいくわよ」

「言われなくてもそのつもりだ。ということでライラ、レオンハルト殿下と留守番を頼む」

「えっ....」

「その執務を終わらせたら殿下とゆっくりしててくれ。殿下、すみませんが妹のことを頼みます」

「わかった。兄上が迷惑をかけてすまない....」


 その後出ていったセルカとメルル。結果として、執務室の中は2人だけになってしまった。



***



(結局任された仕事も終わってしまいましたし、こうして帰ってくるまでティータイムしてるわけですが....)


 気まずいとしか言いようがない。かれこれ20分ほど無言が続いていた。


「お前は....」

「?」

「お前は、アリアという名前の冒険者を知っているか?」


 紅茶を飲み、落ち着いたタイミングでそう問いかけるレオンハルト殿下。

 勿論知っている。知っているも何も私自身なのだから知らないわけがない。だが、そう答えるわけにも行かない。

 どう答えるのが正解か....


「はい。知っていますよ」

「!!本当か!?」

「彼女はティルナノーグ領(私の家の領地)出身ですからね。“東の魔女”と呼ばれていました」


 そう、あくまでも私とアリアは別人。そこは貫き通さなければならない。

 そうなれば、私の回答はただ一択。『知ってはいるが、噂程度しか知らない』これに尽きる。


「そう、か....すまない。急な質問だっただろう」

「ええ。驚きました。どうされたんですか?」

「先日、彼女に助けられてな。以来、彼女を知ろうと情報を集めているんだが....」


 うまく集まらない、と。

 それもそのはず、冒険者ギルドですら私の正体を知らないのだ。それは巧妙に隠された情報制御と、噂が噂を呼ぶ状況を作り出したカモフラージュによる隠蔽。貴族うんぬんかんぬんを抜きにしても、そう言った情報制御の才能はティルナノーグ家の中でも私が一番だ。


「お前にこんな質問をしたのは、似ていたからなんだ」

「何がですか?」

「髪の色、瞳の色、体格から予測できる年齢....あくまでもぼんやりとした想像しかできないが、どれを嵌めてもお前にそっくりだった。だから、もしかしたらと淡い希望を持ってみたんだ」

「それは....私がアリアさんである、と?」

「あぁ。だがやはり情報が少なすぎてわからない。違うんだな?」

「違いますよ。それに、仮に私がそうだったとしてもそれは血筋で否定ができます」


 元々ティルナノーグ家が騎士団の家として名を馳せたのは、その体力や状況判断能力・筋力と言ったステータスが極めて高かったからだ。

 その分魔法関係には疎く、魔力が低いのが欠点の家だ。

 アリアが魔法使いである以上、ティルナノーグ家から魔術師レベルの人物が排出される可能性は極めて低い。


 ....では、なぜ私がティルナノーグ家にはありえない魔術の才能を持っているのか?

 過去に色々あったんです。これが。


「....それもそうだな。お前がアリアとは考えにくい」

「それに恵まれた環境で育った貴族の私と、冒険者になるほどの環境で育った彼女はそもそもが違います。それは....彼女に失礼ですよ」


 よし!こうして言っておけば、私=アリアと考える可能性は少なくなる!

 どれだけ怪しまれても、他人であると本人の口から強調しておけば、そこに生じる疑問は本人の中で次第に大きくなっていく。

 その疑問に対して答え1本で貫ける意志の強さが無ければ、大体の人はその疑問から逃げられないだろう。


「なぁ、その菓子は美味いか?」

「唐突にどうしましたか?美味しいですけど」

「....そうか。お前は将来何になりたい?」

「将来ですか?....何も思いつきませんね。商売とかは面白そうだとは思いますけど、市場の流通状況に疎くて....」

「市場の変動は激しいからな。ここ最近は魔獣の値段が上がっているらしい。特に5等級以上の素材は特にな」

「最近騎士団が多く森に入っているのはそのためですか?」


 その言葉にピクリと反応する殿下。

 何も私はおかしいことなど言っていない。騎士団の人間は街でも見かけるし、出入り口から森方面に出ていく騎士たちは何度も見ている。

 それだけでバレるような情報ではないから大丈夫だ。


「....そうだ。騎士団の訓練もかねて森へ魔獣討伐へ行っているのはそのためだ」

「へぇ....でも、その情報を私に言っていいんですか?一応団外秘の情報では....?」

「いや、セルカ先輩の妹ならば信用に足りる。今の会話を聞いて、意味もなく情報を漏らすような奴ではないとわかったからな」

「....信用に足りたなら光栄です。王族の信用となればその影響力は強いですから」


 とでも言うと思いましたか。ラインハルト殿下の執務の手伝いは仕方ないとしても、レオンハルト殿下と必要以上に関わるつもりはないんですよ!

 そんな信用が後に付けば、周囲から何を思われるかなどわかったことではないし、何より動きにくくなるのは勘弁だ。


 そんなことを思いながら、私は目の前のクッキーを齧るのだった。


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