第84話 隠れ聖女と幽霊調査〜その3
目の前の幽霊鎧が動き出す。大剣を構え、目などないはずなのにこちらを睨んでいるような気がした。
「セレナ様、下がっていてください」
今回私は殿下の前なので聖女としての力は使えない。殿下と共に剣でセレナ様を守るのが仕事だ。
幽霊鎧は構えた大剣をこちらに向けたまま走りこちらに迫って来る。大人の男性が入る用の鎧なのも相まって重量があり、1歩踏みしめる度に訓練場が揺れた。だがその行動は愚直なものであり、大剣による攻撃は大振りの振り下ろし。
私たちは左右に飛んで簡単にその攻撃を避けた。
「反撃だ」
「はい」
避けた瞬間に切り返して殿下が鎧の右腕を、私が鎧の左腕を根元から斬り裂く。鎧同士の隙間は白い炎のようなオーラで繋がれており、中に実体がないことは分かり切っていた。だからこそ根元から斬り裂くという選択肢が取れる。
鎧と鎧の間の隙間を2本の剣が通り過ぎる。鎧とすれ違う様に位置を逆転した私たちの耳に、ガシャンと鎧が落ちる金属音が2回響く。それと同時に大剣がズシンと訓練場を揺らした。
振り返ると案の定鎧の両腕は落ちており、鎧は俯いたまま動かない。これで終わりですか....?と困惑しながら剣を降ろした瞬間....
「伏せろ!!」
殿下の声が響く。反射的に伏せた瞬間、私の頭上を大剣が通り過ぎていった。あまりの紙一重な回避に思わず冷汗が垂れる。さっき両腕は落としたはず....!と鎧を見ると、なんと白い炎のようなオーラが鎧の本体と離れた腕を繋げていた。先ほどとは違い、各段にリーチが長くなっている。
(そんなのあり....?!)
だが驚いている余裕はない。避けたとはいえ、鎧は復活している。次のモーションが来る前に態勢を整えなければ....!
瞬間的にそう判断した私は引くのではなく前に詰める。鎧の方にあえて近づき、武器の無鎧の頭をすれ違いざまに首から斬った。だが、やはり実体が無いからなのか斬った感覚がなく、まるで炎を斬り裂いているかのような何とも言えない感覚を体感する。
そのまま鎧の横を通り抜けてセレナ様の方へと戻った。
「ライラ様、大丈夫ですか....!」
「はい。私は大丈夫です。でも、困りましたね....あれは剣では倒せない気がします」
「奇遇だな。俺もだ」
振り回された大剣に弾かれてバックステップで引いてくる殿下が私の横に着地する。臨戦態勢は解いていないが、構えた剣ではやはり倒せそうにないと直感で理解した。
さて....どうしましょうかね....?剣で倒せないなら魔法攻撃?いや、鎧は騎士の物だ。学園に置いてあるものとはいえ現役の重装備騎士が着用しているものと同じ鎧。魔法耐性もあれば聖属性による付与効果もある。ただ浄化すればそれでいいだけならまだしも、まずはあの鎧を剥がさなければセレナ様の浄化が通らない。
「よりによって騎士用の鎧なのが厄介だな」
「ですね。あれを剥がさないと浄化が通りません....というか、あの鎧の中身ってどうなってるんでしょう?鎧の中から魂がわらわら出てきたりとかしませんよね?」
「どうだろうな?だが鎧を繋ぎとめて動かしているのがあの白い炎なんだとしたら中も似たような状態なんじゃないか?」
そうなれば死霊と言うよりかは魔法生物に近いだろう。肉体はなくとも、その体を構成しているものが魔法か魂かの違いでしかない。となれば、やはり鎧を剥がして浄化を当てるのが一番の得策と言えるだろう。
「セレナ様、この戦闘に巻き込むつもりはなかったんですが....セレナ様の力が必要です」
「分かって、ます....!大丈夫、あれは幽霊じゃない、幽霊じゃない....」
必死に自分言い聞かせて深呼吸をするセレナ様。意を決したようにセレナ様が鎧の方を見ると、同じタイミングで鎧の剣の切っ先がこちらに向けられた。
「ヒィッ!」
あの鎧....私の可愛い生徒を怯えさせたな....?!
少し怒りの感情が湧くが、今は鎧よりもセレナ様をどうにか動かさないといけない。いくら私達が鎧を剥がすことに成功しても、肝心の聖属性魔法が使用できない限り決着はつかないだろう。
私はセレナ様を抱きしめる。だがその間も鎧が止まることはない。殿下が飛び出して大剣による攻撃を防いでくれた。
その間、私は震えるセレナ様を強く抱きしめる。まるで赤子をなだめる母親の様に、ゆっくりと頭を撫でて気持ちを落ち着かせる。セレナ様が幽霊が苦手なのは最近の反応を見ていて分かった。でも、ここで臆してもらうわけにはいかない。セレナ様に動いてもらわなければ、あの鎧を止める手段はないのだ。
「セレナ様」
「....はい」
「大丈夫です。あんなのは動く鎧、操られている人形と一緒です」
「でも....でも、沢山の幽霊があの鎧に....」
「大丈夫、大丈夫ですよ。彼らの魂は成仏できずに苦しんでいます。今、あの魂達を救えるのはセレナ様だけです」
「私....私は....」
「前を向いて、よく見てください。彼らを救ってあげてください」
きっと今の行為は、怯える子供の背中を無理やり叩いて前に進ませようとする行為だろう。彼女の恐怖を分かったうえで、無理にでも矯正させようとする行動。私は酷い人だと思う。
でも、今この場であの魂を救えるのは彼女だけ。そして、あの幽霊が最初に言った言葉....
『この魂達を....救ってあげて』
きっとこの言葉の意味は、あの幽霊が成仏できない魂達に安らぎを与えてくれという意味だろう。鎧を倒すことよりも、あの魂達を天に還すことがこの戦いの勝利と言える。
すると、セレナ様の震えが段々と収まっていく。私の脇の隙間から鎧を見て、再び大きく深呼吸をした。
「もう大丈夫です、ライラ様。幽霊なんか怖がっている場合じゃない。私が、あの魂を救うんだ!」
「その調子です、セレナ様」
スッと離れた私の隣に、セレナ様が立つ。その視線は真っすぐに鎧の方を向いており、既にその瞳から恐怖は消え去っていた。
「ライラっ....そろそろ行けるか....?!」
「はい!セレナ様、私と殿下であの鎧を破壊します。そしたらその部分に”浄化”を撃ち込んでください」
「分かりました!合図をお願いします!」
「殿下!今行きます!」
セレナ様は既に魔力を練り始めて浄化の準備をしている。もう大丈夫だと判断した私は風域による微加速と身体強化を使って鎧の方へと駆ける。殿下が私を確認した瞬間、入れ替わるように私と位置を入れ替えた。そのまま鎧の大剣を避け、両腕と両足の付け根を瞬時に斬り裂いていく。
すぐに再生するとはいえ、白い炎で接合されるまでは数秒の猶予時間があるはず。その隙をついて攻撃を畳みかける!
「殿下!」
「任せろ!」
鎧の動きを止めた私が離脱した瞬間、再び入れ替わるように殿下が鎧に襲い掛かる。だが先ほどよりも早く鎧が切断された四肢を再生する。倒れそうになる体を立て直し、そのまま大剣を豪速で振り回した。
迫りくる大剣の速さは尋常じゃない。さすがの殿下でも受けきれない....?!と焦った瞬間、「舐めるな」とでも言うように一度チラリとこちらを見た。戦闘中に余裕ですね....
殿下は迫りくる大剣が殿下に届くよりも前に剣で鎧を傷つけた。セレナ様から付与された聖属性魔法を自分の炎属性魔法による付与で上書きし、その火力によるブーストを利用して加速した剣が鎧に大きな傷を付ける。炎と風の混合技で瞬間的な火力を上げているのだろう。焼け焦げた傷跡が鎧の正面に付けられる。
だが襲い掛かる大剣は変わらない。殿下に剣が届くその瞬間、殿下はタッと1歩後ろに引いた。
「悪いな。お前の剣を受けるのは俺じゃない」
殿下のスレスレを大剣が通り過ぎていく時、更に足元に態勢を低くした剣士が潜り込む。私は剣を納刀するようなモーションの状態で振り下ろされる大剣の真下に陣取った。
剣が最大加速になるその一瞬....そこを逃すな....!!
大剣が私に触れそうになった瞬間....
キィン!!と金属音が響く。
一瞬の刹那の内に大剣は物凄い力で弾かれ、目にも止まらぬ速さで剣を抜きながら大剣を弾いた私は流れるように次のモーションに入る。
「日桜流剣術...."流剣"双縫!!!!」
かつて和の国にて教わったカウンター型の剣術。一度相手の攻撃をカウンターでパリィし、そのまま強烈な突きを行う技。がら空きになった鎧の胴体には殿下の付けた傷がくっきりと残っている。狙う箇所はそこしかない。
私の突き攻撃は的確に胴体部分の真ん中を狙い、そのまま鎧を砕き切った。
「セレナ様!!」
鎧が砕けたことを確認した瞬間に今度は私がバックステップで引く。そして、トドメは詠唱を行っているセレナ様が決めてくれる。
「『彷徨える魂よ、私の声を聞き給え。輪廻巡りし世界を彷徨う者共よ、主の意思を感じ給え。その魂よ、神の下へと還り給え』!!行きます!!」
魔力を練り上げたセレナ様が目を見開いた瞬間、鎧の足元に巨大な魔方陣が展開される。その魔方陣は強烈な光を放ち、鎧の魂達が段々と崩れていくのが見えた。
「浄化!!!!」
浮かび上がる鎧の中から魂達が浄化されていく。やはり予測は正しかったようで、浄化されていく魂達で構成された白い炎で鎧の中は埋まっていた。
魂達が段々と溶けるように浄化されていき、そして中身の無くなった鎧がガシャンと音を立てて床に落ちる。
これで鎧に憑いていた魂達は浄化できた。後は....
私は剣をしまい、再び正面にいる白い少女の霊に向き直った。
「次は、あなたの番です」
その言葉に反応する様に、少女霊はふわりと微笑んだ。




