第82話 隠れ聖女と幽霊調査~その1
学園長と会った翌日、私はお昼にセレナ様から呼び出されていた。一緒に食事をしようとのことだったので、快諾して今部屋に向かっている。
この学園の生徒は教師に申請することで空き教室や小部屋を使用することが出来る。また、王族にのみ専用の部屋が与えられているのだ。寮の方にも部屋はあるが、学園内で完結する部屋が王族用に1部屋存在する。今の代で使えるのはラインハルト殿下とレオンハルト殿下、それとセレナ様の3人だけ。普段はラインハルト殿下のお昼寝部屋として使用されることが多いが、今回はセレナ様が食事のためにと使っているようだ。
王族専用部屋は私と言えども入ったことが無かったので少しわくわくする。そんな感情を抱きながらも部屋の前に着いた。既にセレナ様の使用人によって私の分もご飯は運ばれているらしい。
ノックをすると、中から返事があって使用人の方が扉を開けてくれた。
「失礼します」
「あ!ライラ様!」
ぱぁっと明るくなったセレナ様が駆け寄ってくる。そのまま私の手を引いて席まで案内してくれた。私には義姉や姉のような人はいても妹のような人はいなかったため、とても新鮮でセレナ様のことが可愛らしく思える。
ほんわかした雰囲気でソファまで引っ張られると、向かいのソファに既に座っている人物がいた。誰だろうと覗き込むと、用意された昼食のバゲットを食べている男がいた。
「来たかライラ。待ってたぞ」
「....なんで殿下がいらっしゃるんですか?」
「セレナに頼まれたからな。大方の事情は理解してる」
そう言って座るように促された。私の隣にはセレナ様が座り、セレナ様の使用人によって私の分の食事が運ばれてくる。今日の食事は暑い日にぴったりの簡単なサンドイッチとポタージュだった。
食事を食べ始めると、バゲットを飲み込んだ殿下が話しかけてきた。
「今日俺がここに呼ばれた理由はセレナから聞いた。学園長の手伝いをするんだってな」
「もぐもぐ....ごくん。そうですね。何やら最近幽霊が出るとかなんとか....死霊系の魔物でも増えたんでしょうか?」
「どうだろうな?だが兄上の件といい最近妙に騒がしいのは事実だ。死霊....そういえば、最近王都でも痛ましい事件があったな....」
殿下がそう言って近くにあった新聞を手に取る。食事中にする話ではないと思うが、特に気にせずポータージュを飲んでから覗き込む。殿下が指さした新聞の記事には、確かに痛ましい事件が記載されていた。
『王都内で怪事件?眠る様に息を引き取った少女の怪死事件』と書かれたその記事には、亡くなったと思われる少女の情報と事件の概要、家族のコメントと少女が働いていたとされるパン屋の奥さんからのコメントが記載されていた。内容は確かに不可思議なものが記載されており、何より死因が『不明』というのがより恐怖を煽る。
「心停止とかではなく....?」
「彼女の心臓や脳に病気はなく、前日も至って健康的に働いていたそうだ。それが、翌朝目が覚めれば心臓が停止しており蘇生も不可。そのまま死亡と判定された」
普通に考えれば何かがあって心停止したというのが結論だろう。だが、この国の医者が彼女の死亡理由を『不明』としたということは、きっとその他に何かしらの原因があると推測が出来る。
「突然人が死んじゃうってことですか?怖いですね....」
「大丈夫ですよセレナ様。これはかなり特殊なケースのような気がします」
そのまま記事を読み進めると、不可解な内容が書かれていた。それは少女の母親のコメントの中に書かれた一文。
『朝目が覚めて支度をしていても起きてこない娘を起こそうと、娘の部屋に入ったんです。そしたらなぜか窓が開いていて、シャボン玉のようなものが外に飛んでいくのが見えました。不思議に思って窓を閉めた時、娘が....穏やかな顔で眠ってるのが見えて....突然嫌な予感がして触れた瞬間....』
「....悲しい事件ですね」
「ああ。だが気になるのはそこじゃない。”シャボン玉のようなもの”これが何なのかが分からない。兄上から調査している村の報告が入った。そこで得た証言にも同じ内容が含まれているんだ。『シャボン玉のようなものが飛んでいくのを見た』とな」
ラインハルト殿下が遠方の事件の調査に赴いているのは知っていたが、まさかそこで得た証言とこの王都で起きた事件に繋がりがあるとは思わなかった。
シャボン玉....一体それが飛んでいるのには何の意味が....?
「さらに驚くことに、その少女と母親は今兄上が調査しているレサル村の出身らしい。これが偶然に思えるか?」
「思えませんね。少なくとも、繋がりがないとは言えないでしょう」
「おまけに幽霊騒動ときた。意図的な”何か”を感じるが....詳細は分かってない。セレナから話を聞いた時、もしかしたら何か掴めるかもしれないと思ったわけだ」
なるほど....ん?その言い方だと、まるで幽霊調査に殿下が付いてくるみたいな....
「え?殿下も来るんですか?」
「当然だ。女性2人に危ない目に合わせるわけにはいかないし、何より男手はいた方がいいだろう?何か不都合があるのか?」
リム達のことは秘密とはいえ、殿下が付いてくると隠さなければいけない事実が多すぎて逆に困る....だが、確かに幽霊の正体が死霊系ではなくアンデットだった場合、殿下が盾になってくれるのであればかなり戦いやすいだろう。
完璧にないと言い切れない以上、不安の種は1つでも多く取り除いておくべきだ。
その時、胸元のポケットの中から私の胸が突かれる。殿下にバレないように確認すると、ポケットの中でリムがこちらを見上げていた。何かを言いたそうにこちらを見るリムに対し、今は確認が出来ないとこっそりポケット隠す。
「いえ、殿下がいて下さるのならむしろ安心です」
「ならよかった。結構は今夜だろう?騎士には既に俺と2人が夜の学園で行動することを伝えてある。堂々と入って問題ないぞ」
「セレナ様、大丈夫ですか?」
「だ、だいじょうぶ!です!幽霊なんて、わ、私の力で浄化しますよっ!」
セレナ様は恐怖と緊張でガチガチになっている。こんな状態で出すのは流石にマズいと思い、ゆっくりとセレナ様の頭を撫でた。すぐに表情が緩み、いつものように安心した顔をする。
すると、こちらを見ていたレオンハルト殿下が興味深そうに言った。
「こうして見ていると、本当の姉妹みたいだな」
「そうですか?」
「ああ。俺や兄上は”兄”と慕ってはくれているが実際は従兄だからな」
「レオお兄様もお兄様ですよ。ライラ様が本当のお姉さまになってくれればいいのに....」
そうなると選択肢は1つしかないわけだが、私は籍を入れて1つの家に縛り付けられる気はさらさらないのでお断りする。
「それは....どうでしょうね?無理じゃないですか?」
「いや、でも....!」
「それよりも、今夜のことについて考えないと....」
そういた瞬間にチャイムが鳴る。私は午後一番から授業があるため、急いで席を立った。
「もうこんな時間ですか。続きは夜にしましょう」
「ああ。夜に校門の前で待っている。セレナを連れて来てくれ」
「任せてください」
「あっ、ライラ様....!また夜に!」
王族の2人を置いて私は一足先に部屋を出た。そして教室に向かうふりをして人通りの少ない場所に入る。校舎の一番隅の階段の影。ここなら基本的に誰も来ない。
一応周囲を確認してからポケットを開ける。中から顔をひょこりと出したリムが、こちらを不満そうな目で見ていた。
「ねーえ!アタシはペットじゃないんだけど!この扱いは酷いと思うんですけど!」
「ごめんね。でも殿下にバレるわけにはいかないでしょ?」
「それはそうだけど....ってそんなことより、さっきの話聞かせてもらったんだけど気になる点があったの!」
そう言えば、リムが胸元を突いてきたのも事件の話の後だった。恐らく、そこでリムにしか気づけない”何か”に気づいたのだろう。
「さっき、”シャボン玉のようなもの”ってあの王子様が言ってたでしょ?」
「うん。それがどうしたの?」
「ライラ、アンタそれと同じものを見たことがあるんじゃない?よく思い出してみて!アタシ達と初めて会った日を!」
そう言われて思い出してみる。夢から目覚めてリムを追いかけたこと、リムやムーバと知り合ったこと、そして学園の結界を維持する夢郷の場所で....
「....あ!もしかして!」
「うん、アタシもそれだと思ったの。もしかしたらその”シャボン玉”って....」
「まさか抜き取られた夢....?」
「正確には”記憶”かもしれないわ。アタシが”夢”と”記憶”の精霊なのが証拠ね。それに、王都で亡くなったその子がもしも夢郷に触れていたのだとしたら、怪死してしまったことも記憶が抜けたことも納得が出来る。あの方法は、アタシ達の協力ありきで実現する夢なんだから、結界の範囲外で夢郷に触れてしまったら....」
私は初めてムーバ達に会ったあの日、学園の結界を維持する夢郷の中で似たような”泡”を見ている。ムーバはそれが全て”夢”であると言った。そしてリムは”夢”と”記憶”は同じだと言った。
つまり、その”シャボン玉のようなもの”の正体は人の記憶だ。
もしかしたら、これまでの全てが繋がっているかもしれない。そう考えざるを得なくなる。
確かに、学園内で夢郷に触れた人は全員リムとムーバの協力(本人たちは知らないだろうけど)があってこそ記憶を失うだけで済んでいる。だが、もしもその助けがない状態で夢郷に入ってしまったのだとしたら....
『それに、本来夢郷は人間が触れられるようなものじゃない』
そう言っていたムーバの言葉が蘇る。それなら、何もなかったはずの少女が不審死したのも納得がいく。
「でも、一体誰が....」
「そこまでは分からないわ。この件に関しても、早急に調査する必要がありそうね」
リムと話したおかげで何となくの情報が集まって来た。ラインハルト殿下の対応している事件、そして王都の不審死事件、幽霊騒動、抜き取られる記憶、そして夢郷に入り込もうとする”誰か”....その全てが、必ずどこかで交差する。
私は決意を新たに、リムを隠して階段を昇って行った。




