第80話 隠れ聖女と面会予約
ムーバやリム達と出会った日の翌日、目が覚めると枕元にグースカといびきをかいて寝る妖精がいた。
私の手のひらサイズしかないのに、垂れるよだれが枕元で染みを作っていた。その様子が愛らしくてくすっと笑い、頬をツンツンと突いてみると「ふがっ」と反応する。その様子が面白くてついつい遊んでしまった。
「ふふっ。可愛い」
「ふがっ....ふががっ!ん....むにゃむにゃ....おろ....?らぁいら....?」
「おはようリム。ちゃんと寝れた?」
「ぅうん....ぐっすりだよぉ....」
欠伸をしながら起き上がるリム。「くぁ~」と伸びをする姿も随分と愛らしい。
その時、コンコンと寝室の扉がノックされる。平日の朝、このタイミングでノックをしてくる人物は1人しかいない。貴族である私にはお付きのメイドを一人以上連れてくることが出来る。私が幼い頃からずっと一緒にいるメイドを連れてきたのだ。
「お嬢様~?起きていますか~?」
「やばっ!リム、ちょっと隠れてて」
「え~....?なんなnわぷっ!」
「お嬢様?入りますよ?」
咄嗟に枕でリムとよだれの染みを隠し、私が起きたばかりの状況を演出する。入って来たメイドは私とあまり身長の変わらない。だがメイド服を不思議なくらい着こなしている少女だった。
彼女の名はセナリー。私が幼い頃から専属でメイドをしてくれている人で、私にとっては姉のような存在だった。年齢は私と3歳差なので、セルカお兄様と同い年である。
「お嬢様~....ってあら?起きてたんですね」
「お、おはようセナ」
「どうしたんですか挙動不審に。変な夢でも見ました?」
そう言ってシャッとカーテンを開ける。これから朝の準備をして朝食を取り、そこから登校のいつもの流れだ。そして、学園についてからどうにか学園長とのアポを取らないといけない。その手段を考えなければ。
「ううん。大丈夫。今日の朝食は?」
「持ってきてますよ。さ、こちらへどうぞ」
そう言ってセナリーは先に隣の部屋へと戻っていく。貴族用の部屋にはバスやトイレ、寝室に使用人用の部屋まで完備されているためかなり広い。私も、応対や食事は寝室とは別の部屋でしている。
一旦セナリーがいなくなったのを確認し、枕をこっそりと持ち上げる。すると、明らかに不機嫌な顔のリムがそこに大の字になっていた。
「ぶぅ。アタシ枕に潰されたんですけどー」
「ごめんね。学校に行く準備してくるから、もう少しこのままでいてくれる?」
「えー....私も美味しいもの食べたいー!」
「昨日食べきれなかったクッキーあげるから。セナリーにバレないように食べてね」
そう言ってクッキーの袋を渡すとリムは「やったー!」と大はしゃぎしてその袋を奪い取った。そのままベッドの影に隠れるようにしてクッキーを食べ始める。
その様子を確認した私は隣室へと向かった。既にローテーブルには朝食が用意されており、いつものようにセナリーが選んでくれた私好みの朝食にウキウキしながらソファに座る。早速食べようと手を濡れ布巾で拭いた時、セナリーが紅茶を淹れて差し出してくれた。
「ありがとう。セナ」
「いえいえ、お嬢様の好みは把握しておりますから。それよりもお怪我は大丈夫なんですか?」
セナリーが心配しているのはイザヤでの怪我の事だろう。彼女は私の専属だが、何かあった時の為に夏季休暇中は寮に残したのだ。その結果、実家から届いた私の知らせを見て心配でたまらなかったそう。寮に帰ってきたときには既に目に見える怪我はなくなっており、セナリーは心配の余り泣き出してしまったがなんとか慰めた。
マナ様、綺麗に治療してくれてありがとう....!
「うん。もうすっかり。心配してくれてありがとうね」
「ホントですよ全く。お嬢様がキズモノになってしまったら幸せな結婚が遠のくじゃないですか」
「え....?何の話....?」
「私はお嬢様のお付きとして、お嬢様が結婚して幸せになっていただくまでしっかりとお世話するつもりです!そしてあわよくばその後もお嬢様のお付きとして働かせていただきますから!」
あぁ、そういう話か....びっくりした。
今の所、私に婚約者はいない。貴族であれば学園入学前に許嫁や婚約者ができるのもよくあることなのだが、私含め兄妹の中で婚約者がいるのは一番上の兄だけだ。お父様は私達に自由恋愛を認めてくれているため、一応相手は自分で連れていくことになっている。
(これだけ色々な人に言われるってことは、それだけ心配させてるってことだよね....)
私は結婚して貴族に嫁ぐつもりなど毛頭ない。学園を卒業した後は冒険者として世界中を旅するのもいいなぁ~と思っている。一応貴族令嬢である上、これでも容姿にはかなり自信があることから縁談の話も多い。全部断っているが。
それ故、親やシトリン・セナリーなどにとても心配されているのだと思う。
「ま、そんな日が来るといいわね」
「いえ、絶対に来ますよ。私勘はいい方ですから!」
自信満々に言うセナリーに食事中に髪をとかしてもらう。そのタイミングで、セナリーに学園長との会い方について聞いてみることにした。
「そう言えばセナ、学園長と面会する方法って知らない?」
そう聞いてみると、セナリーの動きがピタリと止まった。どうしたんだろうと思い振り向くと、セナリーが驚いた顔でこちらを見ている。
あれ?何かおかしなこと言ったかな....?
「まさかお嬢様....冒険者活動に注力したいから学園を止める気じゃ....!?」
「まさか、そんなことしないよ。ただ、少し尋ねたいことがあって」
「何を聞きたいんです?」
「ん~ちょっと個人的な疑問だからそんな大したことないよ」
そう言うとそれ以上は聞かないようにセナリーは納得してくれたようだった。少し考えてから結論を話すが、具体的な方法については思いついていない様子。
「普通に考えれば教師に話を通してっていうのが一般的ですけど....」
「そうよね....できれば学園長先生以外には聞かれたくないんだけど....」
「あ!ラインハルト殿下に!....っとそういえば、殿下は今学園にいないんでしたね」
「そうなの?」
「はい。何やらシャングリラ領の方で事件があったらしく、そちらの方へ行っているため生徒会の業務はセルカ様が行っているそうです」
シャングリラ領で事件?ラインハルト殿下が動くほどの?話を聞くとここ数日の話なのでまだ正確な情報は出回っていないのだとか。でも、第一王子が動くほどの案件なら、かなりの大ごとになってそうなはずだが....
「ならセルカお兄様に....言って取り次いでもらえるかなぁ....」
今の話を聞く限り、膨大な量の業務をセルカお兄様がこなしている。となれば、私の個人的なお願いでセルカお兄様の邪魔は出来ない。メルル様も同様だろう。生徒会にいる知り合いに取り次いでもらうのは流石に迷惑そうだからやめておく。
そう考えれば最終手段はレオンハルト殿下だが....何となく頼みたくない。というのも、ライラとしてもアリアとしても接点が一番多いのは殿下なのだ。下手なこと言ってしまったり、仮に「付いて行く」と言われた時に隠し通すことが難しいだろう。
「なら、セレナ様ならどうでしょう?いつも仲良くしていますし、もしかしたら取り次いでくれるのでは?」
「そうだね。セレナ様に頼んでみようかな」
こうして目標が決まったところで朝の準備が終わる。私は着替えたうえで胸元のポケットにリムを隠し、今日も元気に登校した。
***
「ライラ様からお話があるなんて嬉しいです!今日はどういったご用件ですか?」
満面の笑顔で笑いかけてくるセレナ様。あぁ....今日も可愛いなぁ....天使だ。
最近は聖女としての訓練も欠かしておらず、マナ様からかなり褒められているらしい。それに、イザヤの一件を経てなんだか大人っぽくなったようにも見える。
....いや、多分気のせいかな。
「このような場をセットしていただきありがとうございます。今日は折り入ってセレナ様にお願いが」
「はい!何でもどうぞ!」
「実は、学園長先生にお会いしたくて。セレナ様の方から取り次いでいただけませんか?」
私のお願いはセレナ様の予想とは違ったのか、意外な反応をされる。だが、私おの願いに真摯に応えてくれるようでニッコリと微笑んだ。
「構いませんよ。でも、学園長先生に会うとなると私としても理由は聞いておかないといけません」
「個人的な質問なのであまり聞かれたくないのですが....」
「それならメイドは下がらせますね。皆、一旦ライラ様と2人きりにして頂戴」
セレナ様の一言でメイド達が一礼をして下がっていく。セレナ様の教育係だからか私のことを知っている人しかおらず、すんなりと1対1の状況が出来た。
「....」
これは無理かな....セレナ様にも王族としての立場があるだろうし、正式に面会するためにはそれ相応の理由が必要。少なくとも、協力してくれるセレナ様にだけは話さないといけない。
(リム、セレナ様にだけ話してもいい?)
(しょうがないわね....でも、これ以上はダメだからね!)
「ライラ様?」
キョトンとした顔でこちらを覗き込むセレナ様。私も、頼む立場である以上は腹をくくらないといけないと思い、素直に話すことにした。
「実は....」
そう言って胸元のポケットを軽く突く。すると、リムが元気に飛び出してきた。突然の精霊の登場に驚くセレナ様だったが、初めて見る精霊の存在に顔が明るくなっていた。
「ど~も~!夢の精霊ことリムちゃんでぇ~っす!よろしくね!」
「わぁ!精霊さんです!ライラ様、もしかして理由って....」
「そうです。この精霊の事です」
その後、リムに許可をもらいセレナ様に事情を話した。夢郷の事やムーバのことも話したが、やはり理解するのが難しいらしく『?』マークを大量に浮かび上がらせていた。それでも何となくの状況は把握して貰えたらしく、更にこの話を口外しないことにも同意してくれた。
「なるほど....何となくは分かりました。その....夢郷?この学園を守っている結界について聞きたいことがあるから学園長にお会いしたいと」
「そういうことです。お願いできますか?」
「先ほども言った通り、ライラ様のお願いなら断れません!私に任せてください!」
胸を張るセレナ様にアポイントを取る件は任せて、私たちはセレナ様の部屋を後にする。一応次のレッスン予定だけ決めて、少し雑談してから部屋を出た。
翌日、朝から届いた手紙を受け取ったセナリーが私を起こしてくれる。手紙の内容を読むと、なんと今日の放課後に時間を取ってくれるというのだ。数日かかることも予想していたからこれは嬉しい誤算だ。
そして何事もなくいつもの学園生活を終えて放課後、私は今セレナ様と共に学園長室の前に立っている。
「ライラ様、準備はよろしいですか?」
「はい。いつでも大丈夫です」
その言葉に安心したセレナ様が扉をノックする。中から「どうぞ」と聞こえた後、ゆっくりと扉を開いてセレナ様と共に中に入った。




