第77話 隠れ聖女と精霊追走
「待って!!」
「待ちませーん!べろべろばー!」
振り返りながら煽る精霊にイラァ....と怒りが浮かぶが、今はそんな精霊を追いかける他にない。時刻が深夜ということもあり、あまり騒いでは他の生徒に気づかれる恐れがある。声も音も最小限に抑えなくては....!
「風域・小!」
風属性魔法を足元に展開し、地面すれすれを微妙に浮遊することで足音を無くす。風域のおかげで空中を蹴れるようになった私はさらに加速した。
「げぇ?!速すぎない?!」
精霊もそれに対応するように加速する。寮の廊下を、精霊と私がものすごいスピードで飛んでいった。
廊下の突き当りに来れば曲がり、階段を飛び降りてUターン。そのまま階下に降りて再び廊下を飛ぶ。極力音を立てないように飛び、建物内で出すスピードではない速度だが寮内は無音の空間だった。
精霊はあまりにもしつこく追ってくる私を鬱陶しく感じたのか、食堂に入った瞬間そのまま窓を勢いよく開けて飛び出した。私は思わずブレーキをかけてしまう。
(しまった....建物の外に!)
だがその時、背後から誰かが食堂へとやって来る音がした。段々と早くなるその足音に、なりふり構っていられないと判断した私は精霊の開けた窓と同じ場所から外に出る。一時的に寮の屋上まで浮遊し、精霊が向かった先を見た。
「何の騒ぎですか!!....誰もいない....?」
私の下で誰かが食堂の扉を勢いよく開けて入って来た。恐らく寮監だろう。だが食堂に誰もいなかったことと、窓の外を見ても人影が無かったことを不思議に思い、そのまま食堂の窓を閉めた。
とりあえずバレなかったことに安堵しつつも、精霊の向かった方角を確認した。
「あっちは....学園?」
精霊の飛んでいった先は学園の校舎。つまり、私は心に刻まれた”誰か”の言葉に従って夜の校舎に侵入しなければならないらしい。
私は意を決して屋上から飛び降り、風域による微浮遊を保ちながら学園の方へと飛んだ。極力人にバレないように、物陰を利用しながら校舎の方へと進んで行った。
寮から校舎までの道は一本道だが、その道の横に森があったことが幸いだった。森の中であれば急いで進んでもバレることはない。この学園は広大な敷地が柵で囲まれている。その為敷地内に学園が管理する森があるのだ。
木々の間を抜け、学園の正面に辿り着く。案の定というべきか、見回りの教員や警備の騎士が学園の周りを歩いていた。
(そのまま正面から侵入することはできない....幸い、精霊の魔力を見失っていないのは良かった)
精霊は見える人と見えない人が存在する。聖女はその特性上全員が視認することが出来るが、騎士達には見えなかったようだ。だが、彼女も急いで逃げていたからなのか魔力の残滓が道となって残っている。これを辿れば、姿が見えなくても追いつくことは可能なはずだ。
「後はバレないように侵入する手段....ですね」
正直ここが一番の鬼門だろう。校舎の周りは花壇や運動場の関係で開けており、見回りの騎士もいる。空を飛んだらその時点でバレてしまうし、隠れながら行こうにも開けすぎていて身を隠す場所が無い。
(どうしよう....)
そう考えた時、ふとイザヤの町で見た魔法が頭に浮かぶ。洞窟に行った際、マナ様が使ってた魔法。もしかしたら、私にも出来るかもしれない。
そう考えて私はマナ様の一挙手一投足を思い出しながら魔法を行使した。
森から音を出さないようゆっくりと出て、騎士の横をこっそり歩いていく。幸いにも彼らは私の姿に気づくことはなく、すんなりと学園の校舎に近づく事ができた。
騎士達の学園警備は交代制で行われており、その分見回りの数も多い。校舎の中に入っても騎士はいるため、少なくとも精霊を見つけるまではコソコソ動くしかない。
騎士達が出入りしている教員用の裏口まで行き、ドアを開けて校舎の中に入る。廊下を進み、精霊の魔力の残滓を追った。
「!」
その時、咄嗟に私はブレーキをかけて物陰に隠れる。目の前から2人の騎士が歩いてきたのだ。だが、その騎士の1人の顔には見覚えがある。騎士でありながら学生服に身を包むその男を。
(何でレオンハルト殿下がこんな所に....?!)
他の騎士たちとは違い、1人だけ学生服のその男が相方の騎士とともに深夜の校舎にいたのだ。殿下は学園に来る前に騎士として活動していた期間がある。学園に来ても、騎士と同じ扱いをされることもあるだろう。その可能性に至らなかった自分の思考が悔やまれる。
(よりによって殿下に鉢合わせるとは....)
だが今の所は他の騎士たちにもバレてない。このまま彼をやり過ごし、そして再び精霊を追いかけなければ!そう考えていた矢先、殿下たちがこちらに向かって歩き出した。
ドクン....ドクン....と緊張のあまり心音が大きく感じる。早く通り過ぎて....!と願いながら目を閉じた。
殿下達は私の横まで歩いてきて....
スッとそのまま通り過ぎていく。良かった。バレてなかったみたいだ。彼らが曲がり角に曲がっていくのを見届けて、バレなかった事にホッとして息をゆっくりと吐く。
その瞬間、背後から声が聞こえて私は凍りついた。
「そんな所で何をしてるんだ?アリア」
ビクリと体を硬直させ、ゆっくりと振り返るとそこにはレオンハルト殿下だけがこちらを見ていた。
だが近付いて来ない。そこで仁王立ちしているだけでこちらに寄ってこようとはしなかった。
「....」
「黙っていたってバレているぞ。俺はその魔法を見たことがある」
「バレてましたか。では何故わざわざ一度見逃したんですか?」
「アリアの事情を知ってるのは俺だけだからな。お前が聖女である事をわざわざ他人に言いふらす必要はない。それに、お前がここにいるという事は何か事情があるんだろう?」
「私が学園に侵入したことを許してくれる....と?」
「事情を話してくれればな。そしたら俺は何も見なかったことにして立ち去ると約束する」
殿下の目はその言葉が真実であると物語っていた。そこまで言われたうえで、話せば見逃してくれると言うのなら話す方が得だろう。
「実は、精霊を追いかけています。色々あって精霊の後を追っていたのですが、その精霊がこの学園に逃げ込んだもので」
「精霊....そうか。そういうことか」
「理解して貰えましたでしょうか?」
「ああ。事情を話せば見逃すと言ったのは俺だ。約束は守る」
そう言って殿下は来た道を戻るように歩いて行く。そしてふと何かを思い出したように振り返り、私に言った。
「イザヤの一件では世話になった。救ってくれてありがとう。後日王宮から呼び出しがあると思うが、応じてくれると助かる」
思いがけない感謝の言葉。レオンハルト殿下は私がアリアと同一人物であることを知らない。ルサールカと戦った日以降、私はアリアとして外に出ていない為ここでこうして言ったということだろう。
「どういたしまして」
「いつもお前に助けられてばかりだな....俺も強くなる。いつかお前と肩を並べて戦える日を楽しみにしてる」
そう言い残して今度こそ殿下は去っていった。曲がり角の先で相方の騎士と話している声が聞こえたため、何かしら理由を付けて戻って来てくれたのだろう。
(いつか....いつか、ね)
私が正体をバラして、殿下と並んで戦う日が来るのだろうか?そうなれば、少なくとも殿下には私が聖女である事がバレてしまう。
魔族と戦った日から、聖女である事を認めたくなかった筈なのに聖女の力に頼ってしまっている。自分の力の意味が分からなくて、私は結局聖女である事を認めたいのだろうか?
最近、聖女に対する自分の考えが....分からない。
「....いや、今は精霊を追いかけましょう。自分ことなら後でも考えられる」
そう考えて私は再び精霊の魔力の残滓を追いかけた。殿下以外にバレることはなく、すんなりと学園の中を進むことが出来た私は残滓がとある部屋に入っているのを見つけた。
「ここは....図書館?」
昼間にイアン殿下とともに訪れた学園の図書館。そこに精霊の魔力残滓が入り込んでいた。つまり、精霊はここに逃げ込んだということになる。
半開きの扉をゆっくりと開け、中に入る。中の様子は昼間とは変わっておらず、本の精霊や生徒の姿がないシーンとした静かな空間だった。
だが、図書館に入った瞬間何か別の空間に入ったような感覚を覚える。結界のような、現実とは違う空間に突入する感覚。だが図書館の様子に変わりはないし、私自身にも特に変化はなかった。
聖属性魔法の一種である『聖天の霊衣』を解除し、ステルス状態から戻る。
ゆっくりと慎重に図書館の中を進む。すると、一番奥の本棚の横に扉を見つけた。だが....
(こんな所に扉なんてあったっけ....?)
私はこの図書館を度々利用しているが、一番奥に扉があるなんて知らない。
司書さんの部屋の横に禁書庫があるのは知っているが、その2つの扉とは違う3つ目の扉。そんな話は聞いたことがないし、実際に私も初めて見た。
つまり、昼間とは唯一違う所。精霊が逃げ込む先としてはあまりにも怪しい。
その部屋に近付いてみると、何やら中で誰かが話してる声が聞こえる。ゆっくりと扉に近づき、耳を澄ませた。
「〜なのよ。だから危うく追いつかれそうになってね」
「全くドジだなぁ。それでバレてちゃ世話ないよ全く....」
「いや、アタシだってまさか目覚めると思わなかったんだもん!夢郷はちゃんと展開できてたはずなのに、何で目覚めたんだろう?」
「さぁね。眠りが浅かったんじゃない?」
「う〜ん....分からないわ」
中で聞こえる声はあの精霊と、もう一人誰か知らない声。男性とも女性とも取れる声質で、少し歯抜けな声をしている。誰だろう?
気になってゆっくりと扉を開ける。中を覗き見ると、そこには件の精霊と見知らぬ珍獣が話をしていた。淡い桃色の体で4足歩行の珍獣。
(豚....?いや、それにしては鼻が長いような....)
そんな珍獣の事を考えていると、何かに気づいたようにその珍獣が言った。
「まぁ、君がドジなのは前から知っていたけどね。姿を見られたあげくこの場所までのこのこ連れてきちゃったんだから」
その言葉に精霊と私が揃って驚く。すぐに精霊と珍獣がこちらを向き、私は隠れていることがバレてしまった為素直に扉を開けて中に入った。
「あなた達は一体....」
私の問に対し、珍獣と精霊は臨戦態勢。明らかに私のことを警戒していた。
「人間、お前がここを見つけてしまった事はしょうがない。だから選択肢をあげよう。一つはそのままここを引き返し、僕達のことを口外しないと誓うことだ。そうすれば僕達は何もしない」
「他の選択肢は?」
「君が今いる場所から一歩でもこちらに寄った瞬間、僕達は君に攻撃する。記憶の欠如が起こるがそれは仕方のないことだと思って諦めてもらう」
進むか戻るかの2択。だが、私は心に刻まれた言葉に従って進まなければならない。引き返す選択肢はなかった。
「それは出来ません。私は....誰かに頼まれたんです。『“アイツ”の様子を見てきてくれ』と」
「その呼び方....人間ちょっとしゃがめ」
そう言って珍獣はゆっくりとこちらに寄ってくる。そして鼻を伸ばしてしゃがんだ私の胸に鼻を当てた。
まさか攻撃される....?!と思ったが、珍獣は冷静に言う。
「安心しろ。攻撃はしない。少し確かめたいことがあるんだ」
そう言った瞬間、私の体を突き抜けるように煙が噴射される。不思議と嫌な感じはなく、心地良い風のように私の体を通り抜けて背中から煙が出た。
そしてスッと離れた珍獣は驚いた様子で私を見る。
「まさか....君が“あの人”なのか?」
「あの人?」
「....気が変わった。僕は君を攻撃しない。おそらく様子を見て欲しい対象は僕だからね」
珍獣は臨戦態勢を解き、そしてゆっくりと私から離れた。
その様子に精霊は驚く。
「ちょ、ちょっと!彼女を認めるの?」
「ああ。少なくとも彼女は“彼”に依頼されてこの場所に来た。僕達の事情を理解してくれる人物だ。“彼”の代わりである以上、信用に値する」
珍獣の言葉に精霊は黙り、そして臨戦態勢を解いた。
「アンタがやらないならアタシもいーや。良かったね、人間の娘ちゃん♪」
精霊がウィンクをする。可愛い。
「あなた達は一体....?」
私の問に対して、珍獣と精霊が答えた。
「僕の名前はムーバ。夢獏のムーバだ。君達人間の言うところの神獣の一体だよ」
「あたしは夢の精霊リム!いつでも元気な可愛い可愛い精霊だよ♪」
深夜の図書館で、私は珍獣と精霊と知り合ったのだった。




