第76話 隠れ聖女と夢の中
イアン殿下と分かれた夜、私は自分の部屋でとある準備を進めていた。
図書館で会話した時に判明したイアン殿下の固有魔法のこと。これを使えば、学園内で広まっている夢の噂を証明することが出来る。もしもこれで死者と会うことが出来て、なおかつその記憶を持ち帰ることが出来るなら....
(イアン殿下の協力が必須といえ、失われた記憶や歴史を掘り返すことが出来る。そして噂が真実であるということも証明できる)
何故こんな噂が流れ始めたのか、何故死者と会うことが出来る方法が見つかったのか。この噂に関しては学生間での認知度に対してあまりにも謎が深すぎる。都市伝説の一つだと言われればそれまでだが、実際に試した人が大勢いる上にその結末は皆同じ。
「やっぱり”記憶が無くなる”....これが一番引っかかる」
死者との会話を忘れる為なのか、それとも偶然なのか....どちらにせよ記憶が無くなるということは、夢であったことは現実で不都合をもたらす可能性があるということだ。
人間は忘れようと思ったことは返って記憶が根付く傾向にある。夢での記憶を全て無くしてしまうことは外部的要因も疑わなければならないだろう。
「....」
そんなことを考えていると、そろそろ就寝の時間になる。噂の通りの手順を踏めば夢で会いたい人に会えるとのことだが、その真相は果たしてどうなのだろうか....
「えーっと、まずは『お香を焚く。自分と会いたい人物の関係性を考慮したものが望ましい』ね」
今回私が会いたい人物はただ一人。すでに死んでいる彼女なら、夢で会うのにふさわしいと思ったから。そして、もしかしたら聞きたいことが聞けるかもしれない、そんな淡い期待を持っているから。
今回はベルガモットの花をお香にしてもらった。殿下と分かれてから急いでアデルネーゼの薬屋に直行し、カレラに急いでお香を作ってもらったのだ。そしてこの香りは、既に滅びてしまったあの村を私に思い出させる。
「次に『会いたい人物の形見や遺品など、思い出深いものを用意して枕の下に入れる』と」
今回用意したのはペンダントだ。昔彼女が持っていたものが欲しくておねだりしたところ、優しい笑顔で首にかけてくれた物。この世界で、唯一形あるものとして残っている彼女の形見だ。
今まで大事にしまっていたものを取り出し、そっと枕の下に入れる。
「次に『甘いものをさらに盛り付けて枕の近くに置く』....なんの意味があるんでしょうかこれ?」
甘いものを準備する意味は分からないが、とりあえずクッキーを用意した。イザヤの町で買ったもので、自分用のお菓子として用意していたものを使うことにした。
すると、お香が充満してきたのか段々と眠気が襲ってくる。うとうとと瞼が重くなっていきた。眠い....
「最後....『窓を少し開け、呪文を唱えて眠る』....」
呪文自体に意味があるのかと思ったが特に魔法的な意味は隠されていなかった。要するに自分への催眠的な意味があるのだろう。
そう考えてゆっくりと口を動かす。
「夢の主よ、私の声を聞き給え....夢の主よ、私を導き給え....夢の主よ、どうか世界に....心象と霊魂の歌を響かせ給え....」
そう唱え終わると同時に、私の意識は完全に遠のいていく。そのまま、瞼が閉じ切ると同時に私は眠りの世界へと落ちていった。
***
「はっ」
目が覚める。周囲を見渡すと清々しいほどの青空と風に揺れる草原の空間。そこに私は立っていた。息をする感覚、風が髪と頬を撫でる感触、そして動かせる肉体の感覚....全てが現実と同じ。だが唯一違う点として、私は自分の服装に疑問を持った。
「なんで....アリアの格好を....?」
眠るときはネグリジェに着替えて眠るのがいつもの格好だ。だが、なぜか私は私服でも寝巻でも制服でもなく、冒険者アリアの格好をしていた。
杖は無いが、それでもローブや中の服まで全てが同じ。
「ここは....夢の中なの?」
現実での会話や行動の記憶ははっきりと覚えている。少なくとも、眠った直後にここにいるということは夢の世界で確定といっていいだろう。
だが会えると思っていた人物はどこにもおらず、もっと言えば周囲に人の姿はどこにもなかった。周りを見回して誰かの存在を探すが、残念ながらこの世界に私以外の存在は感じない。
(やっぱり嘘だった....ってことなのかな?いや、だとしたら私がこうして夢の中に入れている理由は?)
少なくとも夢の中に入るという事実は証明できた。後は肝心の”死者と会う”だけだが....
どれだけ耳を澄ましても、草原の丘を登って見まわしてみても、やはりどこにも誰かの存在を感じない。この夢の世界で、私は1人ぼっちということらしい。
「会いたかったな....」
もしも会うことが出来たなら、もしも再び話すことが出来たなら、彼女は今の私を見てなんて言うんでしょうね?そんな疑問が頭に浮かび、そして口に出ることなく消えていく。
正直、少し期待していた所はあった。もう二度と話せないと思っていた人と話すことが出来るなら....と。
だが現実は残酷だ。やはり『死人に口なし』ということなのか、望んだ死者が現れることはない。
その時、ふと何かの存在を感じた。
自分の近くで感じる魔力。明らかに人ではないその感覚に、私は急いで振り返る。すると、半透明の魔力の塊がフヨフヨと浮かんでいるのが見えた。
「お母....さん....?」
会いたかった人の名を呼ぶ。だがその魔力の塊は浮かび上がるばかりで何も話そうとはしない。するとその塊は何も言わずに草原の奥へと進んで行った。
ようやく見つけた存在に感極まって反応が遅れたが、私は急いでその魔力の塊を追いかける。
「お母さん!!」
息を切らし、フードが取れても服装や髪型がぐちゃぐちゃになっても走った。目の前の存在に追いつくために、見つけた可能性を見失わないために。
数分ほど走ったところでその魔力の塊が止まる。するとそこには、草原の丘の上に立ってこちらに背を向けている青年の姿があった。彼は白の騎士装束に身を包み、腰には帯剣をしていた。私の髪色よりも濃い黄色の短髪を風でなびかせながら、彼は丘の向こうを眺めている。
「誰....ですか?」
思わず疑問を口に出してしまった。私の夢の世界だが、目の前の青年を私は知らない。これまでの生涯で、一度も会ったことが無い。なのに、なぜか私の心は安心していた。目の前の青年が、私の敵ではないことを直感で感じ取ったのだ。
私の疑問に反応するように、ゆっくりと青年が振り向く。彼は髪と同じ色の黄色の瞳でこちらを見つめ、優しく微笑んだ。
そしてこっちに来るように手招きをする。私は最初こそ戸惑ったが、目の前の青年の安心感にやられてゆっくりと丘を登っていく。登り終えて見た景色は一面の花畑だった。草原の先に無数に広がる花畑。多種多様な花が咲き誇る花畑に、思わず「わぁ....!」と感嘆の声を上げてしまう。
「綺麗だろう?ここの花畑は季節に関係なく様々な花を見ることが出来る」
「確かに綺麗です。ここが夢の世界じゃなく、現実世界だったら良かったのに....」
「現実にも広大な花畑は存在する。今度セントレア法皇国のリフィー地区にある草原に行ってみるといい。変わってなければあそこにも花の群生地があったはずだ」
青年は教えてくれる。爽やかな風が髪なびかせ吹き抜けていく感覚を感じながら、青年の方を見て言った。
「あなたは....誰ですか?」
青年は笑ったまま目線をこちらに向けることもせず、ただ淡々とその問いに返答する。
「俺の名前はハクキ。ただのしがない自然を愛する青年だよ」
「ハクキさんですか。どうして私の夢の中に?」
目の前の青年が何者なのかは知らないが、人の夢の中に現れることのできる人間なんて私の知り合いにはいない。彼のことを知らない以上、当然の質問と言えるだろう。
「見ず知らずの人間がいて戸惑う気持ちも分かる。だが案ずることはない。俺は別に君に危害を加えてやろうだなんて企んじゃいないさ。ただ....君をこの目で一目見たくなったんだよ、ライラ・ティルナノーグ」
私の名前を知っている....?!と思ったが、よくよく考えれば私の夢の中なのだ。侵入できる以上はある程度の情報は抜き取られているといっても過言じゃないだろう。
「私のことを?何故?」
「特に理由は無いさ。俺は夢の管理人みたいなものだからね。夢に入ってきた人物の情報を知りたいと思うことに不思議はないだろう?」
つまり、目の前の青年はこの夢世界、”夢郷”と呼ばれる存在の管理者らしい。ということは、私の目の前に現れたのもこうして夢郷に入った人物の情報を得る為ということだろうか?
「他の皆さんの前にも姿を現したんですか?」
「いいや?俺がこうして誰かの前に出てくるのは初めてだ。ただ、君の場合は他の人物たちと違って特殊でね。俺が出向くしかなかったってだけ」
「私が特殊....ですか」
「夢郷は現実世界と薄壁一枚隔たれた場所に存在するもう一つの世界。空想が現実になる世界だ。ただ、当然ながらその世界に物理法則は存在しない。普通の人間が入れば一瞬で塵となって消える場所になっている。でも、その世界に存在を維持したまま入る方法がある。それが夢の中、つまりは意識の世界というわけさ。君がやったのは儀式、その夢郷を、意識と繋げるための儀式だよ。ま、外部からの手助けはいるんだけどね」
「外部からの手助けって?」
「本来、死者の記憶を意識の中で再現するには外部からの干渉が必要なんだ。そして儀式をすることでその手助けをするものが現れ、理想の世界の夢を見る」
「つまり、私が実践したあの噂は....夢郷に死者の記憶を定着させるための儀式だった....?」
「そういうこと。でも、君は今回会いたかった人物の記憶を呼び覚ますことが出来なかった。何故かは自分で答えを探してみるといい」
ハクキはそう言うと、大きく深呼吸をする。自然の新鮮な空気が肺一杯に満たされ、私も思わずその気持ちよさにゆっくりと深呼吸をした。
「今回俺がこうして出てきたのにはもう一つ理由がある」
ハクキの言葉に私は応えた。
「もう一つの理由?」
「最近、夢郷の管理が疎かになってきていてね。君にアイツの様子を見て来て欲しいんだ。それを頼むために俺はこうして君の前に立っている」
夢郷の管理?アイツとは誰の事....?
「君になら託せる。君だから託せる。俺お願いを聞いてくれると助かるね」
「その....”アイツ”とは一体誰ですか?」
「アイツは現実世界にいる。目が覚めればきっとわかるはずさ。夢郷から出たら記憶は消えるが、心の奥底に指令を刻んでおいた。このことだけは君は忘れない。出口はあっちだ。頼んだぞ」
そう言ってハクキは丘下の空間が割れたような場所を指差す。そこにぽっかりと開いた真っ暗な空洞が、この世界から出ていくためのゲートということなのだろう。
ハクキが丘を下ろうと振り返る時、ポンと背中を軽く叩かれた。
その時、ずっと頭の片隅にあった質問を思い浮かべる。頼まれごとをするのだ、これくらいの質問は許してくれるだろう。
「....最後に質問です。何故皆さん記憶が消えるんですか?」
ハクキは私が目指すべき丘下とは反対方向へと歩く。ある程度降りたところで顔だけ振り返り、笑いながら言った。
「死者との記憶は刻まれない方がいい。人間は弱い生き物だからね。いつまでも過去の妄執に憑りつかれるんじゃなく、これをきっかけに自立することが目的なのさ。”死人に口なし”ってやつだよ」
そう言うと再び歩き始め、もう彼が私の方を見ることは無かった。
私はなんだか胸の辺りが温かくなっているように感じた状態で、ハクキとは反対方向へと丘を下る。そしてひび割れた空間のゲートの前に立ち、思いきりそこに飛び込んだ。
***
「ん....むぅ....?」
段々と意識が覚醒してくる。もぞもぞと動き、体を起こして目を擦った。周囲はいつの間にか寮の自分の部屋に戻っていた。要するに夢郷ではなく現実世界へと戻ってきたのだ。
夢郷であったことを思い出そうとするが、靄がかかったみたいに思い出せない。かろうじて覚えているのは....花畑と....草原と....知らない人?
ルックスもどんな声なのかも思い出せないが、誰かと話していたような気がする。そして、”誰かの様子を見に行かなくてはならない”という気持ちで心が一杯だった。
(誰かの様子....でも誰の?)
肝心なところが分からない。一体記憶にいるあの人物は誰なんだろうか?
そんなことを考えていると、ガシャン!!とベッドの横に置いてあったクッキーの皿が割れる。何かで落としたのだろうか?と思いそちらの方を見ると....
「あ、やば....」
手のひらサイズの小人。だが背中からは4枚の羽が生えており、ぼんやりと蛍のように光るその体がその存在のことを物語っていた。
なんと、精霊が私の部屋に迷い込んでいたのだ。それも、周囲にあるクッキーの食べかすや減っている枚数を見るに、この精霊がクッキーを食ったらしい。
「あなたは....?」
「えへへ....クッキー美味しかったです!じゃ!」
そう言って爆速で精霊は出口の方へと飛んでいく。その瞬間、心に刻まれた誰かの言葉が『彼女を追え』と言っていた。咄嗟に従うほうがいいと判断した私はベッドを飛び出して部屋の出入り口へと向かう。自分の格好が寝巻であることや、既に就寝時間を越えていることを忘れて私は走った。
深夜に、精霊との追いかけっこが始まったのである。




