第75話 隠れ聖女と固有魔法
魔法科の実習が終わり、着替えてきたイアン殿下を迎える。これで一応本日の授業は終了だ。
あとは放課後なので私も自由に過ごそう....と思っていた矢先、イアン殿下はさらりと「次はどこに行くんだい?」と聞いてくる。
「え?授業は終わりですよ?」
「いや、そうじゃなくて。放課後も案内してくれるんだろう?」
そう言いながら微笑むイアン殿下。その笑顔がとても眩しくイケメンスマイルにやられそうになるが、笑顔の裏に何やら腹黒い何かを感じた為すぐに真顔になる。
この男はあろうことか、案内役という立場を利用して私をこき使うみたいだ。私は使用人ではない。
「いや、これ以上紹介する場所もないんですが....」
「なら、本来だったら君が行くはずだった場所に行こうか。僕が案内役に指名しなければ何をしようとしていたんだい?」
空いた時間にしようとしていたことは当然ながら図書館に行くこと。歴史蔵書であれば、勇者に関する知識が何かしら見つかるかもしれないという淡い期待を持って本を読み漁ろうとしていた。
勿論なぜ勇者のことを調べてるかなんて聞かれたらはぐらかすしかないのだが....
(まぁ、ちょうどいいですね)
結局今日はイアン殿下の案内役として過ごしてしまった為自分のことは何も出来ていない。
まだ連れて行ってないし、この際紹介しがてら調べてみるのもありかと思いイアン殿下を図書館へと連れて行くことにした。
「なら、図書館に行きましょうか。私も本当は調べたいものがありまして」
「わかった。なら図書館まで案内してくれる?それで今日はお開きにしよう」
イアン殿下の一言で図書館へ行くことが決定した。どちらにせよ、イアン殿下と別れた後は向かう予定だったから問題はない。一人人数が増えただけだ。
図書館は司書が1人とそれを補助する精霊たちで管理が行われている場所だ。
本の精霊である彼らはこの世界の記録を管理する為に生まれる。この世界で司書になる為には本の精霊との契約が絶対条件であり、精霊も世界の記録を管理するに値する人物を選定して契約を行う。
要するに司書という職業はとても貴重で凄い仕事というわけだ。
図書館に入ると、中に生徒の身長の5倍はある本棚がずらりと並ぶ空間。全ての本棚の前には移動式のはしごが設置されており、また無数の精霊が本を運びながら空間を浮遊していた。
「凄いな....アルドノア王国でもこのレベルの図書館はない。ここにいる精霊は全員司書さんと契約しているのかい?」
「いえ、契約しているのは1体だけのはずです。それ以外の精霊は....どうなんでしょうか?」
「おや?君でも知らないのかい?」
「そうですね。よくよく考えてみればこの精霊たちは誰と契約しているんでしょうか....?」
精霊はこの世界のどこかにあるとされる”精霊の国”で生まれる。精霊の国とこの世界は隔絶されており、精霊が単体でこの世界で生きることはできない。契約者と”魂の回廊”を繋いで存在を確定し、契約者の魔力を貰うことでこの世界に留まることが出来る。
複数の精霊と契約することは可能だが、その分消費する魔力の量も増えるので一概にいいことばかりとは言えない。
今図書館に存在する本の精霊たちは、数えただけで20体ほど存在する。1体1体の存在は小さいとはいえ、これだけの量の精霊と誰が契約しているのだろうか?
「学園長とか?」
「そんな話は聞いたことが無いですね....あまり関係はないような気もしますけど」
「それもそうだね。さて、何を調べようとしていたんだい?」
勇者のことを素直に話してしまうか悩む。全部素直に話すつもりは毛頭ないが、勇者のことを調べてると話してしまってもいいのだろうか?イアン殿下が竜の巫女と勇者の権能の関係性を知っているとは思えないし、ただ伝承を調べていると言うだけならいいのではないかとも思う。
嘘をついても調べている所を見つかればバレてしまうし、別に隠す必要もないか....
「....勇者のことについて、少し」
「勇者?へぇ....君って意外とそういう英雄譚が好きなのかい?」
「そんな所です。イアン殿下は何かご存じですか?」
「うーんとね....あ、ちょっと待ってて」
そう言ってイアン殿下は近くを通りかかった本の精霊に何かを尋ねている。すると本の精霊がふわりとどこかへと飛んでいき、本を一冊持ち帰って来た。
「ありがとう。さて、僕が知ってるのはこの勇者の話かな。”鉱の勇者バルコ”の物語。これはアルドノア王国で起きたことが本になっているからね。俺達の国では一番浸透している勇者の物語だよ」
「鉱の勇者バルコ....聞いたことが無いですね」
「本当かい?彼はエキドナ王国出身だったはずだけど。引退後はこの国に戻って余生を過ごしたらしいしね」
”鉱の勇者バルコ”、聞いたことのない名前だ。話を聞くに、彼はエキドナ王国ではなくアルドノア王国で武勇を立てた人物らしい。この国の伝承に彼の名前があまり残っていないのも納得が出来る。
となれば彼の持っていた権能がどこかにあるはずで、彼と契約していた神獣が存在しているはずだ。そういう意味ではアルドノア王国へと一度訪れてみるのもいいかもしれない。
「他には何か知っている人はいますか?」
「そうだね....あと有名なのはこの国の”海の勇者”と”銀の勇者”、後は和の国”楼月”の初代将軍かな?あの国の初代将軍は他国から渡って来た勇者だって聞いたことがある」
「そうですよね。どれも有名な話ですからね....」
海の勇者エノクに関してはイザヤで受け取った記憶がその勇者の伝承に値する。銀の勇者はかつて入ったことがある”銀の洞窟”に住まう魔獣ヴァナルガリアスの話がそれに該当する。
(そうやって考えると、もしかしたらヴァナルガリアスは魔獣ではなく神獣の可能性もありますね....)
そして和の国”楼月”の話は有名だがその真相は誰も知らない。あくまでもそう伝わっているだけであり、文書などの物的証拠は楼月印すら残っていないそうだ。
「後は....そうそう、”夜の勇者”の話もあったね。一番近代の勇者の名前だ」
ピクリと私の耳が動く。”夜の勇者”という単語が出た瞬間、私は抑えていた魔力がじわりじわりと溢れていくのを感じた。ピリピリとした空気が魔力と共に流れ、私とイアン殿下の周りだけ異様な雰囲気を醸し出し始める。
「ライラ?どうかしたのかい?」
イアン殿下が話しかけてくれたおかげで、今の自分の状況を理解できた。知らず知らずのうちに周囲に漏れ出してしまっていた魔力を急いで引っ込める。
「いえ....何も。ですが”夜の勇者”に関してはいいです。他に何か知っていることはありますか?」
「他にね。あぁ、そういえば勇者たちは全員”固有魔法”持ちだって聞いたことがあるね。俺も固有魔法を持っているから親近感がわくよ」
「固有魔法....そういえばイアン殿下もそんなことを言っていましたね。特異体質なのだとか」
「そうなんだよね。それで、俺の固有魔法に関してもしかしたら....と思うことがあってさ」
イアン殿下はそう言って手に持っていたノートを開き、順番に説明してくれた。
「まず、俺の固有魔法は”霊憶”って言ってね。簡単に言えば、触れた人物や物の記憶を無条件に見ることが出来るんだ。そしてさらに都合のいいことに、この特異体質のおかげで俺の記憶の許容量は無限に近い」
「それってつまり、触れさえすればどんな記憶でも読み取ることが可能ということですか?」
「そういうこと。でも、この能力にも欠点があってね。まずは読み取ることはできても伝えることは出来ない点。これは俺が読み取って記憶を誰かに譲渡することは出来ないっていうことだね。伝えるためには絵で説明するか、口頭で話すしかない。2つ目は読み取る記憶は選べないという点。これは触れてる時間は他人の意識内に入って記憶を漁ることになる。その人が今まで歩んできた人生の中で、本当に欲しい情報に巡り合うのにどれだけ時間がかかると思う?」
「つまり、記憶を読み取っても欲しい情報を手に入れるためには時間がかかるというわけですね」
触れただけで他人の記憶を漁ることが出来るというかなりチートな能力。だが、当然ながらそんな能力にも欠点がある。イアン殿下の場合はそれが記憶を読み取るまでの時間という面で現れているのだ。
そしてもう1つ。イアン殿下がこの能力を使う場合、魔法を行使している間は無防備になってしまうというのも欠点と言えるだろう。イアン殿下が他人の記憶に入っている間、現実のイアン殿下の体は無防備なってしまう。
「でも、それで何が気になったんですか?」
「君はさっきレイクム教授が言っていた夢の噂、どう思う?」
「どうと言われましても....結局夢を見た人は全員記憶を無くしてるんですよね?だったら会えていても会えていなくても変わらないんじゃ....あ」
「気づいたみたいだね」
ニヤリとイアン殿下が笑う。
気づいてしまった。イアン殿下が言わんとしていることに。
「つまりイアン殿下の固有魔法を使えば、失われた記憶が読み取れる可能性がある....?」
「正解。つまり、誰かが見た夢を俺の魔法で読み取ることが出来れば、その人が本当に夢の中で会っているかがわかるんだ。そうすれば、噂の信憑性も変わるだろう?」
確かに、その方法なら噂が本当なのか嘘なのかを調べることが出来る。正直そこの真意はあまり興味ないのだが、実験という意味ではその方法はありだろう。
ただ、その実験を行うためには実験台が必要なわけで....
「ということでライラ、今夜早速試してみないかい?」
「あ、やっぱり私なんですね」
「そりゃね。君以外にやれる人がいないだろう?」
確かに、これだけお互いに話し合った後で別の実験台を探そうとは思わない。私も、その噂が本当ならばとても期待が持てる。もしも母と再会することが出来て権能の話が出来るのであれば、それに越したことはない。
「どう?嫌ならやめるけど」
「....やります。何というか、面白そうですし」
「いいね。なら今夜決行としようか」
イアン殿下から差し伸べられた手を握り返す。
今夜、学園内で広まっている”夢”の噂は今夜私が実験台となることで、その信憑性を確かめることとなった。




