第74話 隠れ聖女と魔法学科
魔法学科は校舎に併設している“魔法棟”で行われている。
この学園の校舎は合計で6つの棟が併設されており、魔法棟はその内の1つだ。各棟はそれぞれ専用の学科が使用している為基本的に他学科の生徒が利用することは少ない。
だが、学内でのクラブ活動やサークルの関係上別棟へと入ることもある為、一概に関係なしとは言い切れないのだ。
私は騎士学科と貴族学科を選択している。ティルナノーグ家の人間として騎士道は学ぶべきだし、貴族令嬢として貴族としての在り方なども学ぶべきだからだ。
魔法学科は選択していないが、それでも私は魔法棟に入る事がある。それは魔法薬学に関して多少精通しているのがバレた為、たまに先生のお手伝いとして通っているからである。
私が冒険者として学んだ薬学の知識は姉弟子であるカレラと共に学んだものも多いが、学園内で薬学に精通している先生に教えてもらった部分も多い。
さて、そんな魔法棟はその名の通り“魔法”に関して学んだり研究したりする学科である。魔力を高めたり、効率のいい制御方法を模索したり、新たな魔法の研究なんかも行われている場所だ。
勿論学生のできる範囲ではあるが、それでも生徒が自主的にこうして魔法を学べる場は貴重と言っていいだろう。
「魔法学科には聖女様もいるのかい?」
イアンが問いかける。勿論いないわけではない。生徒の中には聖女として覚醒しているものがちらほらいる。
だが、聖女としての学びの場は学園ではなく教会だ。学園内にも併設されているとはいえ、魔法学科内で聖女の力を行使することは禁じられている。
「いるにはいますけど、聖属性魔法は使えませんよ?それがありなら生徒同士の実力差が開いてしまいますから」
「そうか....実際に浄化とか見られると思ったんだけど」
「後で教会に行けば多分見られますよ。....私の知り合いに声をかけておきましょうか?」
「君って顔が広いね。是非お願いするよ」
そんな話をしつつ、気づけば魔法棟の中へと入っていた。
イアン殿下の存在が珍しいかつ人目を大きく惹きつけるこの男に向けられる視線の数々。この一日でもう飽きるほど浴びたので慣れたが、どうして王族というのはこうもイケメンばかりなのだろう?少しはそのキラキラしたオーラを自重してほしい。
イアン殿下を連れて向かったのは学科授業中の教室。既に授業は始まっており、後ろにある扉を開けて中に入る。
急に開いた後ろの扉に生徒が注目するが、すぐに教師が前の黒板に意識を集中するよう呼びかけた。
中に入ると、今は汎用防御魔法の授業中らしい。魔力の固定化やシールドの形状による部分的な耐久性の変化など、細かい所まで授業が行われていた。
1限の授業を受けたイアン殿下は特に何も言わなかったが、こうして専攻している学科の授業には関心示したらしい。時折頷きながら集中して授業を聞いていた。
「面白いね。アルドノア王国の学園でも似たような授業はやるが、教え方が全く違う。こっちの方が圧倒的に分かりやすい」
「アルドノア王国とは学園交流の盛んに行っていますし、今度教師間の交流会でも開いてみたらどうですか?」
「うん。良い刺激になりそうだね」
授業が終わり、バラバラと生徒たちが立ち上がる。当然最後方にいる私達に無数の好機の視線が寄せられるが、そんな生徒達の中を歩き段差を登ってきた人物が私達の前に立つ。
「お初にお目にかかりますイアン殿下。私は魔法学科専攻教員のレイクムと申します。今後1ヶ月間、あなた様を教育する立場としてご挨拶に参りました」
「それはどうもありがとう。俺はイアン·ベナレス·アルドノア。これからよろしくお願いします」
「ええ。教育者として、精一杯やらせて頂きますよ。それと横にいるのはティルナノーグ嬢じゃないか!とうとう魔法学科に来る気になったのか?」
「私は殿下の案内役ですよ。それに、魔法適正の低いティルナノーグ家の人間を誘っても意味はないですよね?」
ティルナノーグ家は“東の守護竜アルビオン”の加護により肉体戦闘に対する戦闘力は秀でているが、その分魔法戦闘に対しては適正が低いという特徴を持つ。
精々強化魔法や初級魔法の行使が精一杯だとも知られている。そんな中でも私を魔法戦学科に誘うのは、彼は私が魔法薬学に精通していると知っているからだろう。
「なに、適正が低くても魔法を使うことはできる。それにお前の場合は魔法薬学という素晴らしい才能があるじゃないか!そろそろ私の弟子になってくれてもいいんだよ?」
「嫌です。私の薬学はあくまで趣味ですから。それに、私の師匠はフィールさんだけです」
「くっ....フィールの名前が出るとは....」
フィール師匠は私とカレラの師匠で、魔法薬学を教えてくれた人だ。レイクム教授とはライバルの関係にある。
今フィール師匠は旅に出たきり戻っていないが、たまにカレラの元に私とカレラ宛の手紙が来るので、元気にやっている事だけは知っている。
「まぁ、殿下の付き添いでたまに顔を出すといい。気が変わっていつでも転科したくなったら言ってくれ」
「変わりませんよ。次回から私のクラスのムールさんが付き添いになります」
自分が今日だけの案内係だと話すと、ちぇっとレイクムは舌打ちをした。その時、ふと思い出したようにレイクムが質問をする。
「そういえばなんだがライラ、”記憶を呼び覚ます薬”って作れると思うか?」
唐突になんだろう?と思うが、こんな質問をしてくるということは恐らく何かしら意味があるのだろう。だが記憶を呼び覚ますというとそれは薬でどうにかなる範疇を越えている。それこそ意識世界に入るレベルのとんでも魔法を行使しない限りそんなことは不可能だ。
「無理ですね。記憶干渉は魂に触れる行動に等しいですから魔法界隈では禁忌の魔法ですよ」
「だよなぁ....薬で脳内に直接作用する物作っちゃまずいよなぁ....」
「というか、そんなもの作れるなら人間の魔法技術はさらに先を行ってます。”魔法界の三大禁忌”に触れる行為ですからね。なぜそんな質問を?」
単純な疑問。魔法界の三大禁忌の1つである”他者の記憶に介入し変化させることを禁ずる”に値するものだ。そもそも他人の記憶を弄ること自体が人間には不可能なことなのだが、もし万が一世界のどこかでそれを成し遂げる魔法が出来てしまった時に抑止力とするために制定されている。
「いやな。最近学生の間で噂になっている話知らないか?『夢の中で会いたい人物にある方法』ってやつ」
その話なら知っている。私も昨日友人から聞いたばかりだ。なるほど、魔法薬であれば失ってしまった夢の記憶が戻るかもしれないと考えた生徒が、それが可能かどうかをレイクムに質問したといった所だろう。この噂が真実かどうかは知らないが、夢を見ようと実践した人たちはもれなく記憶が無くなっているとリリアが言っていた。
「その噂なら知っています」
「なら話が速いな。要するに、その失った記憶を思い出せるような薬はないかって聞かれたんだよ。俺は医者じゃねぇし、魔法薬学特化な以上多少人体への知識はあるが、脳に関しては専門外なんだよな....」
「先生で専門外なら生徒の私は話にならないのでは?」
「いや~分からんぞ?フィールの奴から何か教わってるかもって思ったのと、案外お前ならそういったことも知ってるんじゃないかって思ったから聞いてみただけだ」
「まぁ、聞いてみるだけならタダですからね」
教員の中にもその噂が広まっているのか。ここまで噂が広がるスピードが速いと、その噂が実は本当なんじゃないかって思い始めてくる。もしも本当なら....
そこまで考えて私は頭を振った。
(いや、あくまでも噂!信憑性の乏しいものを信じてはいけません!それに、記憶が消えるという事象が謎ですね....)
やはりこの噂のネックは”記憶が消える”という点だろう。何故夢を見た人々は夢の記憶のみが消えるのか?先ほども言った通り記憶に干渉する魔法はこの世界では禁忌。それを自然に成し遂げている何かがあるのか、はたまた単なる偶然か....
「ま、無理ってことだな!聞いてきた生徒にはそう答えておこう!」
「無理ですね。諦めてもらうほか無いと思いますよ」
「会いたい人に....会える....」
レイクム教授と私が納得している時、横でイアン殿下が噂のことを呟いていた。その人が生きていても死んでいても、夢の中で会いたい人に会える夢の噂。イアン殿下がこの国に留学してきた理由を考えると、誰に会いたいのかは一目瞭然だろう。
「殿下、あくまでも噂です。それに、仮に会えたとしても記憶が無くなっていてはもやもやは晴れないですよ」
「ああ、分かってる。そんな噂に頼るつもりはないよ。ただ....少し気になることがあったんだ....」
イアン殿下は何かを考え、動かない。その間にレイクム教授は次の授業があるため教室を出て行ってしまった。私達も次の授業があるため移動しなければならない。
「イアン殿下、次は演習ホールで実習です。移動しないとですよ」
「分かった。案内よろしく、ライラ」
顔を上げた殿下の顔は先ほどと同じに戻っていたが、それでも先ほど考え事をしていたイアン殿下の顔が忘れられない。もしかして、何かに気づいたのだろうか?
そう思うが、イアン殿下が話そうとしない以上は私から何かを言うつもりはない。イアン殿下にも殿下なりの考えがあるし、それに私はまだイアン殿下に信頼を置いて貰えるほど関係値は気づいていないのだから。
「殿下、魔法実習ですけど大丈夫ですか?」
「うん、問題ないよ。こう見えても俺は魔法に関してはそこそこ出来る方だからね」
自信たっぷりに答えるイアン殿下を連れて演習ホールへと向かう。
この日、イアン殿下と対戦したい生徒が大勢おり白熱した試合を繰り広げたのだが....結果はイアン殿下の圧勝。唯一互角の状態であと一歩で負けてしまったのがマハトくらいだった。
私達3回生の中で、『騎士のレオンハルト』と『魔法のイアン』で生徒間のファンクラブが割れたのだとか。
そして私はどちらからも敵視される存在となってしまったらしい。解せないなぁ....




