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第73話 隠れ聖女とイアンの目的

 教室で目が合った私とイアン殿下。驚く私に対し、イアン殿下は何事もなかったかのようにふわりと微笑みながらこちらを見た。

 教室内では突然他国の王子が留学生としてやってきたことに興奮する者や、イアン殿下の微笑みを受けて萌える者など多種多様な反応が返ってきているが、そんな彼らの中でただ静かに驚いて固まっている私は異様に映ったのだろう。気づけばイアン殿下の横にいるギャレンからも「大丈夫か?」と目で語りかけられていた。


「コホン。興奮するのは分かるが、お前ら一旦静かにしろ。俺が喋る」


 ギャレンの咳払いで一瞬で静かになる教室内。よく見ると、廊下の方に立っている殿下が見えた。恐らく、私と別れた後寮まで迎えに行ってそのまま連れてきたのだろう。向こうも私に気づいたようだが、スッとすぐに目を逸らされた。


「今自己紹介してくれたようにアルドノア王国からイアン殿下が来日された。このクラスで受け持つが、所属は魔法科になる。えーっと....魔法科は今日は4限からか。ムール、お前魔法科だったよな。連れて行ってやってくれ」


 ムールというクラスメイトが指名され、彼が魔法科における案内役に決まったようだ。

 だがその時、イアン殿下がギャレンに対して待ったをかける。


「すみませんギャレン先生。まだこの学園のことがよくわかって無くて、良ければ学園を案内してくれる人が欲しいのですが」


「そうですか。なら....誰が適任かな....」


「あそこのお嬢さんなんてどうでしょうか?」


 そう言ってイアン殿下は私を指差す。何となくそんな展開になるとは思っていたが、まさか本当になるとは....と更に驚いた。イアン殿下は私の方を真っすぐに見て再び微笑んだ。私も微笑み返すが、少し顔が引きつったようにぎこちなかったと思う。


「そうだな。ライラ案内役をお願いしてもいいか?ムールは今回はいい。次回から付き添ってやってくれ


 クラス全体の前でこんなこと言われ、ついでにイアン殿下から直々の使命と案れば断ることはできない。この空気感で断れるほど私のメンタルは強くないんですよぅ....


「分かりました。その役、お受けします」


 はい、終わりました。ただでさえイザヤの件で殿下との仲はどうだのなんだのと噂が立っているのに、これ以上厄介な爆弾を抱えたら私死んじゃいそう....(泣)

 心の中で涙を流しつつ、私はイアン殿下の案内役を引き受けたのだった。

 イアン殿下はゆっくりと教室内の段差を登って私の方へとやって来る。慌てたリリアたちが席を譲り、私の横にはイアン殿下が微笑んで立っていた。


「よろしくね。君の名前は?」


 わざとらしく聞いてくるイアン殿下。朝答えたから知ってるはず....ともいうことが出来ず、無理やり笑った顔を作って淑女らしく答えた。


「ティルナノーグ竜爵家が末娘、ライラと申します。よろしくお願いしますわイアン殿下」


「うん知ってるよ。それと畏まらなくていいよ。この学園のことは調べて来たけど、王族から庶民まで分け隔てなく平等にがモットーらしいからね。普通に接してよ」


 イアン殿下が私の名前を知ってると答えた時にざわざわと教室内がざわついたが、よくよく考えれば私は竜爵令嬢。他国的には公爵と同じ位置の扱いの為、名前が知られていても不思議ではない。そう勘違いしてくれることを望んだが残念ながらそうはいかなかった。

 リリア達は「まさかどこかで会ったことがある....?!」とワクワクした様子でこちらを見ていたが、イアン殿下がゆっくりとそのざわつきに対して答えた。


「さっきギャレン先生が君のことを呼んでいたからね。名前がライラなのはわかったけど竜爵家の方とは驚きだ」


 とからかうように言った。その一言で私とイアン殿下の知り合い説は打ち砕かれたことになったが、イアン殿下に遊ばれたこととからかうような視線に私は少しムッとした。

 だがそんな教室内の空気を変えようとギャレンが手を叩く。


「はいはいお前ら静かにしろ。これから10分後に1限目を始めるぞ。準備しておけ」


 ギャレンの一言でホームルームが終わりとなる。再びざわざわと喋り声が聞こえ始めた教室内で、イアン殿下は悪戯っぽく私に対して小声で話しかけた。


「これからよろしくね。ライラ」


 いきなりファーストネーム呼び....とも思ったが、別に名前で呼ぶことを制限しているわけでもないしここは学園内だ。社交界とは違う。そう考えれば別に腹を立てるほどのことでも無かった為、私は再び微笑みを作ってイアン殿下に返した。


「よろしくお願いします。イアン殿下」




***




 1限目の終わりのチャイムが響く。それと同時に、教室内の生徒達が廊下へと出ていった。新参者のイアン殿下に聞きたいことが沢山ある様子のクラスメイト達であったが、この後2限の授業がある人達は惜しくも教室を去って行く。ない生徒たちが質問したそうに殿下を見ていたが、2限目以降は暇なため私が校舎を案内することになっていた。


「イアン殿下、早速学園を案内します」


 私が席を立ってそう言うと、イアン殿下に話しかけていた女子たちは恨みの籠った目で私を見てくるが、「こっちだってやりたくない....」と思いながらその目線を一瞥した。

 イアン殿下は素直に従って立ち上がる。話しかけて来ていた女子たちに「ごめんね」と言いながら私の後について教室を出た。

 私だって国絡みの面倒事に巻き込まれたくはないし、何よりこの授業が無い時間を存分に使って調べ物をしようとしていたので自分の時間が潰れたことになる。おまけで女子たちに更に時間を潰されるのは勘弁なので、さっさと終わらせたいのだ。


 廊下を歩いていると、きゃあきゃあと別クラスの女子たちがイアン殿下を見て騒ぐ。既に隣国の王子が来ていることは他学年にも伝わっているらしく、うるさいくらいの歓声に包まれていた。それに気づいた教師たちが騒がないよう注意してくれたので大ごとにはならなかったが、やはりイアン殿下はかなり目を引くのだなと改めて思う。

 王子様特有の爽やか系だが、その鋭い赤い目が内なる獣を見せているようにも感じる。どうやら魔法に関してかなり関心が高いらしく、ルックスとスペック共に高水準らしい。

 レオンハルト殿下とは違い爽やか系なのも相まって既に派閥が出来始めているとかなんとか....


「それにしても、随分と積極的だね。さっきまでは作り笑いばかりだったのに」


 ....バレてたらしい。ならばもう令嬢らしい作り笑いも態度も不要だろうと判断して普通に話しかける。


「この後少し調べたいことがあったんです。でも隣国の賓客をおもてなしすることよりは軽い用事ですから大丈夫です」


「それはすまない。でも、知らない人よりも顔見知りに案内してもらった方が話しやすいだろう?」


「顔見知りって....今朝初めて会ったばかりですよ?そんな簡単に信用してもいいんですか?」


「大丈夫。王族だからね。人を見る目には自信があるんだ」


 その言葉には複雑な意味が込められているのが分かった。話す時に少し瞳が揺らいだのが見えたから。

 イアン殿下も、王族としてそれなりに苦労してきたらしい。そう考えると私の態度も少し反省しないとな....と自己中心的な考えに陥っていたことを反省する。

 重要な使命を背負ったことで焦っていたのかもしれない。よくよく考えると私らしくないなと思い、心の底から反省した。


「それは....なんだかごめんなさい。改めて、今回の案内をさせていただくライラ・ティルナノーグです。よろしくお願いします」


「うん、改めてよろしく。早速どこを案内してくれるんだい?」


「そうですね....とりあえず使用頻度の高い所から行きましょうか」


 そう言って学園の案内を開始する。向かう先は図書館や魔法修練場、学生研究エリアに各部屋の説明など、様々な場所を巡る。お昼には学食に向かい、利用方法やメニューなどを紹介した。

 途中、学食内でマハトとゼレフがやってきて4人でお昼ご飯を食べた。どうやら国に入ってからイアンでかを護衛していたのはこの2人であり、顔見知りだったようですぐに打ち解けていた。


 午後、魔法科に向かう途中でふと気になったことがあった。何故イアン殿下はこの学園に留学してきたのだろうか?もちろんただ勉強の為かもしれないし、人界一のこの国で学びたかっただけかもしれない。でも、なんだか気になってしまったので思い切って聞いてみた。


「そういえば、イアン殿下は何故この学園に?」


「留学目的の話?それなら....魔法を学ぶため、かな」


 やはりただ勉強をするためだったらしい。私が心配し過ぎただけか....と思っていると、イアン殿下はゆっくりと語りだした。


「実はね、助けたい人がいるんだ。その為に魔法を学ばないといけなくて」


「助けたい人....?ご病気なのですか?」


「いや、俺の命を狙った暗殺者から庇ってくれた人なんだ。俺の姉なんだけどね....呪詛をかけられたんだ。解呪するには近しい人物の力で浄化するしかない。でも俺は女じゃないから聖属性魔法は使えないんだ」


 聖属性魔法は聖女のみに許された魔法。男性の神官は皆光属性魔法を使う。光属性魔法は聖属性魔法の下位互換と知られているが、別段そんなことはない。違いはただ”魔”に対してどれだけ特攻が効くかということだけであり、光属性魔法にも微弱な聖属性が付随するのだ。

 そして呪詛はいわゆる”呪い”。これは”魔”と同じ性質を持ち、かけられた人間に纏わりついてしまう。これを浄化するために、聖属性魔法や光属性魔法が必要なのだ。


「それは....」


「分かってる。光属性魔法ではあくまでも微弱な浄化しか出来ない。でも、それも力が強ければ関係ないだろう?本当は姉上をここに連れてきて、大聖女様に見てもらうのが一番なんだけど、アルドノアの王子・王女は俺と姉上の2人だけ。2人とも動かして、両方に何かがあってはいけないからね。それで俺だけが来たんだ」


「そんなことがあったんですか....」


「その時、丁度この国から招待状が届いたんだ。『ドラグニア王立学園で魔法を学ばないか』って」


 ん?そんなことがあったのか?と疑問に思う。なにも他国の王子や貴族に対して「わが国で勉強しないか?」と誘うのは珍しいことじゃない。だが、他国の重鎮を預かることの重みをどの国も理解しているはずだ。そう軽々と誘えるようなものじゃない。

 もっと言ってしまえば、王族を招待することは稀だ。他国を見て王都なるべく学んで来いと言われたから来たのならわかるが、今回はこちらから招待を出している。何故わざわざアルドノア王国の王女が倒れたこのタイミングで王子を国から引きはがしたのだ?


 そう考えるとなんだかきな臭い。考えすぎかもしれないが、なんだかすごく引っかかる。


「それで....この国に?」


「うん。それに俺は固有魔法を持ってる特異体質なんだ。そのことも相まって、技術や研究が進んでるこの国ならもっと高みを目指せるんじゃないかと思ってね」


「固有魔法!私の知り合いにも2人ほど固有魔法持ちがいますね」


「そうか!やはりこの国に来て正解だった。俺はこの国で、姉上を助けるために魔法を学ぶ。必ず....助けるために」


 決意の籠った目で語るイアン殿下。その表情に少し引き込まれた。


「なら、後で教会も案内してあげます。取りあえずはこれから受ける魔法科の授業に行ってみましょう。学ぶために、順応することも大切ですからね」


「ああ。ありがとうライラ」


 すぐに普段の顔に戻ったイアン殿下がふわりと笑いかけてくる。殿下のようなオレオレ系イケメンの笑いとは違うその顔に、「やっぱイケメンって罪だな....」などと感じながら魔法科に向けて歩き出した。


 だがそんなこと考えつつもイアン殿下に出された留学の招待状について、私は違和感が拭えなかった。


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