第71話 隠れ聖女と夢の噂
王都の城下町にとある少女がいた。
平民の娘で、早くに父親を亡くし母親と2人暮らし。貧しくは無いが、決して裕福でもない平凡な暮らしをしていた。少女は街中にあるパン屋で働きながら、今日も元気に生きていた。
少女には夢があった。それは街で自分の店を構えること。自分がまだ幼い頃に亡くなった父親の元まで、自分が生きている証である香りを届けるために。その為に貯金をし、幼いながら必死に働いていた。
「ありがとうございました!」
「エリカちゃん、もう上がっていいよ。今日もお疲れ様」
「はい!また明日!」
とある夕方、働いているパン屋のおばちゃんから業務終了の指示が出て、エリカは着替えて店を出た。今日も王都の街中は賑やかだ。夕方ということもあり夕ご飯の買い物をする家族の姿も見える。巡回する騎士も、武装した冒険者たちも、店の片づけを始める商人達も、いつもの王都の光景だった。
彼女の世界は彩に満ちている。今も元気に、楽しく来ていた。
唯一彼女の心を暗く染めるのは”父親”の存在。写真の中でしか見たことのないその人物だけが、どうしてもモノクロに見えてしまうのだ。両親に手を繋いでもらってはしゃぐ子供を見ていると、心の奥に少し寂しさが湧いてくる。
(お父さん....どんな人だったんだろう....)
母親との生活は楽しい。彼女からの愛情はとても感じられる。でも、やはり自分は父親のことを何も知らない。敵わない願いだが、彼女はずっと”父親”というものが恋しかったのだ。
でも、叶わない願いだからこそ彼女は夢を追いかけることにしたのだ。天国で見守ってくれているであろう父親に、自分の存在をアピールするために。「私はここだよ」と伝えるために。
少女は両親に手を引かれてはしゃぐ子供を微笑みながら見つめ、今日の夕飯を楽しみに帰路についた。
数日後、少女はお店に来たお客さんに不思議な話を聞いた。
お客さんはドラグニア王立学園に通う方だそうで、平民でありながら騎士を目指す凄い方なのだそう。ここのおばちゃんと昔から知り合いのようで、たまにこうして買いに来てくれるのだ。
そんな彼がした話。それは学園内で広がっているある噂のことだった。
「夢の中?」
「そうそう。夢の中で会いたい人に会えるらしいのよ。それが亡くなっている人に会えるんだとか。それが本当なのかは分からないんだけどね」
「なんで分からないんですか?実際にやってる人がいるならわかる気がしますが....」
「それがね。私もやってみたんだけど記憶がないのよ。よく朝起きた時は不思議な充実感があるんだけど、夢で何があったのかまでは思い出せないのよね。皆も同じような感想だったわ」
記憶に残らないが、夢の中で会いたい人に会うことが出来る。エリカにとって、それは正に”夢のような”話であった。たとえ記憶に残らなくても、一度でいいから父親に会ってみたい。その気持ちが先行し、お客さんが帰った後もその噂話で頭がいっぱいだった。
「どうしたの?エリカちゃんぼーっとして....体調悪いのかい?」
「いやっ....そのさっきの噂話なんですけど、もしもう会えない人にもう一度会えるとしたら、そんな噂でも信じますか?」
「そうだねぇ....あたしなら信じてみたくもなるねぇ。会えるならもう一度会いたい人は沢山いるからね。でも、あたしにとって大切なのは今だよ。過去に縋ってばかりじゃ主人にも心配させちゃうからね」
そう言って笑った。エリカはその噂を信じるかとても悩んだ。自分の夢であるお店を持つまで、父親には会わない方がいいじゃないか?早々に父親に会ってしまえば、私の夢が潰れてしまうのではないか?
でも....
悩んだ末、エリカは自分の心に従うことにした。父親の愛を知らない少女は、それでも一度でいいから”父親”の愛を知りたかった。寂しい自分の心を、噂でもいいから縋って埋めたかった。
少女はこの日、客に聞いた噂話を実験してみることにした。
その日、エリカは夢を見た。
幸せな記憶、自分にとっての楽園。心の隙間を埋めるように、段々と幸福感が体を支配していった。エリカは求めていた愛情を手に入れたのだ。家族に愛される喜びと、寂しさが溶けて消えていく感覚に溺れていく。
翌日、エリカはパン屋に来なかった。
心配そうな店主のおばちゃんが様子を見に家に向かう。
この日、王都の町でとある少女が死んだ。
***
新学期前、まだ夏の暑さが残る頃に私達は王都へと戻って来た。
照り付ける日差しに暑い暑いと思いながらも、久々に戻ってきた学園は尚も健在で堂々と町の中にある。
この夏、学園の誰よりも濃い経験をしてきた私たちは新学期にどんな風に見られるだろうか?見た目は変わっていないから何も言われないかもだが、少なくとも心配はされるだろう。何せイザヤでの出来事は早々に追うから発表され、またそれがティルナノーグ領にて起きたことまで知れ渡っている。
きっと、友人たちは私の心配をするだろうが、今の私はそんなことよりも調べたいことが山ほどあった。
(ヴァイアに聞いた勇者のこと....この国に残ってる勇者に関することを全部調べないと)
勇者と権能のこと、そして神獣と巫女のこと。調べなければならないことは沢山ある。次にいつ魔族が襲い掛かって来るか分からない以上、力を付けるなら早い方がいいと思ったのだ。
だが....
「無理~!疲れた~!!」
夏季休暇は全くと言っていいほど休暇として機能していなかったせいか、ただの馬車移動ですらかなり疲れがたまる。言っても図書館などで書籍を調べるだけなのだが、それをする余裕もなかった。
(本当は調べに行きたいけど、上手いこと体が言うことを聞かないんですよね....)
勇者の権能を得てから、強すぎる力にまだ器が成っていないらしくヴァイアにサポートしてもらう日ばかりだった。イザヤを出る頃には普通に動けるようにはなっていたのだが、それでもまだ魔法を使おうとしたり派手に動こうとすると違和感がある。
「これはしばらく....冒険者もお休み....かな....すぅ....」
アリアとして活動することがしばらく出来なさそうだと考えていると、いつの間にか眠ってしまったらしい。すぅすぅとか細い寝息が静かな部屋で音を立てた。
2日後、新学期が始まり久々の制服に着替えて部屋を出る。貴族寮から出ると、案の定セルカとリリアが私を待っていた。久々に会う2人の顔に感動し、思わず早足で駆け寄っていく。
「あ!ライラちゃーん!久しぶり!」
「ライラ様!夏季休暇は大丈夫でしたか?!何やら大変なことになっていると聞きました....」
「おはようございます。セルカ、リリア」
2人は私を心配してくれたが、私はいつも通りの平凡を装う。集中して魔力制御をすれば、多少痺れて動きにくい体も動かすことが出来る。魔力の制御に関して、ヴァイアからみっちり教えてもらったことが早速役に立った。
学園に入ると、やはりイザヤの話が広がっているようで大勢の視線を浴びた。中にはひそひそと話す者や、チラリと見るだけに留めた人もいるが、私は特に気にせず進んで行く。私から何かを言うことはないし、国王陛下から発表のあったことがそのまま真実なのであえて触れなかった。
教室に入るとまだ時間がある。朝のホームルームまでルルカとリリアと話して過ごした。
「そういえばライラちゃんさ、こんな噂知ってる?最近流行り始めた噂なんだけどさ」
「噂?」
「そうそう。なんでも、”夢の中で会いたい人に会える”方法があるらしいんだよね。それが亡くなってる人でも、夢の中で会えるらしいんだよ」
へぇ....それはなんともメルヘンな話だなぁ~。
そんな風に思っていると、その話には続きあがあるようでリリアが話し始めた。
「実際に試した人が何人もいたらしいんだけど、本当に会えたのかは分からないんだよね」
「でも、噂になってるほどなら誰かが夢の中で会ったんじゃないですか?ほら、夢の記憶って残る人はちゃんと残りますし....」
「いやね、それがそうでもないんだよ。私の友達に実験した子がいるんだけど、記憶がすっぽり抜けてるの。それも、その子以外にも試した人全員。そういったミステリー性から多分噂が広がったんだと思うけどね。都市伝説みたいなもの?」
そう言われればピンと来るような来ないような....?だがどちらにせよ、そんなものは単なる噂だ。実際にやって実は会ってるけど覚えていないだけなのか、もしくは熟睡しすぎて夢を見てないかのどちらだろう。
「でも、なんだかその夢を見た後は調子がいいらしいんだよね。皆スッキリした顔してたし。快眠効果とかあるのかな?」
「あ~たまたま快眠法を試した人がそういう夢を見て、それが噂として広がった可能性はありますね」
「ま、あくまで噂だけどね~」
リリアはにししと笑う。すると、その瞬間に担任が入ってきた。
チャイムが鳴り、慌ててルルカとリリアが席に戻る。
「あー皆おはよう。今日から新学期だが、課題はちゃんと持ってきたか?各教科の教師にちゃんと渡すように。それと明日からは通常授業再開だ。質問がある場合は本日中に向かえー。それと....」
担任が持ってきた紙をめくり次の紙の文章に目を通す。
「今期は竜迎祭がある。その準備もするから予め覚えておいてくれ。あともう一つ、明後日だがこの国に来客が来ることになった」
来客?国を挙げてのお客さんとなると他国の重鎮だろうか?だが何故学園にそんな情報が?
「その方は留学という形でこちらに来る。受け入れはこのクラスになったから後日改めて紹介しよう」
担任はぶっきらぼうにそう言うと資料を置いた。
「さて、今日は....あー特に無いな。各自11時までは学園内にいるように。それまでは明日の予習でもしていてくれ。練習場を使いたければ申請しろー」
そう言い残すと担任は去って行く。新学期の初日など毎回こんなものだ。だが、国中の貴族が通う学園だから授業のレベルも高い。予習する生徒も現れる中、私は先ほどリリアがしていた噂話のことを思い出す。
(会いたい人に会える夢....)
思い浮かぶのは母の顔。夏季休暇の時、母の墓石の前で私は問いかけた。それは母に向けての言葉でもあるのだが、自分に問いかけている意味もある。
もしも夢の中で会うことのできる母が本物ならば、私の知りたい答えを知っている可能性がある。だが、私は答えは自分で見つけると決めた。ならばそれを裏切ることは出来ないだろう。
(大丈夫。私はもう1人じゃない)
そう思うと自然にフッと笑みが零れてしまう。
「?ライラ様?どうかなさいましたか?」
席を立って寄って来たルルカに心配されるが、私はニコリと笑いながら答える。
「ううん。何でもないよ」
こうして、新たな季節の到来と共に新学期が幕を開けたのだった。




