第70話 隠れ聖女とさらばイザヤの町
殿下と抱き合ってからおよそ十数秒後、ハッと今の状況に気づいた私は自分の体温が急激に高くなっていくのを感じた。殿下から見えないだろうが顔も真っ赤、そして現状を理解して再び体が硬直する。
「あ....あの殿下、そろそろ....」
「!!すまない!」
辛うじて絞り出した言葉を聞いて、パッと殿下が離れる。心配の余り自分の抑制が出来なかったのだろうか、殿下も顔がほんのり赤くなっていた。
「すまない。安堵の余り....っ?!泣いているのか?!どこか痛かったのか?」
「あ、いえ....これは安心の涙です。ようやく全部終わったんだなって....」
「そういうことか。ああ、全部終わった。俺達の勝ちだ」
「良かった....私たちはこの町を守れたんですね」
「ああ。アリアが魔族を片方倒してくれたおかげで、こっちもこっちの戦いに集中できた。あの後アリアがどこに行ったのか知らないんだが、どこか心当たりはないか?」
「へっ?!あぁ....私はアリアさんとは数回しか会ったことがないので....すみません」
危なかったぁ〜!!!安堵のあまりアリアの話をされてたのに気づかなかった。目の前に当の本人がいるなんて知ったら殿下はどんな反応をするんでしょうね。
「いや、いいんだ。ただ今回の一件で国としてアリアに借りができたからな。王から呼び出しがあると思うんだが....また冒険者協会に行ってみるか。そういえば、父上から手紙の返事が届いたぞ」
そう言って殿下は一枚の手紙を渡してきた。そこに書かれていたのは“海人族の今後に関して、ニンフとの条約に基づいてエキドナ王国内での人権を認める”事や、国内で生活する事に対して基本的人権の尊重や要求内容の保証をする旨がだった。
「海人族の事は大丈夫だ。彼らはこの国で暮らしていける」
「それは良かったです。今後の彼らの事についてはライノさんに丸投げしてしまう事になりますけどね....」
「町作りが終わるまで休学でもしたらどうだ?身体のこともある。夏期休暇はゆっくり出来なかっただろう?」
「それはそうですけど、私も学業を疎かにはできませんからね。出るまでの数日はイザヤの事に集中して、それから皆さんと一緒に王都に戻りますよ」
「そうか。この町を出るまではまだ少しある。ゆっくりしてくれ」
そう言って殿下は持ってきた花を隣にあった花瓶に入れた。これからまだ王子としてやることがあるらしい。
殿下は最後に改まってこちらを見る。
「ライラ。アリアに会うことがあったら伝えてくれ。『ありがとう。この国の王族を代表して、礼を伝えさせてくれ』と」
「....分かりました。もし会うことがあれば、私の方から彼女に伝えておきます」
「ああ。助かる」
そう言うと殿下は部屋から出ていった。この日は夕方から勝利の祝いとして宴を行うらしい。マナ様からその情報を聞き、セレナ様かシトリンが付き添うことを条件に許可を出してくれた。
3日も経てば町もある程度復興し、このタイミングで宴を開催して勝利を讃えようということらしい。主役であるアリアがいないことはとても残念がられていたが、それでも皆がこの勝利に騒ぎ、飲んで食べていた。
私もふらふらとではあるが宴に参加し、海竜を足止めした功労者として讃えられた。どうやらウィリアム達に吹き込まれたらしい。一体なんて吹き込まれたのかとても気になる所だが、今はそんなことに気にする余裕もなかった。
どうやらウィリアム達は海賊としての航海術や知識・実力を買われ、テリジア商会の専用護衛役として雇われたらしい。内容は基本的に商船の護衛と周辺海域の警備で、休みと報酬も話し合いの末お互いが納得しあうところで決めたのだとか。
(ウィリアムさん達も居場所を見つけて、海人族の皆さんも住む場所が出来た。後は商談会議を成功させればこの町でやるべきことは終わるかな....)
商談会議は私が目覚めたこの日から3日後。この会議が終了した後、数日後にはティルナノーグ家の屋敷に帰る手筈になっている。
夏季休暇が始まってからの数日間は、目が回るほど忙しかった。休暇なんて呼べるほど休んでいないし、かなり濃い2週間だったと思っている。
(でも....)
「楽しかった、かな」
「ん?何がです?」
思わずぼそりと呟いてしまった言葉に反応するセレナ様。お皿に美味しそうな魚料理を乗せ、戻ってきたところだった。もぐもぐと魚料理を頬張るセレナ様を見て、私の頬も緩む。
「何でもないですよ~」
「わっ、わっ!何するんですかライラ様!」
わしゃわしゃとセレナ様の頭を撫で、私も今日一番の笑い声を出した。
こうして夜は更けていく。
***
数日後、早朝からイザヤの町で汗を流す男がいた。
商談会議も終わり、この町を出る日の早朝であるにも関わらずトレーニングをするこの男。火照った体で筋肉質な身体を顕にし、鍛錬を続けるこの男はレオンハルトだ。毎日の日課をこなし、少しでも強くなろうと必死に足掻くこの男は、先の魔族との戦闘の顛末を聞いて自身の無力を痛感した。
傷が癒え、目覚めたレオンハルトをシノブ·ゼレフ·マハトは心配した。そしてある程度動けるようになった頃、マナが今回の顛末を報告に来たのだ。
アリアが水龍と共に魔族:ルサールカを倒したこと、水鱗魔達の掃討が完了したこと、そして魔族:フルーレティが救護所を襲撃しようとしたが、それをシトリンが仕留めたことなど全てを聞いた。
『なっ....!!あの魔族生きていたのか?!』
『そうみたいですね。どんな仕組みかは分からないですけど、あの魔族は肉片から身体を再生していたそうですよ。やはり魔族の体を消滅させるためには聖属性魔法が必須なのがわかりましたね』
魔族の体は聖属性魔法に弱い。だからこそ、聖と魔は対称の関係にある。今回はレオンハルトの周りに聖属性魔法が使える人材がいなかったため、フルーレティを完全に消滅させることが出来なかったのだ。
それ故に、斬り飛ばしたフルーレティの腕が塵にならず残り、体が再生したのである。
だが、ここでレオンハルトは気づいた。なら何故シトリンはフルーレティを消滅させることができたのか?理由は一つしかないはず。
『待て、ということは....シトリンさんは聖女なのか?』
『いえ、彼女は聖女ではありませんよ。ただ、彼女は特異体質なんです。”固有魔法”持ちですからね』
この世界において、固有魔法を持つ人物は滅多にいない。それこそ勇者レベルの人物や歴史に名を遺すレベルの偉人など、確率だけで言うなら10万人に1人というレベルだろう。
シトリンがそんな特異体質を持っていたとは....と驚くと同時に、その固有魔法で聖属性魔法を使いこなしたというのか?と驚きもあった。
『後で礼を言っておかないとだな....』
『そうしてください。では、私はライラちゃんの治療に行ってきますので』
そう言ってマナは去って行った。
あの時、レオンハルトは完全にフルーレティを仕留めたと思っていたがそうではなかった。魔族を倒すために聖属性魔法が必須なのが分かったのはいいことだが、今回は自分の実力不足で苦戦を強いられ、あまつさえ救護所を危険にさらしかけた。
まだまだ鍛錬が必要だと感じたレオンハルトはこうして今日も特訓に勤しむのである。
そんな時だった。庭で腕立て伏せを1000回こなし、休憩していた時に正面の方から音が聞こえる。金属が動くような音に気づき、庭の方から様子を窺ってみる。
すると、ある程度回復したライラが正面の扉からこっそりと出てきて、そのまま屋敷の門を開けて町へと出る。この時間帯はまだ空が明るくなり始めた頃だ。町に出ても店なんてやっていないし、何より誰にもバレないよう音を最小限にこっそり出てきたことに違和感を感じた。
(ライラ....?どこに行く気だ?)
しばらくライラの動向を探っていると、どうやら向かったのは町の上の方。港とは反対方向に進んでいることから、町を出るつもりなのだろうか?
そう気になってしまったら追いかけないという選択肢はなかった。急いで汗を拭き、足元に用意してあった服に着替えて追いかけるように屋敷を出る。ライラが向かった先はやはり町の外だった。
キョロキョロと周囲を見回すライラ。誰にも見られてないのを確認した後、彼女は風魔法で浮遊してどこかへと飛んでいく。向かった先はイザヤから北の方面だった。
(ここから北....あっちの方向にあるのは東の守護竜:アルビオン様の住む山脈だったはず)
東の領地を守る人界の四大守護竜の1匹。もちろん誰もその姿は見たことが無いが、彼はその山脈の頂上に住み着いていると言われている。わざわざ彼女がそちらの方向に進むのはなぜだろうか?
幸い、ケガが完治していないからなのか魔法による浮遊スピードは大して速くなかった。レオンハルトはバレないように魔力を最小限まで抑え、ライラの魔法感知にかからない距離感を保って彼女を追跡する。
途中、森の中にある花畑によって彼女はいくつか花を摘んでいた。それを丁寧に包んで再び北の方へと飛んでいく。
およそ1時間後、ライラが空中からとある場所に降り立ったことでレオンハルトも足を止めた。
辿り着いたのは山脈の麓にある空き地だった。村一つ分はありそうな広さの土地だが、周囲の森以外にあまりにも何もない。こんな場所に何の用だろうと考えると、彼女は慣れたようにスタスタと歩いて行った。
レオンハルトは森から周囲の様子を見る。何もない開けた土地だとは思うが、所々崩れた瓦礫のようあものがある。近くの瓦礫に近づいて少しどけてみると、瓦礫の下にはガラスの破片や錆びたやかん、他にも燃やされた衣服や壊れたおもちゃなどが散乱していた。
どれも年季が入っているように古いものだが、なぜこんなものがこんな所に?そう考えた時、1つの可能性がレオンハルトの頭に浮かんだ。
「まさかこれは....誰かの住居だったのか?この空き地は廃村....?」
よく見れば、この場所以外にも崩れた瓦礫の山は沢山あった。焦げた跡や不自然に崩れた地形、人工物であろう川を渡る木の橋など、明らかに人が住んでいた痕跡が残っていた。だがどれも古いものばかりで10年以上は経っている。
だがやはり分からない。ここが廃村だったとして、何故ライラはこんな場所に来たのか?
(そういえば向こうの方に歩いて行ったな....)
そう思いだし、レオンハルトはライラの歩いて行った方へと進んで行く。少し進んだ先の空き地で、とある石の前に歩いて行く彼女を見つけた。レオンハルトは息を潜めて彼女を観察する。ライラが止まった石の他にも、同じような石がいくつも感覚を空けて置かれていた。
何かしゃべるかもと思い、身体強化を耳に集中させてかけ、彼女の声を聴く。
ライラはゆっくりと石の前に座り、そして持っていた花束を添えた。
「ただいま....半年ぶりだね。お母さん」
そう言って彼女はゆっくりと俯いた。
ライラのその言葉に戸惑いが隠せなくなる。彼女はティルナノーグ家の娘のはずだ。現にティルナノーグ夫妻は生きていて、夏季休暇の初日にライラと共に会っている。
だがその時、ライラの目の前にある石の正体が分かってしまった。先ほど見た廃村、そして目の前にある並べられた石。分からない方がおかしい。
(まさかあれは墓石....なのか?)
そうなるとますます意味が分からなくなる。彼女の母親は生きているはず。なのに彼女は何故墓石に向かって母親と呼ぶのか....
俯いていたライラはぽつりぽつりと話し出す。それは他愛もない日常のことばかりだった。学園のこと、セレナという生徒が出来たこと、冒険者としての活動のこと、”リオ”という相棒が出来たこと、そして....剣術大会から今回のイザヤ海戦までの魔族のこと。恐らくこの半年間であったことを彼女は話していた。
「~でね、セレナ様が可愛いの。私が誰かを教えるなんて思ってなかったから上手くできてるか不安だけど....出来る限り頑張ってみるつもり。それとね、セレナ様も聖女になったんだよ。後天的に覚醒したタイプなんだけどね、聖女紋も四画あって。....私とは違うんだなって」
ライラは再び少し俯いた。何を話そうか、何を伝えようか迷っているのだろうか?彼女はゆっくりと顔を上げ、また言葉を紡いだ。
「ねぇお母さん....教えてよ。私は一体何者なの?ヴァイアから聞いた勇者と権能のこと、私の持つ聖特性のこと、そしてこの七画の聖女紋のこと....あの日、魔族が攻めてきたのはきっと、私を探すためだったんでしょ?」
(魔族....?!攻めてきた....だと....?!)
となると、この惨状は魔族が10年程前に攻めてきたからだというのか?そしてそれは、ライラを狙ってやって来たということ....?となれば、ライラはこの村の出身ということになる。だが、それではティルナノーグ家の娘であるという事実が破綻してしまう。
(一体どういうことだ....?)
深まる謎。だが、情報が足りな過ぎて答えが出てこない。もしかしたら、彼女が自分の正体を隠す理由もここにあるのかもしれないと、レオンハルトは秘かに思った。
ライラの問いに返事はなく、ただ彼女の髪をなびかせるように風が吹いた時、不意に彼女は立ち上がった。そして墓石に向かってゆっくりと再び話す。
「でも、もう止まらないって決めた。私は私が信じて道を進んでみようと思う。お母さん....見守っててね」
そう言い残すと彼女は踵を返して歩き出し、墓石から離れた場所で再び浮遊してイザヤの方へと飛んでいった。
バレないように息を潜めていたレオンハルトは改めて墓石の方を見る。墓石はただの石の為名前は彫られていない。これが誰の墓石なのかは分からなかったが、気になる情報を拾うことができた。
その結果、ウィリアムとの会話を思い出して1つの仮説が浮かび上がる。
「もしかしてライラは....」
その可能性を王都に帰ったら調べようと決め、レオンハルトもイザヤ方面に向けて走り出した。
***
陽が完全に昇ってお昼前、イザヤの町の出入り口には数台の馬車が止まっていた。使用人達が荷物の確認をし、既に数人が馬車に乗り込んでいる。
馬車の外では私とリーアとレオンハルト殿下、それとマナ様が話していた。話し相手はライノ・レクス・テプラ・ティグル・ウィリアムの5人だ。
「改めて、この度は本当にありがとうございました。おかげでこの町は救われました。アリア殿にお礼を言えないのはとても残念ですが、もし会う機会があればお伝えください」
「はい。こちらこそライノさんには町の今後を任せてしまうことになってしまいますが、何かあればお手紙下さい」
「僕も!ライラ姉さまにお手紙書きます!」
「ふふ。待ってるね」
無邪気なレクスがはしゃぐ。それを見て、ぷくーっと頬を膨らませたリーアが抱き着き、殿下がこちらに1歩寄って来た。あえて気づかないふりをするが。
「ライラ元気でな。また来年の夏に会おうぜ」
「それまでイザヤの商業はわしらに任せなさい。そうだ、王都に帰ったらメルトの野郎によろしくと伝えておいてくれ。いつもの伝言役だがの」
「分かりました。時間を見つけてお伝えしておきます」
「ん?ライラは冒険者ギルドに行くことがあるのか?」
「たまにですけどね。暇な休日にお手伝いの募集とか探しに行くんですよ。お小遣い稼ぎです」
(嘘だな)
(嘘よね)
もちろん嘘だが、私が本当のことをべらべらと喋るわけがない。私は隣にいる殿下とマナ様がそんなことを思っているなんて知る由もなかった。
「ウィリアムさんも周辺海域の警備、お願いします」
「ああ。海賊としてはあんまり気は乗らねぇが....最低限仕事してくれれば後は自由でいいらしいからな。気ままにやらせてもらうぜ」
「はい。それで構いません」
そう言って笑うと、ウィリアムもフッと笑って「姫さんには適わねぇな」と言った。
その時、先に馬車に乗り込んでいたシトリンが降りてくる。
「お嬢様、荷物の確認が終わりました。そろそろ出発いたしましょう」
「うん。分かったわ」
そして改めて皆の方へと向き直る。
「それでは皆さん、お元気で!」
私のその言葉で殿下とマナ様も動き出す。私たちは馬車に乗りこむと、ゆっくりと馬車が動き出した。手を振って見送る彼らに手を振り返しながら、イザヤから吹いてくる潮風を浴びる。
夏の太陽が世界を照らし、海の香りを感じながら私は席に座った。すると、正面にいたセレナ様が私に話しかけてくる。
「ライラ様、この夏季休暇はどうでしたか?」
殿下達の訪問から始まり、初デートに海賊との共闘、そして海人族に魔族との戦闘など大変なことも色々あったが、それでも私は反射的にこう答えていた。
「とても....とても楽しかったですよ」
そう言って、太陽のような笑みを見せたのだった。




