第69話 隠れ聖女とイザヤの今後
「う~!!離すなの!!」
「暴れてはいけませんよ。全く....私の力の一部だというのに抑えつけるので精いっぱいですよ」
ヴァイアの腕の中に収まったリーアがジタバタと暴れる。あの後マナ様とセレナ様によって起き上がったヴァイアがリーアを捕まえ、そのまま何事もなかったかのように椅子に戻ったのだ。
リーアは「ガァルルルルル....」と獣のようにヴァイアの腕に噛みついていたが、ヴァイアが「お気になさらず」とセレナ様とマナ様を下がらせていた。
「リーアちゃん、一旦威嚇するの止めよう?」
「や!だってリヴァイアサンのせいでママが大変なことになったの!リーアもちょ~がんばったの!全部の元凶であるコイツはシバいてもいいなの!」
「あっはっは、耳が痛いですね」
「リーアちゃん、それ以上攻撃するならママ怒るよ?」
そう言うとリーアは「うっ....」と委縮し大人しくなった。そのままするりとヴァイアの腕から抜け出して私の側に寄って来る。
「ママ、ごめんなさいなの」
「うん、もう攻撃しないでね」
そう言ってゆっくりとリーアの頭を撫でた。その様子を見ていたヴァイアが微笑む。
「とても信頼されているようですね。私は安心しました」
その時、ふととある疑問が浮かび上がる。
そういえばリーアはリヴァイアサンの力の一部が切り離された存在だったはずだ。だがリヴァイアサンが支配から逃れこうして正気に戻った今、リーアがヴァイアから分離しているのはおかしくないか?
「あの....今更なんですけど、リーアちゃんはヴァイアの”鍵”なんですよね?」
「そうですね」
「なら....リーアちゃんがこうして分離して存在しているのは何故なんですか?」
「ああ、それなら答えは単純ですよ。彼女が巫女様と契約してしまったからです」
「契約....あっ!」
そうだ。あの戦闘の時は考えてなかったが、私は水龍となったリーアの力を借りるために契約をした。その結果”栄光”の権能が効力を発揮して勝てたわけなのだが、まさかその契約が原因で....?
「本来、”鍵”である彼女は私が出した指示の下動くだけの存在でした。ですが私が魔族の支配魔法に耐え切れず完全に繋がりが切断した時、彼女は私の指示を遂行するために自我を持ったのです。その結果、脳内に私の指示が残った状態で行動し始めたのです」
「自我が芽生えた....」
“鍵”が生命体である以上自我を持ってるなんて当たり前だと思ったが、キエスの話によれば“鍵”の形状は様々らしい。今回は生命体として行動してたから自我があったが、本来であれば自我なんて無いのが当然なのだ。
今回はたまたま支配の魔法によって支持を出す存在がいなくなった為、本来の目的を果たすために自我が芽生えたということらしい。
「自我が芽生えた状態で契約までしてしまった為、この世界において“リーア”という存在が確立してしまったのです。なのでリーアを私の力として再び取り込む事が出来なくなったのです」
「つまり、リーアちゃんは“鍵”という存在から“リーア”という生命として確立したって事ですか?」
「そういうことです。更に私の力を吸い出したので、今は海竜である私と同格の存在“水龍”としてリーアはここにいます」
「?リーアはリーアなの。リヴァイアサンに勝ったからリーアの方が上なの!」
小さな胸を張ってむんっ!と自慢げに笑うリーア。その辺はやはり生まれたばかりだから子供なのだろう。
「私としても、彼女が自我を持つなんて予想外だったんですけどね」
「今やただの少女ですからね」
「リーアはママの子なの!」
「話そうと思ってた事の1つが彼女の事です。巫女様さえ良ければ、リーアをそのまま連れて行ってくれませんか?」
「え?」
予想外の提案に固まってしまう。てっきりリーアはこの町、ひいてはヴァイアの元に残ると思っていたからだ。
だが、彼はリーアを私に任せるつもりだったらしい。
「リーア、ママと行くの!リヴァイアサンもたまには良いこと言うの」
「私の分身とはいえ生意気ですね随分と」
リーアはひしっと私にしがみついて離さない。むしろ段々と抱きつく力が強くなっているように感じる。
いや、待って。強い強い....痛い痛い痛い痛い痛い!!!
「リーアちゃん!ギブアップ!傷に触るから抱きつくのやめ....いたたたたたた!!」
「ぎゅー!」
「リーア、離れたくないのは分かりますがその辺にしてあげてください。巫女様が死んでしまいます」
「それはマズいなの!ママには生きて欲しいから離すなの!」
パッと苦しみから解放された私は自分の体を擦りながらゆっくりと息を吐く。リーアちゃんの力が異様に強いことを忘れていた....
「いてて....ところでリーアちゃんって連れて行っていいものなんですか?ヴァイアの近くにいた方が....」
「それなら構いませんよ。最早リーアは私の力の一部ではなく分身ですから。離れていても問題ありません」
連れていくのは構わないのだが、私が領地に帰ってきているのは夏季休暇だからである。今年の休暇は色々ありすぎてもう休めた気がしないのだが、無情にも休暇終了までのリミットは始まっているのだ。
休暇が終われば私は再び王都の学園に通うことになる。そうなってしまえば、仮に連れて行っても住まわせる場所が無いのだ。ティルナノーグ家の屋敷に残すことも考えたが、リーアちゃんが大人しく従ってくれるかは正直分からない。
「リーアもあなたにとても懐いているようですし、どうですか?」
「う~ん....分かりました。引き取らせてください」
「やった!リーア、これからもママと一緒に暮らすの!」
子供みたいに喜ぶリーア。ぴょんぴょんとはしゃぎ、病室内を走り回った。
「となると、キエスさん達にも事情を....って、そういえば海人族の皆さんはどうなったんですか?復興を手伝っているって話は聞きましたけど」
「ええ。私が話そうとしていた事の2つ目がそれです。一応ライノ殿とは話を進めたのですが、最終的な決定権は巫女様にあると言われたものですからそれも話そうと思っていたのです」
「聞きましょう」
「ライノ殿と話した結果、イザヤの南側の海沿いに海人族だけの区画を作ってくれるそうです。元々は使われていない予備倉庫などがあったのですが、水鱗魔の侵攻でかなりやられたらしく壊すことになったのだとか。それで、住処の無くなった我々を受け入れる場所を作ってくれると彼は言ってくださいました」
「なるほど。確かに南の地域は比較的空き地も多いですからね。それで、そちらの要求は?」
「衣・食・住の確保、働き口の斡旋、それと海人族の人権を認めていただくこと。この国において人権が得られれば、他の亜人のように自由に働いたり町を出たりすることが叶うでしょうから。第2王子殿下にも同席してもらい、海人族の人権については国王に手紙を送ってくれるそうです」
「ということは、こちらの要求としては労働力の確保、海産資源の確保、後は周辺海域の警護などをお願いしたいですね。海底で採れる鉱石や珊瑚など、私達では採れない物が採れれば事業の幅が拡大しますから」
「分かりました。我々はその条件を飲みます。当然ですが私も海人族側の立場としてこの町に住むことになります。可能な限りお手伝いはしますのでどうぞご安心ください」
「はい。分かりました。神殿に帰るわけじゃないんですね」
「神殿はもうボロボロですし、何よりあそこは私がただ丁度よさげな遺跡を見つけて暮らしてたのを気づけば神殿にされてただけですからね。これからはヴァイアという1人の竜人としてこの町で暮らします」
私が正式に許可を出したことで海人族の今後のことはひとまず決まった。ヴァイアはその後「このことをキエス族長含め関係者に伝えてきます。ライノ殿にも私の方から伝えておきますので、巫女様はゆっくりとお休みください」と言い残して去って行った。リーアちゃんは一時的にレクスの屋敷に帰るらしい。
そして入れ替わり立ち代わりで様々な人が私の病室に訪れた。テプラとティグルのテリジア商会関係者、ライノとレクスの2人、そしてシトリン等々....この日は一日中ベッドの上で誰かと話している状況が続いた。
「とりあえず報告は以上になります。この数日で屋敷まで行って戻ってくるのは大変でした。お嬢様も無事なようで何よりです」
「お母様やマアンナお義姉様は何と?」
「それはもう凄く心配していましたよ。屋敷に帰ったらお2人に揉みくちゃにされる覚悟をしておいた方がいいかと」
「傷に響くのでそれは止めるように言っておいてよ....」
「なりませんよ。娘や義妹が危険な目にあっているのに、心配しない方がおかしいじゃないですか。愛情現れですよ」
シトリンは淡々とそう言いながらもリンゴを剝く。綺麗に並びつけられたリンゴはとても甘くて美味しかった。
「殿下の傷の方はどうだったの?」
「おや、自分の方が酷いのに殿下の心配ですか。お嬢様、惚れたなら早めにゲットしておいた方がいいですよ」
そう言いながら『既成事実を作りなさい』とハンドサインと表情で訴えてくるシトリン。その行動の意味を理解した瞬間、恥ずかしくて顔が真っ赤に染まっていく。なんだか体が熱い。
「ち、違う!ただ王族にケガを負わせるのはマズいんじゃないかと思っただけ!!それに、殿下と私は友人よ。友人」
「ちっ」
「ちっ?」
「いえ、何でもございません。そうですか、友人ですか....今まで微塵も恋愛に関わってこなかったお嬢様にとうとう春が来たのかと。それも超優良物件を抑えたのか!!と期待していたんですけどね....」
「シトリンは私のお母さんか何かなの?」
「いえ、私はティルナノーグ家に仕えるメイド長ですよ。使用人ですから、仕えている方々の幸せを願うのは何もおかしいことじゃありません」
それもそうか....いや、シトリンの場合絶対別のこと考えてる。口ではこう言いつつも、絶対別のこと考えてるんだからこのメイドは....
戦闘訓練をしていた時から嫌と言うほど叩き込まれたトラウマの数々。私がシトリンに逆らえない原因は分かりきっている。
「殿下の方は無事ですよ。感情魔力増幅状態になったらしいですが、外傷も含めマナ様が治療してくださいました。お嬢様より2日早く目覚めて、今は町の復興を手伝っていますよ」
「よかった....」
「私としては殿下もまだまだ未熟な部分がありますけどね。魔族の戦闘に関しても....と、噂をすれば来ましたよ」
ホッと胸を撫でおろしたのも束の間、ドタドタと廊下を走る音が聞こえる。そして私の部屋の前でその足音が止まると、ゆっくりとノック音が響いた。
その時、スッと立ち上がったシトリンが代わりに扉を開いてくれる。扉の向こうに立っていたのは今話していた人物、レオンハルト殿下だった。
シトリンは部屋を出ていく時、すれ違いざま殿下に「お嬢様を頼みますよ」と言い残して去って行く。シトリンと入れ替わる様に殿下が部屋に入って来た。
「ライラ、体は大丈夫なのか?」
息を切らした殿下が心配そうに声をかけてくれる。自分だって今回の戦闘でかなりの傷を負ったのだろう。見える腕や足に包帯が巻き付いていた。
でも、そんな状況でも私を心配してくれる殿下に思わず笑みがこぼれてしまう。それは大丈夫だということを殿下に伝えるように、自然といつもの笑みが零れていた。
「はい、大丈夫ですよ。殿下こそ傷の方は大丈夫なんです....か....」
私が大丈夫であると伝えた瞬間、築けば私は殿下に抱きしめられていた。傷に触らないよう優しく殿下が私を包み込む。その抱擁に、不思議と安心感を覚えてしまっていた。
突然のことで思考がフリーズする。言葉も出ず、私は身動きもとれなかった。
だが、殿下の体がゆっくりと震えていることがわかる。
「良かった....ライラが無事で本当に良かった....」
泣いているわけではなかったが、彼のその言葉にどれだけの思いが込められていたのだろう?本来であればケガを負った殿下を私が心配するのが普通なのに、彼はこんなにも私を心配してくれた。
その様子に、気づけば自然と私の腕も殿下を抱き返していた。
この日、私はようやく全てが終わったことを実感し、そして気づけば安堵のあまり涙を流していたのだった。




