第68話 隠れ聖女と海竜の邂逅
ゆっくりと瞼が開く。
段々と回復してきた意識の中、視界に入ってきたのは窓から射す光だった。今の自分の状況を何となく認識する。見慣れない天井、柔らかいベッドの感触、周囲を見回すと他にもいくつかベッドが見えた。ここはどこかの病室なのだろうか?
もう時間の感覚も分からない。戦いに勝ったことだけは覚えてるが、それ以降の記憶が曖昧だ。
「うっ....うぅ....」
ゆっくりと体を起こし、自分の体を見る。包帯で全身ぐるぐる巻きにされ、患者衣を着せられていた。ということは誰かが治療してくれたのだろう。
ゆっくりと目を瞑り魔力を練ってみる。大丈夫、ちゃんと正常に流れてる。外傷以外に特に大きなケガは無いようだった。
その時、病室のドアが開かれる。
「あっ!ライラ様!!」
入ってきたのはセレナ様だった。ぱぁ!と明るい笑顔でこちらの駆けてくる。
「お体は大丈夫ですか?目が覚めたんですね....よかった....!」
「はい、ご心配をおかけしました。私は....何日寝てましたか?」
「およそ3日ほどです。運ばれたときはそれはもうボロボロで....マナ様がとても頑張って治療してくれました」
「そうですか....後でお礼を言わないとですね」
「なら、私呼んできます!どちらにしろライラ様が起きたら呼ぶよう言われているので!」
そう言ってセレナ様はパタパタと足音を立てて病室を出て行ってしまった。セレナ様が入って来た時に持っていた籠にはいくつか果物も入っており、周囲を見ると水の入った桶や治療用の道具が置かれていた。きっとここ数日、私が目覚めるまで看病してくれていたのだろう。
(セレナ様....ありがとうございます)
そんなことを思っていると、戻って来たセレナ様の後ろで息を切らしているマナ様の姿があった。
「ライラちゃん!目覚めたって....はぁ....からだは、大丈夫、なの?!」
「落ち着いてくださいマナ様。私は大丈夫です」
そう言って大丈夫であることをアピールするように腕を回して見せるが、その瞬間鈍い痛みが腕を奔り私は悶絶した。
「もう、無茶はしないで。ただでさえライラちゃんのケガを治すのには苦労したのよ?傷が開いたりなんてしたらたまらないわ」
「いてて....ごめんなさい」
「そんなことはともかく、目が覚めて本当に良かった。意識が戻らないからどうなったのかと思ったのよ?」
「ご心配をかけてすみません。それと治療の方ありがとうございました」
「どういたしまして。もう本当に大変だったんだから」
そう言いながらもマナ様が本気で心配してくれていたことがよくわかる。マナ様はゆっくりと近づいてハグをしてくれた。
「おかえりなさい。よく頑張ったわ」
「ありがとうございます....」
少し目尻が熱くなった気がした。ここまできてようやく、私は勝ったことを実感したのだ。誰が欠けても今回の勝利は無かったことだろう。救護所で頑張ってくれたマナ様やセレナ様達聖女も、町で水鱗魔達の侵攻を防いでくれたテプラやティグル達冒険者や騎士達も、そして魔族を倒してくれた殿下達も。もちろんそこにはウィリアムやリーアちゃん達も入っている。
「さて、とりあえず事後報告は後回しにしましょう。実はライラちゃんに伝えないといけないことがあって....」
「何ですか?」
「実はね、お客さんが来てるのよ。ライラちゃんに」
「お客さん?」
「うん。目覚めるまで数日かかるかもって伝えたら『それでも構わないから話をしたい』って。今は客人としてライノさんの屋敷に泊まってるわ」
私に客人か....一体誰だろう?このタイミングで私を尋ねてくる人物なんていただろうか?可能性としてありえそうなのは海人族の族長あたりだろう。後はイザヤにいた他国の商人たちの誰かとか、もしかしたら王都から状況把握のために派遣された人物の可能性もある。
何にせよ、会ってみないことには分からないから話してみることにした。
「分かりました。私は今からでも大丈夫です」
「そう、なら呼んでくるわね」
マナ様が出て行った後、セレナ様と私が寝ていた3日間のことを話した。
魔族が消滅した後、司令塔を失った水鱗魔達は行動を止めたらしい。人間に襲い掛かる者や海に逃走する者、様々な反応を示していたらしいが冒険者や騎士達の活躍によってそのこと如くが殲滅された。今は住人や商人達も街に戻って普段通りの生活を始めているらしい。
住人の間では海竜や魔族と戦っていた少女アリアの話題で持ちきりだったらしいが、彼女が戦闘の後どこかへ飛んで消えてしまって以降最早伝説のような扱いをされているとか。私はウィリアム達と同じ海賊船に乗って海竜と戦っていたということになっている。
「アリアの正体がライラ様とはいえ、こうも持ち上げられてしまっては出ることはできませんね」
「私としてはA級冒険者アリアの正体は謎のままでいいんですよ。そもそも、バレてもいいならフードで顔隠したり偽名を使ったりなんてしません」
「それもそうですね。皆彼女にお礼が言いたらしいですけど、出るのは控えた方がいいかと思います」
後、戦闘の最中水鱗魔達の討伐に助っ人が来ていたらしい。テプラ達のいた町の中央通りとミドル・マハトのいた南通りの2本の大通りにて、なんと海人族の増援があったらしい。
彼らは崩れ行く神殿と海流に飲み込まれつつも集落にいた全員と共に地上へと這い上がっていた。彼らを保護したのはウィリアム達海賊だったのだが、その後戦えない者は町の外にある救護所へ避難し、戦える者は武器を与え町中の戦闘に参加していたのだとか。救護所で人々を纏めていたライノから全員に念話が飛び、海人族の面々は今イザヤの仲間として町の復興を手伝っているのだとか。
「彼らも戦ったのですね」
「私達は予めライラ様達から話を聞いていたので驚かなかったですけど、初めて海人族を見た皆さんは驚いていましたよ」
「彼らの今後の住処についても一度話し合わないと....」
そう考えた時、扉がノックされる。
「ライラちゃん。お客さんを連れて来たわ」
「分かりました。どうぞ入ってもらってください」
そう言うと開かれたドアから入って来たのは長身の男性だった。水色の長髪、白い肌に袖の長い服装が特徴的な男。だが顔立ちは優しく、薄っすらと微笑んでいる表情は不思議と安心感を与えてくる。
セレナ様は目の前の男性に対し「誰....?」と困惑の表情を見せているが、私は違った。
私は目の前のこの男を知っている。そして、私が一番色々と聞きたかった人物でもある。
「セレナ様、私と彼を二人きりにしてくれませんか?」
「えっ?!でもライラ様....」
「大丈夫です。彼は何もしません」
「....分かりました。終わったら私かマナ様を呼んでくださいね」
そう言ってセレナ様はすれ違いざまに男性にぺこりと会釈をして去って行く。扉が占められた後、男性はゆっくりと近づいてきた。
「お目覚めになられて嬉しく思います。巫女様」
「やっぱり....あなた、ヴァイアですね?」
「はい。自己紹介をさせていただきます。私は海竜:リヴァイアサン。エノクから与えられた記憶で見たとは思いますが、彼と契約した神獣でもあります」
「支配は....無事に解けたんですか?」
「ええ。お手を煩わしてしまい申し訳ございません」
そう言って目の前の男、ヴァイアは頭を下げる。
「いえ、私もあなたが支配される前に助け出すことが出来なかった。だから謝罪はいりません。それで、今日ここに来た目的は何ですか?」
その言葉で頭を上げたヴァイアはゆっくりと側にあった椅子に座る。
「巫女様が聞きたいことがあるのではないかと思いまして。主に”勇者”とその”権能”について」
まるで心を読まれているかのように聞きたいことを当ててくる。さすがは神獣だ。
「勇者エノクは、権能を私に”返す”と言いました。でも私はこんな能力始めから受け取った記憶はありませんし、何より彼がいた時代に私はいません。そう考えれば、エノクが”誰に”権能を与えられたのかは自ずと浮かび上がります」
ずっと考えていた。勇者に与えられた権能の力の源は誰なのか?そして、勇者がこの世界に生まれる意味は何なのか。後者はともかく、前者に至っては私の聖特性が全てを物語っている。
「権能の本当の持ち主は”初代”竜の巫女....違いますか?」
「正解です。勇者に与えられた権能は全て巫女様が所有していたものになります。そして、その権能は巫女様の消滅と共にこの世界から消えたはずでした。ですが、この世界に降り立った勇者は皆権能を一つ所持しています」
「前から気になっていたんですが、勇者がこの世界に誕生する意味って何なんですか?」
「勇者が誕生する意味ですか。ふむ....」
そう言ってヴァイアは少し考える。
「そうですね。私が答えを言ってしまってもいいのですが、これは巫女様に考えてもらってこそ意味があるのですよ」
「エノクは言っていました。”私は勇者ではない"と。でもそれ以上に重要な役割を担っているって。教えてください....私は一体何なんですか?」
ずっと感じていた疑問。この世界で唯一”初代竜の巫女”と同じ七画の聖女紋を持ち、そして勇者から”世界を左右させるほどの重要な役割”を持つと言われた少女。
私は自分の存在が分からなかった。今まで聖女は何人も生まれているにもかかわらず、何故今になって七画の聖女紋が生まれたのか。私という存在の”全て”が分からなかった。
「巫女様、あなたは”あなた”ですよ。自分を疑ってはいけません。エノクの言う通り、巫女様には『重要な役割』があります。それまでに巫女様にはやっていただかなければいけないことがあります」
何となく想像は出来る。
「”勇者の権能を集めること”....ですね」
「その通りです巫女様。この世界に存在する勇者の権能はすべて、巫女様に収束します。そしてこの先、貴女様が生まれた意味も必ずわかるはずです。ですから巫女様、あなたはあなたの思うがまま進んでください。それが自ずと”未来”に変わる」
正直、言っていることを全て理解するのは無理だ。まだ分からないことも多いし、エノクもヴァイアも”私が答えを見つける”ことに拘っている。彼らから直接答えを知ることは出来なさそうだ。
七画の聖女紋の意味、そして私が生まれた理由、勇者と竜の巫女の関係性....これから調べなくてはいけないことも多いが、目下の目標は”勇者の権能を集める”ことになる。
「全部は理解できません。でも歴史を見る限り、数百年表立って行動しなかった魔族が急に行動し始めたことには何か意味があると思います。私は....私に出来ることをこれからもやっていくつもりです」
「それで構いません。巫女様は巫女様の信じることをすればいいのです」
ヴァイアも納得してくれたようだ。
するとヴァイアが「所で....」と話を切り替える。そしてスッと私の後ろを指さす。
「そこで寝転がっている子をそろそろ起こしたらどうですか?」
「え?」
何のことだと戸惑いながらヴァイアとは反対側のベッドの下を見る。すると、そこで指をちゅぱちゅぱと咥えながら眠る海人族の幼女がいた。
「リーアちゃん?!」
「ん....ふぁ....ママ、起きたの?」
「起きたのって....どうしてそんな所で寝てるの?」
「ん~....眠かったから....」
ぼんやりとした状態で起き上がったリーアちゃんはベッドの向こうを見る。そこにいたヴァイアを見て、カッと目を見開いた。
「ヴァイア~!!成敗なの~!!」
ものすごい勢いで飛び上がったリーアが空中からヴァイアに向けてドロップキックを放つ。ヴァイアは避けることをせず、そのまま顔面に足がクリーンヒットした。
「へぶっ」
「ヴァ....ヴァイアー?!」
この日、ドロップキックを喰らったヴァイアを見て私の絶叫がこだました。
その声を聞きつけて部屋に駆け込んできたマナ様とセレナ様が、部屋の現状を見て固まったのは言うまでもない。




