第67話 隠れ聖女と海に舞う者
自身が纏っている水色と金色の混ざり合った魔力を感覚で感じる。オーラとして可視化できるほどのその魔力は、邪眼を使ったルサールカを圧倒していた。
”栄光”、私の聖特性”天聖”に宿る権能の1つであり、海の勇者エノクから返還してもらった力。私に流れる魔力に天聖の恩恵が混ざっていることがわかる。
そしてもう一つ。私の周囲をぐるぐると立ち昇る様に飛び、私の背後に佇む水龍の存在。先ほどまでいなかったはずの2体目の竜種が、私の魔力に呼応するようにオーラを纏っていた。
私にはわかる。彼女は私と契約した”魂の繋がり”を感じる。エノクに対するヴァイアのように、今私と彼女は契約によって結ばれていた。そして私は、彼女の正体も知っている。
「リーアちゃん、体は大丈夫?」
『はいなの!リーアはリヴァイアサンの力の一部。ママが権能を取り戻したおかげで龍の姿になることが出来たの!』
「ならよかった。リーアちゃんには海竜の相手をお願いしてもいい?」
『任せるなの!」』
水龍の姿となったリーアは元気に返事をした。
視線の先では、ゆっくりと上空へ上がって来たルサールカがこちらを見ている。口元は笑っているように見えるが、頬をつーっと垂れる汗を私は見逃していない。
「は....ははは....どうなってるんだお前。海竜の元で何をした?!」
「ただ、返して貰うべきものを返して貰っただけです。後は海竜を、そしてこの町の平和を返して貰えれば終わりなんですが」
「確かにお前は強くなった....だが!この程度で私が諦めるわけがないだろう!!海竜!やれ!!」
ルサールカの言葉で海竜が水龍砲をチャージしだす。だが、その瞬間私の背後でも同じく魔力をチャージしている水龍がいた。
チャージが始まった瞬間、私とルサールカはお互いに全速力で距離を詰める。私は剣に聖属性魔法を付与した状態で疑似聖剣を創り出した。ルサールカも同様に邪眼の魔力を鞭に付与して武器を黒く染める。
風を切る速度を越えた目にも止まらぬ速さの大振り。鞭としての距離間を完全に理解しているルサールカの無常なる一撃。だが、私はそれを容易く剣で防いだ。
「まだまだァ!!」
空中で行われる剣と鞭による攻防。距離が離れれば鞭が飛んできて、距離を詰めれば剣と仕込みナイフによる剣戟が繰り広げられる。武器同士の戦いのはずなのに、空中で交戦するその速さは尋常ではない。私も足に付けた風域を全力で使いながらこの空中戦に挑んでいる。
何度も何度も打ち合う内にお互いに増えていく切り傷。だが、今の私の状態をルサールカは止められない。とうとう打ち合いの末、私の剣がルサールカを捕らえる。
「ふっ!!」
振り下ろされる剣を、ルサールカは先ほど同様に仕込みナイフで防御しようとした。だが、私の狙いはそこではない。剣の軌道を直前で変え、付与した聖属性魔法に更に強く魔力を送る。
光り輝く疑似聖剣が、そのままルサールカの鞭を根元から斬り裂いた。
空中から落ちていく鞭。だが、柄と仕込みナイフだけになってもまだルサールカは諦めていない。根性を見せる彼女に敬意を表しつつも、私はそのままルサールカに接近した。
「このっ....!!」
「無駄です!!」
空中で横薙ぎ一閃。ルサールカの鞭の柄は無惨にも破壊され、バラバラと空中に破片が舞う。その横薙ぎは風域の全力加速による拘束一閃。武器を破壊した後、そのままルサールカの体を斬った。
空中で意識を失いかけるルサールカ。吐血しつつも、まだ負けたはいないと舞う破片の一部を掴む。ナイフの刃を掴み取って強く握る。自身の手が血で染まっても彼女はナイフを手放さなかった。
一方、私たちの交戦の最中背後では水龍対海竜の怪獣大決戦が繰り広げられていた。お互いにチャージしていた水龍砲を放ち、ぶつけ合って空中で水が弾ける。
水龍と海竜では対格差が違う。だが、内包している魔力や力による比較は水龍の方が上だ。それもそのはず、水龍であるリーアはあくまでも”海竜から切り離された力の一部”である。そこに私の権能”栄光”による契約ブーストがかかっているのだ。純粋な力比べではリーアに分があった。
海竜の数百にも及ぶ水の槍を、リーアは空中に生成した水球から発射される水のレーザーで撃ち落とす。そしてそのまま海竜に近づき、その首元に噛みついた。
「グォォオオオオオ!!」
『大人しくしてるなの!!』
海竜はそれでも抵抗しようと自身の体に巻き付くリーアに向けて水の槍を放ちまくる。リーアは人間体の時も出していた半透明のバリアを魔力で展開してガードするが、全身を守ることは難しくいくつかがガードを抜けたり突き破ったりして彼女の体に刺さる。
だが、それでもリーアは海竜を離さない。噛みついた状態で、自身に宿る聖属性の魔力を必死に海竜へと流しこんだ。
そして、リーアが何かを見つける。
『!!ママ、あったなの!!リヴァイアサンの首元、顎の下らへんなの!』
リーアによって流しこまれた聖属性魔法に呼応するように海竜の首元から黒い光が現れる。
リーアの報告を聞いた瞬間、私は風域の加速を止めないまま地上の港に着地した。ブレーキをかけて止まった瞬間、180度旋回した私は剣を構える。真っすぐに、空中で落下していくルサールカと海竜の首元に狙いを定めて。
「リーアちゃん!!」
『はいなの!』
リーアを呼んだ瞬間、海竜から離れたリーアが思念体となって私の体に入っていく。その力が魔力となり、そして私の纏っていたオーラがさらに強く発光しだした。
これがエノクから授かった権能”栄光”の能力。契約で繋がっている神獣の力を引き出し、そしてその力を自身と融合することで超強化することのできる権能。今、私には私自身の力とリーアの力が混ざりこんでいる。
疑似聖剣が更に力強く輝き、そして私の額からはリーアと同じ珊瑚のような2本の龍の角が生えた。
すぅ....と空気を吸い、止めた一瞬。周囲が静寂に包まれた一瞬のタイミングで風域により加速する。
海を割る様に全速力で空中を進み、そしてルサールカの体にぶつかった。剣の刃がルサールカの体にめり込む。そのままルサールカの体ごと上昇し、海竜の首元で黒く光る場所を目指した。
衝撃で意識が戻ったのか、ルサールカが抵抗するように私の体をナイフの破片で何度も刺す。
「この....このぉ!!!」
何度も刺される衝撃と増えていく傷に痛みを覚えるが、私の思考は今それにかまっている余裕は無かった。そしてかいりゅうの首元まで到着した瞬間....
「このぉおおおおおおお!!!」
「はぁぁぁぁああああああ!!!!」
疑似聖剣がルサールカの体ごと海竜の首をぶった斬った。光り輝く刃が、巨大な剣筋を残すように横薙ぎを見せる。そのままルサールカごと海竜の首元にあった黒い光が2つに分離した。
ルサールカは上半身と下半身が別れることこそ無かったものの、聖属性による強力な一撃は致命傷となる。
その時、ルサールカは思い出した。この戦いの情景、どこかで既視感があると感じたその理由を。海底洞窟でルムンから渡された本に目を通していたことをルサールカは思い出したのだ。そう、海の勇者エノクの物語に出てくる魔族と、同じ結末を辿っていることに。
海竜の体が水に溶けるように崩れていくのを見ながら、ルサールカは私に言った。
「私の....負けだ」
「....」
ルサールカの体が崩壊を始める。指先からサラサラと塵となって舞っていく様は儚く、どこか哀愁漂う雰囲気を感じたが、それでも彼女は言葉を紡ぐことを止めなかった。
「私が戦ってきた中で....お前が一番強かった....お前に負けるなら....私は本望だ」
「それはどうも」
「あぁ....海は....こんなにも綺麗だったんだな....」
ルサールカはその言葉を最後に完全に塵となって消える。塵は風によって空を漂い、そして海に舞って消えていった。
海竜は完全に水に溶けてその実態を無くす。だが、私の体から飛び出したリーアが海竜の”核”であろうものを空中でキャッチしたため、問題は無いのだろう。
私はぜぇはぁと息を吐きながらも剣を高く上空へとかざす。その瞬間、港の方から大きな雄叫びが聞こえた。
勝った。勝ったんだ。
最早感慨深いなどと言う思いも感じられないほど今の状況が辛い。傷の痛み、魔力を大量消費したことによる体の酷使、そして新たな権能を全力で使ったことによる反動などなど。多すぎる原因が重なって私はふらりと空中でよろめく。
だが、今のままではいけない。銀のローブは一応”認識疎外”の魔法術式が組み込まれたオーダーメイド品だ。アリアとして戦っている時にフードが外れていたが、町の方からでは私の顔を確認することはできない。
それでも、今私が気絶してしまったらアリアの正体がバレてしまう。どうにかこの場から離れないと....
そう考え、私はリーアちゃんを地上に降ろした後すぐさま風域で飛び上がる。そのまま町の方を一瞥もせず、町から外れた森の方へと飛行していった。
しばらく進み、森の中に着地する。そこから銀のローブと剣を虚空へと収納し、私はアリアからライラの状態へと戻ってゆっくりと森を進んだ。ようやく町の中に入れたと思ったが、その瞬間に安心が勝った私は前のめりに倒れてしまう。
(体....動かないや....)
もう指先すら動かせるか怪しいほどの疲労感に襲われ、私は倒れたまま意識が遠のいていく。
その時、私の側で誰かが立ち止まった。その人物は私をゆっくりと抱えると、そのまま町の西側にある救護所の方へと歩いて行く。飛ぶ前の意識状態で辛うじて見えたその人物は水色の長髪の男性。美しい顔立ちだったが耳元で見えるひれのようなものが、彼が人間ではないことを表していた。
「だ....れ....?」
「ご安心を。あなたは私が責任をもって運ばせていただきます。ですので、今はゆっくりとお眠りくださいませ巫女様」
その優しい声に惑わされたのか、私の意識はすっ....と眠りに落ちた。
この日、マナの予言から始まった港町イザヤを襲った災厄は防がれた。海竜は支配から助けられ、そしてこの町を襲った魔族はその全てが葬られ人が勝利したのだ。
後に”イザヤ海戦”と呼ばれるこの日の出来事に、2つの武勇伝が記されることになる。
1つ、魔族と戦った勇敢な王子の話。そしてもう1つは....
”海の勇者の再来を思わせる、ある1人の冒険者の話”だ。




