第61話 隠れ聖女とイザヤ海戦〜その2
荒れ狂うイザヤの町。無数の魚類と人間が剣と矛をぶつけ合い、そして斬られていく。
水鱗魔に対して人間の数は圧倒的に足りていないが、それでも個々の能力は水鱗魔よりも冒険者や騎士である人間の方が強い。
戦場と化したイザヤの町で、外から乱入したレオンハルトは剣を奮っていた。
「ふっ....!!」
一息の間に3匹の水鱗魔を斬り倒し、ボロボロとなった町の中を駆ける。
レオンハルトは海底神殿の方にいた為に町の戦況がどうなっているかまでは把握していない。だが、この惨状を見るにおおよその想像はついていた。
(倒れた数で言えば、人間の方が少ないのは幸運だな)
周囲に無残にも倒れているのは殆どが水鱗魔の死体。人間の死体は今の所確認できておらず、怪我人は派遣された聖女が治している為離脱者は少ない。
そうこう考えながら進んでいくうちに、水鱗魔達に囲まれた数人を発見した。位置でいうとイザヤの町の北側。ここに派遣された防衛担当といえば....
「ゼレフ!シノブ!!」
レオンハルトの声に反応する2人。シノブのクナイとゼレフの剣技で囲っていた水鱗魔達を見事に八つ裂きにし、2人は走ってくるレオンハルトに合流した。
「レオ、無事だったか!」
「主君!無事か?」
2人の声が重なる。
「お前らこそ無事だったか?」
「見てのとおりだ。問題ない」
「私も主君の影として何も問題はない。強いて言うなら....少し魚臭いくらいだろうか?」
よく見れば水鱗魔の返り血を浴びている2人。だが、この状況で魚臭いなどと言ってる余裕はないだろう。どれだけ殲滅しても、次から次へと水鱗魔の大群は湧いてくるのだから。
「そっちはどうなった?ライラ嬢は?」
「ライラなら別の場所に戦いに行った。結果は見てのとおりだ。魔族の企みを止めることが出来なかった....」
「始まったものは仕方がないさ。全力で戦い抜くだけだ」
「主君、私はどこまでも付いて行くぞ!」
2人の反応に思わず笑みが溢れるレオンハルト。
とその時、背後から攻撃してきた水鱗魔がいた。それをレオンハルトは分かっていたかのように回転して斬り捨てる。
「まだ戦いは始まったばかりだ。気を引き締めていこう」
「主君、魔族と海竜様はどうするのだ?」
シノブが問う。確かに、町中での戦闘においては防衛担当を決めて北·中央·南の3ヶ所に配置した。騎士や冒険者達もそれに習って分散するようになっている。
だが、魔族と海竜の対処については何も説明されていない。シノブが疑問に思うのも無理はないだろう。
「大丈夫だ。魔族と海竜については、最強の助っ人がいる」
そう言って海竜の方を指差すと、既にそこには銀のローブをはためかせ、剣と魔法を駆使して戦う戦士が魔族と戦っているのが見えた。
「あれは....アリア殿?!」
「アリアって、あの最年少A級冒険者のアリアか?!」
ゼレフが驚くのも無理はない。よもやそんな人物が戦っているとは思っていなかったのだろう。そして、シノブはアリア=ライラであるという可能性を既に教えている。口外禁止とは言ったが、ライラがいないこの状況で冒険者アリアが戦場に立っているということで理解したのだろう。シノブとレオンハルトは目を合わせ、こくんと頷いた。
「ああ。だから魔族と海竜に関しては心配しなくていい。俺達の仕事は水鱗魔を町から出さないことだ。1匹残らず殲滅する」
その時、ゾクリとした感覚と共に背後から声が聞こえた。
「ほっほっほ。その話、聞き捨てなりませぬな」
どす黒いオーラが周囲を包む。振り返ると杖を持った小柄な老人が空中に浮いていた。ふわりとローブをはためかせて着地すると、顎に生えた髭をなぞりながらこちらを見る。
オーラの時点で最早人間ではないことが確定しているが、レオンハルトは海底神殿で対峙した相手だ。額にある第3の眼を見なくても、相手が魔族であることは一目で分かる。
「わしが丹精込めて支配した水鱗魔達を、いとも容易く殲滅されると困るのですじゃ」
「すまないな。俺達としても、この町を蹂躙される方が困るんでな」
「小規模とはいえこれは戦争じゃからな。人間が勝つか、魔族が勝つか....それでしか勝敗は決まりますまい。もっとも....」
そう言って魔族はチラリと海竜の方を見た。
「あの竜が我々の手に堕ちた時点で、わしらの勝利はほぼ確定したようなものじゃが」
「ほぅ?その程度で勝ちを確信できるほど俺たちは舐められているのか」
「ほっほっほ!その強さはお主たち人間が一番理解しているのではないかな?」
人間にとって竜は信仰すべき対象だ。つまりは神格化された存在とも言える。過去の歴史の中でも竜の強さは大きく強調されているし、人間と共に戦った存在として深く刻まれているのだ。
そんな竜が敵に回った、その事実こそが人類にとって絶望に近いことも理解している。
だが、この程度で本当に勝ちを確信しているのか?レオンハルトにとってはそれこそ”誤算”に過ぎない。レオンハルトはこんな状況でも口角を上げる。
「お前がなんと思おうがかまわないが、この戦いの結末は決まっている。お前ら魔族が倒れ、海竜も取り戻す....人間の勝ちだ」
「ほぅ?それこそ舐められておりますな....いやはや、老体になっても面白い戦いになると体が熱くなりますじゃ」
目の前の魔族、フルーレティの魔力が大きく増加する。怒りによるものなのかそれとも臨戦態勢に入ったからなのかは分からないが、明らかにパワーアップしたのが分かった。
魔族と戦うのは2回目だが、前回は聖女2人によるサポートがあった。だが今回は無い。今回は1人でこの魔族を相手どらないといけないのだ。
(あの時より自分がどれだけ強くなっているか....試させてもらおうか)
剣を抜いたレオンハルトがフルーレティと対峙する。さながら獰猛な虎と竜がぶつかるかの如く、お互いの威圧的な魔力が絡み合った。
「シノブ、ゼレフ、お前らは水鱗魔の処理に当たれ。あの魔族は俺がやる」
「ほっほっほ....かかって来なさい、小童が」
***
イザヤから少し離れた海の上、人間と魔族の戦いがこちらでも行われていた。
空を切る様に鋭い音を立てて暴れる鞭を操るルサールカと、その鞭を剣で防御しながら遠距離魔法で攻撃する私。鞭の攻撃をいなし、反対に放たれる風魔法をルサールカが避ける。端から見れば一進一退の攻防戦。
だが忘れてはならない。この戦いは1対1ではないことを....
「そんなものか!人間の小娘!!」
「まだまだですよ....!!」
大振りの横薙ぎを剣の腹で受け、そのまま左右へと威力を逃がす。剣と鞭ではしなやかさが違う。まともに打ち合おうとすれば先に武器を失うのはこちらだろう。
神殿の時と同じく、どこかでこの鞭を弾くことが出来たら....!そう考えるものの、ルサールカだけに集中できない理由がある。
鞭をいなした瞬間、ルサールカの後方から放たれる大量の水の刃。槍のように鋭く形創ったそれは、まるで雨のように私に集中して降り注いだ。
「ゴゥアアアアアアアア!!!!」
海竜の雄叫びと共に生成される無数の水の槍。追尾するように集中して私を狙って襲ってきた。海竜自身が暴れることはないものの生成された水の槍は私1人で捌けるような数ではない。
剣と魔法を駆使して水の槍を対処していくが、その隙をついて飛んできた鞭を防ぐことが出来ず腹にもろ喰らってしまった。
「ぐっ....!!」
「ヒットだ」
そのまま鞭の威力で吹き飛ばされた私は海に落ちる直前で何とか踏みとどまる。風魔法で浮いた状態での空中戦だが、鞭の攻撃は地上戦よりも格段に厄介だ。攻めも守りも360度全方位カバーされては手の出しようがない。
おまけに海竜による水魔法の援護が付いてくる。私と比べても竜の魔力量やその精度は圧倒的だ。私では比較になるかどうかすら怪しい。その状態で2対1だ。普通に考えれば無謀にもほどがある。
でも....
(でもまだ....諦めない!私にも勝機はある!海竜を操るのが魔族の力なら....)
そう、聖女である私の力は効くということ。あの魔族が聖女と対峙したことがあるかは知らないが、この状況を打破する鍵は私の聖属性魔法だろう。
だが、その行使にも準備が必要だ。相手の魔力を分析し、私の聖特性”天聖”で魔族の魔力と海竜を分離する。海竜の自我を復活させることが今の最優先事項とも言えるだろう。
(でも攻撃が止まな過ぎて分析どころじゃない....!!せめて海竜の注意を別に向けることが出来れば....!)
再び風魔法で加速して空中を飛び回る。追尾する水の槍、風を切る様にうねる鞭、空中機動で避けることで何とかなっているが正直かなりギリギリだ。海竜を操っている魔力の元は恐らくルサールカだろう。つまり、ルサールカの魔力を分析できれば勝機はある。
「考え事する余裕があるとは舐められたものだな!!」
「くっ....!!まだまだぁ!!」
鞭によって絡めとられた剣に魔力を込め、剣身に絡みついた鞭を断ち切る。鞭自体は大した耐久力ではないが、中間で斬られた鞭をルサールカは引き戻して再生させる。
その隙をついて”風域加速”で距離を詰めていく。が、ルサールカの指示で動き出した海竜が口元で水球に魔力をチャージし始めた。
「わざと斬らせたことに気づかなかったのか?」
ルサールカの言葉でやっと気づく。あの魔族は鞭が再生する瞬間に私が距離を詰めることを読んでいたのだ。だからこそわざと大振りと絡め手を多く使って、鞭が斬れるように仕向けたのだ。
すべては距離を詰めた瞬間に海竜による一撃を叩きこむため。
(まずい....!!)
価値を確信したルサールカが笑う。
「さらばだ優秀な人間よ。お前は強かったよ」
海竜の口元でチャージされる水球に魔力が溜まっていき、それが溢れそうになった瞬間....
「てぇ!!!!!」
ドンッ!!!ドンッ!!!!
海の方から響く砲声。その砲弾は真っすぐに海竜の頭に直撃し、海竜から煙が立ち上った。
「グゴァァァアアアア!!!」
呻く海竜に驚くルサールカ。何事だと海竜の背後を見ると....
「ハッハッハ!!的がデカいと当てやすいなおい!!」
そこにいたのは数隻の海賊船。その先頭の船には見覚えのある”海賊”が剣と銃を構えて海竜を睨んでいた。
「ウィリアムさん!!」
「海賊だと....?」
ウィリアムは魔族を見た後、そのまま剣の切っ先を向けて言い放つ。
「おい魔族、町の奴らで全勢力だと思うなよ!人類の進撃はまだ終わっちゃいねぇ!!姫さん、あの怪物は俺達が承った!!アンタはあの魔族を倒せ!」
視線が合った瞬間、小さく頷くウィリアム。咄嗟に防御態勢だった私は再び風域加速に魔力を込めてルサールカに接近する。ルサールカも呆気に取られていたためか反応が遅れ、私はルサールカを剣の間合いまで追いつけることができた。
鞭の持ち手で剣とせめぎ合うルサールカ。その瞳は明らかに怒りの感情が含まれており、私を睨んでいる。
「貴様ァ....!よくもやってくれたな....!」
「人間の恐ろしさ、分からせてあげますよ!!」
空中でのせめぎあいは私の勝ち。そのまま剣を振り下ろす要領でルサールカをイザヤの港に叩きつけた。
「戦いはまだ、ここからです!!」
剣の切っ先をルサールカに向け、私は言い放った。




