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第57話 隠れ聖女と海底神殿

 集落を出発してから十数分が経った。

 向かっているのは言わずもがな海底神殿。集落から一本道をまっすぐ行くだけで着くのだが、意外にも道のりは長かった。

 今回向かうメンバーは私と殿下、そして集落から巡回要員の海人族が2人と長のキエスだ。

 リーアちゃんは流石に魔族がいるかもしれない場所に連れていくわけにはいかなかったので集落に置いてきた。最初は嫌がっていたが、私たちの真剣な表情を見て考えが変わったのか大人しく待っていてくれることを了承してくれた。


 海底神殿までもう少しとなった頃、私と殿下が不意に足を止める。


「そろそろ....」

「いいだろうな」


「お二方?どうかされましたか?」


 突然止まった私達に対してキエスが疑問を唱える。だがその瞬間、殿下が素早く権を抜き取って海人族を襲う。突然のことで反応できなかったようで、槍を構えるも殿下に一蹴されてしまった。


「なっ....何を....!?」


「キエスさん、茶番は終わりにしましょう。集落からも離れ、神殿からも距離があるこの場所なら....秘密のお話にうってつけではないですか?」


「秘密の....話....」


「はい。隠してること、ありますよね?」


 その言葉に明確に反応するキエス。話すべきか話さないべきかの葛藤が見ている私にも伝わって来た。


「わた....私たちは....」


「神殿のこと、ウィリアムさんのこと、そして....魔族のこと」


「....実は....」


 諦めたようにキエスがぽつりぽつりと語りだす。


「実は、あなた方がやって来る数日前に魔族が集落に訪れたのです。我々は亜人、祖先がニンフから流れ着いたものです。ですが、我々とて人界側の竜を信仰する種族。魔族に対しては敵対心があります。最初はそれでも普通に接していたのですが....」


「魔族の言いなりになった理由があると」


「はい。奴らの要求は2つでした。海底神殿への侵入と海竜様にまつわる”鍵”の譲渡....」


「待ってください。”鍵”って何のことですか?」


 初めて聞いた。海竜リヴァイアサンに関する”鍵”なんてものがあるのか?そんなアイテムは知らないし、そんなものが集落にあったことも初めて知った。


「”鍵”とは....海竜様が目覚めるために必要なものです。”鍵”は竜によって多様な形を取り、その”鍵”が存在することで、竜はその力を使うことが出来ますじゃ。竜にとって力の源であり、それは竜の力の分身体とも言えるものですじゃ」


「つまり、海竜の力の分身....ということですか?」


「はい。鍵がある以上海竜様の力が完全に復活することはありませぬ。ですが鍵が無くなれば....海竜様に分けられた力が戻ることでお目覚めになられるかと」


「それが魔族の目的....」


 海竜が目覚めるとき、”鍵”が存在すれば海竜自身が持つ力が減る。魔族の目的は鍵を壊し、力を戻したうえで海竜を目覚めさせることだったのだ。

 後はこれまでの想像通りの展開だろう。ウィリアムの言っていた『魔に染まる』内容は海竜を支配することで、それが魔族の本来の目的。だからこそ海底洞窟に拠点を構え、その上で海底神殿への侵入を図った。


「我々としても最初は断りました。更に言ってしまえば、”鍵”がどのような形状をしているのかは我々にも分かりませぬ。分からないものを出せと言われてもどうしようもないですじゃ」


「それで?」


「そしたら魔族がこう言ったのですじゃ。『ならば鍵を見つけてこい。それまでこの集落から人質を取らせてもらおう』と」


「長として他の住民を巻き込むわけにはいかない....だからこそ魔族のことを隠蔽し、私達に隠したと」


「その通りでございますじゃ」


 キエスもきっと悩んだのだろう。長として民を守らなければならないが、それでも魔族に対して出来ることは無力であると。

 彼らも被害者なのだ。本来であれば平穏に暮らしていたはずの集落に影が落ちた。そういうことだろう。


「ウィリアムさんは?」


「ウィリアム殿ならば我が家にいまする。我が家の地下で少しばかり監禁させてもらっていますじゃ。申し訳ないことをしたと思っておるが、魔族に我々の動向を気取られてはいかぬと思い拘束させてもらったのですじゃ」


「最後に1つだけ....あなた方は敵ですか?味方ですか?」


 その問いに対し、キエスは無言で考えた。私達を騙そうとした、魔族の肩を持ったという点では”敵”と認識されていてもおかしくないと考えたのだろう。

 だが、キエスは覚悟が決まった目をして私を見る。私もそんなキエスに対して真剣な表情で見つめ返した。


「味方ですじゃ。我々とて海竜様に害を与えるような不届き者の味方をするほど信仰は薄れておりませぬ」


 その言葉を聞いて、私は安堵したように息を吐いた。殿下にアイコンタクトで剣を降ろすよう伝えると、殿下はスッと巡回要員の2人に向けていた剣を降ろした。


「分かりました。その言葉を信じます。少なくとも、集落にいた方々には不安の雰囲気を感じ取りました。あなた方と私たちの敵は同じ。魔族を....倒しましょう」


「ありがとうございますじゃ....!こうして話せて、胸の奥に引っかかっていた物が取れてスッキリした気分ですわい。我々に出来ることがあれば協力いたします。ですからお願いですじゃ」


 そう言ってキエスは頭を下げる。


「我々と、共に戦っては下さいませぬか」


 そんなキエスに対し、私はふわっと笑って答える。


「先ほども言ったように、私たちとあなた方の敵は同じです。行きましょう、海底神殿へ」




***




 道の先に現れた神殿の入り口が、ぽっかりと口を開けて私たちを持っていた。周囲には崩れた瓦礫の山などが散乱しており、石造りの神殿は想像よりも大きかった。


「これが神殿....」


「はい。この神殿には海竜様が眠っておりまする。我々とて見たことはありませぬが....」


「問題は魔族がこの神殿内部にいる....という点ですね」


「はい。そして、”鍵”が見つからなかった以上彼らは強硬策に出るしかありませぬ」


「強硬策?」


「海の勇者エノクの物語はご存じでしょうか?」


 恐らく『海竜と海の勇者』のことを言っているのだろう。この場所にまで物語が伝わっているのか、はたまた伝承の方なのかは分からないが、少なくともその話で間違いはないはずだ。


「はい。陸上のでも有名な話です」


「でしたらその流れは知っているはずです。”白き太陽と白き夜の石、それらが竜を目覚めさせる力を与える”と」


「さきほどの”強硬策”が、その”白き太陽”と”白き石”ということですね?」


「その通りですじゃ。何故私が神殿へ行くのを3日後にしたか分かりますかな?」


「いえ....てっきり魔族に関する証拠を隠す時間かと」


「いえ、そのような意味はありませぬ。今日は世界にとって特別な日、”白夜”の日でございます」


「まさか....”白き太陽”って....!」


 私の気づきに対しキエスが頷いた。そして”白き石”とは恐らく夜珀石のことだろう。

 白夜の日、夜珀石に太陽の力と魔力を注いで竜に与える。そうすることで、眠りに落ちた竜を半ば強制的に起こすことが出来るということだろうか?


「”太陽が最も世界を明るく照らす日”....白夜の日のことだったんです!つまり、海竜を目覚めさせるために魔族が動く日は....」


「今日、ということだな。急ぐぞ!」


 殿下の号令で全員が走る。キエスが今日この日を指定したのはきっと、魔族が動かなければいけないこの状況で私達と鉢合わせることが目的。予言の話を聞いた時点で、恐らくキエスにはこの状況が読めていたのだろう。

 そして、その言葉の通り魔族が動かざるを得ないこの状況....私たちにとっても隠れていた魔族を引っ張り出せるチャンスということだ。


 巡回要員の方の案内で神殿内部を進む。そして光が見えたその場所に足を踏み入れた瞬間....


「おや?珍しい客が来たな」


 神殿の奥、とある広い部屋の中でその人物は立っていた。幽霊のような白い肌に赤茶髪の女性、尖った耳と額に存在する3つ目の眼が彼女が人間ではないことを証明していた。

 そしてその付近にはローブを被った老人が1人。彼もまた、同じように尖った耳と第三の眼を所持している。


 部屋はただの広い空間というだけではなく、その一番奥に異様なものが浮かんでいた。

 見た目は薄い膜で覆われた水球のようなもの。だが妙な鼓動を発している点と、その水球の中で動き回る核がそれを生物であると認めていた。


「これはこれは、集落の長様じゃないか。君たちが無能なせいで”鍵”はついぞ見つからなかったよ。....おや?そこの2人は誰だい?」


「あなたが、ルサールカ」


 自分の名前が呼ばれたことに不快感を覚えたのか、女性はしかめ面をして私を見た。


「人の名前を気安く呼ぶな人間。少なくとも、お前らよりは長く生きてる生物としての格上だぞ?」


「寿命の長さで優劣が決まるなんて面白いこと言いますね。魔族とはその程度の知能しかないんですか?」


 一応煽ってみる。これで相手がキレて冷静さを失ってくれればラッキーなのだが残念ながらそううまくはいかなかった。


「ふん、お前ら人間など数が多いだけの存在。我々魔族とは相容れぬものよ。だが、私を煽ったその度胸に免じて名乗ってやろう」


 女性は水球の前から私たちの方へと数歩進む。

 3つの眼をこちらに向けながら、不敵に笑った彼女は高らかに名乗った。


「私の名はルサールカ・レラジエ!!誇り高きレラジエ家の末裔であり、魔族の未来に新たなる可能性を示す者!!」


 ルサールカは手に持っていた夜珀石を握り、こちらを睨んだ。


「私達のことを突き止め、止めに来たことは誉めてやろう。だが相手が悪かったな。お前ら人間が2人増えたところで何も変わらない。あるのは我々魔族が海竜の力を手にする、その結果だけだ」


「そんなこと、させるわけがないじゃないですか」


 ルサールカの言葉に私が反論した。

 相手が悪かった?それはこっちのセリフだ。


 私は左手の甲に魔法で隠している聖女紋を一瞬見る。相手が魔族であるならば、聖女である私がそれを止めなければならない。

 それは、7画の聖女紋を預かった身としての義務だ。人類に危機が訪れているのならば、それを救うのが私の使命。


 聖女の力を隠そうとした私が、こうして聖女の力に頼ることになるのは納得がいかないが....今は私情は挟むべきではない。


「ティルナノーグ竜爵家長女、ライラ・ティルナノーグ!私が、あなたを止めます」


 そう宣言し、私は高らかに剣を抜き取ったのだった。


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