第56話 隠れ聖女と3日後
「本当なの、それ....!?」
夜、ライノさんの屋敷に戻った私たちは今日あったことを話した。あまりの情報の多さに困惑する者や、予言が起こる可能性がさらに高くなってしまったことを危惧する者、そしてこの場で一番不安そうな顔をしている大聖女など、反応は様々だった。
「はい。海底神殿に魔族がいる可能性、その魔族が神殿内の海竜に接触しようとしている可能性。そして、守り人である海人族がそれを隠している....まだこれも可能性ですが、かなり高いと思います」
「となると、予言に示された日は近いとお嬢様はお考えなのですね?」
「うん。何かしら対策なり準備なりをしないといけないかも....」
「は、はい質問です!準備と言っても一体何を....」
セレナ様の質問に、準備するべきことを考える。少なくとも、海竜が暴れだすのであれば戦闘できる人員は必要だ。この町の冒険者達に協力を求めるか、ティルナノーグ領や王都から騎士の増援を派遣するよう頼むか....
「騎士の派遣は難しいだろうな....量で言えば王都や各領地から集めればかなり集まるだろうが、それには時間がかかる」
「となると冒険者協会に頼むしかないか」
「ついでに言えば、この町にいる商人たちと住人達を逃がす必要もある。だがことが起こってからでは逃がすのが遅れるし、かといって事前に逃がそうにも他国の商人達がそう簡単に応じてくれるとは限らない」
「問題が山積み....ですね」
ただ海竜が暴れ始めてかれでは遅い。それまでに何とかして決めないと....
「お話の最中にごめんね」
そう言って扉が開かれ、ライノさんが入って来た。ライノさんは来客の対応をすると言って今の話し合いには参加していなかったのだが、こうして来たということは来客の対応は終わったのだろう。
「途中からだけど、話は聞かせてもらったよ。イザヤの住民に商人達、それと足りない戦力....だろう?」
「その通りですが....何か策はあるんですか?」
そう問いかけた時、ライノさんの背後から更に足音が響いてくる。それも2つだ。
「そういうことなら任せなさい。わしがこの町の冒険者全てを動かしてみせよう」
「俺も手伝うぜ。商人達とは馴染みの奴が多い。それに、戦闘になれば俺達みたいな獣人の力もいるだろ?」
ライノさんの背後から現れたのは筋骨隆々の白髪おじさんことテプラ。そして白い虎耳と尻尾をうねらせて不敵に笑う獣人ティグルだった。
ライノさんの来客とはこの2人のことだったのだ。2人はライノさんの後方で腕を組みながら立つ。
「どうしてここに....?」
「調査結果の報告にな。だが、その過程でライラたちが面白れぇ話をしてるってんで聞きに来たんだよ」
「全く....老人には酷な話じゃわい。だがのぅ....この町に手を出そうってんなら魔族だろうが何だろうが海に沈めるまでよ」
「そういうことだ。住民の避難、商人たちの誘導、そして冒険者の斡旋は私たちが受けもとう。これだけの証拠が揃ってるんだ。もう予言が起こることはほぼ確実と言っていい。この町で起こることならば私達にも背負うべき義務があるだろう?」
「ライノさん....テプラさん、ティグルさん....!!」
「大聖女様、そして殿下。予言に関して、大々的に周知することをお許しいただけますか?」
「ああ。許可する。聞け、エキドナ王国第2王子レオンハルト・アヴァロンがここに宣言する。予言の日は近い、戦いは3日後だ。仮に何も起こらなかったとしても、俺が責任を持とう」
「私も背負うわ。元々予言は私がしたことだし、大聖女として見届ける義務があるもの」
「私も、ティルナノーグ家の末娘として当主代理で背負います。私の好きなこの町を、むざむざと魔族の好きにさせるわけにはいきません!」
殿下、マナ様、私の順で立ち上がり、この件に関してお互いの理念をぶつけた。これで腹は決まった。
これで予言はほぼ起こると確定したようなものだ。最初はギンプの邪眼から始まった魔族の件、そして様々な過程を経てとうとう海竜の元まで辿り着いた。
後は魔族を倒す。それが今の私のやるべきことだ。
方針が決まった時、ふとセレナ様がこんなことを言う。
「そういえば、3日後って何かあったような....」
「3日後?あぁ、それなら....」
ティグルが思い出したようにその答えを口にした。
「その日は、丁度”白夜”の日だな」
***
3日後、私と殿下とリーアちゃんは再び洞窟の前に立っていた。
今日は約束の日。これから再びあの集落に行き、そして神殿へと入る。猶予を設けたのは神殿に隠れる魔族を逃がす、もしくは隠れさせることが目的なのかもしれないが、それでも私たちのやることは変わらない。
逆に3日の猶予のおかげでイザヤ内部の避難誘導や情報操作はスムーズに進んだ。最初はライノさんやテプラさんの言うことに疑問を持つ者も多かったが、そこに現れた大聖女マナ様と第一王女セレナ様の効果が大きかったようだ。
今、イザヤでは避難誘導が始まっている。商人や戦えないものを町の外に出し、そして冒険者や騎士などが街の中に残る。何事も起こらなければそれが一番なのだが、これ以上は運命に身を委ねるしかない。
「緊張、しますね」
「普段は強気なお前でも緊張するんだな」
「どういう意味ですかそれ?」
すごく失礼なことを言われた気がする。私だって人間だし、まだ学生だ。これほど大きな事件に直面すれば自然と緊張だってする。
だが、今の言葉の少ない会話一つで自然と上がりそうになっていた呼吸が落ち着いていた。もしかしたら殿下は、私の緊張を解そうとわざとこんなことを言ったのかもしれない。
「そういえば、いつの間にか俺に対しても普通に接するようになったな。出会った時の堅苦しい感じが無い」
「そうですね。元の畏まった口調に戻しましょうか、殿下?」
「いや、今更そんな口の利き方をされても気持ち悪いだけだ。今の方が接しやすくていい」
「殿下は私にとっての”学友”ですもんね」
「ああ。友人に気を使われるのは慣れなくてな」
洞窟の前で既に10分ほど話している。その間、私たちの足が先へと進むことは無かった。
その様子を疑問に思ったリーアが、キョトンと首をかしげて尋ねる。
「パパ、ママ、行かないの?」
リーアに言われてしまってはもう腹をくくるしかない。
殿下と顔を合わせ、コクリと無言で頷く。殿下もお無様に頷いた。
深呼吸をし、真っすぐに洞窟の奥を見据え、私たちは再び海底洞窟へと足を踏み入れたのだった。
ウィリアムに案内されたものと同じ道を歩き、洞窟内を進んで行く。特に変化はなく、木箱などの物資や石柱なども同じ場所に置いてあった。
その時、ふと視界の端に何かが映る。最初に来た時には特に気にならなかったのだが、石柱に隠れるようにして何かが視界の端に映ったのだ。
「待ってください」
殿下を呼び止め、光魔法で作った灯りをそちらに向ける。ゆっくりと近づいていきその石柱の裏を見ると、ひらひらと布の切れ端が揺れていた。
しかもこの切れ端、元々あったものじゃないことにも気づく。
「これ....ウィリアムさんのコートの端では?」
「確かに、色と材質はそっくりだ」
この切れ端はウィリアムが意図的に残したものなのか?ということは彼に何かがあったのか?そうは思うが、こうしてここにそんなものを残したのにはきっと訳があると石柱の奥にある道を見る。灯りを向けると、すぐそこに空洞があることが分かった。
「ちょっと調べてみます」
そう言って空洞の方へと進んで行く。空洞の中に警戒しながら入ると、そこには洞窟内に散らばっていた木箱と同じように物資が置かれていた。それも、最近誰かが漁った形跡のある物ばかり。
灯りで周囲を照らしながら空洞を進むと、空洞は意外と早く行きどまりについた。だが、その行き止まりには奇妙な絵が描かれているのを見つける。
「これは....壁画?」
青の竜と金の髪を持つ人物が対峙する絵。真っ白な太陽と白い石のようなものも描かれている。
そして、私はこれとよく似た光景を知っている。前にも言った”本の中”で。
そのことに辿り着いてしまった時、足元に何かがぶつかった。照らしてみるとそれは本。それも、正にこの壁画に描かれているシーンが描写されている本だった。
「『海竜と海の勇者』....ということはこの壁画はやっぱり....」
こんな物がこの場所に落ちているのはもう偶然とは言えないだろう。この物資も、この本も、恐らく魔族が残していった物。そしてこの場所を偶然見つけたウィリアムが、私達に教えるためにあえてコートをの端を切って残したのだ。
ここまでの証拠が残ってしまってはもう冗談ではないだろう。魔族はいる、確実に。
そして海底神殿や海竜の眠りについて情報を得たから動いたのだ。奴らはこの場所を拠点にしていたということになる。
「急がないと」
空洞から出て殿下の下へと戻る。心配してくれた殿下に対し空洞で見た壁画のこと、物資のこと、そして魔族がいることが確定したことを報告した。
「マズいな。時間が無いかもしれない」
「はい。急ぎましょう」
殿下と顔を見合わせ、私たちは集落の方へと走った。
しばらく進み、再び洞窟の先に明かりが見え始める。そこを抜けると、変わらない海底の楽園”海人族の集落”があった。暮らしている海人族は皆普通に生活しており、特に変わった様子はない。
約束は朝としか言われていなかった為時間は指定されていないが、着いてしまったものはしょうがないと集落の出入り口である門へと向かった。
門で衛兵をしていた海人族が気づいてこちらに警戒するが、「長との約束を果たしに来ました」というと話が通っていたのか門が開かれる。私たちは再び集落の中へと足を踏み入れたのだった。
長の家に向かう途中で、既に準備をしていたのか長が街中で出迎えてくれる。その間も特に周囲の反応に変化はないし、長も3日前と特に変わってはいなかった。
「ようこそおいでくださいました。”約束の日”ですからな。こちらはもう準備できております故、いつでも出発できまする」
「お招きいただきありがとうございます。そういえば、ウィリアムさんはこちらの来ていませんか?物資を届けに行くと言っていましたが」
洞窟内で私達が話していた内容を知らないキエスは少し狼狽する。が、すぐに冷静になってゆっくりと言葉を返した。
「ウィリアム殿は物資を運んでくださった後、お仲間と共に戻って行かれました」
嘘だ。その話は違う。
現に、ウィリアムの船は数日イザヤから離れた海岸沿いに停泊しているし、物資を供給する際に船員に『数日間はこの場所に滞在する。絶対に動くな』と指示があったことも知っている。
現にこの洞窟に入る前にウィリアムの船が動いていないことは確認済みだ。
つまり、知ってか知らないでかは分からないが長は嘘をついたことになる。
「そうですか、ありがとうございます」
「いえいえ。では、早速出発いたしましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
ここからが本番だ。
決戦の場所。海竜の眠る海底神殿へと私たちは歩き出したのだった。




