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第55話 隠れ聖女と新たな問題

「おかしなこと....でしょうか」


「はい。海底神殿の様子や....最近の周囲のことでも構いません。後は私達以外に誰かがここに来たとか」


「ふむ....特に思いあたることはありませぬな....神殿は海竜様がお眠りになられた時から毎日町の者が交代で巡回しております。変化が現れましたら報告が来るようになっていますゆえ、今の所は特にないかと」


「そうですか....」


 海人族が”変わりない”と言うのだ。少なくとも、海竜に対する信仰が深い彼らが嘘をつくとは思えない。今の所、海竜が目覚めたり暴れだしたりといった予兆は無いと思われる。


「後は誰かがここに来た....これに関しましても、我々は少なくともあなた方以外の人間は見ておりませぬ。神殿に向かうためにはこの町を通らなければなりませぬし、我々はあなた方以外の来訪者を迎えたことはありませんな」


「海底洞窟に木箱や物資が置いてあったことはご存じですか?陸上の町から運ばれてきた物資が洞窟内に置いてあるんです」


「木箱ですか。我々が入手できる陸上の物資は、定期的にウィリアム殿が届けてくれる物資に限ります。洞窟内に我々が近づくことは滅多にないため、それに関しても存じ上げませぬ」


 こちらも不発。となると、私の予想は何かが間違っていたのか?物資の行方不明事件、そして謎の人物ルサールカ、それに予言....ルサールカが魔族で、既に海底神殿に潜入しているのだとしたら私の予想は当たっていたことになるのだが、今の所情報は全部確信が無い。

 何かを見落としているのか?それともそもそもの予想が間違っていて、全ては単なる偶然だった....?


「お力になれず申し訳ありませぬ」


「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」


「そういえば、変わったこと....というには少し違うかもしれませぬが、最近厄介なことが増えましてね」


「厄介なこと?」


「はい。ここ最近、妙に発生する水鱗魔(サファギン)の数が多いのです。海竜様の漏れ出る魔力に当てられて発生することがあるのですが、ここ最近になって妙に数が増えたなと感じることがありまして」


 水鱗魔の異常発生ということか。竜レベルの神代生物となれば当然その魔力の質も量も桁違いだ。抑えようにも完全に抑えることが出来ないのは理解できる。そして、それほどの濃い魔力は自然に影響を与え、そして本来生まれるはずのない生物を生み出してしまう。それが魔獣だ。

 自然に発生した魔力を元に核が作られ、素これが受肉したものが魔獣。国中で魔獣が発見できるのは、竜によって守られているこの地に漂う魔力が多いためでもある。


 そして竜の魔力に近ければ近いほど濃い魔力が放出されていくため、より多くの魔獣が生まれやすいのだ。


「この異常発生は、もしかすると海竜様が目覚める前兆なのではないかと我々は予想しております。海竜様より漏れ出る魔力が多ければ、その分魔獣の発生も多くなりますから」


「水鱗魔の発生はどのくらい増えたんですか?」


「そうですね....ざっと今までの3割増しといった所でしょうか?数としてはそこそこ増えてますなといった所ですじゃ」


 水鱗魔の異常発生....洞窟内で見た水鱗魔も、もしかしたらその影響で増えたものかもしれない。

 だが、それだけでは証拠として弱い。残念ながら海竜に関する情報はこれ以上入手することは出来なさそうだ。


「そうですか....ありがとうございます」


「ところでずっと気になっていたのですが、何故そのようなことをお聞きに?」


「え....っとですね....」


 予言のことを素直に話していいものか迷ったが、殿下に目配せを送ると「話していいぞ」と頷いてくれた。確かに、ここまで聞いておいて一方的に秘密にしますは流石に通らないだろう。


「実は、大聖女様の方から海竜に関する予言が出まして....」


「おお、大聖女様が!それは何という内容でしたかな?」


「『太陽が最も世界を明るく照らす時、目覚めし海竜が魔に染まる』....残念ながら不吉な予言の方です。リーアちゃんを送り届けるのと同時に、この予言についても調査を行っているんです」


「そんな....海竜様が....」


「ですが、いくら大聖女様の予言とはいえ確定ではありません。....多分」


 残念ながら今の私では明確に否定することはできない。魔族の件、物資の件、水鱗魔の件....どれをとってもこの予言が静かに進行している可能性を示唆している。一概に「関係ない」とは言えないのだ。


「それでしたら、神殿の方へと赴かれますかな?」


 キエスの提案に驚く。神殿は海人族が守ってきた場所。それを部外者がズカズカと入っていっていいものなのか?


「いいんですか?!」


「勿論構いませぬ。我々とて守り人として神殿には何百年と入っておりますが、変わった様子も無ければ海竜様自身も発見できておりませぬ。中を確認するだけならば何も問題は無いでしょう。もちろん、我々の方から同行者を付ける形にはなってしまいますが」


「構いません!可能であれば、是非お願いしたいです!」


「分かりました。それでは巡回に同行していただく形で参りましょう。本日は既に巡回を終えているため、そうですな....3日後の朝、再びこの場所に来られますかな?」


「分かりました。3日後の朝、私たちは再びこの場所に来ます」


「ほほほ。楽しみにしておりますじゃ」


 笑うキエスに対してお礼をし、私たちは街の出入り口にある門まで案内された。


「それでは3日後、この場所にてお会いしましょうぞ」


「はい。よろしくお願いs....きゃっ!」


 お礼を言おうとした時、私の腰元にぎゅーっと抱き着いてくる人物がいた。当然ながらリーアである。


「ママ....リーアを置いて行っちゃうの....?」


 うるうると涙目になるリーアを見て、私まで思わず泣いてしまいそうになった。リーアを連れていくのは簡単だ。だが海人族というだけで商人の眼には留まりやすいし、これから予言の調査をするとなれば魔族と戦闘する可能性も考えられる。そこに幼い女の子を連れていくのはどうしても気が引けた。


「そうね....でも、私たちは戻ってくるから大丈夫よ」


「やだ!リーア、ママと一緒にいる!」


 思ったより力が強い。抱き着く力は強まるばかりで、まるですっぽんにでも噛まれているような感覚だった。全然離れる気配がない。

 どうしたものか....と考えていると、キエスが言った。


「もしよろしければ、リーアを連れていって下さっても構いませぬよ。集落にいる我々よりも、あなた方の方が懐いているようですじゃ。ここで親元から引きはがすのはちと酷というもの。どうか、この子の意思を尊重してあげてはくださらぬか?」


「....!」


 キエスの言葉は最もだ。この子が私達から離れたくないと言ってくれているのに、私は”種族が違うから”、”集落にいた方がリーアちゃんの為になる”などと理由を付けて引きはがそうとした。親として失格である。


「....分かりました。ひとまずこの件が収束するまで、リーアちゃんをお預かりします」


 まだイザヤにいる日数はある。夏季休暇ももう折り返しに差し掛かっているし、いつまでもこの町にいるわけにはいかないのでいずれは本当のお別れが来る。

 でも、それまで....まだもう少しの間だけは、この子の親でいてあげようと思う。私も、それを望んでいるのだから。


「ありがとうございますじゃ」


「それでは、また3日後に」


 そう言い残して私たちは元来た洞窟の方へと入っていく。集落が見えなくなったころ、殿下が話しかけてきた。


「なぁ、何故キエスは3日の期間を設けたと思う?」


「普通に考えれば準備のためだと思いますが....」


「いや、それはないね」


 私たちの会話に入ってきたのはウィリアム。前を歩きながら会話を聞いていたらしい。


「神殿への探索はあくまでも”巡回に同行する”って話だろ?ただでさえ普通に歩き回るだけなのに何の準備がいるって言うんだ?それに、俺は長年この町に来ているからわかるが巡回は普通そんな大掛かりな準備はしない。精々魔獣用の武器と補給物資くらいなものさ」


「だとすると、いったい何故....」


「....なぁ、アンタらは3日後にまた来るんだろ?」


「ええ、はい」


「俺が数日、この集落を張っててやろうか?」


 ウィリアムの提案、だがその理由は皆目見当もつかない。


「それは....何故ですか?」


「キエスさんの言っていたことだが....妙に引っかかるんだよ。水鱗魔が異常発生していることと海竜のことが関係ない?そんなわけはねぇ。それに、今日の会話の中で一番頭に残ったのは....」


 キエスとの会話を思い出す。そして、その中でウィリアムが感じているであろう違和感の正体が分かった。


『後は誰かがここに来た....これに関しましても、我々は少なくともあなた方以外の人間は見ておりませぬ』


 そう、キエスは『()()()』と言ったのだ。


「まさか....!」


「そのまさかだと思うぜ姫さんよ。神殿に魔族が入り込んでいる可能性、そして魔族側が海人族に何らかの圧力をかけて情報を隠させている可能性がある」


「早く何とかしないと....!」


 そう振り向いた瞬間、ウィリアムからストップがかかった。


「待てって姫さん!だから俺が張り込みをするんだろ?姫さん達は3日後に集落を訪れなければならないし、俺達が魔族のことに気づいたと思われちゃいけねぇ。その点、俺は物資の補給で何度も訪れているし、補給日はそろそろのはずだ。一度地上に戻って、物資を運ばせれば怪しまれずに済む」


「それは....どうしてそこまでしてくれるんですか?」


「そうだな....乗りかかった船ってやつさ。ここまで事情を詳しく聞いておいて突き放すなんてことはしねぇよ。それに、本当に海竜が目覚めて魔に染まってしまったのなら....俺達の海賊としての生活も終わりを迎えるかもしれねぇしな」


 そう言ってニコリと笑うウィリアム。その笑顔はなんだか安心できる雰囲気があった。


「どうだ?」


「分かりました、よろしくお願いします。3日後、私たちは再び戻ってきますから」


「おう、任せな。さーって、とりあえず地上に戻らなきゃだな」


 今後の方針が決まったところで再び洞窟の中を歩き出した。

 魔族のこと、水鱗魔のこと、そして新たに降りかかった海人族の問題....やはりどれもが”予言”に結びついてしまう。

 この先、一体どうなってしまうのか?頭に残った不安が晴れることはなく、私の心の中にずっともやが残った。


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