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第54話 隠れ聖女と海底の楽園

 5匹の水鱗魔(サファギン)が「キシャァァァァアアア!」と雄叫びを上げる。こちらを威嚇しているのか、獰猛な牙を剝き出しにして襲い掛かろうとしていた。

 だが迎え撃つのは海賊と王子。腰から抜いた剣を構える殿下と、同じく剣ともう片手にリボルバーを持ったウィリアム。水鱗魔を見るその眼は完全に狩人の眼だった。


(逆に魔獣の方が可哀そうですね....)


 殿下の戦いは剣術大会の時も見たが、殿下は戦いを楽しむときに笑う癖がある。ウィリアムに関しては知らないが、恐らく今殿下と同じ顔をしていることだろう。

 揃いも揃って戦闘狂は皆同じ顔をするらしい。


「何というか....うん、もう私は何も言わないようにしよう」


「はぁ.....なの」


 リーアも私の考えを読んでくれたのか可愛くため息をついた。


 水鱗魔達は威嚇を止めないどころか、今度は跳び上がって襲い掛かってきた。三叉槍を前に突き出して殿下達を串刺しにしようとする。

 だが殿下はそれを冷静に剣で絡め、自身の横へと受け流すと三叉槍に沿ってそのまま水鱗魔の首を刎ねた。一瞬で一匹が屠られたことに対し、驚く水鱗魔と「でしょうね」と考える私。魔獣である”自我がない”がゆえに相手に力量が分からなかったのだろう。


 ウィリアムもウィリアムで跳びかかってきた水鱗魔の三叉槍を剣で弾く。姿勢を低くして長いサーベルのリーチを調整したようだ。そしてその低い姿勢のまま水鱗魔の額に標準を合わせて構えたリボルバーのトリガーを引く。真っすぐに飛んでいった銃弾は水鱗魔の額を貫通し、空中で塵となって消えていった。

 カツンッと音を立てて落ちた魔核を見て、後方の水鱗魔達はようやく相手の強さが分かったらしい。


 この間たった数秒の出来事。ゆらりと残りの水鱗魔に向き直る殿下達に対し、水鱗魔達は確実にその足が後ろへと引いていく。

 ニタァ....と笑った2人を見て、私は水鱗魔のことを哀れんだ。


 これから殿下達と水鱗魔の激闘が見れる....と思ったのだが、よくよく考えればそんなこと起こるはずがない。水鱗魔達は精々討伐級4がいい所だ。それは前に戦った吸血鼠(ドレインラッド)と実力はそう変わらない。この戦闘狂に見つかった時点でご愁傷さまとしか言いようがないのだ。


 雄叫びというより悲鳴を上げて水鱗魔達が蹂躙されていく。あっという間にのこりの3匹も討伐され、魔核が地面に落っこちた。


「物足りないな」


「お、同感だね王子サマ」


 やはりこの2人には足りなかったらしい。だが、この先に魔族がいるかもしれないのにこんな所で消耗されても困る。


「ストップです。今は先を急ぎましょう」


「パパもおじちゃんもめっ!なの!」


 私とリーアに言われてシュン....となる殿下とウィリアム。だが、ウィリアムの方はどちらかというとリーアの言葉にショックを受けたらしく、「お、おじちゃん....」と落ち込んでいた。

 年齢的には20代位だろう。おじちゃんという呼び方はあながち間違いではない。


「リーアの嬢ちゃん....せめて”お兄さん”にしない?」


「パパ、ママ、早く行こうなの」


「リーアちゃん?おーい!」


 ウィリアムの言葉を無視してリーアが急かす。私たちは水鱗魔達の魔核を拾って、海底洞窟の先へと進んで行った。

 ウィリアムは明らかにショックを受けたように肩を低くして前を歩く。先ほどまでは私の隣を歩いていた殿下も、今はウィリアムの横を歩いていた。


「何というか....強いなお前の娘は」


「幼女に対する耐性が無いだけじゃないか?」


「だってよぉ!幼い女の子に”おじちゃん”なんて呼ばれ始めた日にはショック受けるだろ!」


「そうか....そういうものなのか....」


 殿下は大人の男性というものをウィリアムから少し学んでいるらしい。子供の言葉って容赦ないんだな....と考えてしまった。


「というか、王子サマは将来嫁さんの尻に敷かれそうだよな」


「そうか?そうは思わないが」


「さっきも姫さんの言葉には素直に従ってたし....というか、洞窟の時も思ったが姫さんとどういう関係なんだ?」


 ウィリアムの言葉に「うーん....」と私も考えてしまう。

 普通に考えれば殿下は私の友人....友人....なのか?よくよく考えれば私と殿下の関係は良く分からない。強いて言うのであれば私の生徒であるセレナ様関係だろうか?


「....学友だな」


 なんと!殿下は私のことを友人と思ってくれていたらしい!意外な反応にびっくりした。


「へぇ....ま、そういうことにしておくよ」


 ウィリアムも何か含みのある発言だったが、一応は納得してくれたらしい。私は殿下が友人だと思ってくれていたことが予想以上に嬉しかったらしい。自然と笑みがこぼれていた。




***




 しばらく進むと、洞窟の先に光が見えた。明るく照らされている方へと向かってウィリアムが歩いて行き、私たちはその後を追う。そして光の先、眩しさに眩んだ視界が鮮明になると、そこには驚くべき風景が広がっていた。


「わぁ....!」

「ほぉ」


 殿下と私が感嘆の声を上げる。


 目の前に広がっていたのは美しい海に囲まれた街だった。石造りの建物が並び、サンゴ礁や貝殻がその場所の雰囲気を際立たせている。更に驚くべきはその場所の周囲だ。何か膜のようなものがドーム状にこの集落を囲み、内部から外の風景が一望できる。無数の魚が、海洋生物が泳ぐ様をこの場所から見ることが出来るのだ。

 まるでジオラマのような幻想的な風景が、目の前に広がっている。あまりの美しさに目を奪われてしまった。


「ここが海人族の集落だ」


 ウィリアムがそう言い、目の前の石造りの階段を降りていく。私もハッと我に返り、ウィリアムの後を追って階段を降りた。最早目の前の場所は”集落”なんてレベルの物じゃない。一つの”町”と言って差し支えないレベルだ。

 出入り口と思われるゲートをくぐり、町の中に入る。すると他所からやって来た私達に警戒を示す海人族がいたが、その先頭がウィリアムであることがわかるとその表情を変えた。


「ウィリアムさん!」

「え?ウィリアムさん?!」

「あー海賊のにーちゃんだ!」


 口々にそう言ってウィリアムを囲っていく。この場にいるのは全員耳元にひれが生えていることから、やはりここは海人族の町なのだろう。

 イザヤの付近にこんな場所があるとは知らなかった。


 そしてひとしきりウィリアムをもみくちゃにした後、その後ろを歩いていた私達に視線が向けられる。やはりというべきか、知らない人物である私たちは相当警戒されているらしい。

 その中で、私の腕の中にいたリーアにとある海人族の大人が気づいた。


「もしかして....リーアか?」


「?あ、おじちゃんなの!」


 海人族の大人に気づいたリーアが腕の中を飛び降り、おじちゃんと呼ばれた大人に抱き着く。恐らくこの男性が彼女の父親なのだろう。無事に再開できてよかったと思う反面、腕の中に残ったリーアの温もりに少し寂しさを感じたのは言うまでもない。


「所でウィリアムさん、この方々は....?」


「ああ、紹介するよ。王子サマと姫さん。そこのリーア嬢ちゃんを保護してここまで連れてきた張本人だ。信用できるのは俺が保証してやる」


「ああ、あなた方が!ありがとうございます....!」


 リーアと抱き合っていた大人がこちらに深々と頭を下げた。


「いえいえ。こちらこそ、リーアちゃんが無事に帰れてよかったです」


「ああ。気にすることはない」


 大人に対して謙遜すると、他の海人族も安心したのか警戒を解いてくれた。

 すると、人混みを掻き分けてゆっくりと近づいてくる人物がいた。海人族の中でも一際存在感を放っている老人とそのお付きが、私たちの前に姿を現す。


「ウィリアム、そして名も知らぬ人様方よ。よくぞ参られた。積もる話もあろう、私の家に来ては下さいませぬか」


 恐らくこの町の長なのだろう。その誘いを断るわけもなく、私たちは応じることにした。

 長の後をついて家まで行く。リーアはどうするのかと思ったが、いつの間にか私の裾を掴んで付いてきていた。

 家に上がらせてもらい、リビングと思われる場所でもてなしを受ける。出されたのは白湯だった。


「どうぞ。あ、海上のお人は味の濃い物の方がお好きですかな?」


「いえ、お気遣いなく。いただきます」


 そう言って白湯を飲む。うん、何の変哲もない白湯だ。


「さて、此度はこの子を集落まで連れて来て下さりありがとうございますじゃ。この場所の長として、お礼を申し上げまする」


「いえ、無事に送り届けられて何よりです」


「おっと、自己紹介がまだでしたな。わしの名前はキエスと申します。この集落の長をやらせていただいておりますじゃ」


「私はライラ・ティルナノーグと申します。ティルナノーグ竜爵家の末娘です」


「俺はレオンハルト・アヴァロンという。エキドナ王国第二王子だ」


 その紹介の言葉に驚いたキエスが、目を開いて固まる。


「まさか....ティルナノーグ家の方に王族まで....こうして相まみえられたこと、奇跡のように思いますじゃ」


 そう言うとつー....とキエスの頬を水滴が伝う。いつの間にか溢れ出した涙に驚くが、キエスもそれに気づいたのか急いで涙を拭いた。


「失礼、思わず感極まってしまいました」


「大丈夫ならよかったです」


 キエスを心配すると、リーアがいつの間にか座っていた横から私の膝の上にすっぽりと収まる。上を見上げたリーアが私に向かってニパーッと笑いかけるものだから、思わずその可愛すぎる光景にほっこりと場が和んだ。


「随分懐いておられるようですな」


「うん!ママもパパも大好きなの!」


「っ!ママとパパ....そうか、やはりそういうことだったのじゃな....」


 リーアの言葉にぶつぶつと何かを呟きながらキエスは固まる。何か考え事をしているようだが、今のリーアの言葉に考える要素なんてあっただろうか?


「ところで、リーアちゃんのご両親はどちらに?」


「あ....それが、この子は両親がいないのです。窓から東側の方に神殿が見えますかな?」


 そう言われて東側に備え付けられた窓の外を見ると、確かに石造りの巨大な建物が見えた。集落の家々とは比べ物にならない大きさで、その形は最早城に近い。


「とある日、いつもの如く神殿の見回りに行った集落の者が神殿内部で倒れているのを発見したのですじゃ。最初は誰の子かもわからず、本人も両親の記憶がないため我々も混乱したのですが....」


「記憶が....ない....」


 その言葉を反芻してリーアを見る。当の本人は何の話か分かっておらず海老煎餅をぼりぼりと食べながらつぶらな瞳でこちらを見返した。


「ですが彼女も海人族の一員であることは間違いありませぬ。それに、我々と同じ海竜様を祀る刻印が何よりの証拠。となれば、我々は村総出でこの子を育てることにしたのです。あの場でこの子と抱き合っていたのは、この子を発見した当時の見回りの者ですじゃ。この子の世話係として愛情を注いでおってのぅ」


 だとするとリーアの『おじちゃん』という言葉にも納得がいく。この子にとって、あの人は”おじちゃん”であって”親”ではないのだ。


「ですが、この子があなた方を親と認めたのならば我々が口を挟むことではありませぬ。どうか、この子の”親”であってあげてくだされ」


 その言葉を聞いて、ますますリーアのことが愛おしくなってしまった。どうしよう....ちゃんとお別れとかできるかな....


「せっかくこの集落に来たのですじゃ。しばらくゆっくりして行って下され」


「おい姫さん。他にも何か聞きたいことがあるんじゃないのか?」


 ウィリアムがそう言ってくれたことで、私も切り出すべき本題を思い出した。危ない危ない、危うくリーアちゃんのことで頭がいっぱいになって、本題を忘れるところだった。


「他....ですかな?」


「はい」


 ゆっくりと深呼吸をし、キエスの眼を真っすぐに見て言った。


「海底神殿で、最近おかしかったことはありませんか?」


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