【50話達成記念SP】隠れ聖女とお忍び王女
セレナ様の教育係を請け負ってから2週間ほど経った。
セレナ様は意外にも吸収力が高く、私が教えることを何でも学んでくれる。それが楽しくなってしまい、剣術や学術に限らず薬草学や外の世界で役に立つ知識なんかも教えてしまった。
本来、冒険者のような世界中を飛び回る人しか知らないようなことも教えてしまったため、セレナ様に「ライラ様は何でも知っているのですね!!」と目を輝かせながら言われてしまう。
とりあえず遠征も多い騎士の父や兄に教えてもらったと嘘をついておいた。
セレナ様は運動があまり得意ではないらしく、教育を始めた時はあまりの体力のなさに私が目を疑ったほどだ。それも2週間のしごきが功を奏したのか、ある程度の体力は付いてきたようで元気に動く様になっていた。
そんなある日、いつものように訓練をしていた時にセレナ様がへばったようにペタンと座り込んだ。
「はぁ....はぁ....ライラ様、少し休憩にしませんか?」
何食わぬ顔で素振りをしていた私はその言葉で気づく。既に訓練開始から3時間が経過している。休日とはいえ、朝から休憩もなしに振り回しすぎたかと少し反省した。
「そうですね。もうこんな時間ですか」
「ライラ様は元気ですね....」
「これくらいこなしてこそ騎士一家の娘ですからね」
そう言って汗を拭い、セレナ様に手を差し伸べる。セレナ様はふらふらになりながらも私の手を握り立ち上がった。
明らかに疲れの表情が見えるセレナ様に肩を貸しつつ、私たちは訓練場に備え付けのロッカールームへと向かう。そこで汗を拭い、そのままシャワー室に入っていった。
「あーさっぱりしますー」
上からシャワーを浴びて汗を流すセレナ様。仕切り一枚先の場所で私も同じく汗を流していた。火照った体に温い温度のシャワーが気持ちいい。
長い髪も念入りに流し、頭を振って付いた湿気を掃った。
「セレナ様って髪長いですよね~!お手入れとかどうしてるんですか?」
「別に普通ですよ?特別なことは何もしてないです」
「へぇ~、それでその質感は女性として凄く羨ましいです!」
私の髪は綺麗らしい。確かに滑らかだし触り心地はいいけど、本当に何も特別なケアはしてないんだよね。
「そ・れ・に~!」
「ひゃわっ////」
いつの間にか背後から胸を揉みしだかれる。片方は胸に、もう片方は腰の横辺りをスリスリと触ってきた。他人にこうして触られるのは初めての体験で、思わず声が出てしまう。
「ライラ様はと~っても良い体をしてますね?この胸の張り、腰元のボディライン、そして細くしなやかながら鍛え上げられた筋肉!とても羨ましいです」
「あっ....セレナ様もいずれこうなるんですよぉ....////」
「くっ....私にもっと胸が!胸があれば!!!」
悔しそうに言いながらも、声のトーンや触り方で明らかに私をからかっているのがわかる。普段鬼コーチとして教育してきた結果、教え子にやり返されるという形になってしまった。
セレナ様は1つ年下ながらかなり細い。他の人と比べても、備え付いている肉の量があまり多くないのだ。だが、私が教育係をするにあたって色々改善するべきところはレオンハルト殿下に指摘した。セレナ様にも了承を得ている為、ここ最近はセレナ様の体つきもよくなっている。
一部、胸部を除いて。
「女性として完璧なボディライン....!私もこうなれるかな....」
「なれますっ....なれますからいい加減離してください!!」
そう言って相手が王族であることもお構いなしに腕を振り回す。セレナ様は辛うじて避けてくれたため当たることは無かったが、その結果尻もちをついてしまう羽目になった。
「いたた....ごめんなさいライラ様。少しおいたが過ぎました」
「その通りです!まったくもう....」
「所でライラ様、使用しているシャンプーの銘柄を教えてもらってもいいですか?とてもいい香りなのでぜひ使ってみたいなと」
「シャンプーですか?えっと、これは私の知り合いの方が作ってくれたもので....」
「お知り合いの方に作ってもらったんですか!?ということは市販はしてない....」
「ですね。良ければ、私のお知り合いを紹介しますよ」
「本当ですか?!ありがとうございますライラ様!!」
わーいわーい!と裸ではしゃぐ王族の少女。こうして見るとただの女の子である。
「なら、早速行きましょうか。多分今日は休みのはずなので」
「分かりました!すぐに着替えてきます!えっと....お昼の鐘が鳴る頃に貴族寮前に集合でどうでしょうか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ではライラ様!また後で!!」
そう言ってシャワールームを出ていくセレナ様。私は「手のかかる教え子ですね」と笑いながら、同じくジャワールームを出ていくのだった。
***
お昼。午前と午後の切り替わりを告げる鐘の音が響く頃、貴族寮の正門前に向かって歩いていた。
正門の前には1台の馬車と、日傘をさして誰かを待つ人影。近づいていく私に気づくと、彼女は笑顔で手を振ってくれた。
「ライラ様!」
「お待たせいたしました」
「大丈夫です!私も今来たところですから!」
「そういうのはデートの時に言うんですよ」
「ライラ様とデートですから間違ってませんよ!さ、行きましょう!」
手を掴んだセレナ様に引っ張られる形で馬車へと乗り込んでいく。業者は私が手配しておいた。これから行く店には王宮からの馬車よりもティルナノーグ家の馬車の方が何かと都合がいい師、怯えさせる心配も無いからね。
馬車の中ではセレナ様と他愛もない会話をした。最近の流行りについてや食べ物のこと、それと先ほどの教育中にセレナ様が気になった点などを教え、馬車の揺れや街の喧騒も気にならずとても有意義な時間になった。
「それで、この錬金術の素材について分からなくて....」
「錬金術は要するに足し算と引き算ですよ。『何と何を組み合わせるとこういう反応が起こる』をより複雑な計算式に例えたものが錬金術です。この理論は分かりやすく簡潔にしたものですが、魔法薬学にも使えます。薬の調合に関しても、やっていることは同じですからね」
「なるほど~。数式として置き換えるのは盲点でした!」
「これから行くところにも関係のある話ですからね」
「これから行くところ?ライラ様のお知り合いの所ですよね?」
「はい。そろそろ着くと思いますよ」
しばらく王都内を馬車で進み、とある場所の前で馬車が停止する。私が先行して降りて、セレナ様をエスコートするように手を差し伸べた。
セレナ様は馬車を降りた後、目の前の店名を見て首をかしげる。
「アデルネーゼの薬屋....?」
「はい。私の知り合いの薬屋さんです。ここの人にいつもシャンプーを調合してもらってるんですよ」
そう言った時、たまたま店の扉が開いた。
「だから大丈夫だって!」
「いや、しかしお嬢....!買い出しは俺が!」
「心配しすぎ....ってうわっ!ライラちゃんじゃん!どうしたの今日は!」
「こんにちはカレラ。今日は少し頼みたいことがあって来たの」
「頼み....うん!セルフォード!やっぱ買い出しお願いするよ!」
そう言うと、セルフォードさんが慌てて飛び出してきた!
「だからそう言ってるじゃないですか!って、ライラちゃん!久しぶり」
「お久しぶりです。セルフォードさん」
そう挨拶をすると、後ろで私の服の裾を掴みながら隠れるセレナ様が目の端に入る。小刻みに震えていることから、恐らくセルフォードを見て怖がってしまったのだろう。まぁ、店の中から出てきた男が黒いサングラス、スキンヘッド、ゴリゴリの筋肉、いわゆるマ〇ィアと呼ばれそうな雰囲気を出していたらそりゃビビる。
「ほらほらセルフォード、後ろの子猫ちゃんも怖がってるんだからさっさと行った行った!」
そう言われてすこし申し訳なさそうにセルフォードは商店街の方へと消えていく。そんな彼を見送った後、安心したようにセレナ様が出てきた。
「ごめんね子猫ちゃん、ウチのセルフォードが怖がらせちゃって」
「いえ、大丈夫、です」
「とりあえず2人とも上がりなよ。今日は休みだからさ。ゆっくりしていって」
屋内へと戻っていくカレラの後に付いて行く。案の定通されたのは店のさらに奥にあるカレラの部屋だった。
ソファに座ると、隣の部屋で紅茶を入れてくれた彼らが茶菓子と共に差し出してくれる。
「とりあえず自己紹介ね。私はカレラ・アデルネーゼ。この店の店長やってます!年齢はライラちゃんと同じ16歳!見ての通り庶民だから寮には入って無いんだよね」
「セレナ・アヴァロンと申します。現国王の姪に当たります」
「ほぇ!王族の方!?なんでこんなところに?というかもっと高いお茶菓子用意したほうが....」
「いえ、大丈夫です!今日はお願いがあって来ただけなので」
「お願い?」
キョトンとカレラが首をかしげる。
「いつもカレラに調合してもらってるシャンプーありますよね?」
うんうんとカレラが頷く。
「それを、セレナ様用にも調合してもらえないかと思いまして」
「なーんだそんなことか!いいですよセレナ様!すぐに作ってきますね!」
「あ、お金とか....」
「いらないですよ。ライラちゃんのお知り合いならお金なんて取りません。あ、でもこれからもこの店を贔屓にしてくださいね?」
ニヤリと笑って部屋を出ていくカレラ。私は隣で委縮しているセレナ様にそっと耳打ちした。
「カレラの調合技術はとても高いんですよ。この際なので、調合について教えてもらってはいかがですか?」
「!!行ってきます!」
セレナ様は勢いよく飛び出していく。私も後を追いかけようかと思ったが、出された茶菓子がものすごく美味しい。香ばしいバターの香りのするクッキーについつい手が止まらなくなる。
そうこうしているうちに調合が始まったのか、隣の部屋から楽しそうな声が聞こえてくるようになった。私はその声を聴きながらも、紅茶とクッキーを口に入れる手が止まらなかった。
しばらくした後、2人が戻ってくる。セレナ様の手にはシャンプーが握られており、手や裾が少し汚れていることから恐らく自分で調合したのだろう。
「ただいま戻りました!カレラさんは凄いです!薬学に関して何でも知ってます!」
「凄いでしょう?カレラは」
「はい!それに、ライラ様のことも色々教えていただきました!」
「え?」
そう聞いた瞬間にブリキのような音を立ててゆっくりと首をカレラの方へと向ける。カレラは下手くそな口笛を吹きながら顔を逸らしていたが、私と目が合った瞬間に「テヘペロ☆」とかわい子ぶってきやがった。というか、テヘペロってなんだ!!
「カ~レ~ラ~!?」
「いや、ついつい聞かれたから色々と....!あ、待って!怒らないで!ライラちゃんすと~っぷ!!」
カレラに掴みかかる私、笑うセレナ様、逃げるカレラ。騒がしい日常に内心笑いながら、セレナ様とのお忍びデートは楽しい時間を過ごせたのだった。




