第50話 隠れ聖女と暗躍する者達
管理組局ことテリジア商会は町の西側に本店が存在する。この町の冒険者ギルドとも提携しており、商会長のテプラさんはギルドマスターも兼任している。
私もアリアとして何度もお世話になった方だし、とても良い人なのは私も知っている。
王都のギルドマスターであるメルトさんと過去に冒険者として活躍していた時期もあるらしい。
停船所から北側に歩き、3本の大通りの内一番右の道を歩いた先に堂々と佇む巨大な建物があった。
その中からは無数の商人や冒険者が出入りしており、私たちと同じ停船所の方角から物資を乗せた馬車が列を作って荷運び場への入場を待っている。
「お馬さんいっぱいなの」
「すごい行列だな」
「あれは他国の商人達だ。テリジアは冒険者ギルドを兼任しているが、元はイザヤを取り仕切る大手商会だからな。”管理組局”って名前も、商人たちが勝手に付けたんだよ」
荷運び場への行列をスルーして表の入り口から中に入る。中は広々とした空間に無数の飲食の席が設けられた場所で、沢山の冒険者と商人が共にテーブルを囲んで食事と会話を楽しんでいる。
普通、商人と冒険者などあくまで売り手と買い手でしかないのだが、そんなことは関係ないというような目の前の光景に殿下も呆気に取られていた。
「商人と冒険者が同じ卓に着いているとは....王都じゃ見られない光景だな」
「商人が多いこの町では、他国に関する情報も無数に飛び交います。冒険者にとって情報は命ですし、商人にとってはここでコネを作っておいて依頼を出しやすくするのが狙いですね」
「お互いに利益のある場ということか」
「殿下もおっしゃったとおり、この町以外のギルドではこうして商人たちが堂々と入ってくることは滅多にありませんから」
表の出入り口から堂々と入ってきた明らかに学生の私と殿下、そして抱えられた幼女と白虎の獣人に周囲の視線が釘付けになる。だが、殿下とティグルさんが睨みを利かせてくれていたおかげですんなりと通ることができた。
とある商人用の受付まで進み、受付嬢に話しかける。
「こんにちは。呼び出しをしてもらいたいのですが」
「はい、テリジア商会へようこそ。お呼び出しはどなたでございましょうか?」
「テプラ商会長をお願いできますか?『金髪の乙女が来たぞ』と言えば分かります」
受付嬢は新人なのか、不思議そうな顔をする。だがそういえばわかるとの言葉を信じてくれたのか、受付嬢はパタパタと奥へ消えていった。
「金髪の乙女....?」
「復唱しないでください。テプラさんに『管理者ライラが来たぞ』と言うのを伝える為に、暗号を作ったんです。考えたのはテプラさん本人ですよ。爆笑してましたけどね」
あの時の光景は今でも思い出せる。爆笑するテプラさん、銀のマントを付けたアリアの格好で不快感を露わにする私。近くで肩を震わせてこれまた笑うメルトさん。
なんであのおじさん達は私に『姫君』だの『乙女』だのと言う名をつけたがるんだ....
しばらくすると、先ほどの受付嬢が戻ってくる。かなり急いできたのか、額には汗が滲んでいた。
「はぁ....はぁ.....お待たせいたしました!こちらへどうぞ」
案内されるがまま私たちは受付のカウンターの横を通ってスタッフ用の場所へと入っていく。段々と騒がしかった場所から遠のき、建物の奥へと進んで行った。途中ですれ違う職員の注目をなぜか浴びたが、どうせ原因は殿下だろうと何も言わずに後を付いて行く。
廊下の奥にある両開きの扉の前で受付嬢が止まり、ゆっくりとノックをして扉を開けた。
扉が開くにつれ、奥から風が舞い込んでくる。
「よぅ!よく来たなライラの嬢ちゃん!」
奥のデスクの前でスパーッと葉巻を吸う60代ほどのおじさん。他国からの輸入ものだというアロハシャツなるものを着用し下は短パンという格好。だが、見るだけで分かるゴツイ体と感覚を震わせるほどのオーラは本物だ。白髪・白髭のおじさんは私を見てニヤリと口角を上げた。
***
とある洞窟の中を歩く人影が一人。腰の曲がったよぼよぼの老人が杖を突きながら洞窟の中を進んでいる。暗闇の中、明かりもつけずに真っすぐと進むその老人は行く先に明かりを見つける。
明かりの方向に進むと、洞窟の中の空間に辿り着いた。積まれた木箱、ローブを被った人物が数人、そして壁画の描かれた篝火の近くに女性が立っていた。
「ルサールカ様」
老人が声をかけると、壁画の前にいた女性が振り向いた。幽霊のような白い肌に赤茶色の長い髪を持つその女性の耳は尖っており、額に存在する3つ目の眼は彼女が人間ではないことを示していた。
「フルーレティか。どうした」
「ギンプめが捕らわれたようでございます。渡していた邪眼が破壊されました」
「....やはり人間とは愚かだな」
ギンプに引き渡していた物資も無くし、邪眼も壊れた。それにギンプが捕まったということは....
「人質代わりに誘拐していた海人族も逃がされたか」
「左様でございます。ギンプはかの少女を奴隷として売り飛ばそうとしていたようで、結果それを嗅ぎつけた者共に捕まったと」
「あの少女を奴隷としてか....あれほど丁重に管理しろと言ったはずだが、金に目がくらんだのか」
「その辺りは流石人間の商人といった所でしょうか」
「あんな奴を褒めるな。我々魔族からしても反吐が出る男だぞアイツは」
ここまで順調に進んでいた計画がうまくいかない。ここ最近になって妙な胸騒ぎが増えたこともあり、計画がバレているのではないかと心配になる。
目の前の女性はため息をつきつつも、また壁画に向き直った。
彼女が見る洞窟の壁画には青の竜と金の髪を持つ人物が対峙するように描かれており、真っ白に輝く太陽と同じく白い石のようなものがあった。
「夜珀石は手に入ったか?」
「はい。獣人の商船より抜き取ったものが木箱にて運び込まれております」
「ならいい。最悪”鍵”に関しては手に入らなくても問題ない」
「後は時を待つだけ....と?」
「いや、まだ準備がいる念には念を入れないとならない。それに、肝心のリヴァイアサンの眠る場所がまだ解明できていない」
我々がいる海底洞窟の外、近海のどこかに眠るはずのリヴァイアサンがまだ所在不明なのだ。この計画に置いて一番重要なピースだが、さすがは神秘の竜。何百年の間未だに所在を掴ませないとは恐れ入る。
だが、そんな話の間に鼻歌が遠くから響いてきた。スキップするようなザッ....ザッ....という足音と共に段々とこちらに近づいてくる。
他のメンバーはその足音に警戒したが、ルサールカがそれを止めた。
そして明かりに照らされた影が見えた瞬間、そこに映ったのは巨大なドラゴンの姿。その光景に自分も含めその場の全員がゾクリととてつもない悪寒に襲われて動けなくなる。
そして影が段々と薄くなっていき、明かりの向こうから少年がひょっこりと顔を出す。小さな乗せるだけの帽子に涙とダイヤのフェイスメイクの少年。彼がニコリと笑いながら面々の中に入ってくる。
その瞬間、ルサールカを含めその場の全員が跪いた。
「ルムン様」
「やぁルサールカ。計画は順調かい?」
「は。万事滞りなく」
「んーいやいや、嘘はいけないなぁ。楽しいことに嘘はつきものだけど、誤魔化すための嘘はダメだよ。つまらない」
「申し訳ございません」
「いーよ。そういう素直なのは構わないさ。それで、何が足りないの?」
ルムンがゆっくりと木箱の中身を確認し、そのまま跪くルサールカの近くまで歩いた。彼女の横に立つと、目の前にある壁画を見上げる。
「海竜リヴァイアサンの所在が分かりません。解読はしているのですが、何も手がかりがなく....」
ルサールカの言葉にルムンは「うーん....」と何かを考える。そして懐から何かをごそごそと探ると、取り出したものをルサールカに差し出した。
ルサールカは差し出されたものを戸惑いながらも受け取る。
「ルムン様、これは....」
「人間の書物だよ。面白いよね、過去にあった出来事をこうして物語にして残しているんだ。人間の娯楽は本当に面白い」
「は、はぁ....えっと、タイトルは『海竜と海の勇者』ですか。リヴァイアサンと勇者エノクの伝説から作られた物でしょうか?」
「その通りだよ。そしてその書物の第3章の部分、256ページを開いてごらん」
言われた場所をルサールカが開く。そしてそこに書かれていた文章を読み上げ始めた。
「『海竜よ、人を守りし守護竜の眷属よ。お前の存在を呪うと共に、お前の存在を心から感謝しよう。其方の力を制御できるものが現れるまで、安寧の地にて眠るがいい。全ての海が収束する場所、其方の眠る証としよう』....これは海竜の眠る場所のヒントということですか?」
「その通り!ただの物語と侮ることなかれ、これはフィクションではなく実際にあった出来事だからね。忠実に再現されている分、信憑性も高い」
「であるなら、なぜ人間共は海竜を探さないのですか?」
「人間は短命だからね。伝承を語る者も少なくなった今ではこの話が真実だなんて誰も思わないんだよ」
「であるならこれは....」
「そう。魔界に伝わる噂話なんかよりよっぽど信頼のある伝承さ」
その言葉に目を輝かせるルサールカ。この計画は主である彼女の発案したもの。それに協力してくれたのがルムンなのだ。この少年、今まで正体こそ知らなかったが今ならわかる。この方は我々が敵に回してはいけない者だ。
そんな彼の協力を無駄にするわけにはいかない。我々は彼女に従う者として、この計画を必ず成功させなければならないのだ。
「頑張って。僕は君たちの計画を気に入ってるんだ。期待しているよ」
「「「「は。仰せのままに」」」」
顔を上げると、既にそこに少年ルムンの姿は無かった。
静かな空間を取り戻した洞窟の中で、ルサールカの笑う声だけが響く。
はてさて、この老体に堪えなければ良いのだがな....




