第48話 隠れ聖女とイザヤの人々
翌日、支度を終えた私は外に出る準備をする。町娘風に動きやすい格好に着替え、外行きの為にネックレスを付けた。
白ベースのフリルが付いた服に足を出した短めのパンツを履き、他国の商人にも受け入れられやすいよう軽めの服装を選んだ。というか、この町に来ている時は毎度このような恰好をしている為、今となってはこれがこの町における普通の格好となっている。
「よし、準備オッケー」
「ママ、どこかに行くの?」
扉を開けて、トテトテと足音を鳴らして入ってきたのはリーアだった。7~8歳ほど故かしっかりと自分の意思で動き回り、栄養のある食べ物を摂取したため体の調子もよさそうだ。
「ええ。あなたのことを聞きに行くのよ」
「リーアのこと?」
「うん。リーアちゃんのご両親や、住んでた集落のことを聞きに行くの。リーアちゃんは、何か思いだしたことはある?」
昨日、意識がはっきりとしているリーアに対し、攫われたときのことや見た景色について色々質問してみたのだ。
だが、リーアが気づいた時にはあれよあれよと言うままに誘拐されたらしく、幼い少女の記憶からは情報が得られなかった。
(この子を探してる海人族が必ずいるはず。この近海に集落があるのかは分からないけど、何か手がかりがあれば見つけることはできるかもしれない)
小さく首を傾け、「うーん....」と悩むリーア。やはり何かを思い出すことはなかった。
「今すぐじゃなくていいから、何か思いだしたら教えてね」
「わかった!」
笑顔で返事をするリーアの頭を撫でる。すると、いつの間にやら出入り口に殿下が立っていた。
「たった1日で随分と母親が板についたな」
「殿下こそ、父親らしく娘を甘やかしたらどうですか?」
「....まだ違和感があるな。父親という年齢ではないんだが....」
「それを言ったら私もですよ。まだ小娘なんですから」
そう言ってリーアを抱き上げる。彼女も一人で出歩ける年齢ではあるのだが、亜人というだけでこの国では珍しい。しかも、他国の中に奴隷商売を行っている国は存在する。万が一手放した結果リーアが再び誘拐でもされようものなら、今度こそ助けることは出来ないだろう。
これから殿下とマハトとシノブを含めた4人で情報収集に当たる予定だ。連れてきたメンバーの中でも、戦闘が出来る人中心かつリーアが一番懐いている私が選定基準。残りはお留守番をお願いしている。
「一応、セレナが街を見て回りたいそうだから、マナとゼレフとシトリンさんにお願いした。シトリンさんは商店街に用があるらしくてな」
「恐らく晩御飯の買い出しでしょうね。なら安心ですか」
「準備が出来たら行こう。ライノさんの話によれば、これくらいの時間から商船が港に入ってくるらしいからな」
殿下の言葉に頷き、私はリーアを抱えて部屋を出る。
***
お昼前ということもあり、港の方はかなりの賑わいを見せていた。毎年来ている道でも、今年はいつもとは違う。誰かとこの場所に来るのは初めてだ。
「魚安いよー!さっき取れたばっかの新鮮な魚さ!!」
「こっち、和の国”楼月”から仕入れた刀だ!老舗の鍛冶屋が1本1本打った業物だよ!」
「冒険者の皆さん、傭兵の皆さん、長旅でお疲れでしょう!こちら薬屋ベルべの新作ポーション!試供品だけど効果は抜群!試してみないー?」
「はーい!3番テーブルオーダーです!あ、今行きまーす!」
やんややんやと周囲から無数の声が聞こえる。この町は無数の商人と冒険者やらの流れ者が集まる場所。治安維持はティルナノーグ領の騎士が行っている為こう見えて治安は良い。
商売魂と無限ともいえる情報の渦巻く場所。それがこの港町イザヤなのだ。
そんな場所を、私と殿下が並んで歩く。殿下はこのような場所に来たことが無かったのか、とても興味深そうに周囲を見ていた。
「これは....凄いな。こんなに活気のある場所は初めてきた」
「王都でもこれほど騒がしい場所は無いですからね。この町は騒がしいのが普通なんですよ」
「香辛料に食料、装飾品に武器まで何でも揃ってるな....王族として王都にまで運ばれた物は大体目を通したが、これだけ知らないものがあると世界は広いと教えられているようだ」
「価値観が変わりましたか?」
「ああ。強烈に壁が壊された気分だ」
いつの間にか殿下の口元に笑みが浮かんでいた。いつも仏教面なのにこういうところだけ子供のようで可愛い。いつも笑ってれば、少しは雰囲気が変わるかもしれないのに。
「パパ、楽しそうだね」
「そうだね。リーアちゃんは何か気になるものはあった?」
「うーん....あれ!お肉食べたい!」
そう言ってリーアが指さしたのは肉屋の前にある露店だった。そこの店はこの街の商店代表の1つで、町の管理者である私とも何度も話したことのある顔馴染みの店だった。
リーアが食べたいと言うのなら....とその店に近づく。露店で串焼きを焼いていたおじさんは店の前に立つ私達に気づいたようだ。
「いらっしゃい!って、ライラお嬢様じゃねえの!もうそんな時期かい!」
「ご無沙汰しています。串焼き3本貰えますか?」
そう言うと、おじさんも私が抱えている幼女と隣に立つ殿下に気づいたようだった。そして目を見開き、物凄く驚いたという様にわなわなと震える。
「ライラお嬢様が....旦那と子供を連れてきた?!」
その言葉がかなり大声だったため、周囲の店や通行人にも聞こえたらしい。
一斉に凄い量の視線がこちらに向いた。
「ち、違います!この子は迷子の子でして....隣の方は私の同級生です!学園の!」
軽く肘で殿下を小突く。「話を合わせろ!」と目線で指示を送った。
殿下もその考えが分かったらしく、おじさんに挨拶をする。
「そうだ。俺はライラの同級生で名を....レオと言う。よろしく頼む」
「あ、ああ....何だい驚いちまったよ。ライラお嬢様が結婚でもしようものなら祝福するが、この海が血の涙で染まる所だったよ」
「まだ結婚という年齢ではないですよ」
「そうだな。言われてみればそうだ。ほい、串焼き3本。お代は銅貨3枚ね」
そう言われて私は懐から銅貨を3枚取り出して渡す。受け取った串焼きは脂の乗りがとてもよく表面はてかてかと光っており、焼きたてということもあり肉汁がじゅわじゅわと音を立てていた。
「ありがとうございます。そういえば、この辺りで海人族に関する話は最近ありませんでしたか?」
「海人族ねぇ....この町なら亜人の人達もよく見るが、海人族に関してはあんまり聞いたことはないなぁ。その子の話かい?迷子だって言ってたけど」
「そうです。この子の両親を探していて....可能なら住んでいた集落に帰してあげたいんですけど」
「海人族の集落は深海だからなぁ....そういえば、停泊してる商船の中に亜人の船があったよ。探しに行ってみたらどうだい?」
亜人の船!それならば情報を持っている可能性が高い。聞きに行ってみる価値はありそうだ。
亜人の国ニンフはその名の通り多数の”亜人”の種族が暮らす国である。リーアのような海人族を始め、森に暮らすエルフに鍛冶職人のドワーフなどが住人だ。他にも多種多様な種族が暮らしており、人間が暮らす他国では亜人はかなり珍しい。
「分かりました。ありがとうございます」
「おう!あ、今度の商談会議よろしくな!」
「任せてください!」
肉屋のおじさんに挨拶をし、肉串を食べながらその場を後にした。向かうは停船所、亜人の国ニンフからの商船を探しに行くのだ。
少し歩いたところで、殿下が話しかけてくる。
「ライラ、”商談会議”とはなんだ?」
「しょーだんかいぎ?」
「えーとですね....”商談会議”とはこのイザヤで商売をする町の人々と、他国から来た商人の代表数人で今後の商売について議論する場です。管理者である私とライノさんが参加します。話す内容は基本的に”取引の量や頻度について”と”料金と今後の取引について”の2点です。税は国家間で取り決められたものに準拠するので、それを基に先ほどの2点について話し合います」
「なるほど。イザヤはエキドナ王国内でも交易で有名な都市だからな。その名声の一端を見た気がする」
「他国との関りを強く保つには国内の商人だけでなく、他国の商人と話をすることも重要なんですよ」
私はこの町の管理者として、商人達が暮らしやすく取引がしやすい町にしたいのだ。
そうすればこの国の経済も回るし、ティルナノーグ家の評判も上がる。
すると、抱えていたリーアが頬をぷくっと膨らませて「リーアは不満です!」と不満を露わにしていた。
「リーア、難しいこと分かんない!」
「ごめんねリーアちゃん。そろそろ停船所が見えるはず....」
建物の並ぶ町並みを抜け、海風が吹いて髪を靡かせる。人混みの先に、キラキラと光る海をバックに沢山の船が停泊している広場が見えた。
先程までの商店街では輸入した物資や製品を売る為、そういった物を求める人々でごった返していた。
だが、ここまでくればその光景は先程までと違う。沢山の木箱や革袋が並び、筋肉質の男達....いわゆる"海の漢"達が物資を運び出していた。
「わぁ!すごい!」
「ねー、凄いね!」
はしゃぐリーアに共感するように言う。リーアは目をキラキラと輝かせて目の前の光景に釘付けになっていた。
この中のどこかにニンフからの商船があるはずだ。一応商談会議で何度か話したことはあるため、向こうも私のことは知っていると思う。
「亜人の商船はどこだろうな」
「うーん....決まった停泊場所はないですからね。奥の方まで歩いて行ってみればわかると思います」
停船所を歩く中、私のことを知っている人たちから沢山声をかけられた。イザヤの物資の運び出しを担う業者に、他国の商船の乗組員。おまけにここら付近の倉庫を管理している人にまで声をかけられる。
皆最初に驚くのはやはり殿下とリーアの存在だ。私が貴族令嬢らしいことをしていないからなのか、私がどこぞで家庭を持っていても驚くばかりで不思議には思っていなさそうな反応を貰う。
そりゃ町の管理や国家間の商談を円滑に進めるための政策なんか貴族令嬢はふつうやらない。そういうのは大人の仕事なのだ。
だからって私に8歳の子供がいるってどう想像できるんだ。生んでたとしても8歳だよ?ロリだよ???
「顔が広いんだな」
「数年はこの町の管理をしてますからね。っと、いました。あれです」
私が指さした方向には一隻の船が停まっていた。丁度荷物を運び出している最中らしく、木箱や袋を運ぶ獣人の人々が見える。
その中で、イザヤの管理組局と話をしている獣人を見つける。白い虎耳を生やした女の獣人で、見える肌は褐色でありその筋肉が彼女もまた”海”の人であることを物語っていた。
「ティグルさーん!」
「ん?おう!ライラじゃねぇか!!久しぶりだな!」
管理組局の方との会話は終わったらしく、ティグルが手を振って応えてくれる。私たちは人混みをかき分けてティグルさんの下へと向かった。




