第47話 隠れ聖女と海人族の少女
朝、ベッドの上で目が覚めた私は伸びをする。
昨日あんなことがあったのに日常はいつもの静けさを取り戻し、窓から聞こえる波の音はとても爽やかに聞こえた。
窓から吹くそよそよとした海風をのんびりと浴びながら海を眺めていると、コンコンとノックの音が響く。
「はーい」
「開けるぞ」
聞こえてきた声は殿下だった。まだ私は寝起きなので正直部屋に入れるか迷ったが、今から支度をしている暇はないし何より左腕ががっつり捕まっているせいで身動きが取れないのだ。
こんな状況では支度も出来ないし、まぁしょうがないと諦めて「どうぞ」と答えた。
「おはようライラ。....すっぴんも可愛いな」
「朝から口説いてくれてどうもありがとうございます。というか、私化粧なんて舞踏会くらいしかしませんよ」
「....そうか。そういうものなのか」
私は普段からすっぴんだ。強いて言うなら寝起きの姿を見られたことが恥ずかしいくらいだが、すっぴんの私を”可愛い”と言うのなら普段の私を肯定しているようなものだ。殿下の方が恥ずかしいのか真っ赤になっている。
....まぁ、この人の場合私をからかってやろうという意味で言ったのだろうし、冗談程度に受け取っておこう。
「ケガの方は大丈夫なのか?」
「はい。マナ様が治療してくれたおかげですっかり。ただ、一応安静にはしておけとのことなので今日一日は動けませんが」
「無事なら何よりだ。それよりも....」
「はい。それよりも....」
私の左腕がグイッと布団の中に引きずり込まれる。正直体を起こす体勢だとこの重さがとても辛い。
布団をめくると、耳の辺りからひれの生えた6歳くらいの少女が私の腕を抱き枕にして眠っていた。海のような水色の髪をした少女は私の腕を話す気がないらしく、そっと腕を抜き取ろうとするとさらに強い力で締められる。
幼女でありながらこの力は凄まじい....私に「痛い」と言わせるその力は将来さぞいい戦士になるだろう。
この幼女は件の洞窟で救出した海人族の少女。邪眼によって水龍となっていた彼女を助け、無事に保護したまでは良かったのだが....
***
~1日前に遡る。
「これで一件落着だな」
ウィリアムの言葉に肯定するように頷き、殿下の抱えている少女を見た。まだ年齢的には7~8歳ほどの幼い容姿をしている。安心したようにすぅすぅと寝息を立てるその姿にホッとした。
「で、王子サマよ。俺を捕まえるか?休戦ってことはいつか再戦するんだろ?」
「今お前を捕らえる気はない。今は事を片付けるのが先だ」
「そうかい。なら俺は一足先にとんずらこかせて貰いましょうかね」
そう言ってリボルバーをしまったウィリアムが洞窟の出口の方へと歩いて行く。
私とすれ違う瞬間、地面にぺたんと座り込んでいる私の頭をポンポンと叩き、ウィリアムは言った。
「ありがとな姫さん。あんたのおかげで助かった」
「いえ、あなたが協力してくれるというので。仲間は助けるのが普通でしょう?」
「くはっ!そうかそうか、仲間か!」
「あっはっは!」と笑うウィリアムに対し、私も「そうですよ」と肯定の意味も込めて微笑んで見せた。
「姫さんのケガは俺を庇ったからだからな。貸し1だ。必要になったら呼びな。一度だけ助けてやる」
「違いますよ」
「ん?何が違うんだ?」
「貸しは2です。だって私達、貴女が潰そうとした取引を潰す手伝いをしたんですよ?」
その言葉に目が点になるウィリアム。何を言ってるんだと言われるかと思ったら、満面の笑みでこちらを見た。
「なんでわかった?」
「”奴隷商売”と聞いた瞬間、制御してた魔力が少し漏れたんです。感情の変化からくる制御の緩み。それに、私たちが乱入してこなければあなたはギンプを殺してでも少女を助けたでしょう?あなたが少女を見る目は慈しみに満ちていましたから」
そう、隠れて取引を見ていた時から薄々感じていた。ウィリアムは奴隷商売をよく思っていない。更に彼がギンプに少女を見せられた時、明確に怒りの感情があったのだ。
彼が瓶を私たちに投げる前も、少女の見る彼の眼は優しさに満ちていた。
「はっはっは!まさか海賊の俺がこうしてたかられるとは思ってもみなかった!傑作だぜ姫さんよ!」
「うふふ、そうですか。ではどうしますか?」
「いいぜ。その肝っ玉の据わった豪胆な姫さんに免じて貸し2にしておいてやる。じゃあな」
そう言ってウィリアムは洞窟の入口へと消えていった。
「まったくお前は....怖いもの知らずにもほどがあるぞ」
「いいじゃないですか。さて、ではいきましょ....おっと」
ゆっくりと立ち上がったのにふらりと倒れそうになってしまう。殿下が咄嗟に近づいて支えてくれた。
自分の左足を見ると出血が止まらない。先ほど水龍を倒すために無理をした結果だろう。
「大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
そう答え歩き出そうとすると、先ほどウィリアムが出ていった出入り口からドタバタと音が聞こえる。鎧の音も聞こえる辺り騎士が混ざっているようだ。
入ってきたのはマナ様とセレナ王女、それにミドルさんと騎士数人だった。彼女達は私達を見つけると、すぐに駆け寄ってくる。
「大丈夫?!ライラちゃん!」
「ライラ様!大丈夫ですか?!」
マナ様とセレナ様に支えられ、私は何とか立てている状態。凄く心配してくれている彼女たちに対し、精一杯笑顔を作った。
「大丈夫ですよ。マナ様、治療をお願いできますか?」
「おーい、俺の心配はしないのか?」
「「殿下(お兄様)は黙っててください!!」」
殿下の言葉も虚しく、2人はけがをした私のみに意識が集中しているらしい。殿下、強く生きてください。
私が治療を行われている最中に殿下はミドルさん及び騎士数名と事情徴収をし、縛られて気絶しているギンプはあっけなく騎士に連れていかれた。
話を聞くと既にギンプの部下たちは捕まっているらしく、取引する予定だったものも全て押収済みとのこと。ただ、量が量なだけに今この場にいる人数では処理できず、ティルナノーグ領から追加で騎士を派遣する必要があるようだ。手続きは既に済んでおり、後は到着を待つだけらしい。
私の横には殿下の抱えていた少女が横たわっている。彼女もマナ様に治療をお願いしようと思い、私の横に寝かせておいたのだ。
「ん....むぅ....」
とのその時、隣から声が聞こえる。少女が目を覚ましたのだ。もぞもぞと動いて少女は目を擦る。
少女は目を開いて最初に私を見て、ぱちくりと数回瞬きを繰り返した。
「あ、起きた」
少女に向かってにこりと微笑む。目が覚めて知らない人が目の前にいたら怖いだろうと思い、優しく微笑んでみた。
女と目が合う。まだ意識がはっきりとしていないのか、何も言わず私の眼をじっと見つめていた。
そしてゆっくりと口を開き....
「まま....」
と口にして私の体にそっと抱き着いた。
硬直する空間。私も何を言われたのか理解するのに数秒かかった。その間、ショックを受けるセレナ王女に目を見開いたまま固まる殿下、「あら!」と面白いものを見たという反応をするマナ様など様々な反応があった。
「え?!ど、どういう....」
焦って少女に理由を聞こうとするが、少女は再び夢の世界へと落ちていたのだった。
***
私の隣で気持ちよさそうにすぅすぅと眠る少女を見る。今では綺麗な服を着せてもらい風呂にまで入ったので汚かった姿ではない。
そして、私が動いたことで反応したのか少女も目を覚ます。ゆっくりと目を擦って起き上がった少女は私を見て開口一番....
「おはよう....まま....」
と言った。
その言葉に苦笑いしかできない私。この歳の少女に「私はママじゃないよ~」といった所で納得するだろうか?いや、理解してもらえるかもわからない。
第一、子育てなんぞしたことのないまだ16の小娘だぞ私は!孤児院の子供たちと遊ぶことはあっても、それとこれとは別だし....
「おはよう。元気になった?」
「うん。リーア元気」
自分のことをリーアと言うこの少女は、あろうことか寝かせておいた寝室を勝手に抜け出して私の元まで来たのだ。元気じゃないわけがない。
「ケガとか、痛い所とかは無いのね。良かった」
「うん。ママこそだいじょーぶ?」
子供らしい舌っ足らずな声で心配してくれるとか超かわいい!!思わず愛でたくなってしまう。
「私は大丈夫よ。それより、私はママじゃなくてライラよ。ラ・イ・ラ」
「?ママはママでしょ?」
あーやっぱり駄目だった。少女の中で私の認定は”母親”ということになっているらしい。これだけ意識がはっきりしている中でこう言っているわけだし、もう今から認識を変えることは難しいだろう。
「彼女もこう言っているわけだし、もう母親ってことでいいんじゃないか?」
「いや、ダメですよ。彼女がこの街にいるってことはどこかに彼女を探す人がいるはずです。早く本当の親元に帰さないと....」
「ママは....リーアと一緒じゃ....いや....?」
うるうると涙目になって訴えてくるリーア。子供にこんな顔されたら嫌なんて言えないでしょう!!と自分を納得させてリーアを抱きしめる。
「大丈夫よ。私はあなたと一緒だからね」
「うん!リーア、ママ大好き!パパも好き!」
「パ....パパ?!誰の事?」
「え?パパ」
そう言って指さしたのはシトリンに持たされた紅茶セットを使い、3人分の紅茶を準備する王子様だった。殿下も少女の発言と自分が刺されていることに気づき、紅茶を飲んでいる途中でむせた。
「げほっげほっ!俺が父親だと?」
「そう!パパとママ、仲良しさんだったから」
きっと洞窟から出ていくとき、殿下が私をお姫様抱っこして運んだからだろう。その場面を見ていたとは....そしてそれだけで私たちが”仲良しさん”に見えていたとは。子供とは恐ろしい。
「それは....どうなんだ?」
「いいんじゃないですか?私だって母親役になるんですし。少なくとも、本当の親元に帰すまではそのままでも」
「そうか....ライラがいいならいいが....」
殿下も子供に父親呼びされることに照れているのか、顔がほんのり赤くなっていた。
リーアは私の腕にしがみついて嬉しそうに頬を摺り寄せてくる。
その時、ドアの向こうから何やら強烈な視線を感じた。
「ライラ様は私のお姉さまなのに....!」
「ライラ姉様は僕のものなのに....!」
ギリギリと嫌悪感を示すセレナ様とレクス君。しかし、その視線に気づいたリーアは怯えるどころかトテトテと彼らに近づいていく。
そして2人の手をギュッと握って笑顔で言った。
「お姉ちゃんもお兄ちゃんも、怖い顔しないで。仲良くしよ?」
あざと過ぎる角度からの上目遣い。幼女のこの仕草には満点級の破壊力がある。そんなリーアに心打たれた2人は全力でリーアをよしよしし始めた。
「だが、本当にあの子の両親を探さないとだな」
「ええ。奴隷としてこの街に連れてこられたということは、どこかに彼女の暮らしていた場所があるはずです。海人族の集落は海底のどこかとしかわかりませんが....」
「この街の近海にある話は?」
「いえ、聞いたこともありません」
「他所の国から連れてこられた可能性もあるか....」
リーアを故郷に帰すためにはどうすればいいか、私たちは話し合う。
そんなこんなしているうちにシトリンが呼びに来た。
「お嬢様....と、まだそんな恰好なのですか。朝食の準備が出来ました。お着替えを手伝いますから、他の方は早く出ていって下さい」
そう言って殿下ごと外に追いやる。部屋に2人きりになり、シトリンは服をせっせと用意して私の元へと持ってきた。
私をその服を受け取り、ケガした足を庇いながら着替えを始める。
「そういえば、シトリンは海人族の集落について聞いたことはある?」
「そうですね....私の思い出せる範囲では聞いたことはありません」
「だよね....」
「ですが、詳しい方なら知っています」
「え、誰?」
「この町には、他国からの商人や冒険者が沢山いるでしょう?この町全体が、情報収集の場だと思いませんか?」
確かに、言われてみればそうだ。この町に限らず、世界中の情報が集まる場所なのだここは。
そうと決まれば行動方針は決定した。まずは商人や冒険者から海人族の集落についての情報を集める。そこからリーアを送り出す手段を考えればいい。
正直私にあそこまで懐いてくれる幼女を手放すのは悲しいが、彼女の為にも里親に帰さなければ!と決意を新たに部屋を出たのだった。




