第46話 隠れ聖女と邪眼水龍~後編
水龍の雄叫びが洞窟内を震わす。
びりびりと空気が震えるのを肌で感じ、より一層剣を強く握った。
水龍がこちらを睨み、そのまま攻撃モーションに入る。水龍の周囲に水球がいくつも生成され、それがこちらに向かって放たれた。
殿下とウィリアムが散開し、私だけバックして避ける。その瞬間、両側に避けた殿下たちが水龍に向かって剣を向けた。
「ふっ!」
「はぁ!!」
殿下とウィリアムの剣は水龍の首元に到達するが、やはりというべきか腹側からは斬れない。水流によって反発されるがごとく弾かれ、そこを狙うかのように水龍が水の刃を飛ばして殿下たちを攻撃した。
(まだだ....)
反撃のタイミングはここではない。今は耐え凌ぐフェーズ。
敵がとある攻撃のモーションに入った瞬間がチャンスだ。そこまで殿下たちには耐えてもらうしかない。
私は左足が損傷してる。殿下たちの様に走り回って剣による攻撃は出来ないが....
殿下に向かって飛んでいく水刃を、横から風の刃が斬り裂いていく。
私が遠距離から発射した風刃が、水龍の攻撃を掻き消したのだ。これくらいの初級魔法なら使っても怪しまれることはない。
殿下は予め水刃が消されることが分かっていたように跳び上がり、そのまま水龍の鱗を沿うように刃を通した。
「オォォォオオォォオオオオ!!!」
鱗を根元から削がれたことに驚いたのか痛みを感じたのか、どちらかは分からないが明らかに水龍の反応が変わる。
水球を生成し、殿下に向けて発射しようとした。あの水球、速度こそないものの威力は絶大だ。岩など簡単に砕く威力を誇る以上、直撃でもすれば致命傷になりかねない。
だが....
水龍が発射するその瞬間、水龍の顔面を横からウィリアムが蹴飛ばした。
ウィリアムも最低限の魔法は使えるのか、身体強化+剛力の強化コンボを集中した脚で思いきり水流を攻撃したのだ。
「オラァ!!どうだ!」
斬撃がダメなら物理でということだとは思うが、思ったよりもダメージはありそうだった。水龍はぐらりと傾くが、眼はしっかりとウィリアムを捉えている。ウィリアムが離脱するより早く尾を振り回して攻撃した。
ウィリアムは尾による打撃をもろに受けて吹き飛ぶ。だが、瞬時に強化状態を全身に回したのかダメージ自体はあまり喰らってい無さそうだった。壁に激突したウィリアムを心配するが、ウィリアムは平気そうに立ち上がる。
「大丈夫ですか?!」
「ああ、へーきへーき。だが姫さんよ、あれ本当に反撃のタイミングは来るのかい?」
「ええ、必ず来ます。多分そう遠く無い内に....ウィリアムさんの攻撃が効いたのでしょうね」
「それならいいんだが....っと、本当に来やがった」
私たちの作戦の要である”タイミング”。それは水龍が巨大な水流砲を発射するタイミングだった。
今、目の前の水龍は水流砲を放つための溜めに入っている。そのタイミングこそ、一番の狙い時だと確信した。
(さっきの水流砲の攻撃の時に分かったけど、あれを放つ時水龍の口は開いている!)
そして狙うべき対象は体内の邪眼だ。つまり、体内から攻撃を仕掛けることが出来れば倒せるという狙いだ。
「殿下!行きます!!」
「任せろ」
水龍が口を開け水球をチャージしている。その水球に水のエネルギーが集中していくタイミングで、私は魔法で着火した爆弾を数個水龍に向かって投げた。
放物線を描いた爆弾は水龍に向かう....わけではなく、水龍の頭上に向かって飛んでいく。
「行ける!!」
何故水龍ではなくその頭上を狙ったのかというと、この爆弾による狙いは水龍を攻撃することではなく水龍の攻撃を中断させることなのだから。
爆弾は水球に魔力をチャージしている水龍の頭上で爆発し、その爆発が水龍の頭上にある洞窟の天井を崩した。ガラガラと音を立てて崩れる洞窟の天井。岩が無数に降り注ぎ水龍の全身を強打していく。
爆風と落下してくる岩が水龍にヒットし、水龍の頭に岩が当たった瞬間水球への魔力チャージが中断されて雄たけびを上げる。
「オォオオォオオオオオ!!!」
岩が降り注いだ後に頭に乗った石クズを振り払った水龍が顔を上げる。その瞬間、私達とは別の位置にいた殿下が投石のように何かを振り回す。そして水龍の口の中に向かって振り回していたものを投げた。
「はぁ!!」
真っすぐに飛んでいった物は水龍の口に向かって飛んでいく。そのまま何に邪魔されるでもなく水龍の口から体内へとそれは飲み込まれていった。
今殿下が投げたのは先ほどマナ様より渡されていた”聖結晶のペンダント”。それに殿下の魔力を込めたものを投げたのだ。そしてそこに流しこ込まれた魔力は殿下の意思によって操作できる。
「破裂しろ」
殿下が空中に向けた手をギュッと握ると、その瞬間に水龍の体内に流れていた魔力が暴走する。聖結晶に流れていた魔力が水龍の魔力を暴走させ、水龍は苦しそうに叫ぶ。その瞬間、膨張した水龍を構成する水が溢れ頭部から水龍が爆散した。
やはりというべきか魔法生物である水龍を構成していたのは外も中も水。洞窟内に飛び散る水。そして水龍の頭部が消えた部分に剥き出しになった邪眼があった。
「後は俺の仕事だな!!」
ウィリアムが駆け出す。水龍が魔法生物ということは体を構成している水による回復もあり得るということ。その為、素早く邪眼を破壊する必要があるのだ。
ウィリアムは剣を持っていた手とは逆の手に腰から銃を引き抜く。リボルバーを構えたウィリアムが強く跳び、邪眼に迫った。
だが....
「っ?!マズイ!!」
私が咄嗟に叫ぶ。私が見たのは爆散した水龍の頭部がすぐさま再生されていく場面。洞窟内に飛び散った水が、まるで逆再生されるかの如く水龍の元へと集まっていき頭部を構成していく。
ウィリアムもそれに気づいたが、咄嗟に止まることなど出来ない。
頭部が完全再生した水龍はすぐに尾を振り回してウィリアムを弾き飛ばす。その時、ウィリアムが投げた剣が水龍の首元に飛んでいき、スパッと水龍の首元を斬ったのだ。
(斬れた....?!)
先ほどまで斬れなかった水龍の首元が斬れた。それはつまり水龍の防御に回す魔力が少なくなっているか、回復に魔力を消費している分防御に魔力を使えないかのどちらかだ。
これはチャンスである。
すぐに判断した私は剣を握って立ち上がった。
(お願い、私の脚....もう少し耐えて!!)
自身に強化魔法を施した状態で思いきり駆け出す。血が噴き出る感覚があったがそんなものは関係ない。今の私には、目の前の水龍を倒して海人族の少女を助けることしか頭になかった。
「おい!ライラ!!」
殿下の呼ぶ声が聞こえるがそれも無視。瞬間的に殿下に思念伝達を飛ばして指示を出した。
『きっと水龍は近づいてくる私を狙ってきます。その攻撃を何とか逸らすので、炎属性魔法で迎撃してください』
『何を考えて....!いやいい!後でしっかり説明しろ!!』
案の定水龍はすぐさま水球をチャージし、水流砲を放つ。
私は剣に”剛力”と”反射”の魔法をかけ、さらに追加で聖属性魔法”浄化”を付与した。その件で真っすぐに向かってくる水流砲を横から刃で殴り、横方向へと弾き飛ばした。
「殿下ッ!!」
「炎属性第2階級魔法、”イグニッション・フレア”!!」
殿下の手から放たれる巨大な炎と、水龍の水流砲が激突する。圧す水流砲と水を蒸発し続ける炎魔法がせめぎ合い、周囲はとてつもない水蒸気が発生した。
その水蒸気の発生によって発生した風に乗って私は水龍の首元にまで到達する。
剣に聖属性魔法”浄化”と”聖剣”を付与する。首元に到達した私は大きく振りかぶってそのまま水龍の首元を斬り裂いた。
(斬れた!!)
そして水龍の切断面に浮かぶ邪眼。これを斬れば私たちの勝ちだ!
振った剣をすぐさま反転し、刃を邪眼に向けて横から叩きつけようとした。
だがその時、水龍の首が再び凄まじい速度で再生していく。やはり斬られた程度では再生速度は速いらしい。私の刃が到達するより先に水龍の首が再生してしまう。
(マズイ....!どうすれば....?!)
そう考えた瞬間、水龍の横を誰かが駆ける音がした。
「姫さん!俺を忘れてもらっちゃ困るぜ!!」
ウィリアムが洞窟内の壁を駆ける。そのまま天井からぶら下がる岩の横に一旦着地したかと思うと、そのまま岩を砕く勢いで岩を蹴り真っすぐに私の元へと跳んできた。
私は彼の意思を理解し、邪眼を斬ろうとしていた刃の角度を少し上に向ける。刃は邪眼ではなく、その上に浮かんでいた”魔力切れの聖結晶”を叩いた。その瞬間、剣に込めていた魔力と私の聖女としての魔力をありったけ注ぎ込み....
バァンッ!!!!!!
と凄まじい音を立てて聖結晶が破裂する。許容量以上の魔力を込められたことによるオーバーヒートで聖結晶はその魔力を暴発させ、その爆発が再び水龍の頭ごと破裂させた。
「ウィリアムさん!!」
「任せろ!!」
ウィリアムは真っすぐに銃口を邪眼に向けて....
「悪ぃな。チェックメイトだ」
そう呟いて引き金を引いた。放たれた弾丸は邪眼を見事に砕き、破片となって散っていく。
ウィリアムさんは空中で私をキャッチするとその場を離脱。水龍は鱗も破裂した頭も何もかもが水へと変化し、その水が空中で1人の少女の体を作っていく。
少女はふわりと空中を揺蕩うようにゆっくりと落下し、殿下がそれをキャッチした。
「戦闘終了、です....」
「おう、お疲れさん」
思わず大きく息を吐いてしまう。これだけしんどい戦闘は久しぶりだ。アリアであるならまだしも、ライラとして戦わなければいけない以上魔法は大っぴらに使えない。
その時、少女を抱えた殿下が近づいてくる。
「ライラ、最後のは....」
(あっ....!聖女の魔法がバレた....?!)
水龍を倒すのに必死で忘れていたが、聖女の魔力をああも堂々と使ってしまってはバレててもおかしくはない。やってしまった....と思っていると....
「聖結晶に魔力が残っていたんだな。すぐさまそこに追加の魔力を注ぎ込むとはさすがだったぞ」
「えっ?!あぁ....はい。ありがとうございます....」
どうやら水蒸気で上手く隠れてて見えなかったらしい。良かった良かった。
こうして『不思議な声が聞こえる』という現象から始まった今回の事件は、海賊の協力により無事に幕を下ろしたのだった。




