第45話 隠れ聖女と邪眼水龍~前編
「何あれ....?!」
驚きの余り声を失う。
邪眼の力を発動した瞬間、目の前の少女が巨大な怪物へと変わる。その姿はまるで水龍。この国で信仰されているドラゴンのような竜種ではなく、和の国”楼月”にて信仰される”龍”のような姿をしていた。
「ォォォオオオオオオオオオ!!!!!」
雄たけびを上げる水龍。ヘビの様に流動的に動き、空中からこちらを睨んだ。
海人族は”海竜を祀る民”とも呼ばれる。そこに邪眼の力が加わった結果、こんなことになってしまったのだろう。最早人としての原形をとどめていない少女はこちらを威嚇し続ける。
「おい、王子サマよ」
この水龍をどうしようかと考えていると、横からウィリアムが話しかけてくる。
「なんだ」
「あの化け物は俺達も標的にしてるらしい。ここは休戦といかねぇか?」
「”一時”休戦か?」
「いや、アンタとの戦いを楽しみたいのは山々なんだが....今の俺にはアンタと戦う理由がねぇ。依頼主にこっぴどく振られちまったからな」
「なるほど。ならば共闘といこうか」
ウィリアムが仲間に加わった。殿下とウィリアムが剣を構え、私も周辺に落ちている剣を拾った。
「戦えるのかい?お姫様」
「無論です。ティルナノーグ家の娘を舐めないでください」
そう言うとウィリアムは驚いたようにこちらを見る。
「ティルナノーグ....?お前、デオルの娘....?」
「お父様を知っているんですか?」
「....なるほどな。ああ、腐れ縁だ」
お父様に海賊の知り合いがいるとは知らなかった。
だが今はそんなこと追及している場合じゃない。目の前の怪物をどうにかしなければ、被害が外にまで拡大する恐れがある。
「なあライラ。あれ斬ったら竜を害したことになるのか?」
「どうでしょう?どちらかと言うと海人族の怪物なら魚な気もしますが....」
「おいおい、法律がどうとか考えてる場合....っと」
水龍が空中に生成した水弾を放つ。まっすぐ私たちを狙ってきた水弾をそれぞれ跳んで回避し、三方向から水龍を囲う形に着地した。
「ええい!何をしている!!早く奴らを潰せ!!」
イライラしたギンプが水龍に命令する。だが水龍は雄たけびを上げてその尾を振り回す。洞窟内の壁や天井から岩が崩れ降り注ぎ、私たちはそれを避けるのに精一杯だった。
何とか落下してくる岩を避けながら権威夜攻撃を試みる。だが、刃は水龍に通ることはなく、結局力任せでもダメだったため岩を避けるタイミングで後ろに引いた。
「なっ....何をしておる亜人風情が!!早く私を助k....」
とそこまで喚いた瞬間に水龍の尾が直撃。ギンプは「ぐほぉ!!」とマヌケな声を上げて吹きとばされ、洞窟内の湖に落ちた。上がってくる気配がないため、ウィリアムが舌打ちをして飛び込みギンプを引き上げる。ギンプは気絶しており、しばらくは目を覚まさなそうだ。
「チッ....はた迷惑なおっさんだな!」
ウィリアムは水龍が暴れた結果散らばったギンプの荷物の中からロープを取り出して縛り上げる。そして、私はその荷物の中にいいものを見つけた。
「これ、爆弾ですかね?」
「そうだろうな。きっと商品として持ち込んだんだろう。相手が海賊なら爆弾は特に必要だしな」
「あの水龍....先ほどから攻撃はしてみてるのですが....」
「手ごたえがないな」
岩を避けながら何度も水龍を攻撃してみたのだが、剣は水龍の体を斬ることはできず体面に剣先が触れた瞬間に弾かれた。背中側は鱗などがあり少し硬いためあえて腹を狙ったのだが....
「あの質感は肉体じゃないです。多分、体内は水で構成されている魔法生物に近いかと」
「刃が通らない以上は無理に押し切ることはできないな....それで爆弾ということか」
要するに、表面からの攻撃はしんどいから体内から爆発させよう!という魂胆だ。だが、懸念点があるとすれば撃破後の少女の体のことだ。もしも爆発によるダメージが残り続ける場合、爆弾によるダメージが体内を傷付けることになる。内側から破棄されていれば即死もあり得る危険な行動だろう。
そう考えていた時、ウィリアムが付近に着地する。私たちが話している間に一人で戦闘をしてくれていたらしく、水龍の攻撃が来なかったのはとても助かった。
「おいおい、大変な役回りばかり押し付けないで貰えるかね?」
「すみません。でも作戦がある程度まとまりました。後は邪眼の位置がわかれば....」
そう呟くと、ウィリアムは思いだしたように言う。
「邪眼って、ギンプのおっさんが持ってたあのアクセサリーか?」
「そうです。恐らくあれを破壊すればどうにかなるはず」
「それなら見たぞ。体内の首元に浮かんでる。腹側から切れればあるいはっていう感じだ」
よりによって首か....これも爆弾と同じだ。ダメージが残る場合最悪少女が死んでしまう。せめて少女の体がどの程度構成されているかが判明すれば行動できるのだが、万が一の可能性を捨てきれず私は動けない。
「言っておくが、あの手の化物は元になった人間の構成はほとんど無いからな?」
「どうしてそんなことを....?っ!危ない!!」
どうしてそんなことを知っているのかと聞こうとした瞬間、水龍の動きが変わった。真っすぐに口元でチャージしていた水球から強烈な水流が放出される。真っすぐに飛んでくるその水流は岩をも砕く威力であり、咄嗟にウィリアムを突き飛ばしていなかったらウィリアムは粉々になっていただろう。
「大丈夫....ですかっ!?」
「あ、ああ....って、姫さんの方が大丈夫か?!」
ウィリアムに指摘されて足元を見ると、左足から出血している。よく見なくても皮はボロボロで肉も少し抉れている。先ほどの水流攻撃が少し掠っただけなのにそれでもう左足は戦闘では使いものにならないだろう。恐ろしい威力だ。
「ウィリアム!彼女を安全な所へ!俺が時間を稼ごう」
「わかった。姫さん、連れていくからな」
「待って!!」
「その前に教えてください。何故あの怪物の中の構成がわかるんですか?」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!!」
「いいから答えなさい!!」
痛みに耐えながらも真っすぐにウィリアムを見る。多少息が荒くなり、興奮しているせいか血が更に吹き出した気がしたが今はどうでもいい。あともう少し、あともう少しで突破口が見つかりそうなんだ。
私の真っすぐな瞳を見て止まるウィリアム。その視線に負けたのか、その理由を語りだした。
「前にあれと似た奴と戦ったことがある。邪眼なんて訳の分からねぇ奴じゃなくて本物の魔法生物だ。人間のフォルムだった奴があれと似たような怪物に変身して決闘したのさ。そいつと戦い、首を切り落としたのに奴は人間のフォルムに戻っても生きていやがった。そいつが言うには、『魔法生物はあくまでも身体構成が魔法を基準に作られているに過ぎない。肉体は魔法に変換され、その魔法が砕かれた瞬間に肉体に戻る。言わば魔法生物ってのは仮の肉体を与えられただけの生き物で本体とは別物なんだよ』っていうことらしい」
魔法生物....この世界にも数えるほどしかいない知性ある神秘種族と言える。そんな存在と会ったことがあるとは....
その驚きも重要だが、今はそれよりも先ほどの身体構成の方が重要だ。つまり、今目の前の魔法生物と化した水龍を攻撃しても本体の少女の体には何の影響もないということになる。ならば....
「ウィリアムさん、私を連れていくのは中止です」
「ハァ!?何を言って....」
「作戦があります。それには3人の力が必要なのです」
「おいおい、どうなってんだよ....その眼、戦闘の時のデオルにそっくりじゃねぇか....」
ウィリアムは圧されたのか私の提案に対し首を縦に振る。
「わかったわかった。聞かせてみろ」
私は作戦を話した。戦っている殿下にも思念伝達で作戦を伝える。説明が終わると同時に、殿下が水龍の尾による攻撃を弾いて下がってきた。
「いいぞ。それで行こう」
「おいおいマジかよ....俺に一番重要な役やらせるとか本気で言ってんのか?」
「はい。裏切らないですよね」
「そりゃ口では何とでも....はぁ、分かったよ。やってやろうじゃねえか!」
改めて水龍に向き直る。私も一時的に回復魔法で脚を癒し、痛みは感じるが動けるようにした。
回復魔法は極めて難しい魔法。この戦闘の最中も完璧に動けるようにはならないだろう。
でも、辛うじてでも相手の攻撃を避けられれば十分だ。相手より優れている点は数の有利が取れるところだし、それぞれが役割をこなして初めてこの作戦は成功する。
(作戦と言っても、付け焼刃の戦術だし作戦なんて呼んでいいようなものじゃないですけどね)
立ち上がり、足元に落ちていた剣を拾って構える。
対水龍戦、反撃開始だ。




