第44話 脳筋王子と海賊戦闘《レオンハルト視点》
水滴が一滴、たった一滴落ちた音が響いた瞬間に俺とウィリアムは動く。
一瞬のうちに引き抜いた剣がぶつかり、その風圧があっという間に周囲に響き渡る。近くの湖の水面は激しく波打ち、風圧で周囲に置かれていた物資や紙束が吹き飛んでいく。
あまりの検圧同士のぶつかり合いに、商人のギンプどころかウィリアムの船員たち、俺が連れてきた3人ですら圧倒されている。
だが、その中でも動こうとしている影が1つ。それが誰かなのは見なくても分かる。ならば後方は安心だな。
「何をにやついていやがる?」
「別に?この戦いを楽しみたいと思っただけだ」
自分でも意識していなかったが、今の俺の口角は上がっている。きっと全力で楽しんでいる顔をしているのだろう。そんな俺を見て、ウィリアムも同じくニヤリと笑った。
シンプルな戦闘力で言えばウィリアムに軍配が上がるだろう。リーチの長さと筋力、肉体の防御力で言えば負けているのは自明の理だ。
だが、勝っている部分があるとすればスピードと剣術だろう。相手は海賊、それも先ほどの俺の剣に対して相手の反応速度は明らかに遅かった。相手の剣術については憶測でしかないが、こちとら現役の騎士団で叩き込まれた流派である。そうそう負けることはない。
(身体的アドバンテージはほぼないと思っていい。騎士団で訓練したことを思い出せ....)
相手を見る、大丈夫。
力量を計る、大丈夫。
油断と慢心は全てにおいて敵となる、油断など出来る相手ではない。全力で集中する。
ゆっくりと息を吸い、魔力を集中する。全体に流れていく魔力を筋肉へ、細胞へと細かくしていく。徐々に徐々に自分の体が強化されていくのを感じた。
追加と言わんばかりに身体強化の魔法をかける。これで身体的アドバンテージをカバーする。
「ほぅ、さすがは王子様だな。魔法まで使えるのか」
「お前も使いたかったら使ってもいいぞ」
「お生憎様。俺は魔法が苦手なんでね。魔力操作ってのがどうもよくわからねぇんだよな」
ポロっと口にしてしまったのか、「おっといけねぇ」とウィリアムは言って笑う。これで情報が増えた。嘘なのか本当なのかは分からないが、相手は魔法の行使が苦手らしい。
そうなれば後は戦闘中の力量比べだけだ。どれくらいの差があるのか把握しないと、それ以上のカバーは難しい。
「かかってこいよ、王子サマ」
「なら遠慮なく行かせてもらおう」
踏み込んだ瞬間、足元の石が跳ね上がる。そこからコンマ数秒の時間で一気に地面を蹴り、ウィリアムに迫った。初手は下からの斬り上げ。だがオープンになった胸元をそのまま晒すわけはなく。斬り上げたまま遠心力を利用して空中で回転し、そのまま横薙ぎに繋げる。
が、ウィリアムはいとも簡単にこれを防いだ。連撃とは予想していなかったようだが、初見の攻撃に対してもその実力をいかんなく発揮する。
この程度で止まるわけはなく。俺の攻撃に合わせてウィリアムも剣を振った。両者引くことをせず、ただイノシシの様にお互いに全力の攻めを続ける勝負。剣術と体術を組み合わせた戦闘が、たったの数十秒という間にも拘らずまるで数時間の様に長く感じる。
「ふっ!」
「はは!」
ウィリアムの剣はサーベルだ。刀身が太く、攻めの際は先端に力が加わりやすく、守りの際は刀身の湾曲を利用して受けて力を分散する。攻守ともに優れた武器だが、サーベルの弱点は柄に向かうにつれて細くなる点。刀身が曲がっている為受け流しはしやすいが、面で受けると案外脆い点が挙げられる。
だが、ウィリアムはこのサーベルを長年使っているのか全くと言っていいほど隙を見せない。リーチの長さと巨体の割に素早く動くせいで全てが先端で弾かれてしまうのだ。
「ならば」と俺は戦い方を変えることにする。
アリアの戦い方から学んだこと、それは魔法は何も”階級の高いものだけが強いわけじゃない”ということ。アリアは階級の異なる魔法を、強力な物から微弱なものまで使いわけて強者と戦ってきた。それっを、リオとして側で見てきた俺だからわかる。魔法も、所詮は使い方一つで大きく化けるということを。
打ち合ってお互いに弾き合い距離を取った瞬間、俺は身体強化の他に自分の脚に対して追加で魔法をかけた。風属性魔法の一つである風流駆動。アリアの加速用魔法の一つである。
これを覚えるのに意外と苦労したが、これで機動力はさらに上がる。今の時点で反応速度が劣っているウィリアムでは追いつけなくなるだろう。
魔法がかかった瞬間に再び駆け出す。ウィリアムは案の定それを受けるが、その瞬間に風域の出力を上げた。ジェット噴射の様に加速した足を制御して、空いていた横っ腹に強烈な蹴りを入れる。
反応できる速度ではない。ウィリアムの体がミシミシと音を立てて吹き飛ばされ、壁に激突した。
「がはっ....!」
「はぁ....はぁ....多少は効いたか?」
ゆっくりと立ち上がるウィリアムに対し、そう問いかけてみる。ウィリアムは少し苦しそうな顔をしたが、すぐに二ィっと笑った。何がおかしいのか?と言おうとした時、ウィリアムは俺の横っ腹を指さした。
「お前もな」
「?ッ!....くっ」
いつの間に斬られたのか、俺の腹から血が出ている。少し浅かったのが幸いしたが、それでも苦しいことに変わりはない。俺が蹴ったウィリアムの腹と逆の場所に斬り傷が付いていた。
あの一瞬でダメージを....そう考えると最早感心する。俺ですらあの速度でダメージを喰らった瞬間に反撃など出来るわけがない。
「お前、やるな」
「こちとら何年海賊やってると思ってるんだ?年季が違うんだよ」
「ならばその年季ごと俺の糧となって貰おうか」
「経験の差だぜお坊ちゃん。お前じゃ俺には勝てねぇよ」
お互いに睨みあい緊張感がマックスになりそうなその時、横の方から争う声が聞こえる。
この声は....ライラか?もう一人はギンプとかいうあの商人だろう。
「おい、よそ見するなよ」
「っ!!」
ついライラたちに気を取られてしまったが、こちらも戦闘の最中だ。間一髪で剣は受けれたものの、そのまま反撃するには難しい体制。剣を受け流し、そのまま再び蹴りを入れて反動でバックステップをする。丁度下がった場所はゼレフたちの前だった。
「大丈夫か、レオ」
「ああ。こっちは問題ない。ゼレフ、マナを連れて逃げろ。ミドルさんたちが向かってるはずだ。連れて来てくれ」
「その間、お前1人で戦うって言うのか?!」
「1人じゃないさ、ライラもいる。大丈夫、俺の言葉を信じろ」
そう言うとゼレフは少し悔しそうな顔をする。剣の実力を認められてこうして俺の側までのし上がってきたのに、俺の役に立てないことが悔しいといった所だろうか?
心配するなと言ってやりたいところだが、今はそんな言葉を川交わしている時間すら惜しい。「行け」と命令すると、ゼレフはマナの手を取った。
だがマナはその瞬間、俺に向けて何かを放り投げる。それは聖結晶のペンダントだった。
「何かに仕えるかもしれない。一応持ってきておいて正解だったわ」
「ありがとうマナ。ミドルさんたちを連れてきてくれ」
その言葉にこくんと頷くマナ。ゼレフとマナの2人は洞窟の出入り口の方へと消えていった。
「おいおい、逃げられると思ってるのか?上にはうちの連中がわんさかいるんだぞ?」
「生憎だな。俺の付き人はお前ら海賊よりも強い。あの程度で止められると思われるのは心外だな」
「ま、当の王子様がこの実力何だし当然と言えば当然か....今度からあいつらの訓練メニュー増やすか」
「さて、続きといこうか」
「おう、かかってこい」
その時、ギンプの怒鳴り声が響いて俺とウィリアムの行動が中断される。
まだ何か争っているのか?と思いそちらを見ると、奴隷とされていた海人族の子を庇っているライラが殴られている。一応上に服を着ているとはいえ中は水着なのだ。肌の露出されている場所を殴られるのはまずい。
それに、そんな行動を俺が黙認するわけはなかった。
「....行くのか?」
俺が動こうとした瞬間にウィリアムが問いかけてくる。普通ならこういう時問答無用で襲い掛かってくるだろうが、ウィリアムは俺に対して戦闘を止めて助けに行くのかと聞いた。
「....俺にとって、大事な人なんだ」
「へっ!そーかよ。まぁ男なんだ、惚れた女を助けたいと思うのは当然か」
そう言うと顎でクイッと無効を指す。
「行けよ」
「いいのか?俺は敵で、お前と戦闘してたんだぞ?」
「俺達は海賊だが仁義は重んじるタイプでな。惚れた女1人助けられねぇ奴に興味はねぇ」
「そうか、助かる」
そう言い残すと凄まじい勢いでギンプに迫る。そのまま思いっきり腹を蹴ってやった。ギンプは涙やら鼻水やら色々吹き出しながら吹き飛ばされ、湖の中にダイブする。
バシャバシャと音を立てて這いあがってきたギンプが、ウィリアムに向かって叫んだ。
「おい海賊!!なぜあいつを足止めしておかない?!」
「あのなぁ、戦いたいから邪魔するなとは言ったけど流石に今のは見逃せねぇよ。女を殴るなんていい性格してるなあんた」
そのウィリアムの言葉にキレたのか、わなわなと震えるギンプ。小さくぶつぶつと何かを呟き、血走った目を向けて叫んだ。
「もういい....もういい!!お前らごと全てを消し飛ばしてやる!!邪眼よ、私の望みに応え給え!!!!!」
邪眼だと....!?剣術大会でのパルドを思い出す。
ギンプのその叫びに呼応したのはなんと、ライラの抱えていた少女だった。
黒いオーラと魔力に包まれ、少女の力が解放される。海人族の少女は黒い魔力に巻き込まれ、吹き飛ばされたライラを俺はキャッチした。
「何が起きてる...?!」
「恐らくですが、あの商人の男が海人族の少女に何かしたのだと思います」
黒い魔力の渦は洞窟を震わせ、そして一気に弾け飛ぶ。そこから現れたのは巨大な水龍のような生物。ひれや鱗などが所々龍を思わせる造形をしていた。
「やれ!!」
ギンプの言葉に呼応するように水龍が雄叫びを上げる。その咆哮は洞窟を震わせ、外の木々までもが揺らいでいた。
水龍と俺たちが、洞窟の中で睨みあった。




