第43話 隠れ聖女と海賊
私と殿下、マナ様とゼレフの4人は森の中へと入っていく。先頭は殿下に任せて後方はゼレフ、マナ様と私は中間でマナ様の言う”声のする方向”へと歩いて行った。森の中はやはりというべきか草木が荒れ放題の場所だったため、マナ様の小範囲防御魔法で怪我を防ぎながら森を進んで行った。
「マナ、どっちだ?」
「北西方向、すぐ側の川沿いに上って行った方よ」
マナ様の言葉で進路は川沿いになる。この川はイザヤの近くにある山から流れてくるものらしく、目的地は山の方ということになる。
そうして登って行った時、私は海岸沿いに”ある物”を見つけ殿下を止めた。
「ちょっと待ってください」
「どうしたライラ」
「あれを見てください」
私が指さした方には海岸の崖沿いに停泊している船があった。だが、商業用の船ならばイザヤから外れたこんな場所に停泊する理由はないし、その時点で目の前の船がイザヤには泊まれない”別の目的のある船”だということがわかる。
そしてその船の正体はすぐに判明した。
「あれは....海賊だな」
殿下が指さしたマストの上には髑髏を使った海賊旗が風に煽られて靡いている。海賊旗は掲げる海賊によって描かれる絵が変わる。海賊なんて絶滅危惧種だと思っていたが、こんな所でお目にかかれるとは思っていなかった。
「あの海賊旗見たことあるわね。2丁の銃に片目の髑髏、それと海竜の紋章か....どこかで見たことがるのよねぇ....」
マナ様が頬に手を当てて考える。この時、恐らく殿下とゼレフは同じことを思っただろう。聖女であるマナ様やセレナ様が聞いた声はこの海賊たちの声だったのでは?と。
「なぁ、マナ達が聞いた声は彼らのことだったのではないか?」
「違いますね。大体、海賊の声なら殿下たちにも聞こえていないとおかしいでしょう?」
「確かに....となると彼らは関係ないということか」
「いや、そうとも言い切れないわよ」
殿下の言葉にマナ様が返す。その目線は海賊たちの側にある川沿いを辿って森へとのびていく。そしてその川は私たちの辿ってきた川と合流し、洞窟の中へと伸びていた。
つまり目的地はあの洞窟。きっとあの中に”謎の声”の正体がある。確信を持てたのは私にもあの声が聞こえるから。
「行こう」
殿下の言葉でこっそりと立ち上がり、洞窟の付近で止まる。するとマナ様が4人に魔法をかけた。
『聖天の霊衣』
聖属性魔法の1種で、自身の魔力をカーテンのように形成し聖属性魔法を利用して姿を隠す魔法。聖属性魔法の中でも割と序盤に覚える魔法だが、幕をどれだけ薄くするかや流れる魔力を調節出来るかでステルスの性能が変わる。
マナ様の魔法はかなり練度が高く、このステルス性能なら仮に触れてもバレないだろう。触り心地もふわっと軽く滑らかだった。
「これでよし。音は最小限にしてくださいね」
口元に指を当てシーッと静かにするように言う。ゆっくりと洞窟内を歩いて行くと、果物や木の実の入った大量の箱に塩や胡椒といった香辛料の箱、更には本やカードなどの娯楽まで様々な物が置いてあった。
ここは彼らの倉庫なのか?とも思ったが、ここにあるのはどれも新品なうえに食物なんかを冷やす場所もない。洞窟内は涼しいが、流石に食物の鮮度を保っていられるほどの温度ではなかった。
「ここで彼らは何をしてるんでしょうか」
「さぁな。海賊の考えることなんてわからん」
「殿下、そこの角を右です」
マナ様の指示通り曲がり角を右へと進む。すると、その突き当りに更に下層へと降りる坂を見つけた。意を決してゆっくりと坂を下っていく。しばらくして見えてきたのはアリの巣上に部屋が出来た異様な光景だった。
自然洞窟の割にはちゃんと一定サイズのくりぬきがあり、まるで監獄のような光景。よく見ると動物から魔獣まで様々な生物がそこに閉じ込められていた。どれも弱っている。
これだけの生物を捕まえて海賊たちはどうするつもりだ....と考えていると、その先にさらに信じられない光景が広がっていた。
「何....これ....」
「何だこれは」
「嘘だろ」
「酷い....」
複数の馬車が止まった広場のような場所に、首輪や手かせを嵌められた人間や獣人が閉じ込められている。その数はざっと数えただけでも20以上。全員が全員死んだような虚ろな目をしており、生きてはいるが生気を感じられない。
実物を見たことのない私でも分かる。これはまるで....
「奴隷....?」
この国に奴隷制度はない。奴隷制度などこの世界を作った創世竜の意志に背く行為だ!恥を知れ!というのがこの国の考え方であり、建国の際から奴隷制度はないらしい。
だが、目の前の光景は正に奴隷商売そのものだ。疑いようがないほどに。
その時、ゼレフがふと何かに気づく。
「なぁ、あっちの馬車にいるやつとあっちの海賊の奴、服が違わないか?」
馬車の側にいる男が着ている服と海賊と思われる男の服は違う。もっと言ってしまえば、海賊の服は各々が別々のものに対し、馬車側の男は周囲にいる人の服も同じだ。つまり、派閥で言えばここには”海賊”と”別の組織”の2つの派閥が存在することになるのだ。
だが争っている様子もなく、何故こうして共存しているのかは不明である。
少し歩いて奥に進むと、何やら話声が聞こえた。
その内容が気になったので殿下の袖を引っ張り、そして後ろを歩くマナ様とゼレフを止める。
中は洞窟の最奥部。少し崩れた天井から光が注ぎ、そしてその光が小さな湖を照らしている。その湖の手前側に、複数人の男たちがいた。
1人は先ほどまでの馬車の側にいた男と同じ服だが、その装飾はとても豪華。ネックレスやら宝石の付いた指輪やらをジャラジャラと付ける趣味の悪い格好をした小太りのおじさんだった。
そしてもう1人、コイツがヤバイ。ただ前かがみに座って小太りの男を見ているだけなのに、その威圧感は隠れている私たちすらも震わせた。
長髪にバンダナ、片目には引っかき傷のようなものが額から頬まで一直線に貫いている。特徴的な男だ。ガタイが良く身長も高い。男の後ろには3人ほどお付きの人物が立っている。
「で、俺達を呼びつけた理由はなんだ」
バンダナの男の言葉に小太りの男が反応する。
「そう威嚇しないでくださいよぉ、こちとらと~っても素晴らしい商品を入荷したので、是非見ていただきたく思いお呼びしたのでございます!」
「ほぉ、だが俺は『いらない』と言ったはずだぜ。前回と合わせれば2回もだ。風穴開けられたくなけりゃ迂闊に3回目を口にしない方がいいな」
「それは勿論承知しております!ですが今回ばかりはそうもいきません。とんでもない商品を入荷したのです!いやぁ~これは日ごろの行いがいいからですかね?きっと気に入ってくれますよ!」
小太りの男がくねくねと気持ちの悪い動きをしながら近くにあった鎖を引っ張る。すると、彼らの奥にある湖の中から子供が鎖に引っ張られ、地面に倒れた。
その少女はまだ10歳にも満たない見た目。だが、何より特徴的なのは耳元に生えたひれのようなものだろう。おおよそ人間にはありえないものが付いていたのだ。
「さっきまで歌っていたのはこの子か?」
「ええ。黙れと何度言っても歌うのを止めなかったので今は寝かせてます。後できつく言っておきますよ」
((あの子だ....!))
確証はない。だが、確実に私たちの耳に届いていたのはあの少女の声なのだろう。言われてみれば、微妙にリズムを刻んでいたように思えなくはない。彼女が歌い、何かを求めていたのならそれに私たちが気づくこともあるのかもしれない。
今この場は海賊と奴隷を売りつける奴隷商の取引現場になっているということである。そしてこの国での奴隷の売買は禁止とされている為、騎士団に来てもらうレベルの大ごとになる。
殿下の指示により、マナ様がリンクを使ってすぐにメレドさんを呼んだ。
小太りの男は忌々しそうに少女を蹴る。いたいけな少女の体を何だと思ってるんだ....!!と考えるとふつふつと怒りが湧いてきた。
「海人族の子供です!普段はどこにいるかもわからない深海種族の子供を入手しました!海人族は海と共に生きる民、あなた様方の航海にもきっとお役に立つと思われますよ」
「....」
男は少女を見つめる。
その瞬間足元にあった瓶を勢い良く投げる。その瓶は真っすぐに飛んでいき洞窟内の岩に当たって砕けた。そしてその場所は偶然か必然か、私達の隠れている岩の隣だった。
「さっきからコソコソしてるそこの奴ら....商談中に何か用か?」
「なっ?!侵入者ということですか?!」
「根拠はねぇ。だがよ....何かおかしいんだよ。その辺りだけ空間の揺らぎ方が違う。出てこいよ」
海賊の男がそう言うと殿下は徐に魔法を解いた。
突如何もない空間から現れた男に動揺する付き人と商人。だが、海賊の男だけは至って冷静に殿下のことを見ていた。
そんな殿下に合わせてステルス効果を除く私達4人の姿が洞窟内に現れた。
「誰だお前。ここに何の用だ」
「俺の名はレオンハルト・アヴァロンという。この国の王族だ」
「へぇ、王族の坊ちゃんがのこのことやってきたわけか」
「この国では奴隷の売買は禁止事項だ。即刻捕えさせてもらうとする」
殿下が腰元の剣に手をかけ、バンダナの男を睨んだ。
「ほらよ、やっぱアウトじゃねぇか。ギンプさんよ、やってくれたな。どう落とし前付けるんだ?」
「お、王族?!マズイマズイ....!!ウィリアム様!私を、どうか私めをお守りください!」
ギンプと呼ばれた商人の男が海賊の男に縋りつく。男は鬱陶しそうにギンプを掃い除けたが、殿下を見据えるとにやっと笑った。
「いい体つきをしている。普段から鍛えているのか?」
「ああ。あんたはそれ以上の肉体だな」
正直、殿下と比較しても勝てる気がしない。だがすぐに一触即発というわけではなく、殿下とウィリアムが睨みあっているだけだった。
「ギンプさん、条件によっては守ってやってもいい」
「本当ですか?!私に出来ることならなんでもします!」
「なら、”邪魔をするな”。俺は少し、あの王子様と遊んでくる」
ウィリアムはゆっくりと前に進む。そして殿下の前に当たって言った。
「自己紹介がまだだったな。俺の名はウィリアム、ウィリアム・バッカニアだ。海賊団ディアベルの首領を務めている。堅苦しいのは苦手でな、普通に喋るが問題ないな?」
「ああ。大丈夫だ。俺も今は呼び方などどうでもいい。この胸の高鳴りを止めてくれるのはお前だけだ」
「いいかお前らァ、手ェ出すんじゃねぇぞ」
「ライラ・ゼレフ。手出し無用で頼む」
殿下もまた数歩先へと進む。お互いに殴り合える位置まで移動し、お互いの姿を見つめ合った。
そして緊張感がマックスにまで溜まった時、たった1滴の水滴が落ちると同時に両者が動く。
一瞬にして、剣と剣のぶつかる音が洞窟内に響いた。




