第41話 隠れ聖女と港町イザヤ
港町イザヤ。
海風が吹き抜ける海岸沿いの港町。ティルナノーグ領で唯一海に面している町であり、多くの船や商人で溢れている活気ある場所だ。
他の領にも港町はいくつか存在するが、北のエリュシオン竜爵領は高い氷山と寒さが特徴の土地の為運搬が難しく、西のシャンバラ竜爵領は王都との間に巨大な森が広がっている為荷物を運んでの踏破は容易ではない。南のシャングリラ竜爵領のみ暑さ以外にそういった障害はないが、基本は海を渡った先にある亜人の国との交易専門として開港している。つまり、ティルナノーグ竜爵領の港町が一番栄えているのは言ってしまえば必然なのだ。
馬車が街の中に入る。窓を開けると、潮風が鼻をくすぐって街を通り抜けていった。
「わぁ.....!」
セレナ様の嬉しそうな声が聞こえる。今すぐにでもはしゃいでしまいたいところを、その興奮を自分の内に秘めてうずうずとしていた。
町は少し特殊な形をしている。巨大な凹地に複数本の坂をメインストリートにし、一番下は巨大な湖の様になっている。海から繋がれたその湖には十何隻もの船が停泊し、その湖を中心に坂上に家や商店が並び立つ町だ。
ここは過去、小説にもなった伝説『海竜と海の勇者』のモデルとなった場所だ。町の中央の窪みもこの町の形状も、全部伝説にある海竜と魔族が戦った際に出来たとい言われている。審議は定かではないが結構ロマンある話でしょう?
坂を下っていき、中腹辺りにあるお屋敷の前で馬車は止まった。坂といっても斜めに家が建っているわけではなく、階段状に複数段の土地がありそこに家々が並んでいる感じだ。
中腹にある屋敷は他と比べても大きく、町全体を一望できるようになっていた。
馬車を降りると、屋敷の前にいた数名の使用人と髭を生やしたダンディなおじ様が私の前に立つ。
「ライラお嬢様、お久しぶりでございます」
「ええ。お久しぶりです、ライノさん」
目の前の男はこの港町イザヤの表向きの管理人にして町長のライノ。私が管理人を襲名する前からこの街の管理を行っており、お父様からの信頼も厚い男だ。
「そしてこちらが第二王子のレオンハルト・アヴァロン殿下、同じく第一王女のセレナ王女、こちらがエルメシア教会大聖女のマナ様です」
「おお!これだけの方々が揃いますと壮観ですな!いやすまない、興奮してしまいました。私はこの町イザヤの管理をしていますライノと申します。旦那様よりお話は伺っておりますので、どうぞ御用がある場合は何なりとお申し付けください」
差し出された右手に対し、殿下が代表で握手をする。
「ああ。こちらこそよろしく頼む」
「では早速お部屋にご案内を....おっと」
ライノが振り向いた瞬間、屋敷から飛び出してきた少年がライノの横を通り過ぎる。そのまま勢い余って私に抱き着いてきた。
「わっ」
「お久しぶりです!ライラ姉さま!」
突如現れた少年の言葉に一同が凍り付く。特に殿下とセレナ様はわなわなと震えていた。
「....」
「ライラ様は私のお姉さまなのに....!」
好奇の視線やら冷ややかな視線やら焦ったような視線やら吹き抜けのこの空間に一体どれだけの感情が蠢いているのだろう。周りから見たこの光景はきっとそう、”修羅場”というやつかもしれない。
「ライラ、その少年は?」
冷静になった殿下が聞いてくる。
「あぁ、この子はライノのお孫さんです。名前をレクス君といいます」
「どうも王子様、初めまして。レクスといいます。ライラ姉さまと結婚する人です!」
にんまりといい笑顔を浮かべながら爆弾を投下したレクス。
ちょっ....ちょちょちょちょちょっと待って!!!何その話?!私初耳なんだけど?!
と私も顔を真っ青にしながら焦っていると、殿下は笑いながらレクスにも手を差し出す。笑顔ではあるが、ドス黒いオーラとこめかみがぴくぴく動いているのが丸わかりだ。
おーい殿下ー!相手は子供、大人げないですよー!
レクスはそんな殿下の様子に気づいているのかいないのか握手をした。屈託のない笑顔と恐怖の象徴みたいな笑顔の男性2人が握手する様に、私は頭を押さえてふらりとよろけるのだった。
***
「なら、本当に何もないんだな?」
「本当に何もありません。というか、レクス君まだ12歳ですよ?犯罪に手を染めるほど私はバカじゃありません」
今、なぜか私は殿下の部屋で正座させられている。うぅ....何でこんなことに....慣れてないから足がぴりぴりするよぅ....
マナ様とセレナ様も同じ部屋におり、先ほどのことできゃあきゃあとはしゃいでいた。
レクス君はまだ12歳の少年。ライノさんとはかなり歳の離れている親子に見えるだろうが、レクス君はライノさんの孫だ。彼の両親は王都で働いており、レクス君は両親からの説得も撥ねてイザヤに残ることを決めたそう。
「そうか、ならいいが」
「というか、何故殿下がそんなに気にするんですか?」
ゼレフの時もミドルの時も、私が他の男性と近づいているだけでやけに不機嫌になる。私としては殿下は友人であるし、他の男性に近づかれると話せないとでも思っているのだろうか?
そんなこと言ってしまえば、私だって社交界に出入りする身だ。舞踏会やら何やらで他の男性と話す機会など山ほどあるし、縁談だって物凄い量来ている。全部断っているけど。
殿下は黙ったまま顎に手を当てる。きっと返答を考えているのだろう。
しょうがない、ここは私が『ちゃんと殿下とは友人なのですから、関係が切れることはありませんよ』と伝えてあげよう。私優しいな。
「大丈夫ですよ殿下、私が他の男性とお話ししていても、友人である殿下と話さなくなるわけないじゃないですか」
ふふん、これで安心するでしょう?と自信満々に殿下の方を見ると、殿下はこちらを見て固まっている。もっと言ってしまえば、殿下の後ろにいるセレナ様とマナ様は「「あちゃー」」と言いながら額に手を当てていた。
えっ、何その反応?私何も間違ったことは言ってないですよ?!
この状況がうまく呑み込めず焦っていると、突然殿下が笑い出した。
殿下の笑い声は止まることなく、しばらく続いた後突如立ち上がって私の頭に手を置いた。
「そうだよな。お前が俺の元からいなくなることなんてないよな。お前はそういうやつだ」
殿下は考えていることが馬鹿らしいと思ったのか、笑った後の晴れ晴れとした表情のまま部屋を出ていく。
私は結局何が何だか分からなかったが、ふと部屋に設置されていた鏡を見ると私の顔は真っ赤だった。
しばらくして夕食の呼び出しが入る。この屋敷にはライノさんとレクト君、それと数名の使用人しかおらず物寂しいんだそう。こうして人が大勢集まるのはいつぶりだとライノさんは嬉しそうに話してくれた。
部屋に入ると既に夕食は用意されており、席も各自自由にするよう言われた。気づくとレクス君が私の隣をちゃっかり占領しており、反対隣りにはセレナ様が座った。
レクス君は食事中でもスキンシップが激しく、あーんをして来たり褒めてもらいたいのか最近頑張った話をしたりして気を引いてくる。私としては弟のような子だからお姉さんとして接してきたけど、あの発言を考えるとあんまりよくなかったのかな....とちょっと反省した。
だがレクス君はかなりの美少年だ。ライノさんがイケオジであることを考えると、レクス君にその遺伝子が受け継がれていてもおかしくはない。そんな少年からアプローチされては私も姉として甘やかしてしまうのも仕方ないのだ。うん、仕方ない仕方ない。
「ライラ姉さま、この鶏肉美味しいですね!鴨のローストでしょうか?」
「そうね。私鳥肉好きなのよね」
「分かりますよライラ様!鶏肉ってヘルシーで何にでも応用が利きますものね!」
「セレナ様も鳥がお好きで?」
「はい。逆に豚肉などは脂が多くて苦手です」
「ちょっと王女様!今姉さまは僕と話してるんだ!」
「ライラ様は誰のものでもありませんわ。私が話して何が悪いのでしょうね?」
あの....私の後ろでバチバチに睨みあうのはやめてくれません?正直すんごくいずらいのですが....
セレナ様の横にいるマナ様はうふふと笑いながら「ライラちゃん、モテモテね」とこちらを見ていた。
「....そろそろ本題に入りませんか....」
諦めたように私が言うと、殿下と談笑していたライノさんが気づいてくれた。
「そうだな。レクス、風呂が沸いているから入ってきなさい」
「えぇ~!まだ姉さまと話したいのに....」
「セレナ様も入ってくるといいわ。シノブちゃん、お供お願いできる?」
マナ様の言葉にセレナ様も少し不安そうなショックを受けたような顔をしたが、そこはやはり王族。この場で行われる話を悟って大人しく部屋を出て行った。シノブと数名のメイドがセレナ様に付いて部屋を退出する。シトリンもそれに付いて行った。
「ならレクス君にはゼレフを出そう。ゼレフ、付いて行ってやってくれ」
「ああ。レクス殿、行こうか」
「ぶー。はーい」
レクス君も不満そうだったが部屋を出ていく。ゼレフと騎士の2人がそれに付いて行った。
今この場に残っているのは私、殿下、マナ様、マハト、ミドルさん、ライノさんの6人。この場で話し合うのは当然ながら殿下たちがこの地に来た理由でもある”予言”の為だ。
「さて早速本題に入るが、マナの予言については皆聞いてるな?」
「ええ。その予言による厄災が発生するのがこの地であることも知っています」
「でも、私とて100%当たる予言なんてものは無理よ?時々外すし、悪い予言なら外れて欲しいとさえ思うわ」
「それは皆同じですよ。ですが、マナ様の予言の的中率は90%以上....このような厄災の予言も当たる可能性の方が多い以上は調査をしないとでしょう」
予言の内容は”太陽が最も明るくこの世界を照らす時、目覚めし海竜が魔に染まる”というもの。そして、この予言の内容がティルナノーグ領の港町であるイザヤを指していることまでは判明している。
「後半のフレーズは分かりやすいな。海竜が目覚め魔に落ちる....この”魔”ってのは王都で出たっていう魔族のことだろ?」
「恐らくな。つまり、この町に魔族が入り込んでいる可能性がある」
「分からないのは前半のフレーズですな....”太陽が最も明るく世界を照らす時”....夏場の港町など、太陽が照っていて当たり前ですし、毎日が猛暑日ですよ」
「もっと別の意味を考えた方がいいかもね。時間の話なのか、はたまたタイミングの話なのか....」
マハトの言い分ももっともだ。予言のタイミングが分からない以上、この夏は常に気を張っておかないといけない。日なのか時間なのかは分からないが、この夏のどのタイミングで来るか分からない。その為、まずはそこを特定するのが先決ということだろう。
「ともかく、まずは前半の意味である『予言の起こるタイミング』を調べないとですね。文献なら我が家にも図書館にも残っています。調べさせましょう」
「なら、ひとまず今は予言について調べることから始めよう」
「ええ」
「分かりました」
「りょーかい」
「おう」
「時にライラ、明日は暇か?」
突然話しかけられた殿下の問いに私は答える。
「ええ、まあ。特にこれといって何も考えていませんでしたけど」
「明日、皆で海に行くぞ」
そういえば、セレナ様がこの場所にいるのもそのためでしたねと思い出す。
私は明日の準備を進めなければと決め、殿下のこの言葉を最後に会食は終了となったのだった。




