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第40話 隠れ聖女と馬車道中

 朝、ティルナノーグ邸の前には複数台の馬車が止まっていた。屋敷の中からぞろぞろと現れたメイド達が荷物を持って門までやって来る。そして馬車の横にいた執事たちにその荷物を預け、荷物が次々と馬車に運び込まれていった。

 馬車の周りには騎士たちもおり、移動中は万全だとでも言うように使用人たちと話している。


 しばらくして、屋敷の中からまた新たな一団が姿を現す。金髪・蒼眼の美少女....私なんですけど、というか自分で言うの恥ずかしいな?!を筆頭に殿下、マナ様、セレナ様、マハト、シノブ、ゼレフ、シトリンが姿を現す。

 屋敷から歩いてくる私たちに気づいたミドルが、正面に立った私を見た。


「本日はよろしくお願いします。ミドルさん」

「おう、道中は任せな。っていうか、その言い方だと行きだけで俺達はお役御免に聞こえるぞ。ははは」

「そうね。騎士団の仕事が忙しいのでしょう?送ってくれた後帰ってもいいのよ?うふふ」

「おい....冗談だよなお嬢....」

「さぁ?どうかしらね?」


 困惑に顔が染まっているミドルの横を通り過ぎ、馬車の前に立つ。すると、後ろから伸びてきた手が馬車の扉を開けた。いつの間にか真後ろまで来ていた殿下が開けてくれたらしい。


「あら、ありがとうございます殿下」

「ああ。気にするな」


 お礼を言って馬車に乗り込んだ。用意された馬車は合計で3台。1台目には私と殿下、セレナ様とマナ様が乗る。2台目はマハト、ゼレフ、騎士2人の4人、3台目はシノブとティルナノーグ家から使用人のメイドが3人乗る予定だ。

 この采配はマアンナ義姉様とお母様の2人が決めたらしく、どうせなら殿下とシノブを交代してほしいとお願いしてみたが、『ミドルや騎士の方々からすれば、守るべき人が固まっている方が都合がいいのよ。諦めなさい』と微笑みながら言われてしまった。

 だが、仮に何か予期せぬ事態に直面したとして殿下ほどの戦闘狂が黙って守られるわけないでしょう?剣術大会の時も、セレナ様のレッスンの際もそうだが、この男が目の前で戦闘が繰り広げられているのに出て行かないわけがない。絶対別の理由がある!


 こうして全員が乗り込んだ。護衛に馬に跨った騎士2人とミドルさんを連れ、馬車はゆっくりと走り出す。ちなみにシトリンは私たちの乗る馬車を操縦してくれている。ああ見えて何でもこなす器用なメイドなのだ。


 目的地は港町イザヤ。1年ぶりの商業都市は一体どうなっているのかワクワクしている。馬車の中は昨日の話題で持ちきりだった。セレナ様は私をコーディネートしたところまでしか知らないし、マナ様にいたってはどういう経緯で私達が出かけることになったのかを知らない。

 つまるところ、質問攻めにあっていたわけだ。

 イザヤまではおおよそ1日。本日中には着く予定だ。のどかな道を進んでいる為かはたまたシトリンの操縦技術が凄いのか分からないが、馬車が跳ねたり大きく傾いたりすることもなく会話に華を咲かせていた。


 ふと外を見ると、馬に乗っているミドルと馬車の操縦をしているシトリンが横並びで会話をしている。ミドルの嬉しそうに笑う顔が、馬車の中からでも確認できた。相変わらず仲がいいなと思っていると、殿下が外の様子を見て話しかけてくる。


「ミドル殿とライラのとこのメイド長は仲がいいんだな」

「そりゃ当然でしょう。夫婦なんですから」


 そう聞いた瞬間にあまりに驚いたのか殿下が目を見開いた状態でこちらを見た。


「夫婦なのか」

「はい。仲睦まじい良い夫婦ですよ」

「へぇ....妻子がいるとは聞いていたがライラの所のメイド長だったとは」


 シトリンは元冒険者でミドルは元から騎士。たまたま騎士団が酒場で呑んでいたところ、依頼帰りのシトリンが厄介な奴らに絡まれていたのを目撃したのだとか。後は皆さんのご想像の通りミドルさんが割って入ってシトリンを救出し、以来プライベートでもよく絡むようになったらしい。


「結婚が決まった頃、シトリンが冒険者を辞めてどうするかでかなり悩んだそうですよ。で、ミドルさんがお父様に頭を下げて、その強さと気品を気に入ったお母様がシトリンを推したことで今のポジションにいるというわけです」

「だが、たった数日とはいえ彼女の働きぶりは凄まじいと思った。元々こういった稼業にも適性があったのかもしれないな」

「シトリンは何でも器用にこなすタイプですからね」


 そこまで言って、ふと思う。私も冒険者として活動している身だ。シトリンと同じような状況になった場合、私はどのような選択をするのだろうか....

 いや、結婚なんてまだ早い。それに、私には婚約者もいないのだ。そんなありもしないことを考えていても意味がない。

 そう考えるとブンブンと頭を振って考えていることをリセットする。


「結婚といえば、殿下もライラちゃんもセレナ様も婚約者はいないわよね」


 マナ様が話題を変える。その通りだが、今この場において一番結婚について危ないのはあんたじゃないか?年齢的に。という視線が全員からマナ様に注がれた。

 マナは視線の意図をくみ取ったのか、微笑みながら反論する。


「私は聖職者よ?教会に所属して、竜神様に仕えると決めた時点で純潔は汚しちゃいけないの」

「マナ様って何歳でしたっけ?」

「んふふーセレナ様、女性に年齢を聞くのはダメよ~?」

「でも、確かにここにいる全員が婚約者なしですね」

「「「まぁ必要とも思わないですね(けどな)(わよ)」」」


 3人がハモる。予期せぬタイミングでのハモりに、全員が笑ってしまった。響く笑い声に気づいたシトリンが、中の様子を見て微笑んだのが分かった。


「お嬢様、そろそろ街です。いったん休憩にしましょう」


 シトリンの報告で窓を開けてみると、道の先に街が見えた。風で乱れる髪を抑えながら、夏の日差しに照らされた街を見た。




***




 途中訪れた街でお昼の休憩を取り、太陽が真上を過ぎた頃に再び進みだした。

 イザヤまでは後3~4時間といった所。何事もなく進めば夕方頃には着く予定だ。


「平和ですね~」

「何事もないのが一番ね」


 セレナ様とマナ様が呑気にそんなことを言う。だが、そういった言葉は大抵良くないことが起こる際に言う言葉で....

 突如馬車が止まる。急な停車で体がぐらりと傾いてしまい、殿下に抱き着く形になってしまった。


「大丈夫か?」

「は、はい....というか、何で止まったんでしょうか....?」


 ちらりと外を見ると、ミドルさんを含めた護衛の騎士達と後ろの馬車からシノブ・マハト・ゼレフの3人が飛びだして剣を構えている。

 周囲には3台の馬車を取り囲むように多数の男たちが下賤な視線を向けな柄じりじりと迫って来る。


「盗賊....フラグですね完全に」


 セレナ様を守るようにマナ様が寄り添い、私も殿下から離れる。さすがにこの状況で私達だけ馬車に籠っているわけにも行かないとドアに手をかけ飛び出そうとした瞬間、腰元に殿下が手をかけて私を抱き寄せる。

 唐突なことに私は対応できず、されるがまま殿下の腕にすっぽりとはまってしまった。


「なっ....何をするんですか....!私たちも早く出て戦わないと!」

「やめておけ。今回の俺達は守られる側の人間だ」

「その通りですお嬢様。今回は私たちにお任せください」


 馬車の外からシトリンが言う。気づくと既に戦闘は始まっており、盗賊たちと護衛のメンバーとの戦闘が始まっていた。今回、私たちのいる馬車は3台の中でも一番守られるべき馬車。そして、そこに乗っているのは大聖女に王族2人に竜爵家の令嬢と高貴な身分しかいない。

 確かに、いくら殿下や私が学生離れした実力を持っているとはいえこの状況で護衛対象が戦闘に参加するのは良くないだろう。

 その意図を理解し、私は殿下から離れようと....ん、なんだ?拘束が解けない....!?


「ちょ、殿下!離してください!勝手に出て行ったりしませんから!」

「ダメだ。何かあった時のためにもくっついてろ」


 それって殿下が離したくないだけなんじゃないですかねぇ....!!

 若干イラっとした感情で頭に血が上りそうになるが、まぁ守ってくれるならしょうがない。この状況では馬車の中でやれることもないし、甘んじて受け入れよう。


 しばらくして外の音が静かになる。馬車の扉が開かれると、縛り上げられた盗賊たちとその周囲で安全を確認している騎士たちの姿があった。

 殿下はようやく私を離し、近づいてきたシノブに状況を尋ねる。

 ミドルたちは盗賊たちの処理をどうするか話し合っており、使用人たちは荷物の安否を確認している。その中に、指の間でくるくると回していた複数のナイフをスカートの中に仕込むシトリンの姿があった。

 シトリンの戦闘スタイルは暗器を用いるタイプの戦闘方法だ。投げ技やトラップ、体術を駆使した戦闘方法は、私が戦闘をする際のお手本にもなっている。


 しばらくして、騎士たちは盗賊を連行する3人とミドルを含めた他2人に別れ、ミドル達は再び周囲を確認して馬に乗った。


「では出発しましょう。イザヤまでは後少しです」


 シトリンが馬に進むよう命令すると、再び馬車が走り出した。多少のごたごたはあったが、無事に到着できそうで安心する。

 しばらく進んでいると、窓の外を見てセレナ様が目を輝かせた。


「わぁ....!!凄いですよお兄様!海です!海!!」


 初めてみる海に興奮しているのか、馬車の中ではしゃぐセレナ様。その様子は歳相応よりも幼く見えたが、今まで自分を抑えて生きてきた分が爆発しているのだろう。これが本当のセレナ様なのかもしれない。

 そんなセレナ様の見ている海は太陽の光を反射してキラキラと輝いており、まるで宝石のように感じた。砂浜沿いを見る感じゴミなどもなく、私が作った政策がうまく機能していることを証明していた。


 私がいない間、元々街の管理をしていた人に政策などを任せていた。気さくなお爺さんで、私では気づかないようなことまで気づいて率先して動いてくれるのでかなり楽をしている。

 港町イザヤは他国からの来訪も多い商業都市の割に治安もいい。その辺りは管理人の手腕がいいのが幸いした。もし私がそこまで手を出そうとしていたら....輩を魔法で吹き飛ばしていた可能性すらあるね、うん。


「さぁ、そろそろ着きますよ」


 私が言うと、窓を開けてセレナさんが体を出す。風に煽られる髪を抑えながら、満面の笑みで進行方向の先の街を見た。


「あれが交易の玄関口、ティルナノーグ領が誇る最大級の商業都市、港町イザヤです」


 海をバックに人の活気で賑わう都市。その様子を眺め、私はぼそりと「ただいま」と呟いたのだった。


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