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第37話 隠れ聖女と初デート

 朝、澄み渡る青空に強い日差しが刺さる。

 東の領地のとある屋敷、エキドナ王国4大竜爵家の1つであるティルナノーグ家の屋敷の前に、1台の馬車が止まっていた。業者と門の前にいる衛兵が楽しそうに話をし、屋敷の中から現れる人物を待っている。


 門から屋敷へと続くガーデンの先、屋敷の扉の前で1人の男が立っていた。いつもとは雰囲気の違う正装に身を包んだ彼は、屋敷の日陰で石柱に寄りかかっている。

 落ち着いているように見えるが、口元が少しにやけそうになっているのを抑えられていない。


 そして10分ほど経った頃、屋敷の扉が開かれた。


「ごめんなさい!お待たせいたしました」


 屋敷の中から現れたのは金髪に澄み渡る蒼眼の少女。いつもとは違う清楚で真っ白なワンピースに麦わら帽子というシンプルな恰好。だが、そのシンプルさが少女の存在を更に昇華させていた。

 急いできたのか、少し火照った頬が更に彼女の色気を強くしている。


「大丈夫だ。今着いた所だからな」


 彼は少し目を逸らす。少女は少し不思議そうな顔をしたが、すぐに微笑んで彼の手を取った。


「行きましょうか」

「ああ」


 2人は歩いて屋敷の門へと向かう。2人に気づいた業者がこちらを見ていた。


 そして開きっぱなしになった屋敷の扉からその様子を探る人物が3人。


「....行ったわね」

「行きましたね」

「行っちゃいましたね」


 3人は口々に感想を言う。自分たちがプロデュースした可憐なる少女を見て、待ち人である彼がどんな反応をするのか期待していたが結果は顔を逸らすだけ。

 その行動に思わずため息が出る。


「せっかく女の子が可愛い格好してきたんだからもっと反応しなさいよ....」

「お兄様....せめて『似合ってる』とか『可愛い』くらい言ってくださいよ....」

「私が学生の頃、主人も面と向かって言ってくれなかった....恥ずかしがってるのかしら?」


 テレス、マアンナ、セレナのセリフを聞いたシトリンは、ただ黙って後方に立っているだけだった。




***




「ライラ....」

「何ですか?」


 ガタゴトと揺れる馬車の中、外の景色を見ていた殿下が話しかけてくる。私も反対側の景色を見ていたのだが、呼ばれたことで殿下の方を向く。するといつの間にか殿下も私のことを見ていたらしく、至近距離で殿下と目が合ってしまった。


(近い....///)


 そう考えた瞬間小石でも引いたのか馬車が跳ねる。


「きゃっ」


 跳ねた馬車の中体勢を崩した私は殿下の胸に飛び込んでしまった。


「大丈夫かっ....」

「えっ、あの....」


 先ほどよりも更に至近距離で見つめ合う2人。馬車の中に他の人はいるはずもなく、お互いの心臓の鼓動まで聞こえそうな距離で目と目が合っている。

 2人しかいない空間、見つめ合う2人の若い男女、街まではまだ少しある。そんな密室の状態で何も起こらないわけがなく....


「お嬢様」

「は、はぁい!!!」


 急に呼ばれて素っ頓狂な声を上げてしまう。唐突に離れたせいか、馬車が少し左右に揺れた。

 今はお互いに顔を合わせないよう必死に反対方向を向いている。だが、私の顔は純白の服と違い真っ赤だった。


「?どうしたんですお嬢様」

「な、何でもありません!何でも....それより、何ですか?」

「いや、街に着いたら少しの時間自由にしてもらっていいですか?そろそろ妹の子が生まれそうで」

「あら、そうなんですか!いいですよ。私は殿下と散策してるので」

「本当ですか?!ありがとうございます....!」


 業者さんはれっきとしたティルナノーグ家の馬番だ。馬車の運転から馬の世話、馬小屋の管理まで手広くこなす人。若いながらも必死に働くよい青年だ。


 業者との会話が終わり、馬車の中は不思議な沈黙に包まれる。それもそうだ。今のこの中にはいまだに赤面した2人しかいないのだから。

 沈黙に耐えかねたのか、殿下の方から話を切り出してくれる。


「なぁ、ライラ」

「は、はいっ」

「....その、なんだ....似合ってるぞ」


 殿下は照れているのか顔を合わせてはくれない。

 だが、殿下のその何気ない一言で私の心は揺れる。不思議と落ち着いて聞けたその言葉に、”恥ずかしい”でいっぱいだった心が溶けていくような感覚がした。自然と、私は笑っていた。


「ありがとうございます」


 ただシンプルに、向日葵のような笑顔で私は笑って言った。


 しばらくして、街の中に入った私たちはとある店の前で馬車を降りる。そこは王国内でも有名なブティックだった。エキドナ王国のとあるデザイナーが立ち上げた有名店。現王妃様もこの店の大ファンなのだとか。

 私たちがこの店に来たのには理由がある。もちろん、私の服を買うためではない。


「こんにちは」


 店に入ると、顔なじみの女性の店員が出迎えてくれた。赤毛の短髪に丸縁の眼鏡をかけた店員で、見た目はまだ20代の女性。彼女とは浅からぬ縁があり、友人だ。


「あら、ライラちゃん!久しぶり~」

「こんにちはメノウ。お店見て行ってもいいかしら?」

「どうぞどう....ぞ....え?ライラちゃんが男連れてる!?!!?!?」


 その言葉が店内に響き渡った瞬間、店の奥からドタバタと忙しない足音が響いてくる。しばらくするとサッとカーテンが開き、中から布地を持った男が息を切らしながらこちらを見ていた。


「はぁ....はぁ....ライラが、男を連れて来たって?!」

「そう!超カッコいい人!!」


 メノウが殿下を指さして言う。おい、一国の王子を指さすとは凄い度胸ですね。

 指さされた殿下を見て男は絶句する。そして、殿下は私と男を交互に見た後男に向かってフッと笑った。

 ....この男も大概性格悪いですよね。


「自己紹介がまだだったな。俺の名前はレオンハルト・アヴァロン。以後お見知りおきを。今はライラと”デート中”なんだ」


 さり気なく“デート中”という単語を強調した殿下。その言葉を聞いて男がショックを受けたのは言うまでもない。


「アヴァロンって....王家の....?!」

「リアル王子様....だと....?!それにライラとデート....羨ましい!!」


 店に入って早々なんてカオスな状態....しばらくして、気を取り直したメノウと男が揃って私達の前に立った。


「殿下、彼女はメノウ。この店舗のオーナーです。横の彼はジーフ、この店の従業員で仕立て屋です」

「初めましてレオンハルト殿下。取り乱して申し訳ありません。メノウ・ハーフスと申します。メロウリア、マクリール支店のオーナーをしています。そしてこっちは....」

「ジーフ・オルランドです....以後お見知りおきをッ....!!!」


 こらこら、王子様を睨むでない。不敬罪で処罰されても私は知らないぞジーフよ。

 ジーフは悔しそうに殿下を睨む。だが、殿下は特に気にする様子もなく自然と私の肩を抱いた。唐突のことに赤面する私。その様子を見てさらにショックを受けるジーフ。その様子を笑いながら見るメノウ。

 なんだここは....地獄か?


「今日はライラの服を見に来たんだ。見繕ってくれるか?」

「ちょ、ちょっと!話をややこしくしないでください!今日はお母様の誕生日プレゼントを買いに来たんです!」


 そう言って殿下を無理やり引きはがす。突き放されても、殿下はなぜか笑っていた。


「そうだったな。どうせならライラの服も見たかったんだが」

「とりあえずメノウさん、お母様向けの服をお願いします」

「オッケー。ほーらジーフ、アンタは役に立たないから裏に引っ込んでてね~」

「いやだ!俺もライラちゃんのファッションショー見たいぃぃぃいい!!!」


 泣き叫ぶジーフは裏に引きづられていき、メノウが再び出てくる。店の奥からジーフの悲痛な叫び声が聞こえたが、ジーフが出てくることはなかった。やはり彼を抑えるのはメノウしかできない。


「さてね....今のシーズンは明るめの服が人気なんだけどね、テレス奥様は結構渋めの色が好きだからな....」


 真剣に悩んでくれるメノウを見ていると、スッと私に服が渡された。


「これなんかどうだ?」


 殿下が数着選んで渡してくれる。だが、その色合いや装飾はお母様が着るには若すぎだ。いや、お母様は結構若めに見られるんですけどね?!もう40歳間近だというのになんだあの肌の艶は!学生の頃から大層モテていたそう。


「殿下、お母様が着るにはなんだか若すぎませんか?」

「そりゃそうだろう。これはライラに似合うと思って持ってきたんだから」

「え?」

「ん?」


 なんだか話が噛み合っていない。今この男は何て言った?


「殿下....今日はお母様の誕生日プレゼントを買いに来たと言ったはずですが」

「これは俺が個人的にしたい買い物だ。ほら、試着して来てくれ」


 背中を優しく押され、私は試着室へと促される。メノウが服選びに悩んでいたため他の女性店員が対応してくれた。私は渋々試着室に入るが、内心色々考えすぎて心臓がバクバク鳴っている。


(私に似合うと思って....///そんな歯の浮くようなセリフよく言えますね?!)


 だが、女性として男性にそんなことされては意識しないわけがない。殿下が選んでくれた服はどれも私好みの色合いや装飾ばかりだった。シンプルでゴテゴテしておらず、そして動きやすい服。

 そこまで理解されているとは驚きだが、せっかく試着室に入ったのだ。何もせず出るわけにもいかないだろう。

 私は深呼吸をして、それから着ていたワンピースを脱いだ。今回用意された物の中から、クリーム色のオフショルダーとミニスカートを手に取る。


 少しして、私は試着室のカーテンを開ける。


「あの....どうですか?」


 カーテンの前で待っていた殿下に話しかける。

 殿下はこちらに気づくと、目を開いて固まった。今まで見たことないほど驚いているようだ。え....そんなに似合って無かった....?


「殿下....?」

「っ!!その、すまない....固まっていた。とても似合っている。可愛い」

「っ....///」


 真っすぐな瞳でそんなこと言われたら何も言えなくなってしまうではないか!!

 恥かしいと思いながらも、褒めてくれた殿下にちゃんとお礼を言わなければ。まだ屋敷を出て少ししか経っていないのに、なんだかとても調子が狂う。今日の殿下はどうしちゃったのだ?


「ありがとう、ございますっ」

「お~!ライラ似合ってるね~!どうしたのその服?」

「殿下が選んでくれました」

「へぇ....レオンハルト殿下、ライラの好み分かってるね~」

「メノウ、と言ったか」


 関心関心と頷くメノウに対し、殿下が話しかける。


「いま彼女が着てる服と試着室の籠の中に入っている服、全て買おう」

「え?!」

「お、毎度あり~!ライラ、どうする?着てく?」

「え、でも....殿下!」

「気にするな。俺が個人的に買いたいと思ったものだからな。それはライラへのプレゼントとして受け取ってくれ。普段セレナが世話になってる礼だ」


 そう言われては受け取らないのも失礼だ。恥ずかしいやら嬉しいやらで気持ちがぐちゃぐちゃになってしまい、私は赤面して顔を逸らすことしかできなかった。目の端でメノウのにやにや笑いを確認したので、今度会った時にシめようと思います。

 

 その後、メノウのセレクトによりお母様宛のプレゼントが決まった。そしてそれを受け取った時に殿下から服を渡される。中身は当然先ほどの服だ。....数点増えている点を除けば先ほどと変わりない。

 こうして私はごちゃごちゃになった感情を何とか抑えつつ、殿下と共に店を出たのだった。


 ....もちろん、一番の感情は“嬉しい”ですけどね。


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