第36話 隠れ聖女と押しかけ王族
ふらりと傾く体をセルカお兄様が支えてくれる。その様子を見て、セレナ様が慌てて駆け寄ってくれた。
「ライラ様!大丈夫ですか?!」
「大丈夫です....ダイジョーブ....」
「なぜそこまで驚く?」
「そりゃ驚きますよ。お客様が来るとは言っていましたけど、王族の方々が来るなんて思ってないですから」
てっきり商人や他家の貴族のお客様かと思ったらまさかの王族!!それに、荷物を見る限り1日で帰りますなんて様子じゃない。せっかく領地に帰ってきてのんびり過ごし、なおかつ冒険者として飛び回ろうと思っていたのに....
はぁ....と思わずため息が出てしまう。
「とりあえず、詳細は部屋に着いてから話そう。案内してくれるか」
「私がですか?」
「他に誰がいる」
キョロキョロと周囲を見回すと、うふふと笑ったお母様が「ついて行ってあげなさい」と目で訴えている。シトリンの方を見ると、「奥様がそうおっしゃっているので」とこちらも目で語っていた。
そして左腕にのしかかる重み。腕に抱き着いたセレナ様が、キラキラした目で嬉しそうにこちらを見ている。
「....分かりました。客室までご案内します」
「ライラ、ちょっと待って。シトリンが既に部屋を用意してくれているから、お2人に付いて行くだけでいいわ」
「お客様、お嬢様、こちらです」
いつの間にやら私たちを通り越して既に案内準備を終えているシトリン。いつの間に?!と驚いていると、さっさと殿下が歩き出してしまった。
置いて行かれないようにと、セレナ様の手を繋ぎ慌てて2人を追いかけていく。
シトリンが進んで行くルートはなんだか見覚えがある。ここは自分の家なのだから見覚えがあるのは当然だろうと思ったそこのあなた、いやそうなんだけど....なんというか、このルートは私の部屋に向かうルートなんだよね....
「レオンハルト殿下のお部屋はこちら、セレナ王女殿下のお部屋はこちらです」
「って、私の部屋の隣じゃないですか!!」
案内されたのは私の部屋の隣と向かいの部屋。向かいの部屋が殿下で、隣がセレナ様らしい。既にメイドによって手渡された荷物が運び込まれていた。
「ええ。たまたま客室の空きがなくてですね。ですが王族の方々ですから、変な部屋にお通しするよりも家族用の部屋にお通しする方がいいかと思いまして」
「絶対嘘....」
「ともかく、後はお若い方々でごゆっくりどうぞ。何かありましたら屋敷内のメイドをお呼びください」
シトリンはそう言うと礼をしてさっさと去ってしまった。
残された私は頭を抱えるが、その様子を殿下は笑ってみている。
「....とりあえず、ここに来た理由をお聞かせ願えますか?」
「分かった。俺の部屋で話そう」
殿下に促されるがまま、セレナ王女と共に殿下用の部屋へと入っていった。部屋の中は貴族用の普通の部屋。私の部屋と同じ構造をしているが、私物がない分殺風景に見える。
備え付けのベッドにセレナ王女と座ると、荷解きをする殿下が話はしまた。
「さて、俺達がここに来た理由だが2つある」
「2つ?」
「ああ。1つは大聖女マナから伝えられた予言の話。お前も聞いているんだろう?」
マナ様の予言、それはつまり例の海竜:リヴァイアサンのことだろう。マナ様は『確実に当たるとは限らない』と話していたが、やはり何か気になる。王都に魔族が現れたタイミングでの予言だ、むしろ当たってしまう可能性の方が高いとまで言えるだろう。
「でも、リヴァイアサンはもう何百年も姿を現していません。眠っている場所も分からないですし、存在自体が伝説みたいなものじゃないですか」
「そうだな。だが、俺達王族の持つ書物にも海竜のことは記載されている。四大守護竜が実在する以上、この国で起こったとされる災害や厄災、伝承話などはほとんどが実際に会ったことだと考えていいだろう。そうなれば、海竜リヴァイアサンがこのティルナノーグ領のどこかで眠っている可能性は高い」
「つまり、王族はマナ様の予言の調査をするためにこの領地に来たと」
「そういうことだ。父上もかなり心配しているようだから、俺が調査しに来たんだ」
「では、もう1つの理由は?」
「セレナがな、海に行きたいそうなんだ」
え、そんな理由?そう思いながら横のセレナ様を見ると、先ほど変わらぬ期待に満ちた瞳でこちらを見ている。ワクワクが止まらない、そう言った表情をしていた。
「デオル騎士団長に聞いた話なんだが、お前は毎年夏季休暇の中頃は港町に行くんだろう?」
そう、これは私の毎年の恒例行事だ。ティルナノーグ領の少し南側、大陸外の他国との交易に使われる商業都市がある。名をイザヤ、領主邸のあるこの街に続いて活気ある街である。常に海外からの交易船が停泊し、また多くの商会や商人が行き来する生粋の商業都市。
他国からの冒険者もやってくるため、武勇伝や童話などの冒険譚に関する書物が生まれた場所としても有名だ。
そして、私はそんな商業都市イザヤの管理全権をお父様よりいただいている。というのも、お父様は私が貴族の娘らしくお淑やかに暮らして結婚して....という未来予想図を描いていないことを理解していた。
なので、将来的に冒険者として世界中を回る際に役に立つ知識を得られる場として、お父様は私にイザヤの管理を任せたのだ。
既に5年以上今の体勢で商業都市を成長させている為、年に暮らす人々や交易に来る他国の方からも信用が厚くなっているのは嬉しい所。
「ええ。あの都市は私が管理してますからね」
「ならちょうどいい。ビーチを使った観光業も行っていると聞いたし、丁度いいから使わせた貰おうと思ってな」
「はい!ライラ様と砂浜で遊んで、本物の海で泳いでみたいです!!」
くっ....可愛い....!!セレナ様のこういった子供らしい無邪気な感じがたまらなく愛おしく感じる!!
つまり、この兄妹はリヴァイアサンに関する調査を行うついでに、私の管理している土地で遊ばせてくれと言っているのだ。まぁ、私に迷惑かけなければ問題は無いけど....
「なるほど、それで数日いる想定で荷物を持ってきたんですね」
「数日?何を言ってるんだ?」
「え?」
「この夏季休暇は丸々お世話になるぞ。無論、デオル騎士団長には許可も貰ってるし公爵夫人からも了解を得ている」
つまり、この一夏の間は殿下と一緒ということ....?!あぁ....私の冒険者活動が阻まれる....
だが、来てしまった以上私のわがままで帰れとはいえない。それに、私もマナ様の予言の件は気になる。不確定要素は排除しておきたい。
「ということでライラ様、来週からの移動には私とお兄様が付いて行きます!よろしくお願いしますね?」
「あはは....分かりました。また日程は決まったらお伝えします」
私は諦めた。もう無理、考えることを放棄する。
こうして、唐突に訪れた殿下たちと夏季休暇を過ごすことになったのだった。
***
「セレナ様、気持ちいいですか?」
「はいとっても!」
わしゃわしゃと泡が立つ音が響く。今は入浴の時間で、せっかくならとマアンナ義姉様が私とセレナ様をお風呂に誘ってくれたのだ。この家の風呂は大きく、男性用と女性用が別れている。使用人も使うお風呂の為、人数が入るように巨大浴場となっているのだ。
今はマアンナ義姉様がセレナ様の髪を洗っている状況で、私は既に湯船につかっている。
「ふぅ....気持ちいい」
「ふふ、随分と疲れたみたいね」
「まさか殿下たちがいらっしゃるとは思ってなかったですからね」
「ライラ様....その、迷惑だったですか?」
怒られた子犬の様に分かりやすく落ち込むセレナ様。そんな顔も可愛い....じゃなくて、全然そんなことはない。むしろ、私と海に行きたいと誘ってくれて嬉しいまである。
「そんなことはないですよ。私もセレナ様と海に行くの楽しみです」
「ならよかったです!」
髪の手入れが終わり、セレナ様とマアンナ義姉様が同じく湯船に浸かる。3人して「ふぅ~」と息を吐き、同じように伸びをした。
「ライラちゃんは殿下のことが気になるんじゃないの?」
「な、なにを言ってるんですか?!」
「ほら、顔真っ赤」
「そんなんじゃないですよ。ただ、この夏は冒険者として飛び回ろうと思っていましたから....」
「そっか、殿下はライラちゃんが冒険者やってること知らないのか」
そう、多分....知らないはず。今の所ライラ=アリアである証拠は出していないし、疑われないよう上手くやってきたつもりだ。だが一時期殿下の側付きだった女性に尾けられたこと、そして同じ時期に殿下にそっくりな冒険者が現れたことが気になる。
リオさんはそんな人ではないと思うのだが、よくよく考えれば時期が一緒だ。
「言っちゃえば?この際」
「嫌です。殿下はアリアが聖女であることを知っています。私が正体をバラせば、なし崩し的に私が聖女であることもバレてしまいますからね」
「ふと思ったんですけど、どうしてライラ様は自分が聖女であることを隠すんですか?」
セレナ様からの質問に、私は言葉を詰まらせた。確かに、何も事情の知らない人からすれば聖女であることを隠す理由など思いつかないだろう。
だが、私は聖女であることを認めたくない。聖女という呪われた存在であることが嫌なのだ。フラッシュバックする過去を、頭を振って消す。
「....昔、色々ありまして。ともかく、殿下にこのことを言う気はありません!」
「そっか。....ライラちゃんさ、婚約者いないよね?殿下とかどうなの?」
「どう....とは?」
「言葉の通りよ~!殿下、かっこいいじゃない。それに騎士団にいた経験があって強いし、おまけに王族よ!玉の輿よ!」
「王族ってステータスがおまけですか....まぁ、確かに優良物件ではありますよね」
「仲いいんでしょ?」
「それなりには」
その言葉でマアンナ義姉様がニヤァ....と笑う。え、何考えてるの?怖いんですけど....
「よし、恋を知らない哀れなうさぎちゃん!」
「え、急に何ですか?」
「あした、殿下とデートしてきなさい」
「....はい?」
かくして女子風呂でのこの会話から、明日私は殿下とデートすることが決まってしまった。
....ホントどうしてこうなった。




