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第35話 隠れ聖女と夏季休暇

第2章、開幕します

 剣術大会から日が経ち、太陽による日差しが温かいから暑いに変わった。


 そろそろあの時期が来る。

 学生にとっては夢のような休暇であり、その長さ・イベントのどれをとっても年内一最高なシーズン。家でゴロゴロしたり、のんびり街を散策したり友人と海に行ってはしゃいだりする一年で一番楽しい時期!


「夏ですね....!!」


 窓から照り付ける日差しを遮るようにしながら、私は笑って言った。



***




「ライラちゃーーーん!」


 荷物を纏め、寮を出て行こうとする私を誰かが呼び止める。振り返ると、手を振りながら走ってきたのはリリアだった。


「リリア、どうしたんですか?」

「いや~もう行くのかなってさ。1ヶ月もライラちゃんに会えないなんて寂しいよぅ」


 そう言いながら抱き着いてくる。胸にぐりぐりと顔を押し付けるリリアの頭を撫でた。

 ....なんかスーハーと聞こえる気がするなぁ!


 寂しいふりをして私の匂いを堪能していたリリアを剥がす。「あぅ」とマヌケな声をだしてリリアは離れた。


「お土産は買ってきますから」

「うん!ティルナノーグ領は珍しい外国の品とかも来るからね!楽しみにしてる!」

「リリアも、あんまりはしゃいでばかりいないでちゃんと勉強するんですよ」

「うっ....ライラちゃんお母様みたい。泣きつかないように頑張る....多分」

「そ、じゃあ泣きついてきたらお茶会のお菓子は無しですね」

「そんなぁ!....できる限りは頑張るよぅ」


 微笑みながらリリアと抱き合う。すると、待たせていたティルナノーグ家の業者に呼ばれた。


「お嬢様ー!そろそろ出発しますよー!」

「あ、呼ばれちゃいました。じゃあ、行ってきます」

「うん!また2学期に会おうね!」


 リリアに別れを告げ、業者の用意してくれた馬車に乗り込む。

 馬車が出発する直前、寮の中を歩いている人物と窓越しに目が合った。見慣れた顔の男はフッと笑い去って行く。


(別れの挨拶もなしですか....)


 その反応に少しムッとなるも、殿下は毎回こんなものだと諦める。

 ....ん?なんで今、もやもやしたんでしょうか....?


 そんな疑問を浮かべる私を乗せて、馬車は王都を出ていった。向かうはエキドナ王国東の領地、ティルナノーグ領だ。




***




「ただいま帰りました」

「あ!おかえりなさい!ライラちゃん!」


 荷物を持って正面の扉から入ると、出迎えてくれたのは義姉のマアンナだった。私も数カ月ぶりの再会に嬉しくなってしまい、思わず抱き着いてしまう。

 普段周りから姉の様に扱われるためか、こうして甘えられる人がいるとついつい甘えてしまう。マアンナと兄:リオルが婚約した時から可愛がってくれたいたためか、マアンナのことは本物の姉の様に慕っている。


「学園はどうだった?今年は何か大変だったらしいけど....」

「あ~....そうですね。それなりに大変でした」


 恐らく剣術大会のことを言っているのだろう。確かに、魔族が王都に入り込むなど一大事に他ならない。あれだけ多きあことになれば箝口令を敷くことも出来ない為、王族はこの件を公表し注意するよう国中に呼びかけたのだ。

 だが王都から離れた東の領地では特に異変もないため、一応竜爵家として表立って動いてはいるが内心他人事のように感じているのだろう。


(その魔族を撃退した人が目の前にいるってわかったらどんな反応をするんでしょうね)


 マアンナには聖女であることを伝えている。だが、彼女もこの家に嫁入りする以上は他言無用だとお父様より口止めされているのだ。

 ちなみにだが、私が冒険者をしていることを知られた日にマアンナ義姉様は倒れた。そりゃそうだろう。公爵令嬢が騎士団ですら苦戦する化け物を相手に魔法でガンガン戦っているなど誰が予想できようか。


(ま、あの日はたまたま魔獣の血が落ちにくくて返り血ベットリで帰った私が悪いんですけどね)


 メイドに荷物を渡し、自分の部屋に戻る。到着したのはおやつの時間を過ぎた頃だったので、部屋着に着替えて読書をして過ごした。

 少しした頃に夕飯の準備ができたとメイド長に呼ばれ、食卓へと向かう。扉を開けると、既にお母様とセルカお兄様も席についていた。


「ごめんなさい、遅れました」

「ううん、大丈夫。まだ料理を運んでる最中だからね」

「お兄様、ありがとうございます。今日のお夕食は何でしょうか?」

「騎士団に付いて行ったら鹿肉が取れてね。それを使ったシチューだそうだよ」

「鹿肉のシチュー!楽しみです!」


 運ばれてきたのは鹿肉のシチューと旬の野菜のサラダ、少し硬めに焼いたパンと食後のデザートにイチゴのアイスが出た。学園食堂のコックに負けず劣らず、鹿肉は口に入れた瞬間ホロホロと崩れる柔らかさで、実家で緩み切っていたのもあり表情すらもふにゃんと緩んでしまう。


「相変わらず美味しそうに食べるわね」

「ふふ。この子があまりにも美味しそうに食べるから、料理長が『お嬢様の笑顔を守るために!』ってすごい頑張るようになったのよ。ずいぶん昔の話だけどね」

「私、そんな顔して食べてます?」


 冷静に聞くが、周囲から見れば私の顔が緩み切っているのは見えているだろう。自分でも制御できないくらい、口角も頬も緩みまくりだ。


「そういえばセルカくんとライラちゃん、明日はお昼ごろから来客があるから準備しておいてね」

「「来客?」」

「そうなの。誰が来るかは私も知らないんだけどね」

「お母様は何か知ってます?」

「知ってるわよ。ちゃんと準備しておいてね。特にライラ、シトリンに朝のお世話は頼んであるからちゃんと支度するのよ」


 シトリンは我が家のメイド長。お母様が結婚した際に連れてきた使用人で、以来この家の為に滅茶苦茶働いてくれている万能メイドだ。元冒険者ということもあり、私も戦闘訓練を受けていたことがある。

 死ぬほどスパルタだった....


 チラリとシトリンの方を見ると、同じタイミングでこちらを見ていたシトリンと目が合う。『ちゃんと起きてくださいよ』と目で威圧してくるシトリンに、私は思わず苦笑いをするのだった。

 それにしても、お客様か....お母様があそこまで入念に『準備をしておけ』というのも珍しい。よほど重要なお客様なのだろう。


 そんなことを考えつつも、美味しい料理に幸せ気分を味わいながら久々に家族と談笑した。


 夜は湯あみをし、髪を整えて肌を潤し、残った時間は読書をして過ごした。本当は寝る前に簡単なクエストで1狩り....といきたいところだったが、翌日の来客の為に体力を温存しておくべきだと判断して止めた。

 代わりにポーションでも作ろうかと薬草をゴリゴリしてたら....


「お嬢様」

「ひゃわぁ!!!」

「....まーたポーション作りですか。薬師の真似事をするのはいいですが、あまり夜中にやらないでください」

「何か周囲に影響があるの?」

「ええ。夜中ですから窓も開けれませんからね。匂いが籠るんですよ。寝る前に換気くらいはしてください」


 と言われてしまい、仕方なく片付けて換気をした後やることが無くて読書をしていた。

 何気なく読んでいたが、ふと自分の読んでいた本のタイトルに目を向ける。タイトルは『海竜と海の勇者』という本。何百年も前にあったとされる海竜:リヴァイアサンと、彼と共に戦った勇敢な青年の物語。言い伝えの様に伝わってきた話を元に、とある小説家が脚色した作品だ。


(海竜....リヴァイサンね)


 海竜と言えば頭に浮かぶのは大聖女マナによる予言。『太陽が最も明るくこの世界を照らす時、目覚めし海竜が魔に染まる』....海竜とはリヴァイアサンのことだろう。だが、あの女子会でも話したようにリヴァイアサンはもう何百年も姿を現していない。今更こんなタイミングで目覚めることなんてあるのか....?

 いや、ありもしないことを考えるのはよくない。余計に不安になるだけだ。

 そう考えて本を閉じ、私はベッドに向かう。数か月ぶりの自分のベッドだが、屋敷御メイドさん達が丁寧に手入れしてくれていたこともありふかふかだ。


 私は少し月を眺めた後、そのまま瞼を閉じて眠りについた。




***




「お嬢様、おはようございます」


 すぐ側で誰かに話しかけられる。誰だ全く....せっかくの休みなんだからもっと寝かしてくれ....


「お嬢様、もうお昼前ですよ。そろそろ準備しないと」

「むぅ....やだ....まだ寝るもん....」

「お嬢様、起きてください!!」


 口調が強くなった瞬間に被っていたガーゼケットが剝がされる。夏は暑いからと薄めのものを被っていたのが間違いだったらしく、あっという間に窓から差し込む日差しに当てられた。


「....暑い!!」

「おはようございますお嬢様。寝起きで申し訳ありませんが、早速支度を始めます」


 寝ぼけた状態で見た人物はメイド長シトリン。多少強引に起こしてもいいとお母様に言われているのか、私はまだ脳が覚醒していないボケボケの状態でベッドから引きずり出される。

 私はこのメイド長には逆らえない。彼女は使用人であるが、冒険者としての師匠でもある。故に彼女に逆らうことは決してしないのだ。


 シトリンが手を叩くと、部屋の前で待機していたメイドが数名入ってきて身支度を始める。私はまだうつらうつらとしていたが、メイド達に勝手される内に段々と目が覚めてきた。

 寝巻から貴族特有のドレスに着替え(動きやすいのが好きなのでデザインはシンプルなやつ)、顔を洗い、髪を整えられてメイクをされる。

 全てが終わった後に私はシトリンに連れられて食堂に行き朝食を食べた。既に他の面々は終えているらしく、食卓には私1人しかいなかった。


 朝食が終わると同時に、セルカお兄様が私を呼びに来た。


「おはようライラ。そろそろお客人が来る。行くぞ」

「はい、セルカお兄様」


 兄の後をついて玄関に向かう。すると、着飾ったお母様とマアンナ義姉様が既に準備を終えていた。


「来たわね。くれぐれも粗相のないように」

「はい、お母様」

「分かっています」


 屋敷の正門が開く音がした。そして奥から走ってくる馬車の蹄の音も。

 今回来る来客とはいったい誰なのか、残念ながら未だに聞かされていない。だが、屋敷を上げてこれだけ歓迎する人物なのだから相当高貴な方なのだろう。


 そしてシトリンに連れられてきた人物たちが今、ドアの向こうにいる。

 ゆっくりと扉が開かれ....


 私は目を疑った。


「なっ....え....?」

「本日よりお世話になるレオンハルト・アヴァロンだ。よろしく頼む」

「同じく、セレナ・エデンです。本日よりよろしくお願いいたしますわ」


 扉から入ってきた人物、綺麗な礼と美しいカーテシーを決めた2人の男女。それは1学期から、嫌と言うほど見た人物達だった。


「なんで....ここに....?」

「随分驚いているようだな。しばらく世話になるぞ、ライラ」

「あ、ライラ様!この夏も一緒に過ごせて嬉しいです!沢山思い出、作りましょうねー!」


 重要な客人とはこの2人のことだったのかと、脳のキャパオーバーで私をふらりとセルカお兄様に向けて倒れるのだった。


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