第34話 隠れ聖女といつもの日
夏季休暇が迫ったある日、私はその平穏すぎる日常をかみしめていた。
あの大会以降魔族からの干渉もなく、学園生活は文字通り平穏そのもの。普通の授業、普通の休日、普通の冒険者生活....まるであんな事件無かったかのように、この国は平穏を取り戻していた。
昼休み、授業を終えて食堂に来た私はいつものメニューを注文する。私が好きなのはオムライスだ。ここの料理人はかなりの腕の人物しかいないため一口食べただけで頬が落ちそうになる。
あぁ....至福の時間。こんなにもふわふわでトロトロで、頬張るだけで幸せが満ちる~。
「....お前もそんな顔をするんだな」
ガシャンと目の前に置かれた食事。顔を上げると、そこにはとても驚いた顔をしてこちらを見るレオンハルト殿下の姿があった。
ヤバい....!見られた!ものすごく幸せそうな顔をして食べてるのが見られた!!
そう気づいた瞬間、スンッ....と真顔に戻る。
「何のことでしょうか」
「お前今、物凄く幸せそうな顔をしてオムライスを頬張っていただろう」
「何のことでしょうか」
「そんな顔初めて見たぞ」
「何のことでしょうか」
「....まぁいい。相席、失礼するぞ」
こちらの許諾など取らずに正面に座る。なぜこうナチュラルに目の前に座れるのだろうか?
そう考えていると、遠くからトレーを持った少女の声が近づいてきた。
「ライラ様ー!レオお兄様ー!ご一緒してもいいですか?」
満面の笑みで近づいてくるセレナ様。こちらも許可など取るわけもなく私の隣に座る。
あはは....なぜ私は王族によく囲まれるのでしょうか....
「セレナ様、どうぞ」
「おい、俺はダメなのか?」
「ダメも何も既に座ってるじゃないですか」
「ふふっ。お2人は本当に仲がいいですね」
「いいように見えますかこれが....」
オムライスを食べながら反応し、ふと正面を見ると殿下に違和感があった。首元にいつもぶら下げているはずのネックレス、聖結晶の入ったものが今日はぶら下がっていない。剣術大会の際は流石に戦闘の邪魔なので外していても不思議ではないが、普段の日常で外すとは珍しい。
「殿下、今日はネックレスしてないんですね」
「ああ。この学園ではセレナと共にすることが多いからな。セレナが聖女として覚醒した以上、共にいるといつも発光してしまうから外したんだ。それに....」
チラッとこちらを見る殿下。?何を考えてるんでしょうか?
「それに、何ですか?」
「いや、何でもない。ともかく、今後は外すことにしただけだ」
「そういえば、ライラ様はこの夏季休暇ご実家に帰られるんですよね?」
殿下と話していると、横からセレナ王女が話しかけてくる。その内容は夏季休暇の話。もちろん、私は一度実家に戻る。このまま王都に残ってもいいのだが、冒険者活動も行わなければいけない以上できる限り邪魔の入らない場所に移動したい。
「はい。実家で過ごすのが通例になってます」
「セルカ先輩と帰るのか?騎士団の連中はどうするんだ?」
「お父様とリオル兄様は休暇をずらして帰ってくるので、今回はいません。私とセルカ兄様、後は領主邸にいるお母様とマアンナ義姉様の4人ですね」
「ティルナノーグ領ってどんなところなんですか?」
「自然豊かないい場所ですよ。年中通して過ごしやすい気候ですし、このエキドナ王国一農作物が育ちやすい場所です。おかげで農業も盛んですし、商人が多くやってくるので領主邸のある町は特に発展してますよ」
「過ごしやすそうな場所ですね!私も行ってみたいなぁ....」
おねだりするような、少し期待を込めた目でこちらを見てくるセレナ王女。だが、先の魔族襲撃がセレナ王女絡みの事件であったこと(実際にはパルドの一方的なものだが)を踏まえると迂闊に連れ出すのはマズいだろう。
それに、関係があるかどうかは分からないがマナ様の予言の件もある。私は夏季休暇の度に自分の治める交易都市へと向かうのだが、そこは貿易船や他国から多くの商人が出入りする町。お父様から全権を委託されているのでよく見に行くのだが、予言の件が本当なら調べてみてもいいかもしれない。
「ダメですよ。夏季休暇の間、マナ様にちゃんとレッスンしてもらってくださいね」
「ぶー....はーい」
この時の私は気が付かなかった。レオンハルト殿下とセレナ王女、この2人が意味深にアイコンタクトを取っていたことに。
だってオムライスが美味しかったんだもん!!これは頬が落ちそうになるレベルの料理を作るコックが悪い。
***
夏季休暇まで1週間となったとある休日、私は冒険者アリアの格好をして街を歩いていた。
特にやることもなく、いつものようにギルマスに「しばらく王都から離れます。一ヶ月したら戻ってきますので」と簡単に報告に行くつもりで今冒険者ギルドに向かっている。
リオさんにも私が少し王都を離れることを伝えなければいけないので、丁度良くいてくれたらなぁ....とぼんやりと考えていた。
人通りの少ない路地を歩いていた時、ふと誰かとすれ違う。視界の端で、先ほどまでいなかったはずの人影を捉えた。
「おねーさん」
声をかけられ振り返る。すると、そこにいたのはマジシャンのような小さな帽子にダイヤと涙のフェイスメイクをした少年。その姿は、剣術大会の際に見た少年の姿そのままだった。
彼は手に持った風船の束から1つを取ってこちらに差し出してきた。
「そこのマントのお姉さん、風船いらない?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
「そっか、残念」
「君、剣術大会の時にいましたよね?」
「覚えててくれたんだ。僕の名前はルムンだよ」
その言葉を聞いた瞬間、私は瞬間時に剣を抜いて少年の首筋に当てていた。今この場に私達以外の人がいなくて本当に良かったと思う。見られていれば、私はただの頭のいかれた殺人鬼として見られててもおかしくない状況だ。
「怖いなぁ。うっかり風船を手放しちゃったよ」
「あなた、私がライラ・ティルナノーグであることを知っていますね?」
「勿論。君は有名だからね」
有名?冒険者としてか、貴族としてか、はたまたそれ以外の何かとしてか....
少なくとも、この少年は何かおかしい。絶対にただの一般人ではないことは分かる。何より、私の聖女としての勘が『コイツはヤバい』と警報を鳴らしているのだ。
「今日はあいさつに来ただけ。僕は何もしないよ。そう、何もね」
「どういう意味ですか」
「そのままの意味さ。いずれ僕たちはまた出会う。その時まで楽しみは取っておかないと」
何を言っているのか、どんな意味が含まれているのかは分からない。だが、確かにこの状況でも少年が動くことはなくただ笑いながらこちらを眺めていた。
「私が交渉できる立場ではないかもしれませんが、このことは内密にお願いします」
「いいよ。僕も今眼を付けられると面倒だからね。今回のことは2人だけの秘密ってことにしておこうか」
少年にそう言われ、私は剣を再び杖にしまう。一瞬目を離した瞬間、ふわっと風が吹いたかと思ったら少年の姿は既に無くなっていた。
『じゃあねお姉さん、また会おうね』
謎の少年の残した声も風に溶けて消え、その場に残ったのは私1人。彼は一体何者なのか、私には分からない。
「いずれまた出会う....か」
ルムン、あの少年の残した言葉が脳裏に残る。
なぜかその時に吹いた風は強く、これからまた何かが始まろうとしていることを予感させた。私は振り向かず、そのまま路地を歩いて出たのだった。
第1章終了です。
次回、第2章に突入します。




