第30話 隠れ聖女とバフォメット
「魔族....?!」
驚愕に目を見開く私と殿下。その時、殿下がぼそりと「やはりマナの言っていたことは本当だったのか....」と呟いたのが聞こえた。
大聖女マナの予言。ということは、あの教会に行った日にレオンハルト殿下がいた理由は想像がつく。王族を呼び出すほどの用事で、現状を見れば1つしか思い浮かばなかった。
(大聖女マナ様の予言....つまり、魔族が入り込んでいることが予言されていた?)
そう考えれば、殿下の行動の速さも納得がいく。従者3人の配置変更、騎士たちの巡回ルートの確保、そして直近で変貌した生徒の調査。
そのどれもが、パルド=魔族の可能性を考えた物であれば辻褄が合う。
やっぱりキレ者ですね....この王子。
「一つ、質問したいことがあります」
私の言葉に反応するバフォメット。今のこの状況が心底楽しみで仕方がないといった様子で笑みを浮かべ、余裕たっぷりに応えた。
「いいぜ。人間ってのはひょろい生き物だと思ったがこんなに骨があるのは予想外だったからなァ。質問の1つや2つくらい答えてやるよ」
「彼をおかしくした原因の“邪眼”....それはあなたが持ち込んだものですか?」
「クハッハッハ!そうか、てめぇ邪眼の事を知ってるのか!ま、確かに言われてみればパルドとの戦闘の時も邪眼を狙ってたな。
質問の答えだが、解答はノーだ。この邪眼の扱い方は知ってるが、持ち込んだのは俺じゃねぇ」
これではっきりした。この魔族以外にも、まだ国に入り込んだ奴がいる可能性がある。
それはつまり、魔族が再び人界を脅かそうとしている可能性があることを指示していた。
「あんた、聖女だろ。剣に付与した聖属性魔法に、邪眼の対抗策....ここまで心を高ぶらせてくれる人間には初めて会ったぜ」
「それはどうも。ですが魔族と慣れ合う気はありませんのであしからず」
「つれないねぇ。それに....」
バフォメットの背後から剣が振り下ろされる。明確に脳天から斬ってやるといった軌道の斬撃をバフォメットは避けた。
が、振り下ろした人物は攻撃の手を緩めることなく次のモーションへ入る。上段斬り、回転、振り上げ、そして横なぎ。流れるような所作で襲い掛かる剣を全て避け、最後の一太刀を拳で弾くとバフォメットはその人物に向かって回し蹴りを食らわせた。
「ぐっ....!!」
吹き飛ばされた殿下は私の方へと飛んでくる。
風属性魔法“風域:反発”でその体を柔らかく包み、減速させる。
「大丈夫ですか、殿下」
「不意打ちのつもりだったが....上手くいかないものだな」
「文献でしか知りませんが、魔族は魔力感知能力が人の何倍も敏感です。魔族特有の器官である“角”が周囲の魔力を感じ取るため、魔法を用いた攻撃は効かなかったはず」
「へぇ....ということは、アリアの魔法も効かない可能性がある....と」
「“効かない”というより“当たらない”が正解ですね。耐性はあれど、魔族にも魔法は有効です」
魔族の角は魔力を感知するレーダーのようなものだ。この器官がある限り、魔力感知の能力が人間の何倍も上昇する。人はこれを“第六感”と呼ぶ。
何度見ても人間離れした容姿に、ゾクリと寒気がする。今まで対峙してきた魔獣たちとは違う。明らかな意思を持ち、明確に人間と敵対する悪魔の力を持つ種族。それが魔族。
だが、人界と魔界は長年争ってきた経歴がある。それも、私達が生まれるよりもずっと前から。
「へぇ…人界に来たのは久々だが、俺達のことはそういうふうに伝わってんのか。まぁ、間違っちゃいないがな」
「魔法以外の攻撃…?物理攻撃は防がれたんだが?」
「なので戦い方は少し考えないといけませんね」
現状できる対策としてはやはり殿下を中心に作戦を考えることだろう。私も剣を扱うことはできるが、残念ながら凡人に毛が生えた程度にしか扱えない。
魔法が感知されてしまう以上、物理攻撃で攻めるしかないのだが魔族相手にそれがどれだけ通用するかは分からない。
「あまり考えても仕方がない。なるようになれでいいだろう」
「では殿下を主力に、私が援護します」
「魔法が効きにくい以上はそれがいいだろうな。行くぞアリア」
殿下が踏み込んだ瞬間に『身体強化』と『剛力』をかける。強化魔法の練度はあまり高くはないが、殿下のカバーにはなるだろう。
強靭な肉体から放たれた衝撃が周囲の空気を揺らす。その瞬間、殿下が一直線にバフォメットに突っ込んだのが分かった。
ギリギリとせめぎあう殿下とバフォメットだが、「フンッ」と鼻を鳴らしたバフォメットが体ごと殿下を吹き飛ばす。殿下の体がどいた瞬間に遠距離から魔法を放ってみるが、これも一瞬で弾かれた。
「ぬるいわ!!」
「雷槍!!」
複数の雷の槍が一直線にバフォメットを襲う。あえて複数本カーブの軌道を付け、すぐさま復帰した殿下に合わせて発射したことで360度全方位からの攻撃を完成させた。
(これで少しは効いてください....!!)
雷系魔法は微少だが麻痺効果も付属している。ダメージにならずとも、弱体効果が入れば御の字だ。
「ぬっ....ぐうぅぅ....!!」
何十発もの魔法の攻撃が直撃し、舞い上がる土煙の中で攻撃を耐えるバフォメットが見える。攻撃が終わり、晴れた土煙の中から現れた人影は....
「ふっ....ははははははは!!!多少は堪えたがこんなものか!!」
高笑いするバフォメット。体にいくつか傷は出来ていたが、体力的にもピンピンしていた。
やはり魔法攻撃のダメージは低い。
だが、私の策がこの程度だと思われては困る。先ほどの会話で言っただろう、殿下を主力にすると。
その瞬間、バフォメットの周りに浮かんでいた土煙が一気に晴れる。一瞬のことに反応が遅れたのか、バフォメットがそちらを向くころにはもうその人物は懐まで入り込んでいた。
殿下が剣を振りかぶり、刃が光る。
「くっ....甘いわ!!」
「チェーンエッジ!!」
刹那の攻防の最中、私は地面に仕込んでおいた魔方陣から鎖を発動させ、そのままバフォメットの動きを封じる。
私が大量に撃っていた雷槍だが、その中に連動式魔法陣を組み込んだものを混ぜておいたのだ。着地点から遠隔で発動させる魔法、あの攻撃の嵐の中で的確に見分けるのは無理だろうと思ったが案の定だった。
「ぬっ....!?」
「殿下!!」
殿下の持っていた剣が白く光りだす。
「なっ....!!その光は!!」
驚愕してももう遅い。殿下にかけた強化魔法と共に、こちらも遠隔で私の魔法が発動するよう仕込んでおいたのだ。そしてそれは私があまり使いたくなかった手でもある。
(聖女の力を毛嫌いしておいて頼るのは癪ですが....)
背に腹は代えられない。今は目の前の魔族を倒すことが最優先なのだ。
光属性魔法によって強化された剣がバフォメットの体を狙う。
「うぉぉおおおお!!」
殿下の雄叫びと共に再び土煙が舞った。そしてその中から吹き飛んでいく人影が一つ。
ものすごい勢いで吹き飛んだ人影はそのまま観覧席へと激突した。
「やった!」
土煙が晴れた場所に立っていたのは殿下で、それが魔族を倒したことの何よりの証拠になった。
だが、何かが引っかかる。確かに強化魔法はかけたが、最終的な決着はあくまでも剣撃。“吹き飛ぶ”なんて動作が起こるだろうか?
「アリア!まだだ!!」
殿下がバフォメットを見据えながら言う。やはり私の疑問点は正しかったようだ。
観覧席に吹き飛んだバフォメットがゆっくりと立ち上がる。先ほどよりもダメージが入っているのがわかるが、それでもまだ余力はありそうに顔の血を拭った。
「小細工が上手えじゃねぇか聖女さんよ。さすがに焦ったぜ」
今のでも倒しきれないのか....?!だが、着実にダメージは稼いでいる。このまま何とか押し切れば勝機がないわけではない。
だがその瞬間、私は再度見つけてしまう。崩れた瓦礫の近く、バフォメットが飛んだ場所からそう遠くない所に、彼女の姿を見つけてしまったのだ。
(なんでそんな所にいるんですか....?!)
そこにいたのは私も殿下も見知った人物。本来この場にいてはならないはずの人物だった。
「セレナ王女....?!」




