第29話 隠れ聖女と邪眼騎士~後編
「誰だ....あんた」
パルドの不思議そうな問いが聞こえる。
それもそのはず、本来であればこの場に残るのは第2王子たるレオンハルト殿下以外はいないはずだし、得体のしれないローブを着た女など計算外のはずだ。
でも、私には戦う理由がある。邪眼の存在を知るものとして、根本的な原因を突き止めることは最早使命に近い。
「誰でもいいじゃないですか。今のあなたの目的は“目の前の敵を倒す”でしょう?」
「い~や、違うね。俺の目的は“この剣術大会で優勝する”ことさ。レオンハルト殿下も次に戦うライラ・ティルナノーグでさえも敵であることに変わりはない」
優勝することが目的....?確かにこの大会は国内外から注目される大会だ。次代の騎士候補の中から金の卵を探す場でもある。
この場で優勝することは名誉であるし、彼は平民の出だ。平民の息子が王国騎士となればそれは親孝行にもなりえる。それが狙い....?
だが、何かが引っかかる。確かに今思ったことも事実の一つではあるだろう。だがそれ以外の“何か”があるような気がする。あくまでも勘ですけど。
「アリア、お前が出てきたってことは何か対抗策があるのか?」
「どうしてそう思うのですか?」
「あの得体のしれない禍々しい魔力、あれは魔族の物....だと思う。そうなれば、聖女であるお前なら対抗できるだろ?」
「魔族....?」
魔族。それはかつて人類と敵対し、敗走した結果他大陸に消えた存在。
竜の伝説にも存在する3種族の内の1つで、魔族が信仰する“邪神竜”は初代:竜の神子を人族の神である“創世竜”と奪い合ったとされている。
結果お互いの信仰する神同士の衝突によって人族と魔族はいがみ合い戦争となる。
300年以上前に戦争が終結し、敗走した魔族は海を越えた別大陸へ逃げたとされている。
だが周期的にとてつもない力を持った“魔王”なるものが現れ、その度こちらに戦を仕掛けてくるのだ。
直近だと丁度20年前。四大守護竜の加護を受けた人間が勇者となり、旧魔族領と呼ばれる荒野にて魔王を討ち取った記録がある。
つまり、本来であれば海を越えなければこちらに来れない魔族が入り込むことなどあり得ないということ。だが、確かに過去の伝承を真とするならば魔族は聖女の光に弱い。邪眼の扱う魔力が魔族の物であれば、聖属性魔法に弱いのも納得のいくところだ。
「どちらにせよ、関わってしまった以上は殿下も無関係ではいられませんね。ええ、その通りです。あれは邪眼....装備者の持つ“願い”をエネルギーに変換して一時的に強力な力を得ることのできる魔道具です。対抗策は今の所聖属性魔法以外にはないかと」
「なるほど。じゃあ俺の役目は足止めだな」
「理解が早くて助かります」
打ち合わせるでもなく、私の言葉が終わると同時に駆け出す。相手の手数は魔力の帯が4本に手に持った剣が1本。対してこちらは剣が2本と手数では不利。その分、相手は先ほどからあまり動いていないことから大々的に動くのは出来ないと見た。
魔力の帯が襲い掛かる。上空から槍の様にまっすぐに落ちてくるそれを身を半分退いて回避。すぐさまカバーに入った殿下が斬り捨てる。その瞬間に今度は殿下に襲い掛かる帯を私が一閃した。
お互いのカバーが終わったところで、すぐさま地面を力強く蹴ってパルドへと迫る。距離感としては20メートルほど。まだまだ遠い。
その間も唸る蛇のように魔力の帯が襲ってくる。斬り捨てても斬り捨てても再生するそれは、まるでトカゲのしっぽきりのように終わりがない。パルドの魔力が尽きるまで無限に再生するのだろう。
だが、足止めされているとはいえ距離感は着実に近くなっている。聖属性魔法の剣さえどうにか打ち込めれば、たった一撃当てれば勝ちなのだ。
「ふっ!はっ!!」
「はぁっ!!!」
一応強化魔法をかけているとはいえこちらの体力も無限ではない。叶うなら短期決戦が理想。
気づけばパルドの姿がはっきりと見える位置まで迫っていた。表情から読み取れる感情は怒りか、動揺か....いや、あれは狂気ですか?
パルドは驚いたような焦ったような表情をしながらも、口元から笑みは剝がれなかった。それはつまり、この戦いを楽しんでいるのかもしれない。
(あくまでも、あの人にとってはこれも試合の一環程度の認識なんでしょうね)
自分が何に手を染めたかもわからず、ただ己の願いのためだけに動く。グランデスの時もそうだったが、邪眼は“願い”に気を向けさせる一方でその他の思考能力を奪う。
その分、1つに集約された力というのは凄まじいものだ。願いに心を向ければ向けるほどその力は増幅していくのだから。
「オラオラオラァ!!!!」
帯の速度が速くなる。近づいたから根元から斬ってやれば多少は鈍くなるかと思ったが、逆に本体に近づくにつれて精度と速度は上がっていく。
暴れ回る大蛇の様に縦横無尽に空中を駆け回り帯が襲う。
「くっ....!!」
剣でいなすように受けた帯から火花が上がる。私の持つレイピアは特別性、ミスリルと呼ばれる超希少な鉱石でできていることがわかっている。
そのミスリル性の剣に負けず劣らずというレベルの魔力の帯は、相当に硬い。さらに言ってしまえば、試合会場の抉れようは全てこの帯のせい。とんでもなく鋭利で本体に近づくにつれ硬くなる。今まで帯に対して攻撃が通っていたのは、魔力の伝達率が少ない先の方だったからだと思い知らされた。
(馬鹿正直に剣で戦っても意味がない....!なら!!)
「発光!!」
目くらましを兼ねた光魔法。パルドと私の間を発光させ、一時的に判断力を奪う。
その瞬間すぐさま聖属性魔法を剣に付与し、根元から帯を2本斬り裂いた。
「衝撃ッ!!」
パルドの目が眩んでるうちに土煙を上げる。これで視界が戻った後でも私を捉えることはできないだろう。
足元の風域を少し操作し、土煙が晴れないギリギリの出力を狙って加速する。
目標まであと10....9....8........5メートル!!
パルドが私を認識するより早く風域の加速を全力にする。
視界に私が映った瞬間にはもう、私の細剣の刃がパルドの腹に触れていた。
「やぁぁぁああああああ!!!」
雄叫びを上げながら風域の加速に合わせてパルドに刃を押し込む。
少し硬い感触がしたが、あるタイミングを境にその刃は確実にパルド斬り裂いた。眩い閃光が周囲を染め上げ、横なぎの一閃が残像として残る。
確実に、聖属性魔法による一撃は邪眼を壊した。
「はぁ....はぁ....」
息を切らしながらパルドを見る。気絶しているのか、立ったまま動かなくなっていた。
すると、聞きたくなかった声が笑いと共に聞こえてくる。
「ハッハッハ....!!惜しかったな冒険者さんよォ」
その声はパルドのもの。だが“何か”が違う。
立ったままのパルドは笑いながらこちらを見る。腰元に付いていた邪眼は確実に破壊されているし、これで解決のはず。なのに....
漠然とした感覚でしかないが、目の前で喋りかける人物はパルドではない。直感的にそう感じた。
「あなたは、誰?」
「お前にとってそれが重要なことなら答えてやろう。だが、これで勝った気になって貰っても困るなぁ」
目の前の男は誰なのか?姿かたちはパルドでも、中身が変わっているのは一目瞭然だ。
更に言ってしまえば、口調やその態度は噂に聞いていた変化後のパルドにそっくりだ。
誰にでも優しく、悪を許さない好青年と評判だったパルドと、試合の際のパルドは別人の様だった。それの答えが目の前の男なのだとしたら、自然と考えたことが口に出てしまう。
「まさか二重人格....?」
「半分正解だな。確かに二重人格ではあるが、今の俺の人格は元々存在したものじゃない。名乗ってやろう」
パルドの額から角のようなものが生えてくる。それに合わせて変化した瞳は黒ベースに赤。魔力の帯は形状を変えて翼へと変貌し、剣は掴むことすらしなくなる。
その姿形は伝承に伝わる“悪魔”そのもの。そして、この世界にはそんな存在がいる。
「魔族....!!」
「俺様の名はバフォメット!さぁ、久々の人界だ!暴れようぜ!!!」
声高々に、パルド改めバフォメットは笑った。




