第28話 隠れ聖女と邪眼騎士~前編
「あれはっ....!!」
王族の観戦席にいた私は息をのむ。今、試合会場にて流れる異様なほどの禍々しい魔力に反応し、放たれ暴れるその魔力をどうすれば止められるかを必死に考えていた。
観客の悲鳴やざわめきによって私の声が掻き消されていたのは幸いだった。
「なんだあれは....?!」
陛下の驚く声が聞こえる。
それもそのはず、この国で邪眼が公に暴れたのはこれが初めてでしょう。過去に同じような事例があれば話は別ですが、陛下に話が通っていないわけがない。
身を乗り出して観察する陛下を、お父様が止めた。
「陛下、おさがり下さい。騎士よ、試合は中止だ!速やかに観客を避難誘導せよ!ライラ、お前もセレナ様を連れて避難しなさい」
「っ....!!わかりました。セレナ様、シノブ様、行きましょう!」
戸惑うセレナ様を連れ、私は観客席を飛び出した。先頭はシノブ様が行ってくれている。
この場で飛び出しても構わないが、今の私は冒険者アリアではない。聖女紋の力を使えない以上、下手に飛び出しても意味はないのだ。
既に観客の避難誘導も始まっている。だが、未だにレオンハルト殿下とパルドは戦っている真っ最中だ。
陛下からの指示を待つべき....?いや、どうにか理由を付けて戻るべきですか....?
どうにかしてあの場に聖属性魔法が使える人間が行かないと、邪眼は止められない。今後の動き方について考えていると、シノブ様から声がかかる。
「お二人、主君の名においてお二人には絶対に危害は加えさせませんので、ご安心を」
「それは私のセリフです。騎士の家系ですから、私がお二人をお守りします」
「いえ、外敵がいるようであればお任せを。ですからライラ殿はセレナ様より離れないようお願いします」
外敵などいるかはわからないが、用心しておくに越したことはない。
だが会場を走り去ることに反して、あの邪眼を止めるにはどうすればいいかを必死に考えていた。
邪眼の存在を知るのは私だけ、そして止められるのも私だけなのだ。どこかでタイミングを見て戻らなければ....!!
その時、ものすごい振動と共に会場が揺れる。闘技場の天井からパラパラと破片が降ってきて、先ほどの魔力の衝突がどれだけの規模かを物語っていた。
尚更早く戻らないと....そう考えた瞬間だった。
ビキッ
という嫌な音がした瞬間、会場の出入り口の天井が崩れ始める。その光景にシノブ様もセレナ様も呆気にとられていて動けず、瞬時に動いたのは私だった。
(身体強化、風加速!!!)
自身にスピード強化の強化魔法をかけ、ありったけの力で2人を押す。セレナ様は王族だがこの際しょうがない。命を救ったのだから許してくださいと心で思いつつ、降り注ぐ落石の外へと2人を弾き出した。
そして自身に落石が落ちてくる瞬間に、今度は全力で後退。風加速の魔法も相まって素早く退き、私のみ封鎖された会場内に残ることができた。
「ライラ様ぁぁぁあああ!!」
「セレナ様、落ち着いて下さい!私は無事です!」
「ライラ様....!よかった、生きてた....」
ぐすっ....ぐすっ....と聞こえることから泣いているのだろう。心配かけてごめんなさい。でも、私にも行かなきゃいけない場所があるんです。
「私は大丈夫です!別の場所から出られる部分を探してみます!シノブ様、セレナ様の事をお願いします!」
「....!承知!!このシノブ、命を賭してセレナ様をお守りいたします!ライラ殿も....どうかご無事で....!」
そう言い残してセレナ様を連れて離れて行った。最後までセレナ様は抵抗していたが、落石で埋まってしまった出入り口からは出られないことを悟ると、大人しくシノブ様に付いていった。
「さて....これで戻れるわけだけど....」
邪眼の攻略には聖属性の魔法が必須だ。それを扱えるのは基本的に聖女のみ。だが私は、ライラが聖女紋を持つことを家族以外には知らせていない。正確には“大聖女マナ様を除く”だが。
(どうする....?このまま行けば確実にレオンハルト殿下にも見られる。でも、あの魔力の暴走....私一人ではとても止められない)
邪眼によって暴走を促された魔力は鞭のように振り回されて周囲を破壊している。その威力は今の闘技場の現状を見れば明らかだろう。
それに、今戦っている2人はともかく私は女。筋力や体格差ではどうしても勝ち目がない。
かと言って、下手に持久戦に持ち込めば王都の騎士たちが来る可能性がある。いや、既に向かっているのだろう。私が邪眼を抑えた場面を見られれば終わりだ。
(どうにか殿下だけを退場させられれば....それか、私がアリアになって....でも、それだとこの場にアリアがいることのつじつま合わせが面倒くさいし....いっそのこと、リオさんでもいてくれれば....)
様々な可能性を考えるが、どう考えても自分にとって好ましくない状況であるのは確かだ。だが、あまりわがままも言ってられない。聖女が邪眼に対抗できることを知るのは私1人だし、教会から派遣された聖女様方は今頃外でけが人の治療をしているだろう。
(行くしか....ないですかね....)
もういっそのことライラのまま出ることも考えたが、考えた瞬間に打ち消した。
突破口がないのに下手に考えても仕方がないと、ひとまず思考を放棄して会場....戦いが起きてる前線へと向かった。
***
「オラオラァ!!どうしたどうしたァ!!!」
振り回される剣と縦横無尽に駆け回る魔力の帯。鞭のようにしなる魔力の帯を避けながら、パルドと打ち合っては引いていく殿下。
まだパルドは試合の延長線上とでも思っているのでしょうか?最早これは試合などでは片づけられないほどの規模になっている。殿下の体にも、疲れが見え始めた。
正直、しんどいなとは思う。剣同士の戦いだけならいざ知らず、あの魔力帯はパルドの意志の力で動いているように見えるからだ。1対1の戦いでは相手に集中する分視野は狭くなる。
勿論、視野を広く持って戦うことも大切だが、それだけ周囲に気を散らすのは決闘試合においては愚策も愚策。だが今は試合ではない。殿下も応戦はしているが、単純な力技と視界の外から襲ってくる攻撃に対応しきれていない。
「身体強化、風流駆動」
自身の足に風域を作り出し、グッと力を込める。たった数秒、空を飛べれば十分だ。
「せー....のっ!!!!」
思いっきり蹴った瞬間に私の体は空中へと舞い上がる。被ったローブがバサバサと音を立てて揺れるが、魔法で固定しているのでフードが取れることはない。
幸い2人とも私には気づいておらず、空中からなら戦況がよく見えた。
今いるのはレオンハルト殿下とパルドの2人のみ。パルドは肩甲骨の辺りから魔力でできた触手のような帯を4本発生させ、それを振り回している。魔力帯は切り裂く能力は無いものの破壊力は凄まじい。正直、あれを正面から受けて対処してるレオンハルト殿下も化け物だ。
そして私は空中に4本の簡易聖剣を生成する。手を太陽にかざし、魔力帯が殿下を攻撃するタイミングで振り下ろした。
その瞬間、放たれた簡易聖剣に合わせるように私も下降する。そのまま手に持っていた杖の形状を変化させ、銀色の細剣を握った。
簡易聖剣が魔力帯を切り裂いたのと同時に着地し、そのままパルドに襲い掛かる。
細剣では攻撃範囲が限られるため致命傷にはならなかったが、いくつか傷をつけることはできた。パルドの大振りに合わせてバックステップで回避し、レオンハルト殿下の横に着地する。
「お前は....ラ....いや、アリアか!なぜここに?」
「レオンハルト殿下ですか。あなたこそなぜここに?危ないので退いていてください」
何でもない様子で言ってのける。これくらいの演技など朝飯前です。
「共闘してくれる....ということでいいんだな?」
「....好きにしてください」
パルドを見据え、私達は互いに互いの背中を預けた。




