第15話 隠れ聖女と第一王女
平穏な朝。窓から陽が照らす教室の隅で、私は1人日向ぼっこをしていた。
(暖かい....この前の戦闘の余韻で、何にもしたくありません....)
先日のグランデスとの戦闘後、気を失っていた私は騎士の護送馬車の中で目を覚ました。どうやら村の人たちが呼んでくれたらしく、グランデスを筆頭とした盗賊団は全員捕まり、リオさんと私は王都まで騎士たちが送ってくれた。
(結局邪眼の事に関してはわからずじまい。あんな凶悪なものを配ってる輩がいるのだとしたら....)
グランデスの邪眼はこっそり回収しておいた。邪眼に対抗する力が聖女の“光の魔法”なのだとしたら、邪眼を安易に解析されれば倒した私が聖女であるとバレかねない。
一応、王都に帰還した翌日に部屋でいろいろ試しては見たのだが、機能を失った邪眼はうんともすんとも言わなかった。
「ま、考えても仕方ないですし」
「何が?」
「ッ!?」
「あっはは。そんな驚かなくてもいいじゃん」
声をかけてきたのはリリア。のんびりぽかぽかしていた私が、急に独り言を呟いたので来たらしい。
「いえ、こう....日差しを浴びながらぼーっとしてたら考えてたことが自然と口に....」
「で、何考えてたの?その怪我したっていう腕のこと?」
グランデスによって攻撃された両腕は、自身の回復魔法によって治療はした。でも、聖女の治療は完璧ではない。魔力を体内に注入し、その人の持つ治癒力を強化して治療させるのが聖女の“治癒魔法”。
『斬られた腕が治る』とか、『瀕死の兵士を完治させる』みたいな御伽噺のような回復は出来ないのだ。
そのため、怪我していることを隠すために手袋をしているのだ。
「まぁ、そんな所です」
「ふ~ん。早く治るといいね。ライラちゃんがドジ踏むなんて珍しいなぁ~」
一応、家族も含めて全員には「私がドジを踏んじゃって....」と説明してある。今のン所、私が怪我をした本当の理由を知るのはパーティーメンバーのリオさんだけだ。
(リオさん、今頃何してるんでしょうか?)
プライベートの彼を知らないため、何をしているのかなど想像もつかない。
(はぁ~....私も早く依頼に行きたい....将来は冒険者ですかね。....ん?あれは....)
眺めていた窓の外、校舎の裏手にある木の方に1人の令嬢が連れられて行くのが見えた。
リーダー格と取り巻きが3人、連れられて行くのは1人だけだ。
私は正義の味方ではないので、必ずしも生徒同士のいざこざの全てを把握しているわけではない。でも、竜爵という爵位の家に生まれた以上、王家が修めるこの学園での不祥事を見逃すわけにはいかない。
「少し席を外します」
「ん、りょーかい。って、そろそろ授業始まるけど?」
「(こーいう時くらい王家の名前をお借りしてもバチは当たらないですよね)生徒会に呼ばれたってことにしておいてください。じゃ!」
「もぉ~....」と困ったように笑うリリアを横目に、私は裏手の木に向かって走った。
***
「あんた、生意気じゃない?」
「陰気臭いのよ!」
「剣も魔法もろくに使えない“落ちこぼれ”!あんたみたいなのが王家の親戚だなんて恥ずかしいわ!」
(....やっぱりここでしたか)
木陰の側、こっそりと様子を窺っていた私は現状を把握しようと彼女らを見る。細かい会話の内容までは聞こえないが、イジメられてる方の彼女が俯きがちなのを見ればなんて言われてるのかは想像に難くない。
手を出す前に止めないと。
「聞いてるのかしら!!」
振り上げた手が彼女を叩く前に間合いを詰めて彼女の手を握る。
「何をしているの?」
「痛っ....!!な、なによアンタ!」
「今、手を出そうとしましたよね?どんな理由があって彼女に暴力を振るったのか聞かせてもらっても?」
忌々しそうに睨んでくる。おー怖い怖い。まぁ、討伐級8とかの魔獣に比べれば生まれたての子犬が威嚇してるのと変わらないけど。
「あ、アンタには関係ないって....!!」
「ちょ、ちょっとベラ!!」
取り巻きの1人が、ベラと呼ばれたリーダー格の令嬢を止めた。その表情が少し怯えているのから、多分彼女は私を知っているのだろう。
「何よ!」
「この人....いや、この方はライラ・ティルナノーグ様!竜爵様ですよ!」
「ラ....ライラ・ティルナノーグ....?!」
「そうですけど、何か?」
ティルナノーグ家は王家と最も仲の良い家だ。幸い、私はお父様の計らいでうまーく王家とは離されていたからいいが、本来ならラインハルト殿下とセルカ兄様のような側使えの騎士として行動するのが普通なのだ。
「だ、大丈夫よ!この学園の規則にもある!『当学園において、王家から平民まで全ての身分は効力を為さない。生徒同士は平等であり、常に同じ教育を受ける権利を有する』これがある限り、いくら竜爵令嬢と言えども大きくは出れないわ!」
「そうですね。でも、その規則はあくまでも“学園の中において”しか機能しない。私がチクるかお兄様やお父様を通じて、この件を伝えたらあなたの家はどうなるかしらね?」
「ぐっ....で、でも!それはあなたの言い分であって、物的証拠は何も....」
「あるけど?」
「ふぇ?」
「ほら、記録水晶。私が助けに入る前から撮っておいたの」
そう言って見せた記録水晶にサァーっと顔が青くなる令嬢たち。震え始める彼女たちに近づき、ベラの耳元で優しく囁いた。
「今回の件は見逃してあげるわ。でも、彼女に限らず他の人も含めて同じようなことをしてたら....わかりますよね?」
その囁きに無言でコクコクと頷く令嬢達。「行きなさい。次はないですからね」と言うと飛ぶように逃げて行ってしまった。
「さて、大丈夫ですか?」
「は、はい....」
振り返って守った少女を見る。流れるような銀の髪、蒼く澄んだ瞳が照らされた日の光を反射してキラキラと輝いていた。
(お人形さんみたい....綺麗な子ですね)
「ありがとうございます。ライラ様!」
「大丈夫ですよ。たまたま見えて、セルカお兄様達に向ける案件を減らしたかっただけですから」
「あ、自己紹介を....私はエキドナ王国王家、第一王女セレナ・アヴァロンです」
「....第一王女?!」
何と助けたのはこの王国の第一王女。この国の第一王女はレオンハルト殿下の1つ下であり、今の所公には姿を出していない。その姿は誰も知らず、貴族たちからは“鳥籠の白鷺”と呼ばれるほど美しいのだと聞く。
「でも....第一王女様は茶会などにも姿を出さないと....」
「は、はい....恥ずかしながら皆の前に出るのが苦手で....この学園にも、レオ兄様やセルカ兄様がいるから大丈夫だろうとお父様が叔父様に話して入学したんです」
「へ、へぇ~....」
まさかの王家。私が一番近づきたくない家の者に近づいてしまったのだ。これは普通なら『王家に恩を売れる』という美味しすぎるシチュエーションでも、私からしたらその逆だ。
「改めて、ありがとうございますライラ様!!とてもお強いのですね....!」
「そ、そうですね~ありがとうございます。セレナ様におかれましても、今後はああいった輩に絡まれないよう気を付けてくださいね。では、失礼いたしm....」
「?セレナに....ライラ・ティルナノーグ?」
たまたま通りかかった人物に呼び止められる。「よりによって」としか言いようがない人物が、不思議そうにこちらを眺めていた。
「あ、レオお兄様....」
「大丈夫か、セレナ。何があった?」
「な、何もありませんでしたわ!たまたまライラ様が助けてくださって....」
「ん?助け....?」
「あ、えっと....」
「まぁいい。久しいな、ライラ」
「えぇ。ご無沙汰しておりますレオンハルト殿下」
そう言って淑女らしくお辞儀をした。
「あぁ。息災なら何よりだ」
「お、お兄様!わたし、1つ相談がありますの!」
殿下が挨拶を終えたタイミングで、セレナ様がレオンハルト殿下に言った。
「相談?可能なことなら王家で何とかするが」
「私、強くなりたいんですの!今までは自分に自信がなくて、魔法も剣も使えないことをコンプレックスに感じていました....でも、そんな自分を変えようと思ったんです!
そう思わせてくれたのが、ライラ様なのです!」
「えっ....」
嫌な予感がする。
「ライラ様に、私の専属教師をして欲しいんです!」
予感的中。これはさっさと撤退するのが正解だろう。じりじりと後ろに下がる。
「ライラ・ティルナノーグ」
「....はい」
「そういうことだ。デオル騎士団長には俺から伝えておこう」
あぁ....退路が断たれた。
「つまり....拒否権はないってことですね」
「理解が早くて助かるな。幸い、お前は勉学・剣術の成績は完璧だ。魔法の分野に関しても、ティルナノーグ家の中では実力が一番高いと聞く。これほど教師にもってこいな人材もいないだろう」
「で、ではライラ様....引き受けてくださいますか?」
キラキラした瞳で頭を下げるセレナ様。王家にお願いされて、頭まで下げられたのだ。断るなんて行為は出来るわけがない。
「わかりました。よろしくお願いいたします」
こうして、私は望まぬ縁を少なからず持ってしまった。
私の下に、新たに『王家の生徒』が出来たのだった。
ライラちゃんは、王家との関わり合いを避けることが出来ない運命なのでしょうね....




