第102話 隠れ聖女と夢の勇者
「ハクキ....!」
「ああ。久しぶりだねムーバ」
こちらを見て目の前の青年、ハクキが笑いかけた。その姿はまるで、学園で朝出会った瞬間の友人のようにさりげない微笑み。
そんな彼が何事も無かったかのように普通にこちらに歩いてきた。
警戒する必要は無いが、聞きたいことは山ほどある。そして同時に、私には彼の正体が分かった。
ムーバがいの一番に飛び出し、ハクキに抱きついた。そのままムーバは嬉しそうにハクキの胸の中で甘えるように体を擦り付ける。
「あ〜ムーバが甘えてる〜!こんな顔もするんだ、か〜わいっ」
リムがムーバを指差して笑ったことでハッと正気に戻ったムーバが慌ててハクキから離れた。そしてリムに向かって怒りを顕にしながらハクキの横まで浮遊する。
「そ、そんなんじゃない!久々に会ったから少し嬉しかっただけだ!大体、僕が誰に甘えたっていいだろう!」
「別に悪いなんて言ってないわよ。でも、いつもツンツンしてるムーバがそんなに甘えるところを初めて見たっていうか〜?これが所謂ツンデ....モガっ!」
ツンデレと言いかけたリムをムーバが飛んできて鼻で羽交い締めにした。怒るムーバと段々と顔が青くなっていくリム。体格差のせいもあってか既にギブアップと言いながらムーバの鼻をバンバン叩いていた。
先程まで死ぬ思いで戦闘をしていたというのに今のこの空間にはそんな雰囲気微塵も感じられない。少し微笑ましく思い、私も肩の力を抜いた。
「2人とも、とりあえず喧嘩はそこまで。ハクキさん、お久しぶりです」
「ああ。久しぶりだねライラ·ティルナノーグ」
私とハクキの間で視線が交差した。そのタイミングで、それに気づいたムーバがリムの拘束を解いて私の元へと飛んでくる。ちなみにリムは「ばたんきゅ〜....」と気絶して落ちた。
「なんだ、ライラとハクキは知り合いなんだな」
「うん。これで2回目、ですよね?」
「そうだね。思い出してくれたんだ」
ハクキが私の記憶を消しておいてそれを言うかとも思ったが、よくよく考えてみれば私はハクキの姿を現実では見ていない。それはつまり、彼もまたエノクと同じ....
「ハクキさん、1つ答えていただきたいことがあります」
「何かな?」
「自己紹介を....お願いできますか?」
私の口から言ってもいいが、これは彼の口から話させることに意味がある。私がこうして彼に名前を言うように振ったということは、彼もまた私の意図に気付いたのだろう。
ハクキはフッと軽く笑ってから口を開いた。
「俺の名前はハクキ。ハクキ·ゼルレイド。“夢の勇者”と呼んでくれ」
ハクキは私の目を真っ直ぐ見てそう言った。
やっぱり....私の勘は当たっていたらしい。思い出したハクキとの会話、神獣ムーバの存在、そして何よりハクキが存在する場所。
私と彼は2回しか出会っていない。でも、その2回ともが“夢郷の中”なのだ。要するに彼は既に....
「やはり勇者....だったんですね」
「分かってたんだろう?俺の正体」
「あなたのことを思い出した時にピンときました。私は前に、記憶体の勇者に会ったことがありますから」
「....そうか。残念ながらそいつは俺の知らない奴なんだろうな。俺は生きている時に他の勇者にあったことは無いから」
ハクキがわざとらしく肩を落とす。
すると私達の会話を聞いていたムーバがハクキに対して言った。
「ハクキ....お前今までどこにいたんだよ?急に消えやがって....」
「どこにって....ああ、そういうことか」
ムーバの質問に対し1人で何かを納得した様子のハクキ。私には分からないが、2人の間にもきっと何があったのだろう。
「俺はずっとこの学園にいた。そしてムーバ、それとリム。2人のことも見ていた」
「見ていたって....急に消えた上にずっと見守ってた?ますます意味が分からない。説明してくれハクキ」
「ずっと一緒にいただろ?共に学園を守ってきたじゃないか」
ハクキの言葉で私はその意味を理解した。どういう理屈化は分からないが、ハクキが勇者としての生命を終えた理由が私には分かった。
ムーバもその意味が分かったらしい。
「まさか....お前....」
「学園夢郷、もっと言えばこの学園を守っていた結界の正体が....あなたなんですね」
「突然消えた理由....そういう事だったのか」
ハクキは何らかの手段を用いて学園に結界を張った。いや、学園を守る“結界となった”。だからこそ夢郷なんていうとんでも技術を利用した強固な結界が学園に張られていたのだ。
「そういえばムーバ、初めて会った時に言ってた“約束”って何?」
「あ、そうだ!!おいハクキ、“約束”はちゃんと果たしたからな!」
「知ってる。ありがとうな」
2人の間で交わされた約束はいつの間にか果たされたらしい。内容が気になる所ではあるが、他人の事情に首を突っ込むのも野暮だろうという事でその内容を聞く行為に関しては飲み込んだ。
ハクキが一息ついて、そこから私をまっすぐ見つめて言った。
「さて、雑談はこのくらいにしてそろそろ本題に入ろうか」
「本題?」
「ああ。まずはライラ、君に一言お礼を言いたい。ギャレンを助けてくれたこと、感謝する」
「....え?」
どういうこと?何でハクキからギャレンを助けた事に関しての感謝が来るのだろうか?
私が困惑していると、ハクキはすぐにその言葉の真意を語った。
「今回の一件、君を巻き込んでしまった事を詫びよう。だが君がいてくれたからこそ、ライラの存在があったからこそ今回は上手く行った。彼の....ガミジンの願いを叶えてくれてありがとう」
「ちょ、ちょっと待ってください!何でガミジンの名前が?」
「今回の一件はね僕とガミジンが計画したものなんだ。ぶっつけ本番ではあったけどね。結果的に上手くいってよかったよ」
ハクキとガミジンが....共謀していた?ギャレンが起こした騒動も、ムーバが取り込まれることも、そして私がガミジンを倒すことも、全部ハクキの筋書き通りだったということらしい。
勇者でありながら魔族と共謀していたのなら、警戒しなければならない。今の状態から、勇者との連戦もあり得るのだ。
私が剣に手をかけて警戒すると、ハクキは落ち着いた様子で言った。
「安心してくれ。俺は戦う気はない。そもそも、俺の勇者としての権能は君に返した。それがムーバとした約束だったからね。ただの記憶体に過ぎない俺では君には勝てない」
「なら....なぜガミジンと協力したんですか?勇者ではないんですか?」
「これから説明するよ。ガミジンとギャレンはこの学園で暮らす中、学園夢郷のことに気がついた。それを調べている内に、亡くなった妻子に執着していたギャレンを見ていられなかったガミジンが個人的に俺に接触してきたんだ」
『驚いた。まさか俺の存在に気づく奴がいるとは』
『ケケケ、俺様にかかれば見つける事くらい容易い。あんたが夢の勇者だな?』
『だとしたら?ここで戦うことも選択肢に入るのかな?』
『いや、俺様は直接戦闘は苦手だから遠慮しておく。今回お前に会いに来たのは協力してほしいことがあるからだ』
『協力?』
『俺には契約してる相棒がいる。名前はギャレンって言うんだが....かくかくしかじか』
『なるほど。それで、協力するにしても具体的なやり方を聞きたい。どうするつもりだい?』
『簡単だ。今夢郷に干渉できるのは俺だけ。さらに結界を管理してる神獣の力を取り込めればその能力は益々強固になる。それを、ギャレンの目の前で砕いてほしい』
『なるほど?つまり君が消滅することで完成するシナリオなわけだ。夢郷に干渉できる君がギャレンという男の前で消滅する。そうすればギャレンの淡い希望は打ち砕かれて彼は変わる....と』
『そういう事だ。俺だけの力では足りない。だから協力してくれ!俺はもう....相棒が狂ったように悲しむ姿を見たくないんだ....』
「そして、俺は彼と協力して舞台を準備した。ギャレンが計画を遂行できるように、そして彼自身が過去と決別できるように彼の集めた記憶の泡から娘であるカレンの記憶体を生成した。最後の仕上げはライラ、君だ。君が夢郷に関わることができるように噂を流し、誘導してムーバと出会わせた。後は流れで君がギャレンとガミジンを倒すことで完成するというわけだ」
「噂の件も、各地で起こっていた事件に関しても....全てが関係していた....と」
「でも、ボクがやったのはあくまでもカレンの記憶体を作ることとライラを誘導するくらいさ。後はガミジンが全てを計画して実行した」
「....そのせいで何人の人が犠牲に!」
「犠牲者はいない。皆眠っているだけだ。学園にいる彼らの意識を保っているのも俺だからな。勇者として、誰かを死なせる訳がないだろう?」
確かに、犠牲者はいない。彼が夢の勇者であるが故に学園内で倒れている人達の命は守られているし、レサル村で起きた集団昏倒に関しても死者が出たという情報はなかった。
「それもこれで終わりだがな。ガミジンは消滅し、ギャレンは過去の未練を断ち切った。ムーバは俺との約束を果たしたし、ライラは新たな力を手に入れた。リムは....正直よく分からんけど頑張ったって事で」
「ヲイ!!アタシだけ適当なの?!」
地面からツッコミながら飛び上がったリム。まだ少しフラフラとしているが、元気になったようでふわふわと浮かんで私の肩に乗った。
「これで、俺達の計画は終わりだ。後はこの夢郷が崩壊すれば彼らは目を覚ますよ」
「全部、ギャレン先生の為の計画だったんですね」
「依頼魔族から頼まれたからね。もう僕の出番も終わりかな」
「消えるんですか?」
「いや?学園夢郷が存在する限り俺は残る。このままムーバ達と学園の結界を守ることにするよ」
そう言ってハクキは少し短く息を吐いた。
「ふぅ、さてこれでネタバラシは終了かな。何か質問は?」
「では最後に1つだけ。ハクキさん、あなたはなぜガミジンに協力しようと思ったんですか?」
「....過去に捕らわれていても良いことはない。誰もが夢を見る権利を持っているが、夢は所詮夢だ。誰かを心配させてまで、叶わない夢を追いかけるのは滑稽だろう?」
ガミジンは魔族の中では珍しい優しき魔族だった。もちろんギャレンとの契約に何か条件を出してはいたのだろうが、それでもギャレンのことを一番に考えて行動していた。
ハクキは....そんなガミジンの願いを叶えてやりたかった。ただそれだけらしい。
「さて、他に何かある?」
「いいえ、私からは特に。他の勇者の方々と会ったことがないのなら、聞いても意味ないですからね」
「残念なことにな。だが、俺もムーバと出会う前に神獣と会ったことがある。銀狼ヴァナルガリアスに」
その言葉に私は驚いた。前にも銀狼の洞窟に入った事はあるが、私はヴァナルガリアス本体を見たわけではない。となるとやはり、あの洞窟にはいるのだ。神獣の銀狼が。
「会いに行ってみるといい。契約していた勇者の事が分かるかもしれない」
「ありがとうございます」
「それじゃあお別れだな。最後にライラ、お前に助言をやろう」
ピシッ....ピシッ....と周囲の空間に日々が入る音が響く。夢郷の崩壊が再度進行しだしたのだろう。
「己の夢を、願望を忘れるな。それがきっと、これからライラが直面する危機に対して勇気をくれる。望め、願え。ライラにとって、一番大切なことを」
「....!」
「これでお別れだ。改めてありがとうライラ。今後のお前の活躍に期待してるよ」
ハクキがそういった瞬間、バリィン!!と空間が砕け散り光に包まれていく。そしてその光が収まった時、既に私達は学園のグラウンドにいた。
周囲に変化はなし。崩れる空間も無ければ校舎も倒壊していない。つまり現実世界に帰ってきた、という事のようだ。
その事を実感した途端、私は大きく息を吐き出した。
「ふぅ....終わったぁ〜....」
一気にどっと押し寄せてきた疲労と眠気により、私の意識は無くなっていく。戦いの最中で付いた傷も治りきっているわけではないため、その痛みによるトリプルパンチが最終的に私の意識を刈り取った。
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次回更新日は1月24日AM 7:00の予定です。




