第101話 隠れ聖女とおやすみの時間
白い閃光が崩壊していく夢郷の中で炸裂する。真っ白な光が視界を包み込むと同時に、一閃の閃光がその光を斬り裂く。
セレナ様が名付けてくれた私の必殺技“魔を祓う聖なる一閃”。聖属性魔法による浄化作用が閃光のように輝き、文字通り“魔を祓う聖なる一閃”となる剣技。
遅くなったように感じる時間の中、ギャレンの体が宙を漂う。ギャレンは聖属性魔法によって塵となって消えていくガミジンに手を伸ばした。
「ガミ....ジン....」
「ケッケッケ....そう悲しい顔するなよギャレン。俺達は負けた。それだけだぜ?」
「....」
「俺達の夢は砕かれた....だがよギャレン、もういいんじゃねぇか?俺は....10年お前と一緒にいて、時々過去のことを思い出しては辛そうな顔になるお前を見てられない....今も、お前はそんな顔をしている」
「っ....」
「もう過去を振り返るのはやめようぜ....俺は魔族だが、相棒であるお前には前を向いて生きてもらいたいと願ってるんだよ。なんたって、このガミジン様が唯一認めた人間なんだからな」
「ガミジン....」
「お前はお前の生き方に胸を張れるようになれ、ギャレン。ケッケッケ....俺の生涯唯一の相棒がお前で良かったよ。じゃあな....」
ガミジンはそう言うと完全に塵となって消えていく。そして、それと同時にギャレンの体が地面の上でバウンドした。
ギャレンは仰向けに倒れたまま天を仰ぐように大の字になっている。そこから起き上がる様子もなく、体で浅く呼吸をしていた。
私は剣をまだ帯剣したまま、ゆっくりと纏っていた魔力を解く。すると、”栄光”の効果で一体化していたムーバが分離され、私の周りをフヨフヨと浮かんだ。その体は先ほどまでの半透明なものではなく、完全に出会った時と同じ元の状態に戻っている。
「お疲れ様ライラ」
「うん、ムーバもお疲れ様」
「いや~こんなピリピリした戦い久々だったね。あいつと組んでた時以来だ」
ムーバは夢獏だがその本質は”神獣”。そしてヴァイアやエノクと同じ『天聖』の権能を持っていたということは、ムーバも勇者のパートナーだったということなのだろう。
そして、夢郷にいる今なら私はそのパートナーが誰なのかはっきりとわかる。
(今ならわかる....なんで私はあの人のことを忘れてたんだろう?ムーバと契約していた勇者、その人は....)
そう考えた時、タッタッタと誰かの足音が近づいてくる。その足音が聞こえた瞬間、そちらの方を向いて警戒する。だが、そこに立っていた人物を見て私は剣から手を離した。
その人物が用があるのは私ではない。その少女は真っすぐに倒れているギャレンの下へと歩いて行く。
「ライラか....?」
ギャレンが目を瞑ったまま近くに立った少女に問いかける。だが、私はあくまでも見ているだけでギャレンの側には寄っていない。
ギャレンの問いかけに対し、少女はゆっくりと口を開いた。
「ううん、お姉ちゃんじゃないよ。私のこと、分かるでしょ?」
その言葉を聞いた瞬間、ギャレンの体が固まった。そしてゆっくりと目を開き、体を起こした。そしてその瞳が目の前に立つ少女の姿を捕らえた時、ギャレンの目からつーっと涙が頬を伝う。
まるで信じられないものを見たと言わんばかりの表情でギャレンは固まっている。そして小さく震えていた口がようやく言葉を紡いだ。
「カ....レン....?」
「うん、そうだよ。久しぶりだねお父さん」
カレンがそう言うと、ギャレンは見開いたままの目から大粒の涙を垂れ流す。最早拭うことも忘れ、目の前にいるカレンを見つめながら言葉にならない言葉を小さく震える口から発していた。
「本物....なのか....?」
「ううん。お父さんも知ってるでしょ?私はもう死んでるのよ」
「っ....!!例え本物じゃなくてもいい....俺はっ....カレンに....!!」
「うん、私はここにいるよ」
「俺はぁ....!カレンに謝りたかったんだ....あの日、俺がもっと早く気づいていれば....!俺が早めに帰っていれば....カレンも、カミラも死ぬことはなかったのに....!」
「お父さんは、私達が死んだのは自分のせいだと思ってるの?」
「ああ....俺が、俺がもっと....!!」
涙を流し、心の奥底に眠っていた言葉を吐き出すように言うギャレン。だが、その言葉を聞いてカレンはゆっくりと言った。
「お父さんのせいじゃないよ。これは運命だったんだよ」
「運命なんかじゃない!!そうでも考えないと....俺は....何のために....!」
「お父さんが1人で出来ることなんて多くはない。もう過去は変えられないの。だから....自分を責めるのはもうやめて」
今回の事件を起こしたギャレンの動機はつまり、助けることが出来なかった妻と娘への贖罪。夢郷を利用して疑似的にでも娘を蘇らせることで、過去に呪った自分が背負った罪を清算しようとしたということだろうか?
「カレン....すまなかった。父親らしいことを何一つできず....お前を守ることも出来ず....!俺はっ、最低な父親だ....!!」
「そんなことないよ、お父さん」
そう言ってカレンはそっとギャレンの体を抱きしめる。
「思い出して、私はお父さんがしてくれた嬉しいことを全部覚えてる。お父さんを最低な父親だなんて思ったことないわ」
カレンがそう言うと、ギャレンの周りから記憶の泡が浮かびあがる。その記憶の泡は数が多く、どれも幸せな家族の光景が映っていた。
ピクニックの記憶、誕生日の記憶、カレンが生まれてからこれまでの幸せだったアルドノトス家の記憶が泡となって2人の周囲を浮かぶ。
「ほら、この日のこと覚えてる?ピクニックに行って、私が蝶を追いかけて湖に入ろうとしたのよね」
「あぁ....俺とカミラが慌てて連れ戻して、その拍子にひっくり返って泥だらけになった時だな....」
「この記憶は?覚えてる?」
「勿論だ。この時は....」
ギャレンとカレンの仲睦まじい会話が私の耳にも入る。どの記憶も、ギャレンとカレンが体験した過去の幸せな記憶なのだろう。1つ1つを思い出すように泡に触れ、そしてそのたびにギャレンは涙を流す。
「私は、お父さんのことを愛してるわ」
「俺もだっ....!俺もだカレン....!!!!」
「だから私とお母さんからのお願い。もう....過去を振り返らず前を向いて進んで。私達のことは....もういいから」
「そんなこと....出来るわけがない....!!」
「どちらにせよ、この夢郷が崩壊すれば私の存在は消えてしまう。だからお父さん、もうやめて。お父さんにはお父さんの人生がある。もう、自分の為に生きてもいいと思うのよ」
「だが....!」
「大丈夫。お父さんが生き続ける限り、私もお母さんもずっとお父さんの中にいるよ」
カレンはさらに抱きしめる力を強くし、零れそうになっている涙を必死に堪えていた。そんなカレンに気づいたのか、ギャレンも抱きしめる力を強くする。
その時、夢郷がさらに崩壊したように空間が剥がれていく。
「お姉ちゃん、私の願いを叶えてくれてありがとう」
「どういたしまして。これが....ベアとの約束だったから」
「ねぇお父さん、私のこと好き?」
カレンが尋ねると、ギャレンは力強く頷いてその言葉を肯定した。
「なら、私達のこと忘れないでね」
「どうしてそんなことを言うんだ....?夢郷が完全に崩壊するまでなら....」
「残念だけど時間切れよ、お父さん。でも、最後にお父さんと話せてよかった」
そう言うとカレンの体がふわりと浮き上がる。まるで天から射す光に連れて行かれる魂のように、自然に空中へと浮いていく。
カレンを掴もうと手を伸ばすギャレン。だが、その手はカレンを掴むことなく空を切った。
カレンはそんなギャレンの様子を見て。「もう大丈夫ね」と言わんばかりに明るく笑った。
「お父さん、おやすみの時間よ」
妻と娘への贖罪として動いていたこの10年間のギャレンの、そして生まれたカレンの記憶体も。その全てが....休憩する時間だ。
「っ....!!あぁ、お前たちは俺の中で永遠に生き続ける....絶対に、忘れない」
「うん、これで安心して逝けるね」
「お父さん、おやすみなさい」
「あぁ....おやすみ、カレン」
お互いに別れの挨拶をし、そしてカレンの姿が光に溶け込んで見えなくなる。その瞬間、ギャレンは糸の切れた人形のようにバタリと倒れた。
そして夢郷が大きな音を立て始める。先ほどよりも空間が破壊されるスピードが速く、すぐにこの夢郷を出なければもう戻れなくなる。
「マズイ....!ギャレン先生を連れて出ないと....でも....」
流石に1人で成人男性を抱えた状態で出ることは難しい。そもそも筋力的に抱えることなど出来るのだろうか?
だが早くしないと夢郷の崩壊に巻き込まれて現実に戻れなくなってしまう。絶対絶命だとそう思った時....
ピタッ
と唐突に夢郷の崩壊が終わった。ボロボロと崩れ落ちていた空間の壁は崩壊を止め、まるでこの夢郷の中だけ時間が止まったような感覚に陥る。
その時、再びこちらに誰かが歩いてくる音が聞こえた。次にこの場所に来た来訪者を私は知っている。そして、今一番その人物に会いたがっていたのはムーバだろう。
隣にいたムーバの方を見ると、ムーバも目を見開いて固まっている。そして、小さくゆっくりと呟いた。
「ハクキ....!」
その言葉に、青年が答える。
「ああ。久しぶりだねムーバ」
かつて私の夢の中で話したあの時の青年、ハクキがこちらに向けて笑いかけた。
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次回更新日は1月6日AM 7:00の予定です。




