第100話 夢魔教師と過去の惨劇《ギャレン視点》
過去最長文字数です。少し長いですがお付き合いください。
それと、本話をもって通算話数が100話となりました。いつも応援してくださっている読者の皆様、本当にありがとうございます。
第3章ももう少しで終了ですが、本編としてはまだまだ序盤。2025年も引き続きよろしくお願いいたします。
かつて、レサル村で暮らしていた1人の青年がいた。
俺の名はギャレン。ギャレン・アルドノトス。ただのよくいる一般人だ。
俺の暮らしているレサル村は大きい村ではなく、エキドナ王国の西側にあるシャングリラ竜爵領にある普通の農村だ。そこで生を受けた俺も、いわゆる普通の人生を送っていた人間の一人だった。あの日までは....
俺は幼い頃に母親を亡くしていた。流行り病で亡くなった母親の顔を俺は覚えていなかったが、片親でありながら立派に育ててくれた親父には感謝していたし、村の人や幼馴染も俺のことを家族のように接してくれた。かなり恵まれた環境で育っていたと思う。
俺の親父はエキドナ王国内でも有名な医者だった。王都でも名を馳せた魔法医だったが、故郷であるレサル村に戻ってきて自分の個人医院を設立し暮らしていた。俺もそんな親父のことを尊敬していたし、親父のような人間になりたいと思っていた。
そんなある日、親父が死んだ。
遠方で起こった勇者と魔族の戦いに医者として同行し、後方まで飛んできた魔法攻撃から幼い子供を庇って死んだらしい。俺の尊敬している人が死んでしまったことは悲しかったし、当然涙を流した。だが、それと同時に親父らしい死に方に少し笑ってしまった。
「ギャレンは....どうするの?」
茶髪の少女が声をかけてくれる。彼女は幼馴染のカミラだ。両親がいなくなってしまった俺の今後を心配してくれているのだろう。だが、俺の向かう未来は決まってる。
「俺、魔法医になるよ。親父みたいな立派な魔法医になるために、王都の学園に通おうと思うんだ」
「王都....そっか、私も頑張ろうかな。ギャレンが昔から頑張ってきてたの知ってるから、側で応援したいの」
「カミラも来るのか?」
「うん、私も元々行くつもりだったから」
幼馴染の笑顔に自然と頬が緩くなる。こうして、俺とカミラは無事に試験に合格して王都にあるドラグニア王立学園に入学するのだった。
そこから俺は魔法科に入り、死に物狂いで魔法医の勉強をした。他国への留学も厭わず、自身の時間を犠牲にしてでも魔法医になるために頑張った。カミラはそんな俺を側でずっと支えてくれていた。
だが、努力は確実には実らない。そんな非情な現実を知ったのは学園を卒業するタイミングだった。
「ない....」
どこを探しても、俺の受験番号は張り出されていなかった。それもそのはず、魔法医とは高度な医療技術や知識を求められる職業であり、この国で見ても数えるレベルでしか人数がいない希少職業でもあるからだ。
普通の医者になるのよりもはるかに難しく、魔法医になるために何十年もかけたという人も珍しくない。俺の親父は若いころから魔法医だったこともあり、俺もその血を継いでいるからと考えていたがそう甘くはなかった。もちろん、手を抜いていたわけじゃない。だが、それでも俺では届かない高みだということを改めて認識させられた。
「ちくしょう....マスター、もう1杯」
「飲み過ぎよギャレン。マスター、お水にして」
「そうだぜギャレン。カミラの言うとおりだ。試験に受からなくて落ち込んでるのは分かるが、酒におぼれるにはまだ若すぎるぜ」
「うるさい....今くらいは落ち込んだ気分を誤魔化したいんだ....」
机に突っ伏して運ばれてきたグラスを取る。そのままグイッと飲み干すが、それは酒ではなく水だった。
「魔法医なんて超が付くほどのエリート職なんだから、1回で試験突破できる方がおかしいのよ」
「その通りだぜ。ギャレンはまだ若いんだから挑戦のチャンスは何回でもあるだろ」
要するに落ち込まずに次に生かせと言ってくれているらしい。背中を押してくれたのは嬉しいが、今のこのブルーな気分には凄く効く言葉でもあった。
「それによ、お前は何をそんなに急いでるんだ?全部が一発で上手くいくわけがない。若い内から高みを志すのは良いことだが、そんなせかせかしてても自分を追い詰めるだけだぜ?」
「それは....俺が1人だからだ。母親は顔も知らないし、親父は戦場で死んだ。親戚筋もいない俺は....1人ぼっちなんだ。だからこそ早く自立したいんだよ....」
「あのなぁ....ギャレン、お前はもっと周りを見ろ。1人ぼっち?バカ言うな。お前は周りの人間に支えられて生きてきたんだ。俺らからすればお前は家族だよ。それに....」
「それに?」
「ずっとお前を、側で支えてきた奴がいるだろうが。彼女に失礼だとは思わねぇのか?」
その言葉で顔を上げ、隣にいたカミラの方を見る。彼女は顔を真っ赤にし、目を合わせないように顔を逸らしていた。
そうか....俺はずっと1人だと思っていた....。彼女が側にいるのが当たり前すぎて気づかなかったが、俺は村の人や先生達、そしてカミラに支えられて生きてきたんだと。
「カミラ....いつもありがとう」
「えっ、うん。どういたしまして?」
「そこでなんだが....」
「うん」
「結婚しよう」
「ふぇ?///」
酔っていたこともあるが、レサル村の酒場で盛大にプロポーズしてしまい周囲はお祭り状態。おまけに、カミラの恋心を知っていた村の人たちからするとそれが成就したことに大喜びだった。この日から数日、村はお祭り状態だった。
カミラへのプロポーズは酔っていた時に言ってしまったとはいえ、いつかは伝えるつもりだった。そして、彼女を家族として迎える以上は仕事を見つけなければならない。それも、安定した給金で家族を養える仕事に。
そう考えていた時、学園時代の恩師でもあるオルトラが学園長に就任したと報告が来た。そして、それと同時にオルトラからお誘いの手紙が来たのだ。手紙の内容は『わしが就任するにあたって、ギャレン君を教師として雇いたいと思っている。君が学生の頃魔法医になるために努力していたのを知っているし、実際に魔法医試験に関してもかなり惜しかったと聞いている。君が夢を追いかけるのならそれを応援するが、もしも働き口が無いというのであれば是非検討してもらいたい』とのことだった。
魔法医になる夢を諦めたわけではなかったが、それでもカミラや家族を養うのに教員という職業はうってつけだった。俺はその手紙に二つ返事でOKし、こうして俺は職と家族を手に入れたのだった。
それから12年経った。俺は幸せの絶頂期の中忙しなく働き、家族の為に頑張っていた。カレンという娘も生まれ、勤務先が王都なので離れてはしまうが一月に1回は帰るようにして順風満帆な日々を送っていた。
そしてその生活にも慣れてきたある日、いつものように研究室で研究を続けていると慌てた様子で1人の教師が入って来た。
「ギャ....ギャレン先生!!」
「ん?どうしたんだ?」
「学園長が....ぜぇ....及び、です....はぁ」
「学園長が?」
一体どうしたというのだろうか?学園長から直々の呼び出し?
正直呼び出される理由に心当たりはなかったが、呼ばれてるのなら行かないわけにはいかない。行っていた研究を中断し、そのまま学園長室へと向かった。
ノックをし、返事があってから中に入る。学園長であるオルトラは窓の外を向いて立っており、こちらを一向に見ようとしない。その様子を不思議い思いつつも、俺は部屋の中に入ってオルトラに話しかけた。
「オルトラ先生、及びとお聞きしましたが」
「ギャレン先生、落ち着いて聞いて欲しいことがあるのじゃ」
「え?どういうことですか?」
俺が聞き返すと、オルトラはゆっくりと振り向いて俺と目を合わせる。オルトラはとても深刻そうな顔をしており、その表情から真剣な話であるということを理解した。
「これから....君が落ち着くまで暇を出そうと思う。今すぐ故郷の村に帰りなさい」
「どういう意味ですか....?まさか俺の勤務態度に何か問題でもありましたか?!俺は....クビってことですか....?」
「違う。そういう意味ではない。君の勤務に関してはこの十数年間とても良いと他の先生からも評判だ。そうではなく....そのじゃな....」
オルトラらしからぬどもり方。まるで何かを伝えることを躊躇しているようにも見える。
「ギャレン先生....いや、ギャレン君。落ち着いて聞くのじゃ」
「はい」
「先ほど、王都の騎士団経由で報告があった。君の故郷であるレサル村が、山賊に襲撃されたらしい」
その瞬間、俺は頭の中が真っ白になった。オルトラが言ったことを理解するのに数分かかるほど、その言葉を飲み込むことが出来なかった。
今....なんて....?
「レサル村が....襲撃?」
「そうじゃ。既に騎士団によって対処はされておるが....」
「カミラは....俺の妻と娘は、どうなってるんですか?!??!」
「分からん。だからこそ、この情報を早く伝える為にこうして呼んだのじゃ。レサル村に帰り、落ち着くまで休みを取るとよい。馬車は教員用の裏口に手配してある」
「っ....!!分かりました、ありがとうございます!!」
周囲からどう見られるかなんて考えてる余裕はなかった。服装が乱れ、呼吸が荒くなるのも忘れて必死に裏門まで走る。裏門に辿り着くと、オルトラの言っていた通り既に馬車が用意されていた。
急いで馬車に乗りこみ、業者に言った。
「はぁ....はぁ....レサル村まで!早く!!」
「聞いています。飛ばしますので気を付けてくださいね!」
そのまま急速に出発した馬車はレサル村へ向けて王都を出ていった。
魔法によってかなり強化された馬の速度は普通の馬車より早く、俺が普段利用している馬車よりも3倍ほど早くレサル村に着いた。時刻は深夜。だが篝火やらたいまつやらで夜の村を照らし、騎士と村の大人がバタバタと動き回っていた。
俺も馬車を降りて走って村に入る。すると、たまたま近くにいた顔馴染みが俺の存在に気づいて手を振って近づいてきた。
「ギャレン!」
「マスター....山賊から襲撃があったって....」
「あ、あぁ....そう、だな。今はもう賊は全員捕まってるから後処理だけなんだが、俺も怪我しちまった」
行きつけの酒場のマスターは自分の制服をめくると、腕が包帯でぐるぐる巻きにされており、じんわり血が滲んでいるのが分かった。
「マスター、俺の妻と娘は?カミラとカレンはどこにいる?」
そう聞くとマスターは何とも言えない顔をして目を逸らした。その反応で、馬車の中で考えていた最悪の可能性が頭をよぎる。
「....」
「マスター、答えてくれ。俺の妻と娘はどこにいる?!」
「....ギャレン....っ....付いてきてくれ」
そう言うとマスターはゆっくりと歩き出した。俺の心臓はバクバクと脈打っていた。1歩歩くたびにその鼓動は早くなっていくように感じたし、何より最悪の可能性が頭から離れない。
マスターについていくと、村の隅にある広場まで連れてこられた。そこには....
「ギャレン、すまない....」
そう言うとマスターは近くにあった白い布を取る。そして、その布の下にあった顔を見て俺は絶望した。
「あっ....あぁ....カミラ....?カレン....?」
布に覆われて横たわっていたのは俺の妻と娘の姿。どちらも血がべったりと付いており、眠るように倒れている。嘘だ....嘘だ....!そう言い聞かせてそっとカレンの喉元に触れると、その冷たさに驚愕した。
「俺達が助けに行った時には既に....奴らが襲撃してきた方向が、ちょうどアルドノトス家の場所だったんだ....」
つまり....俺の家族は今回の襲撃で真っ先に殺されたということか?
頭お腹を流れる思い出。カミラとデートしたり、妊娠を知った時に喜んだり、結婚式の時の記憶も鮮明に思い出せる。カレンが生まれた時も、初めてしゃべた時も、カレンが嬉しそうな顔で俺に抱き着いてきたときの記憶も....思い出せるのに、目の前の光景のせいでその全てが燃えるように灰になっていくのを感じた。
幸せの絶頂だった俺の人生はこの日、どん底まで叩き落とされた。
「あっ....ああ....ああああああぁぁぁああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
自分の物とは思えないほどの絶叫が村中にこだまする。俺は涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら妻と娘の遺体の前で泣き叫んだ。
ふと気が付くと、俺は村の近くにある森の中にいた。幼少期から、カミラと共に遊んでいた森の中には俺とカミラのお気に入りの場所がある。崖沿いにある1本松の側。周囲が開けており、森の景色を見るのにとてもいいスポットでよく来ていた。
あの後、俺は幽鬼のようにふらふらと森の中へと歩を進めてここまでやって来たらしい。
(死ぬには....ちょうどいいのかもな....)
妻と娘を失い、俺にはもう生きている理由は無くなった。魔法医になるという夢よりも、家族のことが世界で一番大切になっていたのだ。それを失った俺に、生きる理由はもうない。
自殺しようとそう考えていた時、不意に背後で誰かが近づいてくる音が聞こえた。
「くぁ~よく寝たぜぇ。ん?そこに誰かいるのか?」
「....誰だ」
「人間がこんな時間にこんな場所で何してるんだ?悪~い悪魔に食べられるかもよ?」
虚ろな目で振り返ると、そこにいたのは下半身の無い3つ目の悪魔の姿。その存在が魔族であることは一瞬で分かったが、もう今の俺にはどうだっていい。魔族がこちらを覗き込んでくるのも無視して俺は俯いた。
「何だよノリが悪いな。というか、お前既に幽霊みたいな顔してるなぁ?不幸のどん底みたいな顔してなにかあったのか?」
「....うるせぇ」
「ケッケッケ、そうかよ。このままだと死にそうな勢いで絶望してるな、お前」
「....ああ。もう俺に....生きている意味はない」
「ならよ、俺と契約しねぇか?」
魔族からの提案を俺は鼻で笑った。魔族と契約?バカバカしい。
「契約ってのはお互いにメリットが無いと成立しない。お前は俺にどんなメリットを提示してくれるんだ?」
「ケッケッケ、お前の絶望の理由は何となくわかるぜぇ。俺様は他人の心や記憶を読むのは得意なんだ。そして、俺ならお前の願いを叶える方法を知ってる。それでどうだ?」
「フッ....バカバカしい....」
「妻か娘、どちらかにまた会えるとしても?」
その言葉にバッと顔を上げる。その言葉は、正に俺が今最も願っていたもの。もう一度、2人に会えるならと思っていた願いをこの魔族は言い当てたのだ。
「....その証拠は?」
「ないぜ。だが、情報は知ってる。俺様1人だと調べるのにも限界があるからな。断片的な情報しかないが、死者ともう一度会う方法があることは知ってるぜ」
「見返りは?」
「お前さんが死ぬ時、もしくは人生に満足した時にその体を俺にくれ。見ての通り、俺様は憑依型の魔族だからな。自由に行動するのに肉体が欲しいんだよ」
「そのタイミングは、俺が決めてもいいのか?」
「ああ。そう言っただろ?」
その言葉が本当かどうかは分からないが、たとえ1%以下でも....俺の願いが叶う可能性が存在するのなら....
そう考えた時、俺は死ぬのを止めた。立ち上がり、魔族に向き直る。
「その言葉と情報、信じていいんだな?」
「ケッケッケ、何年かかるか知らないぜ?そんな簡単に魔族を信用していいのか?」
「....ああ。お前の目は信用するに値すると俺は思う。俺は俺の勘を信じよう」
「ケッケッケ!そうかよ。俺様の名はガミジンだ。よろしくな相棒」
「ギャレンだ。俺の夢を....叶えてくれ」
俺は差し出された手を握り返す。絶望のどん底に垂れてきた蜘蛛の糸。例えそれが、悪魔からの誘いだったとしても俺は願いを叶えるためなら躊躇なくその糸を手繰ろう。
もう一度大切な人に会うためなら....俺は悪魔にだって魂を売ってやる。
こうして、俺はガミジンと契約を結んだ。願いを叶えるために、俺はここから10年を費やすことになる。
***
今、目の前に光り輝く剣が迫る。既に両腕は傷と痛みによって動かず、空中に放り出された俺とガミジンは身動きが取れなくなっていた。
俺は負ける。俺の願いは叶わないまま、目の前の少女によって打ち砕かれる。
諦めたくないとは思うが、あそこまで有利な状況からひっくり返されたのだ。俺にはもう....抵抗する力なんて残っていない。
俺お願いは、目の前の少女の決意によって砕かれたのだ。俺を救うとのたまっていたこの少女は、ボロボロになりながらも本当に俺まで手を伸ばしてきた。
所詮は子供と侮っていたのが間違いだったのだろうか?いや、彼女なら、きっとどの年齢でも同じようにこの場所まで届いていたのだろう。
光り輝く聖剣は、俺を巻き込んでガミジンへと当たる。その光りはとても眩しく、暗闇のような絶望の中を生きてきた俺にとっては明るすぎた。
そのまま刃が俺とガミジンの体を貫通する。
「魔を祓う聖なる一閃!!!!」
崩れ行く夢郷を、白き閃光が染めた。その光の向こうに、俺はカミラが....微笑んで手を振っているような幻覚を見た。
俺の夢は、願いは....こうして終わりを告げた。
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次回更新日は1月4日AM 7:00の予定です。




