第99話 隠れ聖女と第9の天聖
「俺を....止めるだと....?やってみろ」
怒りの収まらない状態でギャレンが低く唸る。4本の拳にまとっている黒い魔力が一層強くなった。それを見て私達は警戒を強める。
その瞬間、空中から放たれた複数の魔法がギャレンに向けて飛来する。ギャレンとその周囲に着弾した火球が煙を上げる。それを見て私達はギャレンから距離を取り、空中から降りてきたリムが合流した。
「ムーバぁぁぁぁああああ!!!!(泣)」
涙と鼻水でぐっちゃぐちゃのリムがムーバに抱き着いた。ぐりぐりと顔を押し付け、ムーバの体に涙や鼻水がべったりと付いた。
「ちょっ....リム!!鼻水がっ....こんのバカ妖精!!離れろ!!」
「痛いっ!」
長い鼻で頭を叩かれたリムが頭を抑える。だが、リムは痛む頭を撫でながらも嬉しそうにムーバを見た。ムーバもついた鼻水やらを払い除け、リムを見た。
「よがっだぁ....無事だったのね」
「これが無事に見えるのなら君は眼下に行った方がいいよリム」
「くっ....折角心配してるのに....!でも、それくらい毒舌ならもう大丈夫よね!」
「うるさいなぁ!僕の言葉遣いは元々だよ!」
「ちょっと2人とも....今戦闘中なんだけど?!」
わちゃわちゃと騒ぐ2人を止める。でも、こんな状況でもあの図書館でしていたような会話を見れて少しホッとしている自分がいた。
取りあえずムーバを取り戻すことには成功したことが何よりうれしい。少なくとも、これでギャレンの夢郷操作能力は消えたはず....!
そう思いつつ周囲を見るが、ギャレンの展開した夢郷はまだ残ったままだった。
「夢郷が消えない....?!」
「ライラ、僕を取り戻したとて夢郷は残ったままだよ」
リムを置いて戻って来たムーバが言う。
「どういうこと?」
「僕の体がまだ透けてるだろう?これはまだ権能が正式に戻ってきてない証拠だ。そしてこの夢郷は権能を奪われた状態で辛うじて存在してる空間。この夢郷が完全に崩壊すれば、元の世界に帰れなくなる」
「つまり、この夢郷が崩壊しきる前に権能をムーバに戻せばいいのね?」
「そしてその為に倒すべきは魔族の方。あのガミジンとかいう魔族を完全に消滅できれば権能が戻って来る」
「分かったわ。どちらにせよ、ギャレン先生は倒さないといけないのね」
煙を払う様にギャレンが出てくる。少し被弾したのか所々焦げた跡があったが、ギャレンはぴんぴんした様子でこちらに向かって歩いてきた。
「ゲホッ....やってくれるじゃないか」
「....!」
無言で剣を構え直す。その時、ムーバがこっそりと小さな声で言った。
「正直、今のライラじゃ夢郷の崩壊には間に合わない」
「でしょうね。私もそう思います」
実際に今ギャレンにダメージこそ入っているものの、確実な決定打はない。ムーバも取り戻したし、このまま戦っていけばいつか勝つこと自体は可能だろうが、それでは夢郷の崩壊に巻き込まれるタイムリミットには間に合わない。
「そこで....だ。ライラ、僕から君にプレゼントをあげるよ。その指輪から宝石を外してみて」
言われるがまま指輪から宝石を外し、聖属性の魔力を流してみる。すると、ムーバが同じように鼻を宝石に当てて魔力を流し始めた。
「何をしている?戦いの最中だぞ?」
一瞬で距離を詰めたギャレンが拳を振りかぶる。その拳を防ぐ術はなく、目の前まで拳が迫った。
(マズイ....!防げない....!)
そう思った瞬間、目の前に魔力障壁が展開された。ギャレンの拳を障壁が受け止め、バリバリとヒバナと雷が周囲に迸った。
振り返ると、リムが魔力障壁を展開しているのが見えた。「私が止めるから、早く済ませっちゃって!あ、でもそんなに長くはもたないかも....?!」と目で語っていた。リムもこれまでの戦闘でかなりの魔力を消費している。これが最後の頑張りということなのだろう。
ありがとう、リム....!心の中でそう感謝を伝えつつ、私は宝石に魔力を注入していった。段々と輝きを増していく宝石に限界まで魔力が注入された瞬間....
バリィン!!
そう音を立てて宝石が割れる。中から現れた光が段々と形になっていき、宝玉の形を取った。
「これは....!」
「君は知ってるはずだ、この権能のことを。僕はこれを返すように言われていたんだよ。今、その約束を果たす時だ」
「この権能....確かに返して貰いました」
「さぁ、これでこの力は君の物だ。新しい力で、目の前の敵を打ち破るといい。この権能の名は....」
宝玉を吸収するように胸に当て、ゆっくりとその力が私の中に入っていく。纏っていた金色の魔力が段々と強く、そして新たに淡い紫色に変化していった。
すぅ....はぁ....とゆっくり息を吐く。
その時、「もう限界....」という言葉と共にギャレンの拳によってリムの障壁が砕かれた。
「死ね!ライラぁぁぁぁああああ!!!」
ガントレットに纏った黒い魔力が暴走するようにその力を増した。ガントレットによる攻撃が私に直撃する瞬間、私はその拳を剣で受ける。
凄まじい金属音と共に黒い魔力と金色の魔力がぶつかった。その時、ギャレンの瞳が驚愕の表情に変わる。
「何だお前....その魔力の色は!!」
金と紫の混ざり合った魔力。そして私の瞳の色は紫色へと変わっていた。
全力で纏っている魔力を剣に注ぎ、強化を施した状態でギャレンを弾き飛ばした。
「『天聖』”基礎”発動!”簡易夢郷”展開!!」
私の聖特性に新たに加わった権能”基礎”。その権能はムーバと同じ能力。そして、私の能力が発動した瞬間、周囲に魔力が展開されて広がった。それは範囲内に私と同じ金色の魔力を帯びた空間。
「聖域....?!」
「いえ、私はそのさらに上位。私が授かった夢の力は....簡易夢郷を展開する力!!」
”基礎”はムーバと同じ夢郷を展開する権能。自身の魔力を媒体に簡易的な夢郷空間を生成し、その範囲内における生命以外の物体や魔法に強制干渉することのできる能力。
本来の夢郷とは違い、使用者の魔力によって作られた聖域をベースに夢郷空間を簡易的に作り出す権能であるため、ムーバの力を奪って作り上げられたギャレンの夢郷とは別物として存在できるのだ。
「反撃の時間です!!」
「やってみろ!!」
同時に駆け出した私とギャレンがぶつかる。ギャレンの拳による連撃を剣で受けつつも、格段に強くなった魔力で補強した私がそれを確実に弾いていく。先ほどよりも攻撃に対して体が慣れたのか、反撃する回数が増えていった。
押されるばかりだった先ほどまでの戦闘とは違い、今度はこちらが押す番となっている。じりじりとギャレンの体に傷が増えていった。
「くっ....!」
『このままだとマズいぜ!夢郷の力で攻撃しろ!』
戦闘の最中、ガミジンの声がこちらにも聞こえた。そのタイミングで引いたギャレンが夢郷の力を使い、私の脚元から無数の槍が飛び出してくる。
その瞬間、私は自分の周囲から切り離していた夢郷空間の一部に向かって飛ぶ。一瞬で背後に回った私はそのまま飛び出してギャレンの背中を斬った。
「何っ....?!一体どこから....!!」
ギャレンが攻撃されたことに気づいた瞬間反撃してくるが、再び切り離した簡易夢郷に飛んで瞬間移動する。
ギャレンの背中から生えた腕の1本を斬り落とし、私はこの権能について改めて考えた。
「この権能....強すぎない?」
「ライラ....あいつよりも面白い使い方するんだな。まさか簡易夢郷を切り離して独立させて転移するとは....」
「簡易夢郷の中でなら私が干渉し放題だからね。要するに使い方なのよ」
そんなことを話しているとギャレンがキッとこちらを睨んだ。
「てめぇ....よくも....!」
「これで終わりではありません。覚悟して下さいギャレン先生!!」
グッと踏み込んで身体強化をかけた足で地面を蹴る。一瞬で距離を詰めたが、ギャレンは反射的に魔力障壁を展開し剣による攻撃を防ぐ。だがその時、私は同時に展開しておいた簡易聖剣の切っ先を一斉にギャレンに向けた。いくらガントレットを装着した腕が3本あろうとも、満身創痍のこの状態で6本もの簡易聖剣を捌き切ることは難しいはず。
そう考えて同時に簡易聖剣を至近距離から飛ばす。瞬時に反応したギャレンが簡易聖剣に対応するが、それでも防ぎきれなかった簡易聖剣が2本、背中から生えた3本目の腕に突き刺さる。
そのチャンスを見逃すはずもなく、私はギャレンの両腕による攻撃を弾いて左右に流した後、そのままの勢いを使って腕に突き刺さった簡易聖剣を思いっきり空中で回し蹴りして押し込んだ。簡易聖剣はそのままギャレンの3本目の腕を貫通し、肘のあたりで完全に斬り捨てた。
「うがぁぁぁぁああ....!!」
痛みなのか威嚇なのか分からない唸り声を上げながらギャレンが再び拳を振るう。それに合わせて私は再び後方へと切り離しておいた簡易夢郷空間に転移して逃げた。
血の流れる腕を抑えながら殺意の籠った眼差しをこちらに向けるギャレン。
「てめぇ....この野郎....!何故だ....何故俺の邪魔をする!!」
「あなたが間違っていると、そう思っているからです!死した人間はもう戻らない。眠ってしまった皆を助けるために....そして過去に捕らわれた先生を助けるために、私は今ここに立ってます!!」
「それが理由....?フフ....ハハハハハハ!!今この状況での悪はどちらだと思う?この学園夢郷の中で眠っている人間は皆、幸せな夢の中にいる!彼らは幸せな夢を見て、俺は自分の夢を叶える....この状況で、理想的に回っている世界を壊そうとしている破壊者はどちらだ!!全員が幸福な夢を見ている世界を破滅に導いているのはお前だろう!!!!」
ギャレンの言い分はつまり眠りに落ちている人間は幸せな夢を見ている状態であり、この夢郷が続く限りその夢は続く。そしてこの夢郷の中であればギャレンの娘は生き続けることが出来る。全員が幸せになれている世界を破壊しようとする悪役はどちらだと言っているのだ。
そんなの....そんな意見が通るわけない!!
「その世界に....ギャレン先生以外の意思はありますか?」
「あぁ?」
「この場にいる全員が、そんなこと望んでない!!あなたの意見は、自分の夢を叶えるために他人を巻き込むことを正当化しているだけです!『幸せな世界を壊そうとしてる』?この夢郷は全ての人が幸せに生きるための理想郷ではなく、あなたが自分の夢を叶える為だけに作りあげた反理想郷です!彼らは巻き込まれることを望んでなんかいない!」
「だったらなんだ!!誰もが理想の夢を見れる世界の何が悪い!!現実という地獄から逃げて幸福な世界に浸れるんだ!他人の幸福を、お前如きが壊していい道理はない!!」
「その言葉、そっくりそのままお返しします!あなたの勝手な願いの為に....この場にいるすべての人間が明日へと歩む1歩を失ってはならない!!」
そう、ギャレンの夢の為だけに全ての人間が巻き込まれていい理由などないのだ。
「人が夢を見る理由、それは『次へと進む1歩を踏みしめる為』!辛い現実を、どうにもならない感情を、振り返りたくない過去を糧に成長するためです!教育者であるあなたが、それを潰してどうするんですか!!」
「俺はっ.....俺は娘の為に!!他の人間なんて知ったことか!!俺の夢を返せぇぇぇええ!!!」
「あなたの夢は、私が打ち砕く!これで終わりにしましょう....ギャレン先生、夢に捕らわれたあなたを私が救います!!」
ギャレンの暴走するような魔力波と私の魔力がぶつかる。ギャレンは既に自我を失った怪物の様に雄叫びを上げながら迫る。私も切り離していた簡易夢郷を再び吸収し、そしてほとんどの魔力を剣に集中させた。
「ムーバ!」
「あいよ」
『天聖』に宿る第8の権能、海の勇者エノクから授かった”栄光”でムーバを吸収した。私の魔力が金色から紫色へと変化し、頭から獏の耳がぴょこんと現れる。
黒い魔力と紫の魔力がぶつかり合い、崩壊していく夢郷に容赦なくヒビを増やしていく。
「うがぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!」
「貫けぇぇぇええええええええ!!!!!!!」
魔力波は周囲の夢郷を剥がしていき、そのあまりの威力に無数の雷が周囲を破壊していった。
その瞬間、バキンッ....という音が響く。砕かれたのはギャレンの装備していたガントレット。突き出していた右拳のガントレットが砕かれ、粉々になったパーツが宙を舞う。
だが、まだ負けないと今度は左腕を振りかぶる。私がその隙を見逃すはずがない。魔力同士のぶつかり合いと同時に夢郷同士のぶつかり合いも発生しているのを逆手にとって、ぶつかっている場所で発生しているエネルギーを”基礎”の権能を使って簡易聖剣へと集めた。
それを勢いよく発射し、振りかぶっていたギャレンの左腕を貫く。それと同時に、ギャレンの周囲に展開されていた疑似夢郷が砕けた。
「いっけぇぇぇええええ!!!」
後は全力で魔力を込めるのみ!!攻撃手段を失ったギャレンの懐に潜り込む。その瞬間、ギャレンが負けじとづつ気を繰り出し、それが私に当たった。額から血が垂れ、痛みで少しふらつきそうになるが根性で耐える。そのまま1歩踏み込み、ギャレンの腹に向けて聖属性魔法を纏った左拳を放った。
「がふっ....!」
左拳が当たった瞬間、ギャレンが吐血して同時にギャレンの背後ににゅるんと何かが飛び出してくる。分離されたガミジンの体が宙を舞った。
(止まるな....!止まるな止まるな!!ここで止まったら私は倒れてしまう!!)
残った魔力を全力で剣に注ぎ、金色に輝く剣を構えた。その時、前の訓練中にセレナ様と話した会話を思い出す。
『ライラ様、イザヤで最後に使った剣技の技名は何て言うんですか?』
『技名?うーん....特に考えてないですね』
『なら、こんなのはどうですか?ライラ様の名前と、それと光とかの意味を込めてー』
光り輝く剣を構えた状態で地面を蹴ってギャレンとガミジンに接近する。時が遅くなったように感じるが、その中でも輝く剣は正確に動いてギャレンとガミジンを一直線上に捉えた。
光り輝く剣、聖属性魔法によって”悪を斬り裂く剣技”。
「魔を祓う聖なる一閃!!!!」
崩壊する夢郷の中、真っ白な光がその空間を包んで行った。




